軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第22話 話題の人物は、同一人物

騎士団本部は、犯人たちの取り調べや被害者の事情聴取など、リサとミケの起こした救出劇の後始末に追われていた。

主犯格の女は、公爵の妾だった。

内縁とは言え公爵家の関係者が他領民を複数人拉致・監禁するという前代未聞の事件は、ナウリム領を超えて、あっという間に王国中に知れ渡った。

事態を重くみたナウリム領主のフランツは、王家へ真相究明と再発防止を要請。

併せて、公爵家へ厳重に抗議した。

王家としても、他領での傍若無人な振る舞いに 酌量(しゃくりょう) の余地はなく、関係者を厳正に処罰すると約束したのだった。

◇◇◇

執務室で、フランツはスベトラから報告を受けていた。

息子のルークも同席している。

「───犯行の動機は、 彼(か) の匿名手芸作家を独占し、自分用の商品を作らせるためでした。ひと月後に迫っていた舞踏会で身に着ける髪留めが欲しかったとのことです」

「…………」

「そんなことのために、無関係な者を次々と拉致していたのか……」

フランツは眉をひそめ、ルークは驚きを隠せない。

「匿名手芸作家の情報は、商業ギルドで厳重に管理されております。個人を特定できなかったため、可能性のある者たちを無差別に狙ったようです」

「それほど、あの者が制作する商品が魅力的だということか。たしかに、あの髪留めは大変素晴らしかったが」

贈られた自分の娘に嫉妬した妻の姿を思い出し、フランツは苦笑した。

「取り調べ後は、王家の要請に従い主犯格の女と使用人たちは王立騎士団へ引き渡しました」

「ご苦労だった」

「……父上、王家は果たして容疑者たちを厳罰に処するでしょうか?」

「うやむやにされないよう、わざと情報を国中に拡散させたのだ。身内に甘い対応を取れば、王家の求心力の低下にもつながる。処罰せざるを得ないだろうな」

公爵家が王国の北側に位置するナウリム領へ避暑用の別荘を構えたのは、妾のわがままに公爵が応えたため。

それによって、これまで散々迷惑を 被(こうむ) ってきた。

あの女の領都内での振る舞いは目に余るものがあり、公爵へそれとなく苦情を申し入れてきたが放置されてきた。

だがそれも、ようやくなくなる。

フランツとしては、被害者への慰謝料の支払い、及び別荘地の明け渡しも視野に公爵家と交渉を進めていくつもりだ。

「おそらく公爵家は代替わりとなり、現公爵は領地で 蟄居(ちっきょ) 。妾は 放逐(ほうちく) されるだろう」

事件は遺憾だが、ここ数年の懸案事項が一気に解消されたのは大きい。

ルークが、スベトラへ顔を向ける。

「監禁されていた被害者の人数が五人となっているが、容疑者たちの供述では六人とある。あと、『被害者の一人が建物を爆破したため』とあるが、どういうことだ?」

「実は、助けを求められたときはたしかに六人いたのですが、いつの間にか一人の姿が消えておりました」

「その者の身元はわかっているのか?」

「どうやら、その日の朝に拉致されたばかりのようで、被害者同士でも身元につながる話はしていなかったとのことです」

「……容疑者たちの仲間だった可能性は?」

ルークは報告のメモを取り、自身の意見や疑問を述べている。

感心しつつ、フランツは二人の会話に静かに耳をかたむける。

「それは、ないかと。被害者たちが逃げ出すことができたのは、その女性が壁と天井を爆破し逃げ道を切り開いたからです。さらに、脱出を阻止しようとした男たちを、たった一人で制圧までしております」

「壁と天井を爆破し、容疑者全員を制圧だと?」

公爵家の別荘ともなれば、金を掛けて頑丈に作られる。

それを破壊できるほどの威力のある魔法を個人で行使するなど、フランツには想像もできない。

さらに、制圧まで……

「一階の床に大きな穴が開いておりました。しかし、幸いなことに被害者・容疑者ともに爆破によるケガ人はおりません」

「……おそらく、同時に防御魔法を行使したのだろうな」

フランツは、大きなひとりごとをつぶやく。

周囲の者を巻き込まず爆破させるなど、至難の業だ。

まるで、神の御力が働いたように感じる。

それに同意するように、スベトラも深くうなずいた。

「ところで、騎士団の中でその女性に見覚えのある者はいなかったのか?」

「女性は亜麻色の髪に茶色の瞳で、歳は二十前後に見えました。しかし、私を含め誰一人見覚えのある者はおりません。商業ギルドへ問い合わせをしたところ、二,三日前から出入りを始めたばかりでギルドへの登録もまだだったようです」

「猫は、連れていなかったのか?」

「猫? もしやフランツ様は、その女性が変装をしたタカナシ殿だと?」

「他に、思い当たる人物がいないからな」

知人に捜索を依頼され別荘で証拠を掴んできたのは、他でもないリサだった。

「猫の目撃情報はございません。声を聞いたとの証言はありましたが、おそらくは野良猫かと。それに、髪色はともかく、瞳の色を変えることなど……」

「父上、リサの防御魔法は白い布で周囲を覆うものです。今回、そのような証言はありません」

実際にリサから守られたことのあるルークが証言する。

「フフッ、たしかにルークの言うとおりだな」

女神の使徒であれば、容姿を変化させることなど簡単だと思うが、魔法の説明がつかない。

もしリサ本人であれば、今回の働きにより領主直々に褒賞を授けることができた。

念願の対面も叶ったかもしれないのに。

少々残念に思いながら、フランツは自身を納得させた。

◆◆◆

サイエル王国の王都は、国のやや南側に位置している。

温暖な気候に恵まれた 肥沃(ひよく) な大地は農作物の生産に適しており、王都周辺には都民の食を支える穀倉地帯が広がっていた。

麦の穂が揺れる麦畑の中を、一台の馬車が進んでいる。

お忍びのため、馬車に家紋はついていない。

少数の護衛騎士だけを伴っているのは、サイエル王国の王太子オルフェン・サイエルだった。

艶やかな濃紺の長髪をシルク製の紐で綺麗に纏めたオルフェンは二十歳。

昨年、王太子に指名されたばかりだ。

そんな彼が薄い水色の瞳を細め眺めているのは、向かい側に座るダークグレーの長髪に銀縁眼鏡の若い男だった。

「────ハハハ、それはとんだ災難であったな」

「殿下、笑い事ではありません。 あの時は、本当に死んだと思いました」

「でも、おまえの働きのおかげで、ようやく叔父上を公爵の座から引きずり下ろすことができる。ただ、ナウリム辺境伯家へ恩が売れなかったのは、残念だったが」

別荘の使用人ハロルドに扮していたのは、王太子から密命を受け公爵家へ潜入していたハワードだった。

彼は、王太子直属の特殊部隊の副隊長で二十五歳。魔法騎士でもある。

ハワードが変装用に掛けていた伊達眼鏡を外し髪をひと撫ですると、ダークグレーの髪色が本来の紫色に戻った。

「可愛らしい顔をしてあんなバケモノだったとは、拉致した俺も気づきませんでしたから仕方ありません」

「別荘の天井や壁を、あっさり爆破か……」

「『特大のものを、いきま~す!!』と、軽い感じで即『ドカン!』でした」

「おまえ、本当によく死ななかったな?」

「その 娘(こ) が被害女性たちだけでなく、敵である我々も守ってくれたのです」

いきなり部屋が爆発し、防御魔法の発動が間に合わなかった。

天井の塊が上から落ちてきたときは、さすがのハワードも死を覚悟したが、痛みも衝撃も襲ってこない。

目を開けたら部屋の中は 瓦礫(がれき) の山で、被害者たちが逃げ出していたのだった。

「私の筋書きでは、まずあの女の所業を放置させ、頃合いをみておまえが騎士団へ駆け込み主の悪事を告発。摘発をしてもらうつもりだった。そうなれば、父上は叔父上だけは庇おうとするだろうから、それを阻止し厳罰に処することで辺境伯家へ恩を売れたはずなのだ」

オルフェンとしては、女癖の悪さから王族の顔に泥を塗り続ける叔父を一刻も早く排除したかった。

身内にやや甘い父を出し抜き叔父を引退させ、自分に忠実な臣下である従弟の嫡男に跡を継がせる。

ついでに、ナウリム家の憂いを晴らし、中立派から自身の派閥への取り込みを狙っていたのである。

「しかし、想定外の人物の登場で計画が変更された。一体、何者なのだ? 辺境伯家の手の者か?」

「それは、わかりません。ただ、かなり優秀な魔法使いであることは間違いありません。勧誘して俺の部下に欲しいくらいですよ」

「使える者ならば、私も歓迎するぞ」

「でしたら、作戦も終わったことですし、しばらく 暇(いとま) をいただきます。王都で準備を整えたのち、ナウリム領へ戻ります。彼女の情報収集をしたいので」

「わかった、許可しよう。休暇から戻ったらデール帝国へ潜入してもらうから、そのつもりでいてくれ」

「次は帝国ですか。たしか、召喚魔法で『女神の使徒』が現れたのですよね?」

「信じがたい話だが、それで国中が大騒動となっているのは事実のようだ。『神罰が下される』と、国外脱出を図る者が後を絶たないようだぞ」

同盟国からの情報だが、オルフェンは鵜呑みにはせず、すでに帝国へ偵察部隊を送り込んでいる。

なお、女神の使徒が現れた件については、サイエル王国内での混乱を避けるため、国王の判断で貴族たちへは一切周知されていない。

「帝国は遠いですから、行く前に少しのんびりさせてもらいますよ」

「それにしても、このような事件を起こしてまであの女が欲した人物の髪留めとは、どのような物だったのだ?」

「あれは、たしかに素晴らしいものでした。これまで見たことのない技術です。刺繍が平面的なら、あれは立体的と言いますか。とにかく、花や実が本物に近い形で再現されているのです」

男のハワードでも、つい手に取って見入ってしまうほど芸術性の高い作品だった。

「もしかして……リリーが欲しいと騒いでいた髪留めと同じ作者なのか。ナウリム辺境伯夫人と娘が、お茶会の席で身に着けていたそうだ。たしか、マルベリーシルク糸で作られ、他の出席者からも大層評判だったらしい。ああ、あのボトルカバーもか!」

宰相の執務室にさり気なく飾られていたワイン。

柑橘系色の珍しいバラの装飾が目を引いたのをオルフェンは思い出す。

宰相とナウリム領主は昔から親交があり、つい先日、彼は誕生日を迎えている。

バラの色は、宰相の髪色と同じだった。

「では、間違いないですね。商品の中にはボトルカバーもありました。商業ギルドが間に入っていますから、真っ先に領主家へ持参したはずです」

リリーことリリアーナは十二歳。オルフェンの歳の離れた実妹である。

父へ執拗に食い下がる妹の姿を見ている兄としては、手に入れてやりたい気持ちになる。

「ナウリム領へ情報収集に行くついでに、髪留めを注文してきてくれないか? 金はいくらでも出す」

「でしたら、最低でも三か月はお待ちください。注文が殺到していて、供給がまったく追い付いていないそうですから」

「三か月か……長いな」

各ギルドは国に所属しない独立した組織のため、たとえ領主や王族と言えども過度な要求はできない。

ナウリム家はそこを 弁(わきま) えているのか、領地の商業ギルドと良好な関係を築いているようだ。

今回の事件がなければ、ナウリム領主へ口利きをお願いできたかもしれない。

オルフェンは、待てずに事件を起こした妾の気持ちが少しだけ理解できた。

王都へ向かう馬車の中で、ハワードは先日の出来事を思い返していた。

実は、オルフェンにも報告をしていないことが一つだけある。

ハワードは、亜麻色髪の女の顔を思い浮かべる。

(瞳の色が茶色から金色に変わったときは、驚いたな)

爆破前、一時的に女の雰囲気がガラリと変わったときがあった。

今思い出しただけで、体に震えがくる。

この世のものとは思えない膨大な魔力を感じた。

(あれが、本来の瞳の色なのか? 変身魔法では、髪色しか変えることはできないはずだが……)

だとすれば、亜麻色の髪も変化させたものと考えたほうが良い。

正体を探るのに、時間がかかりそうだ。

ハワードの思考は、王城へ帰りつくまで続いた。