作品タイトル不明
第11話 もう朝食係ではありません
王宮へ送った返書の答えは、三日後に届いた。今度の封蝋は王太子ではなく、王宮侍従長のものだった。中には二枚の紙が入っている。一枚は礼を装った抗議文。もう一枚は、以前リディアが署名を拒んだ誓約書の写しだった。
文面には、王宮で得た食事調整技術の外部使用を禁じる、国王陛下への忠誠を示すため速やかに帰還せよ、とあった。
リディアは読み終え、厨房の作業台に紙を置いた。
「忠誠、ですか」
マルタが乾いた声で言った。
「忠誠を示せと言う相手に、報酬の記載がありませんね」
「戻れば、前と同じ扱いになると思います」
「それは戻るとは言いません。捕まると言います」
普段は穏やかなマルタの表情が、少し険しかった。リディアは窓の外を見た。薬草畑では、兵たちが柵を直している。ユアンも軽い作業に出ており、木杭を抱えて笑っていた。
彼らの胃は、まだ完全ではない。公爵の食事も、ようやく粥から柔らかい卵に進んだばかりだ。ここを離れる理由が、王宮の都合だけなら、リディアはもう従えない。
「返事を書きます」
彼女は紙を取った。書き出しは丁寧に。だが曖昧にしない。
私は王宮朝食係ではありません。正式な任命も俸給もなく、したがって王家に属する技術保持者でもありません。
母から受け継いだ温脈の知識と、私個人の観察記録は、私の財産です。国王陛下の御膳については、料理長グラント殿および侍医長殿から正式な照会がある場合に限り、文書で助言いたします。
書きながら、手の奥が少し震えた。王宮を拒むことは、今までのリディアには考えられなかった。養家のベルセ子爵家も、王宮との細いつながりで体面を保っている。養父に迷惑がかかるかもしれない。
その考えが浮かんだところで、リディアは筆を止めた。ベルセ家は、彼女が朝食係として王宮へ入るとき、喜んだ。養女が役に立てば家の顔が立つと、養父は言った。だが朝四時に起きて厨房に通う日々を、誰も心配しなかった。
家のため、王宮のため、陛下のため。そのすべてを自分の体より上に置くことを、リディアはずっと正しいと思っていた。
正しいこともあった。けれど、それだけでは人は削れていく。
「リディア」
エルヴィンの声がした。いつの間にか、厨房の入口に立っていた。朝の食事を終えたばかりで、手には空の湯杯を持っている。
「返事は、あなたの名で出すか。公爵家の名で出すか」
「私の名で出します」
言ってから、彼女は少しだけ息を吸った。
「ただし、写しを公爵家で保管していただけますか」
「もちろん」
「王宮が、後で違うことを言わないように」
エルヴィンの口元がわずかに緩んだ。
「いい判断だ」
それは褒め言葉だった。リディアは俯きそうになり、やめた。
「王宮にいた頃は、判断しても記録に残りませんでした。陛下が食べられた時も、食べられなかった時も、私の名前はどこにもなかった」
「ここでは残す」
「はい。残したいです。私のためだけでなく、次に誰かが同じ仕事をするときのために」
エルヴィンは湯杯を作業台に置いた。
「なら、厨房会議の記録にあなたの署名欄を作る」
「署名欄?」
「責任を負わせるためではない。働いた者の名を消さないためだ」
胸の奥が、痛いほど熱くなった。王宮から届いた紙には、リディアを縛る言葉が並んでいた。公爵家の作業台で生まれる紙には、リディアの名を残す場所が作られる。
同じ紙なのに、こんなにも違う。その日の午後、リディアの返書は北境の早馬に預けられた。
彼女は最後に、一文を加えた。私はもう、王宮の朝食係ではありません。
その文字は、自分で思っていたよりまっすぐだった。