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作品タイトル不明

23 王妃とのお茶会

23 王妃とのお茶会

王妃の私室は、静かだった。

大きな窓から午後の日差しが差し込み、磨かれた銀器が淡く光っている。

テーブルには上質な茶器と焼き菓子。

けれど、部屋の空気は少し重かった。

「どうぞ、座ってちょうだい」

王妃が穏やかに言った。

「失礼します」

ケイトは素直に椅子へ腰を下ろした。

お城に呼ばれて王妃とお茶する冒険者のマナーなんて誰も知らないから、ケイトはとりあえず丁寧な物腰でいくことにした。

キャサリンとして王妃に接している時ほどの固さはない。

冒険者用の外套は脱いでいるが、服装は簡素だ。動きやすいワンピースにブーツ。

王妃はその姿をじっと見た。

侍女が紅茶を注ぎ、静かに下がっていく。

部屋には二人だけになった。

王妃は、少し間を置いてから口を開く。

「冒険者の生活には慣れまして?」

「はい。楽しくやっています」

あっさりと肯定された。

「そう」

「薬草採取も楽しいですし、薬師ギルドの勉強も面白いです」

ケイトはそう言って、素直に紅茶へ口をつけた。

王妃は、その様子をじっと見る。

以前のキャサリンなら、王妃とのお茶でここまで自然には振る舞わなかった。

もっと気を張っていた。

もっと周囲を優先していた。

「困っていることはありませんの?」

「今のところは特に」

「住まいは?」

「ギルドにホテルを紹介して貰いました」

「そう」

王妃は小さくうなずいた。

侯爵令嬢だった娘が、一人で侍女もなく暮らしている。

本来なら憐れむ場面のはずだった。

だが、ケイトは平然としていた。

むしろ、楽しそうだ。

王妃はゆっくりとカップを置いた。

「戻る気はありませんか?」

ケイトが瞬きをした。

「どちらへでしょう?」

「王城へ」

静かな声だった。

「あなたほど実務を理解している者はいません。文官たちも困っています」

「そうでしょうね」

あっさり返って来た。

王妃は少し眉を動かす。

「冷たいのね」

「そうでしょうか?」

ケイトは首をかしげた。

「今は依頼を受けていますし、聞かれれば答えていますよ」

「ですが、以前のようには働かない」

「以前は働きすぎでした」

事実だろうが、もう少し言い方というものが……

王妃は言葉を失う。

ケイトは淡々と続けた。

「前は、朝から夜まで働いても、終わらなかったんです」

「それは、婚約者として当然の……」

「王太子としての当然の仕事をしない人がいました」

「それは」

ぴたり、と王妃の言葉が止まった。

ケイトは紅茶を見ながら言う。

「今は違います。依頼料が出ます。休みもあります。断ることもできます」

静かな声だった。

責めるような口調ではない。

だからこそ重かった。

「わたし、今の生活の方が好きなんです」

王妃は視線を落とした。

窓の外で鳥が鳴いている。

やけに長く聞こえた。

「あなたは、王家に尽くしてくれていたわ」

「そうですね」

「感謝もしているの」

「はい」

ケイトはうなずいた。

だが、その返事には期待も感動もない。

ただ事実として受け取っている。

王妃はゆっくり息を吐いた。

「宝石の件なのだけれど」

空気が少し変わった。

王妃はカップをゆっくり置いた。その手が、わずかに止まる

ケイトの目が、静かに王妃を見る。

「母の遺品のことですか?」

「ええ」

「泥棒ですよね」

ケイトは続ける。

「夜会で申し上げました」

静かな声だった。

「王妃殿下も聞いておられましたよね」

「ええ」

「黙って聞いてらっしゃいました」

逃げ道を塞ぐような言葉だった。

けれど、口調は穏やかだった。

それが余計につらい。

王妃はすぐには返事ができなかった。

否定できない。

あの場で、確かに聞いたのだ。

三か月年上の妹。

母の宝石。

渡した、奪ったという話。

全部。

「整理が必要な問題だったのです」

王妃はようやくそう言った。

「そういうものですか?」

ケイトは王妃を見て続けた。

「でも、整理されませんでした」

王妃は黙る。

「わたし、別に高価な宝石だから怒っているわけではないんです」

ケイトは少し笑った。

「母の物だったので」

その笑みが、少しだけ寂しかった。

「なんというか、雑に扱われるのにうんざりしてたんです」

王妃はおもわずケイトの顔を見た。

ケイトはまっすぐ王妃を見ていた。

「なにをやっても通じない」

その言葉に、王妃は返事ができなかった。

長い沈黙が落ちる。

やがて王妃は、小さく口を開いた。

「あなたを、保護すべきだったのでしょうね」

ケイトは少しだけ驚いた顔をした。

だが、すぐに肩をすくめる。

「どうでしょう?」

「王城は、あなたが戻って来ると思っていたのです」

「王城がなにを指すかは、問いませんが……せっかくの機会を利用しました」

ケイトは笑った。

王妃は目を閉じる。

頭が痛かった。

王室へ向けられる視線。

王太子の失態。

宝石の件。

そして。

有能な少女を、自分たちが失ったこと。

全部が重かった。

ケイトは最後の一口を飲むと、立ち上がった。

「紅茶、美味しかったです」

「そう」

「それでは失礼します。請求書を送りますね」

「請求書?」

「王妃とのお茶会は別料金ですよ」

「……」返す言葉がなかった。

王妃は、出て行く背中を見送る。

扉が閉まる。

静かな部屋に、一人だけ残された。

王妃はゆっくり額を押さえる。

「どうして、誰も止めなかったの……」

その呟きに答える者はいなかった。