軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話 焦げた王宮粥

王宮の朝は、リディアが去っても同じ時刻に始まった。鐘が鳴り、侍女が廊下を急ぎ、厨房では銅鍋が火にかけられる。違うのは、誰も薪の湿り気を確かめなかったことだ。

王宮東厨房の料理長グラントは、太い腕を組んで鍋の前に立っていた。彼は長く王宮で働いてきた。祝宴の大皿も、外国使節の晩餐も、貴族たちの面倒な食の禁忌も知っている。だが国王の病人食だけは、リディアが来てから彼女に任せていた。

任せていたというより、任せざるを得なかった。陛下の体調は日ごとに違う。同じ粥を作っても、ある日は喜び、ある日は一口で顔をしかめる。リディアはその違いを、前夜の咳、寝汗、唇の乾き、薬の苦さ、窓の風向きまで拾って火を変えた。

そんなものを、ただの手順書で再現できるわけがない。それでもグラントは、ネリから受け取った三日分の紙を大切に広げた。

「今朝は乾いた咳の二日目。粥は昨日より水を多く、葛湯は先に温める。薬湯は半量」

「料理長、薬草棚の鍵がありません」

下働きの声に、グラントは顔を上げた。

「鍵は壁の」

「ありません。ミレーヌ様の侍女が、昨日整理すると言って持っていったそうです」

グラントの眉が動いた。

「取りに行け。陛下の朝食だ」

しかし鍵はすぐ戻らなかった。ミレーヌの侍女は「侯爵令嬢の管理下に置いた」と言い、王太子付きの侍従は「厨房の勝手な薬草使用を防ぐためだ」と言った。グラントが怒鳴りかけたところへ、ミレーヌ本人が現れた。

朝から香水の匂いが強い。

「料理長。陛下の御膳に、苦い薬草を混ぜるのはやめてくださいませ。これからは、わたくしが用意した花蜜湯を添えます」

「花蜜湯?」

「喉にも心にも優しいのです。ローゼン家の客人は皆、これを喜びますわ」

グラントは手の紙を握りしめた。

「陛下は甘すぎるものを朝に召し上がると、胸が詰まります」

「それはリディア様の思い込みでしょう。食事に暗い顔で薬草を混ぜるから、陛下も気が滅入るのです」

厨房の空気が重くなる。グラントは反論したかった。だが相手は王太子の婚約者であり、将来の王妃候補だ。料理長が真正面から逆らえば、厨房全体が罰を受ける。

その間に、鍋の底で粥が焦げた。かすかな焦げ臭さが立つ。

リディアなら、泡の音が変わった時点で火を落としていた。グラントは舌打ちを飲み込み、焦げていない上澄みだけを別鍋へ移した。だが、香りは隠せない。

国王ユリウスの寝室へ運ばれた朝食は、いつもより半刻遅れた。寝台の上の国王は、痩せた指で匙を取った。最初の一口を含み、すぐに顔をしかめる。

「焦げている」

侍医が慌てて膝をついた。

「陛下、別のものを」

「リディアはどうした」

部屋の隅で、セドリックが目をそらした。ミレーヌは微笑みを作った。

「陛下。今後は王宮の品位を整えるため、厨房の人員を正規の者に限ることになりました。わたくしが、喉に優しい花蜜湯をご用意いたしましたの」

国王は小瓶を見た。甘い花の匂いが、寝室に広がる。

リディアがいつも避けていた匂いだった。弱った胃には重く、薬の苦さをごまかすだけで、後から胸を焼く。国王は一口だけ飲んだ。

すぐに咳き込んだ。侍医が背を支え、侍女が布を差し出す。セドリックの顔色が変わる。ミレーヌは立ち尽くした。

「甘い」

国王は苦しそうに息を整えた。

「甘すぎる。リディアを呼べ」

セドリックは唇を結んだ。

「父上、彼女は自分から辞めました」

「なぜ止めなかった」

「厨房に貴族令嬢が出入りするのは、確かに問題が」

国王の目が、病人のものとは思えない鋭さを帯びた。

「私の朝を支えていた者を、問題と呼ぶのか」

部屋は静まり返った。セドリックは初めて、自分が何を失ったのかを少しだけ理解した。

だが、その理解は遅かった。王宮の外では、リディアを乗せた馬車はすでに北境へ着いている。

その朝、国王は粥を三口も食べられなかった。執務は午前で止まり、午後の謁見は延期された。王太子の机には、判断を待つ書類が積み上がる。ミレーヌは花蜜湯の壺を下げさせたが、甘い匂いだけはしばらく寝室に残った。

東厨房では、グラントが焦げた鍋を洗っていた。底にこびりついた黒い膜は、力を入れても簡単には剥がれない。

「料理長」

ネリが小声で呼んだ。

「リディア様へ、手紙を出せませんか」

グラントは鍋を見つめた。彼女を呼び戻すのは簡単だ。王宮の名を使えば、子爵家の養女などすぐに戻せると、上は考えるだろう。

けれど、リディアは自分の足で出ていった。あの子は皿を投げなかった。怒鳴りもしなかった。陛下の朝食だけは整え、三日分の紙を残し、自分の帳面を持って去った。

戻ってこい、とだけ書くのは違う。

「手紙は出す」

グラントは鍋を水に浸けた。

「だが、頼み方を間違えるな。あの子はもう、ただの朝食係じゃない」

ネリは少し泣きそうな顔で頷いた。王宮で、そのことに気づいた者はまだ少なかった。