作品タイトル不明
第66話 王都からの報告書
トマが王都へ着いてから十日後、最初の報告書が届いた。封筒は丁寧に閉じられていたが、中の紙には迷いが多かった。書き出しは立派で、王宮療養室の設備、担当者の数、朝の確認手順が整っていることが書かれている。
だが、三枚目で字が乱れていた。
『失敗しました。私は、王宮の料理人たちに北境式の干し粥を教えようとして、分量を一度で覚えさせようとしました。彼らは頷きましたが、翌朝の粥は固くなりました。私は焦って叱りかけ、殿下の手順書の第一項を思い出して口を閉じました』
リディアは読みながら、少し笑った。笑ったのは失敗がおかしいからではない。
失敗を報告書の中に隠さず書けたことが、よい兆しだったからだ。続きには、王宮の水と北境の水の違い、鍋の厚み、薪ではなく炭を使う火の癖が記されていた。
『北境でできることが、王都でそのままできるとは限りません。私は、そのことを知っていたはずなのに、急ぎすぎました』
リディアは返事を書いた。
『急いだことを記録できたなら、次は急がずに済みます。分量を教える前に、王宮の水で麦がどれだけ膨らむかを一緒に見てください。北境式を王都に押しつけるのではなく、王都の朝を見てください』
彼女はさらに、講師の失敗欄を手順書に作るよう勧めた。教える側の失敗が残らなければ、学ぶ側だけが責められる。リディア自身、王宮でそれを知っていた。
返事を出してから半月後、トマの二度目の報告が届いた。
『王宮の水では、麦を浸す時間を少し長くする必要がありました。料理人の一人が気づきました。私はその人の名を記録しました。干し粥はまだ北境ほど軽くなりませんが、固い粥ではなくなりました』
同封されていた小さな紙には、王宮の料理人の字で礼が書かれていた。
『北境の手順を覚えるのではなく、こちらの鍋を見ると言われて、初めて自分の経験を使ってよいのだと思いました』
リディアはその紙を、食養院の掲示板に貼った。見習いたちは興味深そうに読んでいる。
「夫人、王宮のほうが進んでいると思っていました」
一人が言った。
「進んでいる部分もあります。でも、水も鍋も違います。場所が違えば、失敗の形も違います」
「では、北境式は正解ではないのですか」
「正解の一つです。けれど、唯一の正解ではありません」
リディアは板に書いた。
『土地を見る。人を見る。自分の手順も疑う』
その文字を見て、彼女は少し胸が痛くなった。王宮にいたころ、自分の手順を疑う余裕はなかった。失敗すれば居場所を失うと思っていたからだ。今は、疑うことができる。直すことができる。失敗を報告してくれる人がいる。
夜、エルヴィンが報告書を読んだ。
「トマは苦労しているな」
「はい。でも、よい苦労です」
「君も王都に返事を書きながら、講師を育てている」
「育てているというより、一緒に直しています」
リディアは封をした返書を見た。手を離した先から、また手紙が戻ってくる。
それは依存ではない。遠い厨房同士が、同じ朝を見比べるための往復だった。