軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21話 魔法少女は個人事業主だよ♡

『昨夜未明、アイドルグループ〈スイーツポップス〉のメンバー本郷花梨さんが何者かに殺害され――』

カーテンを閉め切った薄暗い部屋。

テレビとパソコンの光が照らし出すのは小さなビニール袋でまとめられた大量のゴミ。

それに埋まるようにして、男はいた。

鼻の先がパソコンの液晶にくっつきそうなほど顔を近づけて食い入るように見ているのは、話題の“メスガキ魔法少女”リツの配信。

『はいリツの勝ち♡ ざぁーこ♡』

黄色いワンピースを纏った、可愛らしい少女。

小柄な彼女が生意気なことを言いながらも〈黒き森〉を壊滅させていく様は人々を大いに熱狂させた。

この男もリツに心を奪われた人間のひとり、ではあるのだが。

男のそれは常軌を逸していた。

「すごい……すごいよリツちゃん……可愛くて強くて、最高だよ……!」

男はひどく興奮しているようだった。

目は血走り、息が弾んでいる。

「今までの女の子は弱すぎたんだ。君くらい物理的にも精神的にも強い子なら、きっと僕の愛を受け止めてくれるよね」

そして男は顔を上げた。

室内を見回し、まるでそこに誰かいるみたいに声をかける。

「みんなもそう思うでしょ?」

返事はない。

この部屋には男しかいない。

男の視線にあるのは、壁に並んだ棚。

ゴミだらけの散らかった部屋の中で唯一そこだけは整然としていた。

1ミリのズレもなく、美しく整列したガラス瓶。

中には液体とともに人間の眼球が浮かび、そのすべてが男を見るかのように並んでいる。

男は満足げに眼球たちに微笑みかけた。

つけっぱなしのテレビからは、アイドルが凄惨に殺された事件についての報道が続いている。

『――遺体には刃物で刺されたと思わしき傷が数十か所あり、さらに眼球が持ち去られ――』

***

〈黒き森〉壊滅から数日。

キョウゴクとボスのクロサワが妖精さんの怪人施設に収容されたおかげで言論統制や警察への脅迫もなくなり、現在捜査が進められている。

〈黒き森〉の甘い汁を吸いながら、律から逃れた構成員たちもじきに逮捕されていくだろうと思われた。

そして〈黒き森〉をたった1日で壊滅させた律の偉業はまたたく間にネット中で拡散され、その切り抜き動画は海外でもバズり現在500万回再生を記録。

律は「突如現れた最強の魔法少女」の名をほしいままにしていた。

……しかしそんな華やかな功績とは裏腹に、律の生活は慎ましやかだった。

都内某所、とあるスーパーにて。

律はレジの列に並んでいた。買い物かごの中にはお惣菜が数点。

律はそれを宝物のように抱えている。

買い物かごの中に入っているお惣菜が大好物だから――というわけではない。

半額シールが貼られているものを運良く手に入れることができたからである。

(この時間帯に来ると値引きされたお惣菜が買えるのか……明日もまた来よう)

律と同じ考えの人間は多いのか、レジ前はちょっとした列ができていた。

特に聞く気はなかったのだが、後ろに並んだ客の話が聞こえてきてしまう。

「見た? メスガキ魔法少女の配信!」

「見た見た! 魔法少女の配信なんてなにが楽しいんだろうって思ってたけど、めちゃくちゃ格好良くて可愛くてファンになっちゃった!」

大学生くらいだろうか。

若い女の子たち――とはいっても今の律よりはずっと年上に見えるが――の集団だった。

これから家で飲み会でもするのか、買い物かごの中には缶チューハイやジュース、お菓子などが山盛りに入っている。

「あの髪型可愛くない? わたしもマネしちゃおっかな」

「えー、良いじゃん。私もやろうかな~」

「あれはメスガキだから似合うんでしょ!」

「ねぇねぇ、わたしモノマネできるよ~、『ざぁこ♡』」

「似てない似てない!」

友達同士のくだらない会話。

普段なら気にも留めないが――今回ばかりは違った。

(お、俺の話されてる……!?)

律の心臓がにわかに飛び上がる。

ネットなどで自分の話をされているのは目に入っていたが、こうして人の口から直接聞くのは初めてのことだった。

ついこの前まで誰でもないただのアラサー社畜だったのにまさかこんなことになってしまうなんて、と律はどこか他人事のように思う。

まさか「こんにちは、律です」なんて話しかける勇気も承認欲求も小市民である律にはなく、被っていた帽子をさらに目深にかぶり直した。

レジが開いたことを確認するなり、小走りでそちらへと駆ける。

レジ打ちを終え、はやる気持ちでそれらをサッカー台へと運び、袋詰めをして――

「……あれ?」

「ん? どうした?」

「あの子、リツちゃんに似てない?」

「あー、似てるかも。え、本人だったりする……?」

(ドキッ!)

律は背中に視線を感じ、額に汗を滲ませる。

一応帽子とマスクで変装し、ツインテールも解いていたのに。

それだけでは不十分だったかと、律は後悔したが――

女の子のひとりが、「ナイナイ」と笑いながら声を上げた。

「リツちゃんがこんな普通のスーパーにいるはずないっしょ。いっぱいお金稼いでるはずだし」

「まぁそれもそうかぁ」

(うわぁ! 俺が律だし、全然お金稼いでなんかないし、普通のスーパーで買い物どころか割引お惣菜買ってます! ごめんなさい!)

自分の話をされて嬉しいやら恥ずかしいやら。

律は耳を真っ赤にしてスーパーを出た。

そして向かった先は都内の某ビジネスホテル。

部屋面積のほとんどをベッドが占めている極小の部屋こそ、律がここ数日過ごしている場所であった。

「お帰り、律さん。調子はどうプイ?」

出迎えたのは白いふわふわの生物、プイプイ。

鍵を渡した覚えもないのに、どういうわけかプイプイは律の部屋に度々出入りしている。

まぁ律はアラサー男性なのでそれは特に気にしていない。

なにより、それよりも律の頭を悩ませる大きな問題があった。

「……プイプイ。ちょっと相談があるんだけど」

「相談? なんでも言うプイ!」

プイプイが促すと、律は買ってきた惣菜を手もつけずにテーブルへ置き、ベッドの上に腰掛けた。

食事しながらではとても話せない、深刻な悩み。

それは――

「金が足りない……!」

怪人・キョウゴクとの戦いで律が長年住んでいたアパートは半壊。

もちろん怪人が壊した建物の損害賠償が魔法少女に行くことなどはないが、とはいえ律は住む家を失ってしまった。

現在は格安のビジネスホテルで過ごしているものの、条件に合うアパートをプイプイが見つけてくれればそちらに引っ越す予定だ。

魔法少女は怪人に狙われる恐れがあるため、ある程度セキュリティがしっかりしていてオーナーに理解のある物件でないと入居を断られるらしい。

律が住んでいたオンボロアパートより家賃が上がる可能性が高い上、キョウゴクにダメにされた家具や家電なども買い直さなければならない。

焦って当然の状況とも言えるが。

「え、お金プイ?」

律の切実な叫びに、プイプイはキョトンとして首を傾げる。

「今回の怪人確保の報酬だけで120万円。当面の生活費はそれで問題ないプイ? なのにどうして心配してるんだプイ?」

「魔法少女って個人事業主でしょ!? この収入がずっと続くとは限らないじゃんざぁこ♡ あっ、また出ちゃった……」

律は少し恥ずかしそうに口元を押さえ、シュンとした。

元アラサー社畜の律は個人事業主という不安定な立場に恐れ慄いている。

しかもこのメスガキ姿。

元に戻れるのか戻れないのか、10年後もメスガキのままなのか、あるいは女性として成長していくのか、魔法少女はいつまで続けられるのか――なにもかも未知の状態。

そんな一寸先は闇の状況で律が頼れるのは金だけなのである。

しかし、プイプイはイマイチピンときていない。

「配信の収益もあるのに、律さんは心配性だプイねぇ」

プイプイと律の間には大きな感覚の違いがある。

プイプイは妖精さんで、律は人間――ということではなく。

知識の違いだ。

ここ十数年で配信業は大きく成長し、トップクラスの配信者は莫大な利益を得られるようになった。

しかしブラック企業に時間と体力を搾取され続けてきた律はそのことをよく知らない。

つまり、律は考えてもいないのだ。

〈黒き森〉壊滅配信で得た収益や投げ銭は120万円どころではない莫大な金額になっていることなど。

彼がその額に目玉を飛び出させるのは、もう少し先の話。

「たくさん怪人を倒して、もっともっと報酬を稼がないと……!」

と、律はやる気満々に立ち上がるが――

「あれ?」

急激な頭痛に襲われて、律は立っていられなくなった。

危うく倒れるところだったが、プイプイに支えられてなんとかベッドに腰を下ろす。

「ご、ごめん。ここ数日、時々頭がすごく痛くなるんだ」

「〈黒き森〉との戦いで魔力をだいぶ使ったプイ。しばらくは安静にしてないと」

「安静ってどれくらい?」

「魔法少女になっていきなりあんなに戦ったんだプイ。全回復までに1ヶ月か2ヶ月か……」

「そんなに!? 無理だよお金なくなっちゃうよ!」

「なくならないプイ! あ、でも――」

プイプイは少し考えて、それから目尻をだらしなく垂らした。

「雑談配信とかどうだプイ?」

「……ええ、配信?」

「みんな〈黒き森〉を倒したヒーロー、律さんの話が聞きたいと思うプイ。律さんのために良い機材も買ったんだプイ」

今まで〈黒き森〉に手をこまねいていたせいで魔法少女への信頼は一度地に落ちた。

それがリツのおかげで人気は急上昇。

プイプイはこの好機を逃すまいとしていた。

「新しい機材使いたいだけじゃないの? まぁ何もしないよりはいいけど……」

と言いつつ、律はあまり乗り気ではなかった。

理由は分からない。なんとなく嫌な予感がしたのだ。

そしてその予感は当たることになる。