作品タイトル不明
26 王宮の冒険
26 王宮の冒険
調査隊の報告を聞き終えたあと。
ギルドのロビーは妙な熱気に包まれていた。
「中層直通かもしれねぇぞ」
「夢があるな」
「一攫千金だな」
冒険者たちが好き勝手に騒いでいる。
だが、その中心にいるケイトだけは、机の上の地図を見たまま黙っていた。
長い通路に、複数の分岐に、正規ではない侵入口。
まだ、本当の入口が見つかっていない。
そこまで考えた瞬間、ケイトの頭の中は、冒険より先に書類へ切り替わった。
「マスター」
「なんだ」
ギルドマスターが腕を組んだまま答える。
ケイトは小声で話しかける。
「この件、しばらく外へ漏らさないでください。えっと……完全には無理でしょうけど」
騒ぐ冒険者を見て付け加えた。
ギルドマスターが目を細める。
「理由は?」
「入口がまだ不明です」
「そうだな」
「つまり、正式な管理区域が確定していません」
「なるほど」
「知られると、権利を主張する人が増えます」
「たしかに増えるな」
「貴族も商人も、あと宗教関係も来るかもしれません」
「面倒だな」
「ものすごく」
ケイトは真顔だった。
「なので、わたし、ちょっと王宮へ行って来ます」
「今からか?」
「今のうちに入口周辺の仮封鎖権限なんかを獲得して来ます」
「権限って言うと、騎士団を動かすのか?」
「いえ」
ケイトはさらっと言った。
「書類だけ先に通します」
ギルドマスターは横目でケイトを見た。
「お前、その顔はもう何か企んでる時の顔だな」
「失礼ですね」
「違うのか?」
「違いませんけど、対策と言ってください」
マイクが横でため息を吐いた。
「また一人で抱え込む気か」
「この程度を抱え込むとはいいませんよ。手間もかけません。すぐ終わらせます。今やるのが、一番簡単です」
ケイトは肩掛け鞄へ資料を詰め込み始めた。
「誰も気づいてない今なら、静かに通せます」
「嫌な手慣れ方だな」
「元婚約者で執務担当でしたので」
そう言うと、ケイトはさっさとギルドを出て行った。
そして、その日の夕方。
ギルドマスターの執務室の扉が、こんこんと叩かれた。
「失礼します」
入って来たのはケイトだった。
妙にすっきりした顔をしている。
ギルドマスターは喜んでいいはずなのに、嫌な予感しかしなかった。
「お前、なにをした」
「事務仕事ですよ。ちゃんと言いましたよ」
「そうだったな」
ケイトは鞄から書類束を取り出した。
机へ並べる。
一枚、二枚、三部、四枚。
どんどん増える。
ギルドマスターとクーパーの顔が引きつった。
「おい待て」
だが、ケイトは止まらない。
「こちらが仮封鎖許可認定書」
「こちらが調査区域一時指定権限」
「こちらがえっと、ちょっと大変だったですよ。調査区域指定責任者任命権限権」
「あれ? 間違えてる。明日訂正に行って来ます。部屋の片づけがあるから、ついでです」
「これは……未確認危険区域責任者認定書」
「まだあるのか!?」
「あります」
「お前、どこまで押さえた!?」
「こちらが調査主体暫定登録証」
「あと、こちらが外部立入制限宣言権利証です」
ギルドマスターは無言になった。
クーパーが横で紙を覗き込み、目を剥く。
「全部通ってる……」
「はい」
「今日だぞ!?」
「今日ですね」
ケイトは紅茶でも飲むような気軽さで答えた。
ギルドマスターが額を押さえた。
「待て待て待て」
低い声だった。
「王宮に遺跡の話は流したのか?」
「いいえ」
「は?」
「洞窟が見つかったとも言ってません」
二人は事態が呑み込めない。
ケイトは平然と続けた。
「山崩れ地域で危険区域が発生した可能性があるため、調査権限と封鎖権限の事前整理が必要って形で通しました。緊急案件で審議している暇はないですからね。一度経験したことの応用ですよ」
ギルドマスターが絶句した。
「ケイト……さん」
「はい」
「それで通したのですか?」
「通しました」
「その……誰が決裁を?」
ケイトはきょとんとした。
「わたしですけど?」
二人が固まった。沈黙が痛いほどだった。
ロビーの喧騒だけが遠くで聞こえる。
そして「はぁ!?」ギルドマスターが机を叩いた。
「お前、自分で決裁したのか!?」
「はい」
「なんで出来る!?」
「今、執務補助依頼受けてるので」
ケイトは当然みたいに言った。
「依頼に添って仕事をしてきました」
「待て、普通そこは事務局長とか王太子とかだろ」
「急いでましたので」
「急ぎでも勝手にやるな!」
「いいんですよ。いつもやってましたから、喜ばれましたよ。緊急案件を片づけてもらったって」
「なんと! ははっ……お前、本当にやったのか」
「もう! やったからここにあるんですよ」
「どうなってるんだ。この国は!」
ギルドマスターが吠えた。
だが、ケイトは次の紙を出していた。
「あと、念のため違反者の逮捕、懲罰を行使できる臨時法を通しておきました」
「そこまで、頭が回るのか!」
「入口が特定できない、不明区域扱いなので、関係者以外の侵入は罰則が重く設定してあります」
ケイトは書類をひらひらとさせた。
「お前なぁ……!」
ギルドマスターは深く椅子へ沈み込んだ。
頭が痛い、とても痛い。
ギルドとしては最高の環境になった。それなのに……
書類は完璧だと思う。穴がないと思う。
必要な権限も押さえてあると聞いた。ケイトがそう言ったからそうなのだろう。
だけど、嬉しくない……なぜだ?
そうだ。そうだな。理解できないからだ……
これに文句を言うのは、罰当たりの所業だ。
ギルドマスターはしばらく天井を見たあと、小さく呟いた。
「王太子がなんか、気の毒になって来た」
「同感です」
クーパーが即座に返した。
「同情するより、感謝だな」
ギルドマスターが書類を叩く。
「この速度で役所仕事が出来る冒険者なんざ、化け物だ」
ケイトは嫌そうな顔をした。
「冒険者扱いしてください」
「無理だ」
マスターは無駄に力強く答えた。
「無理だよね」とマイクもうなずく。
「なんでですか!?」
「冒険者が王宮で自分で決裁して帰って来るか?」
「緊急だったんですよ!」
「だね」
ケイトは不満そうに頬を膨らませたが、ギルドマスターは書類を見ながら、ふっと笑った。
「まぁいい」
「いいんですか?」とクーパーが念を押す。
「あぁ」
ギルドマスターはニヤリと笑う。
「これで、入口を見つけた瞬間から、全部こちらの管理下だ」
ケイトも、ようやく少し笑った。
「はい。だから、安心して調査できます」
ギルドマスターは、そんなケイトを見ながら小さく息を吐く。
「お前の冒険の舞台は王宮だな」
ケイトは嫌そうな顔をした。
「できれば普通の冒険者になりたいです」
「無理だな」
マスターの言葉にクーパーがうなずいた。
「でも、ケイト働きすぎだろ? 無理するなよ。休めよ」
「えぇ! 無理なんてしてないですよ。これからゆっくり夕食ですよ」
「それはそうだが……」
「王宮ではなにか摘まみながら徹夜でしたから」さらっと恐ろしいことを言った。
「だいたい、最初から一人でするのは楽なんですよ。人が途中で投げ出したのをやるのは、二倍も三倍も手間なんですよ。一度読んで、修正して、整合性を取って……本当に嫌になります。面白くないし、人の仕事ですからね。それに比べたら、今やっているのは楽しいですし、夕食までに終わるんですよ。全然無理じゃないですよ」
「そうか。お前の基準だと、そういうものか」
「そうですよ。だから心配ありません」
そう言うと、ケイトとマイクは並んで執務室を出て行った。
扉が閉まったあと、ギルドマスターは机の上の書類を見下ろしながら、ぼそりと呟く。
「やっぱり、あいつは王宮向きだろ」
「ですねぇ」
クーパーも疲れた顔で頷いた。
◆◇◆◇◆
書類の名称はAIに相談して、回答を切ったり張ったりして、うさんくさくしました。