軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第46話 一四歳の天才職人とハクスラオタクの特別講義、あるいはMOD選別の深淵

アメリカ大使館VIP用通信室。

遮音壁に囲まれた静寂の中、俺は革張りの椅子に深く腰掛け、目の前の巨大なモニターを見据えていた。

背後にはCIA極東支部長のスミス氏が控えているが、今の俺には背景の一部にしか見えていない。

これから始まるのは、日米首脳会談よりも遥かに重要な歴史的会談だ。

相手はアメリカの探索者市場を一変させうる「S級ユニークスキル」の持ち主にして――俺の推しキャラ(NPC)である、エミリー・ミラー。

(落ち着け、俺。

顔に出すな。

キリッとしろ。

相手は14歳の少女だ。キモいオタクだと思われたら即終了だぞ)

俺はネクタイを締め直し、表情筋を総動員して「頼れる大人の男」の仮面を被った。

そして、通信接続のシグナルが緑に変わる。

『――Hello?

聞こえてるかしら? 日本のすごい探索者様』

画面にノイズが走り、次の瞬間、鮮明な映像が映し出された。

雑然としたガレージのような工房。

散乱した図面と工具。

そして、カメラを覗き込むように身を乗り出している、金髪ツインテールの少女。

オイルで薄汚れたオーバーオールに、不釣り合いなほど大きな溶接用ゴーグルを額にかけている。

エミリー・ミラー。

動いている。喋っている。

尊い。

「……ああ、と聞こえているよ。

初めまして、エミリーさん。

日本のギルド『アルカディア』代表、八代匠だ」

俺は努めて低い声で、流暢な英語で挨拶した。

心拍数は爆上がりしているが、表面上は冷静だ。

『ふーん、あなたがヤシロ?

噂は聞いてるわ。日本で一番の装備マニアなんだって?

政府のおじさんたちから聞いたわよ。「彼なら君の話が分かるはずだ」って』

エミリーは興味深そうに俺を観察している。

「装備マニア」。悪くない響きだ。

「マニアというよりは、効率を追求する求道者と言ってほしいかな。

……さて、単刀直入に本題に入ろうか。

君の能力についてだ」

俺は一度咳払いをし、スミス氏から提供された資料――という体裁をとりつつ、実際には【鑑定】で見抜いた情報を突きつけた。

「君のユニークスキル『 幸福な設計図(ハッピー・ブループリント) 』。

その効果は……『クラフト(装備作成)を行う際、任意の2つのMODを確定出現(Guaranteed)させることができる』。

そうだね?」

エミリーの目が丸くなる。

『……へえ。

本当に何でもお見通しなのね。

私のクランのメンバーにも詳しくは話してないのに』

「俺の 眼(スキル) は全てを見通すからね。

悪いけど、この情報はアメリカ政府にも共有させてもらったよ。

君の価値を正当に評価し、守ってもらうためだ。

勝手な真似をしたことは謝る」

俺が頭を下げると、エミリーは「ふふん」と鼻を鳴らした。

例の「ふんす!」というモーションだ。実物は破壊力が高い。

『良いわよ、別に。

隠してても、いずれ分かることだしね。

それに、あなたが私の邪魔をするような人じゃないってことは、なんとなく分かるし』

「ありがとう。

だが、君の真価はそれだけではないよ」

俺はここからが本番だとばかりに身を乗り出した。

「エミリー君自身も気づいていないかもしれないが……君のスキルには『拡張性』がある」

『拡張性?』

「ああ。

通常の手順に加え、高純度の『魔石』を触媒として同時に消費することで……最大で4つまでMODを確定出現させることが可能だ」

その瞬間、エミリーが息を呑んだ。

背後のスミス氏も「フォ!?」と変な声を上げている。

『よ、4つ!?

嘘でしょ? 2つでもチートだって言われてるのに……』

「嘘じゃない。俺の眼には、その可能性のパス(道筋)が見えている。

試してみるといい。

膨大な魔石コストはかかるが、その代わり『神話級』に片足を突っ込んだ装備を、100%の確率で生み出せるはずだ」

エミリーは呆然とし、そして手元のメモ帳に猛スピードで何かを書き込み始めた。

『へー、そうなんだ!

2個までは出来たけど、それは知らなかったわ!

魔石を触媒に……なるほど、マナの結合を強制固定するのね……。

でも、それだけコストがかかるなら量産品には使えないわね。

ここぞという時の一点ものを作る時に使うわ!』

飲み込みが早い。さすが天才職人だ。

『でもね、ヤシロ。

今は一点ものよりも、アメリカの一般探索者向けに「安くていい装備」を量産したいの!』

エミリーは真剣な表情でカメラを見据えた。

『この国でも、たくさんの探索者が死んでるわ。

装備が弱かったり、変なMODがついたガラクタを高値で売りつけられたりして。

弱い装備で死んでいくのは馬鹿みたいだしね!

だから私が、最低限のラインをクリアした「ユニクロ」みたいな装備をばら撒いてやるのよ』

素晴らしい志だ。これぞ生産者の鑑。

『……でもね。

正直に言うと、「いい装備」の定義がイマイチ理解出来てないのよねー』

エミリーは少しバツが悪そうに頬を掻いた。

『私自身、この能力に気がついたのが最近だし、そもそも私は探索者じゃないから。

ダンジョンの中で実際に何が必要なのか、肌感覚で分からないの。

「HP」と「耐性」が大事なのは分かるんだけど、それ以外に何を付ければ喜ばれるのか……』

なるほど。

それが彼女の現在のボトルネックか。

作り方は天才的だが、何を作ればいいかという「設計思想(ビルド理論)」が欠けている。

俺はニヤリと笑った。

待っていたぞ、その言葉を。

ここからは俺のターンだ。

「ふふふ……大丈夫さ、エミリー。

俺が付いてるよ。

俺が装備のいろはを、深淵の底まで全部伝授しよう!」

俺はメガネ(かけていないが心のメガネ)をクイッと押し上げた。

スミス氏が引くくらい、俺のスイッチが入った音がした。

「その説明をする前に、今の装備のシステム(MOD構造)を正しく理解する必要がある。

少し長くなるぞ! メモの用意はいいか?」

『おおう……。なんかキャラ変わってない?』

「気にするな。

いいか、エミリー。

君が理解している通り、装備アイテムにおける『有効MOD』の基本は『最大ライフ+』と『属性耐性』だ。

これは基本中の基本であり、大正義だ。

死んだらDPSはゼロだからな。生存こそが最強の火力だ」

『うんうん、それは分かる』

「だが、それだけではない!

装備というのは部位によって、『付いて欲しいMOD(当たり)』と『付く可能性がある MOD(プール) 』が全く変わってくるんだ。

まず、アイテムのMODは大きく分けて『プレフィックス(接頭辞)』と『サフィックス(接尾辞)』の二つに分類される!」

俺はホワイトボード(会議室にあったやつを勝手に引き寄せた)に図を描き始めた。

「例えば『靴』だ。

靴のプレフィックスには何が付くと思う?」

『えーと……アーマー値とか回避力とか?

あとはライフよね』

「そう。

『アーマーが増加する』や『アーマー+実数』、そして『最大ライフ+』。

さらに『移動スピードが〇〇%増加する』が付く。

さて、この中で一番の『当たり』はどれだ?」

『靴よね……。

だったら、やっぱり移動スピードと最大ライフじゃない?』

「そうだ、エミリー。正解だ! 素晴らしい!」

俺は拍手した。

「特に『移動スピード』!

これは全部位の中で、ユニーク装備を除けば原則として『靴』にしかつかない固有MODだ!

だからこそ、靴という部位の価値の9割は、この移動速度MODに依存していると言っても過言ではない!」

俺は熱弁を振るう。

ハクスラにおいて、足の速さは正義だ。

「移動スピードが上がれば、モンスターを倒した後に次の 敵集団(パック) に移動するスピードが上がる!

ダンジョンに入ってからボス部屋に到達するまでの時間が短縮される!

仮に移動速度が30%違えば、時給換算での効率も30%変わるんだ!

さらに言えば、敵の範囲攻撃(AoE)を徒歩で避ける際にも、この速度が生死を分ける!

最大値は35%だが、まあ量産品なら実用的な数字は30%だな。

これを引けるかどうかが、ゴミ靴と神靴の分かれ目だ!」

『なるほど……。

じゃあ靴を作る時は、まず「移動速度」を確定枠に入れるべきってことね』

「その通りだ。

『移動速度30%』と『最大ライフ』。この2つを確定させれば、その時点でもう一級品だ。

じゃあ次は、サフィックスの話をしよう。

靴のサフィックスは……はっきり言って『ハズレ』が多いぞ?」

俺は渋い顔をした。靴のサフィックスプールはゴミの山だ。

「まず『スタンおよびブロック復帰が#%増加する』。これはハズレだ。

スタンしない立ち回りをするのが前提だし、ブロック復帰なんて体感できないレベルの誤差だ。

次に『要求能力値が#%減少する』。これもハズレだ。

『この靴を履くのに必要な筋力が10下がります』なんて言われて喜ぶ奴がいるか?

装備の要求値くらい、ステータスポイントで確保するのが当たり前だ」

『あはは、確かにそうね。地味すぎるわ』

「それから『能力値+』。

筋力ベースの靴なら『筋力+』しか付かないことが多い。

これも 能力値特化(スタッキング) ビルドを作る変態以外にとっては、まあハズレだな。

ないよりマシ程度だ。

あと『毎秒#のライフを自動回復する(リジェネ)』。

これも初心者は喜びがちだがハズレだ。

秒間2とか3回復してどうする? 敵の攻撃は一撃で500とか食らうんだぞ?

ポーション飲んだほうが早い」

『うわぁ、ボロクソね……。

じゃあサフィックスは何をつければいいの?』

「当たりを言うぞ。

まず『単体耐性の類(火・氷・雷・カオス)』。これは問答無用で当たりだ。

耐性はいくらあっても困らない。パズルを埋めるのに役立つ。

そして……これが重要だ。

俊敏(DEX)ベースの装備、あるいは俊敏・知性(DEX/INT)ハイブリッド装備限定で付く、

『スペルダメージ抑制確率+#%』だ」

『スペルダメージ……抑制?』

「そうだ。

これは『確率で魔法ダメージを50%カットする』という効果だ!

半減だぞ!? 強いに決まってるだろう!」

『えっ、半減!?

だって属性耐性で75%カットした後に、さらに計算されるんでしょ?

それって魔法攻撃に対しては鉄壁じゃないの?』

「ああ、なるんだよ。

例えば耐性で1000ダメージを250に減らし、さらにサプレッションで125にする。

これを全身で合計100%積めば、常に魔法ダメージ半減だ。

現状のダンジョン攻略において、魔法防御の 最終解(エンドコンテンツ) は、このサプレッションを積むことだと言われている」

『俊敏ってことは…… 盗賊(ローグ) とかレンジャー向けってこと?』

「そうだ。

彼らは鎧が薄くて柔らかい。だから『回避』と、この『抑制』で対応する設計なんだ。

だから、もし君が盗賊用の革靴を作るなら、『移動速度』『ライフ』『スペル抑制』の3つを目指せ。

それが出来れば、全米のローグたちが泣いて喜んで金を払うぞ」

『なるほど……!

面白いわ! 部位とジョブによって必要なステータスが噛み合ってるのね!』

エミリーが目を輝かせてメモを取る。いいぞ、その調子だ。

「よし、次は『 手(グローブ) 』の説明をしようか。

ここも初心者が勘違いしやすいポイントが多い」

俺は次々と講義を進める。

「手のプレフィックス。

『最大ライフ+』。これは当然当たりだ。

他には『アーマー+』や、『#から#の火ダメージをアタックに追加する』といった属性追加ダメが付く」

『あ、それ強そう!

攻撃力上がるんでしょ? 当たりじゃないの?』

「……うーん、それが微妙なんだよ」

俺は腕を組んだ。

「確かに数字上の攻撃力は上がる。

だが手袋につく追加ダメージなんて微々たるものだ。武器本体の攻撃力に比べれば誤差レベル。

メイン火力に少しでも強さを上乗せしたい『 最終盤(エンドゲーム) 』なら欲しくなるが、量産品の段階でそこまで攻撃要素を際立たせてもな……という感じだ。

まあ『ないよりマシな当たり』くらいに思っておけ」

『手厳しいわねぇ』

「問題はサフィックスだ。ここも罠が多い。

『ライフ自動回復レート増加』。ハズレ。実数回復のほうがまだマシだ。

『要求能力値減少』。ゴミ。

『アタックで敵にヒットするたびに2ライフ獲得』。ゴミ。2回復してどうする。

『倒した敵1体ごとにマナを獲得』。要らない。

これらは全部パッシブスキルや他の要素で代用できるし、効果量が低すぎる」

『……なんか装備のMODって、8割くらいゴミなの?』

「よく気づいたな。

そう、ハクスラとは『8割のゴミの中から2割の宝石を掘り当てる作業』のことだ。

だからこそ、君の『確定スキル』が輝くんだよ!」

俺は力説した。ゴミを引かない権利。それがどれほど尊いか。

「あと、これは人によるが『命中力+』。

これも手袋によく付くが、出来れば武器やヘルメットで稼ぎたいから、手袋の枠を消費したくない。

『物理ダメージの0.4%をライフとしてリーチ(吸収)する』。

これは強い! ダメージを与えた分だけ回復するんだからな。

でも、これもパッシブスキルで1ポイント振れば取れる効果だから、わざわざ装備につけるかと言われると……微妙だ!」

『じゃあ手袋の当たりは何なのよ!』

「決まっているだろう。

『アタックスピード(攻撃速度)が#%増加する』だ!!」

俺は机を叩いた。

「アタック系ビルド、つまり戦士や弓使いにとって攻撃速度は命だ!

DPS(秒間火力)に直結するし、攻撃モーションが速くなれば隙が減って回避もしやすくなる。

正直、手袋の価値は100%この『攻撃速度』が付いているかどうかに集約されると言ってもいい!

『攻撃速度』が付いていない手袋など、ただの軍手だ!」

『ぐ、軍手……』

「いいか、エミリー。

戦士用の手袋を作るなら『最大ライフ』と『攻撃速度』。この2つを確定させろ。

残りの枠で『耐性』が付けば100点満点だ。

変な『マナ獲得』とか『命中』とかで枠を埋めるなよ?

シンプル・イズ・ベストだ!」

俺は一気にまくし立てた。ゼェゼェと息が切れる。

スミス氏がドン引きしているのが気配で分かるが、知ったことか。

『……すごい』

画面の向こうのエミリーは、呆れるどころか感動していた。

『分かったわ、ヤシロ!

今まで、なんとなく「数字がいっぱい付いてれば強いかな?」って思ってたけど、全然違ったのね。

必要なものを必要な場所に。

ライフ+耐性が大正義だけど、靴なら速度、手なら速度!

明確な指針(設計図)が見えたわ!』

「理解してくれたか。嬉しいよ」

『ふふふ、燃えてきたわ!

じゃあ早速、その理論で量産ラインを組み直すわね!

アメリカ中の探索者を、私の作った「正しい装備」で武装させてやるんだから!』

エミリーがゴーグルを装着し、バーナーを手に取る。

その顔は迷える少女ではなく、一流の職人のそれになっていた。

「期待しているよ。

分からないことがあれば、いつでも聞いてくれ。

俺の知識は全て君に捧げるつもりだ(推しへの貢献として)」

『ええ、頼りにしてるわよ、 師匠(マスター) !』

師匠。

その甘美な響きに、俺の理性が蒸発しかけた。

危ない。ここでニヤけたら全てが台無しだ。

「……ああ。健闘を祈る」

俺はギリギリで表情筋を固定し、通信を切断した。

プツン。

画面が暗転する。

「…………ふぅーーーーーーッ」

俺は長く息を吐き、椅子の背もたれに崩れ落ちた。

やった。やりきった。

推しと話し、推しに知識を授け、推しから師匠と呼ばれた。

今日は俺の命日か?

「……ミスター・ヤシロ」

背後から、スミス氏の恐る恐るという声が聞こえた。

「君のその……熱意には圧倒されたよ。

何を言っているのか半分も分からなかったが、彼女のやる気に火をつけたのは間違いないようだ。

感謝する」

「いえ、当然のことをしたまでです」

俺は賢者タイムのような静けさで答えた。

これでアメリカ市場には、エミリー製の「正解装備」が出回るだろう。

世界の探索者の生存率は上がり、俺は良質な素材やベース装備を輸入しやすくなる。

そして何より、エミリーたんとのコネクションが出来た。

完璧だ。

俺のダンジョン攻略計画(と推し活)に死角はない。