軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17話 逃げても無駄だよ♡

スマホを見ながら、男は小さくため息をついた。

安堵の気持ちから出たものである。

液晶に映し出されているのは、暗くなった配信画面と、慌てふためくリスナーたちのコメント。

魔法少女リツの配信画面だ。

(これで魔法少女も怪人も一纏めに始末できた。私に繋がるような手がかりはもうどこにもない)

いくつかのニュースサイトも確認。

ビルの爆破が成功したらしいことが写真付きで報じられており、男は胸を撫で下ろす。

(まぁ、万一生きていたとしてもこんなところには来られまい)

男の周囲にあるのは見渡す限りの海。

太平洋沿岸、豪華な大型クルーザーの上にその男はいた。

一目で上等と分かるシャツに身を包んだ、細身の男性。

爽やかで清潔感あるその外見からは若き実業家や外資系企業で働くエリートサラリーマンを連想させる。

まさか彼が怪人集団〈黒き森〉を裏から操るボス、怪人・クロサワであるなどと誰が思うだろう。

しかし、事実そうなのだ。

(しかし、あの魔法少女は一体どうやって私のことを――)

「黒沢社長! なにやってんですか、始めちゃいますよ!?」

プレゼントを前にした子供のような声。

クロサワはスマホを卓上に置き、顔を上げる。

その目に映るのは、まさに酒池肉林の光景。

採れたての新鮮な魚介類や血の滴る肉、そして美しく飾り切りされた種々のフルーツ。

まるで竜宮城がこの世に現れたようなご馳走が並んでいるが、この宴会が竜宮城のそれよりも素晴らしいと主張する者もいるだろう。

少なくともさっき歓声を上げた男はそう思っているはずだ。

タイやヒラメの舞い踊りは見られないが、ご馳走が並べられているのは皿ではなく若い美女たちの体。

いわゆる女体盛りというヤツだった。

座卓に並んだ4人ほどの女はごく小さな水着しか着けておらず、その体の上に直接料理が盛り付けられている。

クロサワは軽く手を振って男の呼びかけに答える。

「すみません。どうぞどうぞ、始めてください」

「いいんですね!? やっちゃいますからね!?」

クロサワが促すと、男は血走った目をギョロギョロさせながら鼻息荒く醤油を手に取り女体にぶっかける。

そしてやはり子供のようにはしゃいだ。

「イエーイ! 資本主義、サイコー!!」

彼は鼻の下を伸ばした満面の笑みをクロサワに向ける。

「へへへ、スゲェ! クロサワ社長、今後ともよろしくお願いしますね!」

「もちろんですとも」

クロサワは笑顔で応えながら、しかし内心でほくそ笑んでいた。

(バカが多くて助かる。おかげでまた奴隷が増える)

柔らかな女体を箸でつついている男は、知らない。

この様子が録画されていることを。

男は実業家であり、あちこちのメディアに出て自分の顔を広告塔にしながらビジネスをしている。顔が売れている以上、こんな映像が出たらオシマイだ。

だからこそ、クロサワは彼に近付きこんな下品な宴会まで用意した。

この映像を公開すると脅せば、男はどんな要求も飲まざるを得ない。

女たちに関してもそうだ。

若さを売って甘い汁を吸っている彼女たちにも今後、色々な人生の転機が訪れる。

就職、結婚、出産――そんなハレの日を目前にして、この映像を公開すると脅せばどうなるだろうか。

その時、彼女たちもまたクロサワの奴隷に成り下がる。

これがクロサワのやり方だった。

つまり、あらゆる手を使って己に忠実な奴隷を作るのだ。

使い捨てできる奴隷をたくさん。

あるときは巧みな話術で、あるときは類まれなカリスマ性で、またあるときはこのように弱みを握って。

あの生意気な魔法少女にも首輪をつけて飼い慣らしてやろうと思っていたのに、とクロサワは悔しくなる。

あの魔法少女――リツがいればもっともっと大きな儲けを生み出すことができただろうに。

しかし律が「社長」とクロサワのことを呼んだのは、彼にとって完全に予想外だった。

(どうしてあの魔法少女は私のことを知っているんだ。まさか、ハタナカに壊させた黒沢商事の関係者とか――)

黒沢商事。それはクロサワの持っている会社のひとつ。

超ブラック企業であることはクロサワも自覚があった。というか、敢えてそうしていたと言ったほうが正しい。

巧みな話術とマインドコントロールで社員たちに命を削るような働き方をさせて儲けを搾り取っていたものの、そのせいで社員の多くが体を壊し始めたため最近の業績はイマイチ。

よって会社を潰しつつ保険金を得るためにハタナカを使ってオフィスを破壊させたのである。

マッチポンプであることを隠蔽するために魔法少女協会に献金するなど入念な準備のうえに計画は遂行された。

当然社員の多くは死ぬだろうが、レア度の低いモブ奴隷が何人死のうとクロサワの知ったことではない。

そんな取るに足らない奴隷が雇い主に牙を剥いたことにクロサワは言いようのない苛つきを感じていた。

(奴隷は奴隷らしく私のために大人しく死んでおけば良いものを)

リツが初めて魔法少女として戦ったのは黒沢商事のオフィス。

そしてクロサワのことを社長と呼んだのだ。

あの会社と関係があると考えるのが自然だろう。

が、もちろんあんな年端もいかない子供を雇うわけはないし、その顔に見覚えもない。

(もしかして社員の家族か? でもあんな年頃の娘がいる社員などいたかな……? リツ……リツ……? そういえばどこかで聞いたような気が――)

小さな会社だ。社長であるクロサワは社員の顔や名前を何度も見たことがある。

(リツ――そういえばそんな名前の社員がいたような。いや、でもソイツは男だったし、歳だって30そこそこだったはず)

クロサワの頭に、冴えない男の顔が浮かぶ。

名前は確か、七瀬律。

例の魔法少女に似ているかと問われれば、似ていない。

顔はもちろんだが、あの生意気な口調とは似ても似つかぬ従順な社員だった。

身を粉にして働き、低月給にも劣悪な職場環境にも文句を言わず、そして怪人の襲撃で無様に死んだ。

(例えばあの社員の家族が仇討ちをしているという可能性は――?)

考えてみて、しかしクロサワは静かに苦笑し首を振る。

七瀬律には身寄りがないのだ。

だからこそ彼を雇ったのである。

どんな無理な働き方をしても止める者がいない。

身を寄せられる実家がなく、休職や退職で生活が困窮する恐れがある。

だから休むことも辞めることもできない。

黒沢商事にはピッタリの人材である。

事実、七瀬律は会社の奴隷としてよく働き、最後はアッサリ死んでくれた。

そして彼の死を悲しむ人間も文句を言ってくる人間もいない。

まさにクロサワの計画にピッタリの人間だった。

まさかあの魔法少女と関係などあるまい、とクロサワは思い直す。

(まぁいい。新しい怪人を集めて、新生〈黒き森〉を作るのも悪くない。ちょうどマンネリ化していたところだしな)

奴隷を集め、汚れ仕事を任せてその利益を吸い取る。

クロサワの常套手段だ。

実際、〈黒き森〉の幹部たちはクロサワの顔も名前も知らない。

もちろんそれなりの報酬は与えていたが、クロサワの得た利益に比べれば微々たるものと言っても良い。

あれほど人々に恐れられていた幹部の怪人たちですら、クロサワにとっては利益を生み出す奴隷に過ぎないのだ。

(ハタナカに壊させたビルの保険金もあるし、またなにか表の会社も立ち上げるか。今度はインバウンド向けの飲食店なんかどうだろう。例えば黒沢商事ビル倒壊で仕事を失ったヤツらを低賃金で働かせて――)

と、その時だった。

衝撃。そして大きな揺れが船を襲う。

女性が飛び上がったことで盛り付けられた料理が崩れ、あちこちから悲鳴が上がった。

「な、なんだ!? 地震?」

女体盛りに夢中だった男も思わず箸を落とす。

この規模の船がこれほど大きく揺れるなんて普通じゃない。

そう、普通じゃないことがこの船に起こっていた。

突然扉が開き、この酒池肉林のパーティーに飛び込む招かれざる客がひとり。

黄色いワンピースと金髪ツインテールを潮風に靡かせ、小悪魔を思わせる小さな八重歯が覗く口元に手を当てて、その少女は人を小馬鹿にしたように言う。

「 海(こんなとこ) に逃げても無駄だよ♡ ざぁーこ♡」