作品タイトル不明
18話 楽しいパーティー、邪魔しちゃってゴメンねぇ?♡
「ど、どうして――」
死んだと思っていた律の乱入に、さすがのクロサワも動揺を隠せない。
しかし一呼吸置き、そのわずかな時間で表情を整えてみせた。
「いや、あの程度の爆発で君を殺せるわけはなかったね。でもどうしてここに来られたのかな?」
余裕を感じる表情、ゆったりした口調、なにかを成し遂げそうな目力。
これだ、と律は思う。
この"なんかすごそうな気配"にみんな騙されるのだ。
人形越しに聞いた「奴隷の考えだね」「思考停止だよ」「思い込まされてる」――そのフレーズはつい先日まで律が勤めていた黒沢商事のトップ、黒沢社長の口癖だった。
この人についていけばなんかすごいことが起きそう――
そんな雰囲気に騙されて、みんなブラック企業という蟻地獄に落ちてしまうのである。
その挙げ句、怪人に襲撃されて殺されかけ、その結果メスガキ魔法少女に身をやつしてしまった。
つまり、この男こそが諸悪の根源。
そしてなぜクロサワの場所が分かったのかというと。
律の直属の上司である横槍がよく言っていたのだ。
「黒沢社長は世界を股にかけて仕事しておられるからな。各国にすぐ出向けるよう船で仕事しているんだそうだ。それに比べてお前は――」
事実、朝礼や会議などにもクロサワはカメラ越しにWEB上から参加しており、こうして直に顔を合わせるのは律も初めてだった。
しかしいまなら律にも分かる。
クロサワは種々の悪事に手を染めており、それが露呈しないよう船上で生活していたのだと。
(俺たちが朝から深夜までオフィスに缶詰めになって仕事している間、あなたはこの船で快適に悪事を働いていたんですね。社長さん)
横槍はこのクルーザーに乗ったことがあったらしく、その時の写真を何度も何度も見せられたため覚えていた。
100人乗ってもゆったりとパーティーができるクルーザーだと横槍は自分のものでもないのに自慢していたものだ。
そんな船、そうそうあるものではない。
あとは横槍が自慢げに話していた航路を参考にしつつ、〈黒き森〉本部から一番近い海岸を飛び回って探しただけ。
まさか女体盛りを嗜んでいたとはさすがに律も思っていなかったが。
「楽しいパーティー、邪魔しちゃってゴメンねぇ?♡」
クロサワの質問を無視し、律は周囲に視線を巡らせる。
小さなビキニしか身に着けていないほとんど裸の女たちと、鼻の下を伸ばした男が呆然と律を眺めていた。
この船で酒池肉林の宴が日夜行われているのだろう。
律たちのような労働者が命を削りながら働いている間に、彼らから搾り取った金で。
怒りを通り越して、心が冷たく凪いでいくのを律は感じた。
「へへ、こんな若い子までアテンドできるなんてさすが黒沢社長! 魔法少女コスプレも良いねぇ。も、もしかして未成年……?」
男は変な勘違いをしたらしく、またもや鼻の下を伸ばしながら律に手を伸ばすが。
「きっも♡ 触んないでよ♡」
「へ?」
鼻の下を伸ばしたまま固まる男に、律は挑発的な視線を浴びせる。
「てかおじさん何歳?♡ いい年してこんなイタい遊びしてんのダサすぎ♡ 若いときにモテなかったからこんなことするんだってママが言ってた♡」
「な、なんだと――」
と、律に男が掴みかかる寸前。
息を切らしながらプイプイが時間差で船に飛び込んでくる。
律の飛行速度についていけず、到着が遅れたのだ。
「律さん! は、速すぎるプイ。危うく見失うところだったプイ」
「え? 妖精さん? ってことは本物の魔法少女……?」
男はプイプイと、そして律とを交互に見比べ――そして、プイプイの掲げているスマホにも気付いたようだった。
「ふ、ふざけんな! 撮るんじゃねぇ!」
顔を隠す男や裸の女たちとは対照的に、クロサワはマジマジとスマホのカメラを見つめる。
そして念を押すように言った。
「そうか。今も配信中なのかな?」
クロサワは座卓に置いていたスマホを手に取り、配信画面を確認する。
あの爆破のあとも配信は続いていたのだ。
クロサワの顔もしっかり画面に映り込んでいる。
『これが〈黒き森〉のボスか』
『幹部連中とかと違って輩感がないな』
『自分の手を汚さないインテリヤクザタイプって感じか?』
『悪どいことやって手に入れた金で女遊びとか最悪だな』
『しかも仲間ごと本部ビル爆破して自分だけ逃げようとか』
『これでお前は終わりだ!!!』
『クソき森と一緒に潰れろ』
警察やマスコミにも手出しできず、謎に包まれていたボスをカメラに収めることに成功。
その快挙に、コメント欄も大いに沸いている。
誰もがこの瞬間を心待ちにしていたのだ。
そしてそれはプイプイも同じ。いいや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
「怪人・クロサワ――もう逃さないプイ」
プイプイにとっても関東最大の怪人集団〈黒き森〉のボスは因縁の敵と言って良い。
〈黒き森〉の怪人たちによって今まで多くの魔法少女が引退していったのをプイプイは間近で見ていたのだ。
あと少し。あと少しで〈黒き森〉を壊滅させられる。
――逆に言えば、ここでボスを取り逃がすことがあれば〈黒き森〉は必ずまた再生するだろう。
ここが勝負。
プイプイのそのつぶらな瞳から放たれる眼光はいつになく鋭い。
が、クロサワに取り乱す素振りはない。
顔をさらしているにもかかわらず、カメラに微笑みかける余裕すらみせた。
「配信中なら好都合」
「え?」
プイプイの表情がサッと曇る。
異変はすぐに起こった。
「おい! 配信やめろって! カメラ止めろ――」
騒いでいた男がピタリとその動きを止める。
まるで見えない蜘蛛の巣にでもかかってしまったかのように、その格好のままで固まった。
「え? あれ? 体が動かない……?」
顔は自由になるらしく、男は呆然とそう呟く。
やがて事の重大さに気がついたのか、にわかに慌てだした。
「こ、これってもしかして脳梗塞とか……? 頼む、誰か救急車を――」
しかしそれは決して病気などではなかった。
混乱とパニックは船中に伝染していく。
「えっ……やだ、私も」
「な、なんで!?」
「動けない!」
男だけではなく、女たちもまた同じ症状を訴えたのである。
体が動かない――いいや、正確に言えばそれは違う。
濃い魔力の気配を感じ、プイプイはその表情を険しくする。
「まさか――」
「そう、私が操れるのは人形だけではない」
クロサワの指から伸びるのは、魔力を編んだ糸。
それは男や女たちの体に巻き付くことで自由を奪っている。
いいや、それだけではない。
クロサワは素早く指を動かした。そこから伸びる糸がまるで操り人形のごとく男の体を動かす。
男の体はその意思とは関係なく座卓に並んだフォークを手に取り、構えた。
「え? え? か、体が勝手に。黒沢社長、どういうことなんですか!?」
困惑する男を意に介さず、クロサワは律に陰湿な笑顔を見せる。
「無辜の人間が操られて襲いかかってきたら……魔法少女はどうするのかな?」