軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第51話 白物家電の反乱と空間を折り畳む扉、あるいは魔導産業革命の狂騒

八月の東京は、茹だるような暑さに包まれていた。

アスファルトは熱を帯び、陽炎が立ち上り、セミの鳴き声が鼓膜を震わせる。

温暖化の影響か、それともダンジョン出現による環境への微細な干渉か、今年の夏は観測史上類を見ないほどの猛暑となっていた。

だが、霞が関にある合同庁舎の大会議室だけは、不自然なほどの静寂と、そしてひんやりとした冷気に満たされていた。

空調が効いているからではない。

いや、正確には「空調」のせいなのだが、その意味合いが通常とは根本的に異なっていた。

俺、八代匠は、円卓の上座に近い席で、目の前に鎮座する無骨な白い箱を見つめていた。

それは一見すると、どこにでもある家庭用のエアコンの室内機に見える。

だが、決定的に異なる点が一つあった。

コンセントに、プラグが刺さっていないのだ。

それにもかかわらず、送風口からはキンキンに冷えた冷気が、音もなく吐き出され続けている。

「……素晴らしい」

経済産業省の事務次官が、ハンカチで額の汗を拭うのも忘れて、その白い箱に見入っていた。

彼の目には、信仰に近い熱狂が宿っている。

「これが……完成したのですね。『魔導エアコン・試作一号機』」

「はい。日本の技術者たちの、不眠不休の努力の結晶です」

答えたのは、大手電機メーカー「ヒタチノ」の開発本部長だ。

目の下に濃い隈を作っているが、その表情は晴れやかで、誇らしげだった。

「従来のヒートポンプ技術と、八代様よりご提供いただいた『魔石回路理論』を融合させました。

熱交換の触媒として冷媒ガスを使うのではなく、魔石から抽出される『氷結属性のマナ』を直接変換し、熱を相殺する。

室外機は不要、排熱もゼロ。

完全なる自己完結型の冷却システムです」

室外機がいらない。

この一点だけでも、建築業界や都市計画にとっては革命だ。

ヒートアイランド現象の主因の一つである、エアコン排熱がなくなるのだから。

だが、この場にいる「有識者」たち――官僚、財界人、そして俺が注目しているのは、環境性能などという綺麗な話ではない。

もっとドロドロとした、金の話だ。

「……で、ランニングコストは?」

財務省の主計官が、食い気味に尋ねた。

開発本部長は、待っていましたとばかりに胸を張る。

「驚かないでください。

動力源となるのは、F級魔石一個です。

現在のアメリカ主導による高騰価格で換算しても、仕入れ値は3万円。

この魔石一個で、24時間365日フル稼働させたとして……約1年間持ちます」

会議室がどよめいた。

電卓を叩く音が、あちこちから聞こえる。

3万円で1年間。

月額に直せば、たったの2500円。

「馬鹿な……!

この猛暑だぞ?

従来の電気エアコンなら、一日中つけっぱなしにすれば月1万、いや、部屋の広さによっては2万円は電気代がかかる。

それが、月2500円だと?」

「はい。

しかも、これは『F級魔石』での試算です。

もし将来的に魔石の価格が落ち着き、以前のように1個数千円で取引されるようになれば……冷房費は実質タダ同然になります」

暴力的なまでのコストパフォーマンス。

これを「革命」と呼ばずして、何と呼ぶか。

俺はニヤリと笑った。

メーカーの連中、よくやった。

俺が少し前に、「魔石には属性変換の特性がある」「回路に組み込めば永久機関に近い効率が出せる」というヒント(設計図の一部)を渡してから、わずか数ヶ月。

猛暑という追い風があったとはいえ、ここまでの完成品を仕上げてくるとは、さすが日本のものづくりだ。

「これだけじゃありませんよ」

開発本部長が得意げに、隣のブースにかかっていた布を取り払った。

そこに現れたのは、これまた何の変哲もない業務用の大型冷蔵庫だ。

「こちらは『魔導冷蔵庫』。

食品保存に特化した冷気維持術式を刻印しています。

動力は同じくF級魔石一個ですが……冷却維持のみにエネルギーを使うため、こちらはなんと『10年間』稼働し続けます」

「じゅ、10年!?」

誰かが叫んだ。

10年。それは家電製品の寿命そのものだ。

つまり、一度魔石をセットして買えば、買い換えるその日まで電気代は一切かからないということになる。

F級魔石3万円で10年。

月額250円。

電気代と比較すれば、10年で10万円以上の節約になる。

飲食店の業務用冷蔵庫や、巨大な冷凍倉庫で採用されれば、その経済効果は計り知れない。

「まさに……魔導家電時代の幕開けだ」

経産省の役人が、震える声で言った。

電力会社からの圧力?

そんなものを気にしている段階ではない。

これは国益だ。

エネルギー自給率の低い日本が、初めて手にした「エネルギー覇権」の欠片なのだ。

「市販化は、いつからだ?」

俺が尋ねると、本部長は恐縮しながら答えた。

「は、はい。

まずは業務用の大型空調や、物流倉庫向けの冷凍設備から導入を始めます。

家庭用については、魔石の交換メンテナンス体制が整い次第……来年の夏前には店頭に並べたいと考えております」

妥当な判断だ。

家庭用はサポートが面倒だ。

まずは「電気代」というコストにシビアな企業向けに売り込み、シェアを塗り替える。

工場のライン、データセンターの冷却、巨大ショッピングモール。

それらの電力が魔石に置き換われば、日本のエネルギー事情は劇的に改善する。

「素晴らしい成果だ。

この技術があれば、日本の夏は変わるだろう」

俺は称賛した。

だが、腹の中では別の計算をしていた。

(……一般普及すれば、F級魔石の需要は爆発的に伸びる。

今はアメリカの買い支えで3万円だが、実需が生まれれば価格はさらに安定する。

俺が倉庫に死蔵している数万個の在庫……売り時を見極めないとな)

そして何より、この「魔導家電」の特許技術。

その根幹となる『魔力変換回路』の基本特許は、俺――いや、俺のダミー会社が押さえている。

エアコンが売れるたびに、冷蔵庫が売れるたびに、チャリンチャリンとライセンス料が入ってくる仕組みだ。

俺は何も作らなくても、日本の夏が暑ければ暑いほど儲かる。

「しかし、八代様。

本日のメインディッシュは、これではありませんよね?」

佐伯が意味ありげな視線を、俺に向けてきた。

そうだ。

エアコンや冷蔵庫なんて、所詮は「F級魔石」を使ったオモチャに過ぎない。

一般大衆を喜ばせるための、分かりやすいデモンストレーションだ。

今日、この場に集まった政府高官たちが本当に見たいもの。

そして俺が、今後の世界戦略のために見せつけなければならないもの。

それは、もっと高次元の――文字通り「次元」を操るテクノロジーだ。

「ええ、その通りです、佐伯さん。

皆さん、場所を移しましょうか。

ここじゃ狭すぎる」

案内されたのは、庁舎の地下にある広大な多目的ホールだった。

体育館ほどもある広い空間。

その中央に、俺たち「アルカディア」のスタッフが奇妙な準備を進めていた。

用意されているのは、何の変哲もない手のひらサイズの金属キューブが一つ。

そして、その傍らに置かれている「燃料」が異彩を放っていた。

厳重なアタッシュケースから取り出されたのは、拳大の大きさを持つ紅蓮に輝く宝石。

そして、その隣にある、さらに巨大な太陽のように眩い黄金の結晶体。

「……あれがB級魔石、そしてA級魔石ですか」

防衛省の幹部が、ごくりと唾を飲み込んだ。

現在、世界中のダンジョンで「B級」以上の魔石を安定して採掘できているのは、俺たちアルカディアだけだ。

市場価格は、B級一個で500万円。

そしてA級に至っては、市場に出回ったことすらない「幻」だ。

「説明しましょう。

そこに転がっている赤いのが、B級ダンジョン『紅蓮の火山』で採掘されたB級魔石です。

これ一つで、先ほどのエアコンなら1000年は動かせるでしょうね」

俺は冗談めかして言ったが、誰も笑わなかった。

エネルギー密度の桁が違うことが、肌で感じ取れるからだ。

「ですが、今日使うのは、これじゃありません。

これです」

俺は黄金の結晶――A級魔石を指差した。

「これは天然のものではありません。

B級魔石40個を、工業用高圧プレス機と特殊触媒を用いて融合・再結晶化させた、人工のA級魔石です。

原価にして約2億円。

製造工程でのロスを含めれば、もっと跳ね上がるでしょう」

2億円の宝石。

それを惜しげもなく実験に使う。

官僚たちの緊張が高まる。

「まずは『空間展開シェルター』をご覧に入れましょう」

俺はスタッフに合図を送った。

スタッフがA級魔石を、金属キューブ側面のソケットにカチリと嵌め込む。

ブォン……という重低音が響き、キューブから光の格子が溢れ出した。

次の瞬間、ボンッ! という空気の破裂音と共に、目の前に巨大な軍用テントのような建物が出現した。

「なっ……!?」

驚愕の声が響く。

何もない空間から、いきなり建物が現れたのだ。無理もない。

「どうぞ、中へ」

俺に促され、大臣たちがおずおずと中に入る。

内部は外見通りの広さだ。

長机やパイプ椅子が並べられ、簡易的な作戦司令室のようになっている。

「驚くことではありませんよ。

空間圧縮技術そのものは、もはや枯れた技術です。

工場で製造した建物を、特殊なフィールドで圧縮して運搬する。

技術的な難易度は低く、今やどこの町工場でも導入できる一般的なプロセスです」

俺は淡々と解説した。

実際、この手の「圧縮コンテナ」は、すでに物流の現場で試験導入が始まっている。

だが、普及には致命的なボトルネックがあった。

「問題は、圧縮状態の維持と、展開後の安定化に莫大なエネルギーを食うことです。

通常のバッテリーやF級魔石では、展開した瞬間にエネルギー切れを起こして崩壊してしまう。

ですが――」

俺は壁に埋め込まれたA級魔石を指差した。

「このA級魔石なら話は別です。

一度展開すれば、エネルギーロスはほぼゼロ。

半永久的に、この空間を維持し続けます。

メンテナンスフリーで数百年。

孫の代まで使える、動く不動産の完成です」

半永久的で2億円。

高いか安いか。

災害時の緊急展開用として考えれば、安いものだ。

トラック一台で、数百人を収容できる恒久的な避難所を運べるのだから。

「……素晴らしい。

自衛隊の駐屯地問題も、これで解決するかもしれん」

防衛省幹部が唸る。

潜水艦や護衛艦の内部スペース拡張など、軍事転用のアイデアが次々と浮かんでいる顔だ。

「では、次に行きましょう。

本日のメインイベントです」

俺たちはシェルターを出て、ホールの反対側へ移動した。

そこには二つのドア枠が、50メートルほど離れて設置されている。

このドア枠もまた、工場で量産された既製品だ。

ただ、そのフレームにはA級魔石が埋め込まれている。

「『物質転送ゲート(ショートレンジ・ワープ)』。

空間圧縮の応用技術です。

離れた二点間の空間を折り畳み、物理的な距離をゼロにする」

俺は片方のドアを開けた。

その向こうには――50メートル先に立っているスタッフの背中が見えた。

俺がドアをくぐると、一瞬にして50メートル先へ移動していた。

「おおおおおおお!!」

会場がどよめきと拍手で包まれる。

SF映画の世界が、目の前で実現した瞬間だ。

「装置自体は単純な構造です。

技術的には既存の通信インフラの延長線上で作れます。

ですが、空間を常時接続し続けるには、やはりA級クラスの出力と、枯渇しない持続力が必要不可欠なんです」

ゲート技術自体は難しくない。

その辺の工場で作れる。

だが、それを動かす「電池」が、世界中どこを探しても存在しないだけだ。

「現在はまだ試作段階で、接続距離は数キロメートルが限界です。

ですが、理論上は県を跨ぐ移動や、将来的には大陸間移動も可能です」

「数キロでも十分だ! 高層ビルの1階と最上階を繋げば、エレベーター待ちがなくなる!」

「川や海峡を挟んだ物流が、革命的に変わるぞ!」

「トンネルを掘る必要がなくなる……建設業界がひっくり返るな」

興奮する有識者たち。

彼らの頭の中では、すでにこの技術を使った利権の分配図が描かれていることだろう。

「この技術、アメリカ政府にも提供する予定ですが……。

先行利用権(プライオリティ) は、開発に協力してくれた日本企業と、我がアルカディアが持ちます」

俺は釘を刺す。

ゲートもシェルターも、ハードウェアの製造技術はいくらでも公開してやる。

誰でも作れるようになればいい。

そうすれば世界中が「A級魔石」を欲しがるようになるからだ。

A級魔石を作るには、40個のB級魔石が必要だ。

そして現在、B級魔石を安定供給できるのは、俺が支配するダンジョンだけ。

つまり、世界中のインフラが進化すればするほど、俺の懐に金が転がり込む構造になっている。

俺は魔法使いとして君臨する気はない。

ただ、この星のエネルギー供給を握る「元栓」でありたいだけだ。

「もちろんですとも、八代様!

これは日本の技術だ!

世界に売り込む際のロイヤリティ設定、しっかりと詰めましょう!」

経産省の役人が、満面の笑みで握手を求めてきた。

彼らは有頂天だ。

これまでアメリカの魔石バブルに振り回され、後塵を拝していた日本が、技術力で逆転ホームランを放ったのだから。

「魔導立国・日本」。

その甘美な響きに、彼らは酔いしれている。

「ええ。

共に世界を変えましょう」

俺は笑顔で応じながら、腹の中で舌を出した。

(……チョロいもんだ。

これで魔導家電の普及と、空間技術の実用化のレールは敷かれた)

魔導家電が普及すれば、F級魔石の需要は底堅くなる。

空間技術が発展すれば、A級魔石(=圧縮されたB級魔石)の価値が跳ね上がる。

A級は半永久的だからこそ、一度導入されれば手放せなくなる。

それはつまり、俺たちへの依存が永遠に続くということだ。

この国の産業構造は、今日この瞬間から魔石なしでは回らなくなる。

石油王? 古いな。

これからは「魔石王」の時代だ。

「さて、実演は以上です。

詳しい契約内容については、後日、私の代理人(弁護士チーム)から連絡させます」

俺はスマートに切り上げた。

長居は無用だ。

彼らが興奮の余韻に浸っている間に、さっさと退散して、次の仕掛けの準備をしなければならない。

帰り道。

迎えのハイヤーの中で、俺は窓の外を眺めた。

猛暑の東京。

ビル群が熱気で揺らいでいる。

来年の夏、この景色は一変しているだろう。

全てのビルから室外機が消え、静寂の中で冷やされた都市。

物流トラックが消え、ゲートを通って荷物が運ばれる未来。

その全てが、俺の手のひらの上で動くジオラマのようなものだ。

「……次は『通信』か、それとも『医療』か。

やれることは山ほどあるな」

俺はタブレットを開き、資産残高を確認した。

今日の発表を受けて、関連企業の株価は爆上がりしている。

あらかじめ仕込んでおいた俺の資産は、また一つ桁が増えていた。

7ヶ月目。

世界は完全に後戻りできない領域へと踏み込んだ。

魔法と科学が融合した、歪で、しかし輝かしい未来へ。

俺はその先頭に立ち、誰よりも高く、誰よりも強欲に、この世界を喰らい尽くしてやる。

スタンピード?

ああ、来るなら来い。

その頃には俺は、この国を「要塞」に変えているはずだ。