軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第53話 名のある朝食係

王宮での講習の最終日、療養室の壁に一枚の板が掛けられた。そこには『王立食養係』と刻まれている。

朝食係ではない。けれど、リディアはその文字を見たとき、昔の自分が少しだけ救われたように思った。

ネリ、王宮料理人三名、侍女二名、薬師補佐一名。初期の担当者の名が、板の下に小さく彫られている。役職だけでなく、名前もある。

式は簡素だった。国王は療養室に長く立てないため、椅子に座って短い言葉を述べた。

「食べられぬ朝を、わしは知っている。そこに名もない手があったことも、今は知っている。今後、王宮はその手を名のある職務として扱う」

彼の声は昔より弱い。だが、言葉ははっきりしていた。

リディアは礼をした。胸の奥に湧いたものは、勝利の高揚ではなかった。もっと静かで、少し重いものだった。

誰かが苦しまなければ、ここまで来なかった。それを忘れてはいけない。

式のあと、ネリが厨房でリディアを呼び止めた。

「夫人、見ていただきたいものがあります」

彼女が差し出したのは、小さな名札だった。そこには『食養係 ネリ』と書かれている。

「最初は、怖かったです。名前が残ると、失敗も残る気がして」

「うん」

「でも、名前がないと、よかったことも残りません。子どもが食べた白い小皿のことも、誰が気づいたか残らない」

ネリは名札を胸に当てた。

「だから、つけます」

リディアはうなずいた。

「よく似合います」

その言葉に、ネリの目が潤んだ。夕方、王宮を出る前に、セドリックがリディアたちを中庭へ案内した。そこには、王宮厨房の古い勝手口がある。かつてリディアが毎朝通った扉だった。

扉の横に、新しい銅板が取り付けられていた。

『この厨房において、セラおよびリディア・ノルトヴァルトは、王の病後食に尽くした。名のない技術を名ある技術として後世に伝えるため、ここに記す』

リディアは銅板に触れなかった。ただ、文字を読んだ。

母の名がある。自分の名もある。

そしてその下に、後から加えられる余白があった。

「余白を残しました」

セドリックが言った。

「これからの者の名を刻むためです」

リディアは彼を見た。かつて庇わなかった王太子は、今、名を残す余白を用意している。消えた傷が戻るわけではない。それでも、人は変わった行動を積み重ねることができる。

「よい余白です」

彼女はそう答えた。帰りの馬車で、トマが窓の外を見ながら言った。

「夫人。朝食係という言葉、もう嫌ではありませんか」

リディアは少し考えた。王宮でその言葉は、身分に合わない下働きの名だった。彼女を小さくし、黙らせるための言葉だった。

けれど今、朝を作る者たちには名前がある。

「嫌ではありません。ただ、誰かを見下すために使われるなら嫌です」

「では、私たちは名のある朝食係ですね」

「そうね」

リディアは微笑んだ。

「名のある、朝を支える人たちです」

馬車は王都の門を抜けた。北へ向かう道の先に、まだ雪の残る山が見える。

リディアは膝の上の手順書に手を置いた。もう、あの勝手口から一人で出ていく少女ではない。

名を持つ人々とともに、帰る場所へ向かっている。