作品タイトル不明
294◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』16/鎧の如き
これは記憶だ。
フェニクスとの戦いの際も思い出した、師匠との会話。
◇
『レメ、お前を正式に弟子と認める』
『! っ。は、はい……!』
『だが、レメよ。お前の意思は分かったが、本当のところは――戦う力も欲しているのではないか』
『え』
『力が欲しくはないのか』
師匠の声があまりに真剣なものだったので、僕は思考を飛ばして本音を吐き出した。
『欲しいですよ。どんな強い敵も真正面から倒すような力が手に入るなら、俺だって欲しい』
『それを手に入れる為に、今以上の苦しみを味わうことになってもか』
『俺が頑張るだけでいいなら、なんでもします』
『良い答えだ。だがこの力には、問題がある』
『……問題、ですか』
『使用したその瞬間、お前と儂の繋がりが明らかになる』
『それは……問題ですね』
師匠があるというなら、僕が強くなる方法はあるのだろう。
だが彼はとにかく、自分とその力を世間に晒したくないのだ。
『故に、条件を設ける。その力を使用してもよいのは――絶対に勝たねばならない相手と戦う時に限る』
『え……?』
僕はポカンとする。
だってそれでは、師匠との約束に反する。
『お前は律儀に儂との取り決めを守るのだろう。それはもう分かっている。だが、もしいつか、儂への誓いよりも優先される勝利が目前に現れたなら――勝手にしろ』
師匠は、こう言ったのだ。
自分のことはバレてもいいから、どうしても勝ちたい時に力を使え。
◇
そして、この技術を『北の魔王城』君主『六本角の魔王』アスモデウスさんは、こう言っていた。
――『【魔王】の中でも、これを可能とする個体は極めて稀だ。高性能の角を持ちながら、それでも足りぬほどの魔力を生み出してしまう者の体内で、時折、あることが起こる。より多くの魔力を溜めておけるように、自分の体そのものに、角の機能が備わるんだ』
――『これは、内在する角の力を体外に展開する技でね。名を――』
「 鎧(がい) 、 角(かく) ……」
旧魔王軍の面々が、一様に驚く。
フェニクスとの戦いでも、ニコラさんとの戦いでも、レイド戦でも。
僕が角の力を解放する時は、世間にバレないような状況であった。
誰かが、あるいは自分がそのような状況を整えていた。
だが、もはや隠すまい。
貴方自身、嫌っていた筈の表舞台に姿を現したんだ。
僕の方が、これ以上こそこそしてどうする。
貴方への誓いを破るほどの価値があるものといえば、それは――貴方を倒す時をおいて他にない。
全てを解き放つ。
こんなこと、最初の姿を知っているフェニクスしか気づかないだろうが、僕の鎧角展開後の姿は、以前のものから変わっていた。
いや、進化したというべきか。
魔力体(アバター) に用意された偽物の右角の逆。
左側頭部から上向きに、やや湾曲した角が生えてくる。色は黒で、わずかに光沢がある。
だがそこには、以前にはなかった亀裂のようなものが走っている。溢れ出そうとする何かを寸前で食い止めているかのような、噴火寸前の火山を思わせる角だ。
また、体を覆う硬質な膜も、以前の右腕から、全身にまで広がっている。それらは、体と一体化した鎧のようであった。
肘から生える角も頭の角と同じ状態で、かつ左右それぞれに展開。
骨の翼は二対四枚となり、更には黒き羽まで備えていた。
「この魔力……我々が間違える筈がない」
「では、我が王の角を継承したのは……」
フルカスさんとヴォラクさんの先代コンビが呆然と呟く。
「何者なんだ、君は……! 何故君だったのだ! 我が王と君の間に、一体何が!」
これまで余裕の態度を貫いていた吸血鬼のビフロンスさんが、取り乱す。
彼を宥めるように口を開いたのは、ダンタリオンさんだった。
「落ち着きなよビフくん。それに、さすがは我が王だ。決して適格者が現れぬだろうと思っていたのに、見なよ。全身を覆うほどの鎧角だ。 見事に馴染んでいる(、、、、、、、、、) 。これは――『完全鎧角』だ」
口ぶりからして、『完全鎧角』というのは、全身を覆うこの状態を指すようだ。
そして、この状態に既に 名がある(、、、、) ということは、過去に到達者がいるということ。
間違いなく、我が師であろう。
「それが貴様の鎧角か。立派ではないか、レメゲトンよ」
そして、僕に続いて魔王様も鎧角を展開。
瞬間、世界を焼くような魔力が迸る。
魔王様の漆黒の両角にも僕と似たような亀裂が走り、そこから深紅が覗いている。
ぐつぐつと煮えたぎるマグマの如き魔力の奔流はそのまま魔王様に降り注ぎ、彼女の身を包んでいく。
それらはまるで意思を持つかの如く蠢き、彼女を彩っていった。
まるで、深紅のドレス。
赤々と燃えているようでいて固く、それでいて滑らかな印象を受ける。
火山の活動を加工して仕立てたかのような、世界にただ一つの衣装。
まるで幾重にも重なった魔法陣を背負っているかのように、紅蓮の鎧角が彼女の背後でぐるぐると回っている。
「そうか、これは『完全鎧角』と呼称するのか」
魔王様も初めて聞いた語だったようで、なるほどとばかりに頷いた。
「その歳で、その領域に辿りつくとは」
「王が、我々に召集をかけたのも頷ける」
「これまで、世界でたった二人だけだったというのに……ここで二人も追加されるとはね」
「ふふふ。さっっっすがお 姫(ひい) 様! 己が『完全鎧角』を会得しただけでなく、祖父の角を受け継ぐ者を探し出して配下に置くとは、まさに慧眼! それでこそ『難攻不落の魔王城』を継ぐに相応しいというものですよっ!」
感嘆するような旧魔王軍の、そんな反応に。
魔王様は、酷く冷めた顔をしていた。
「くだらぬ」
「はい?」
「くだらぬと申したのだ。王、王、王、王と喧しい。引退した隠居ジジイの崇拝者共めが。我らはな、『王の孫』ではない、『王の角の容れ物』ではない。ルシファーとレメゲトンである!」
確かに、彼らは師匠というレンズを通してしか、僕らを見ていない。
師匠が反応して目を開けたから、レメゲトンに興味を持ち。
師匠のお孫さんだから、魔王様に最低限の礼儀を払う。
彼らはとてもとても、強い人達なのに。
世界が閉じている。
『かつての魔王城』という世界で、今も生きようとしている。
それほどまでに、『最強の魔王』の輝きが強かった、ということか。
一度その輝きに囚われたが最後、他の何も目に入らなくなってしまうほど。
「何故怒るんです? 王の血や角を継ぐことほどの誉れはないでしょ?」
ダンタリオンさんは、あくまでもにこやかに言葉を紡ぐ。
なるほど、これは魔王様が機嫌を損ねるのも無理はない。
確かに、僕にとっても師匠の角は大切なものだが。
僕という存在は、師匠の角だけで成立しているわけではない。
だがこの戦いの中で、彼女たちにそれを分かってもらうことは難しいだろう。
「レメゲトン様、申し訳ございません」
ビフロンスさんと戦闘中のカーミラから、謝罪の言葉が向けられる。
おそらく、宣言したように血路を開くことが出来なかったことに対してのものだろう。
カーミラもシトリーさんもフルカスさんもヴォラクさんも強い魔物だが、まだ早いということも、わかっていた。
師匠の代、フェローさんの代と強い魔物たちの多くが去った、今の魔王城。
僕を含めて、今の魔王城に若い魔物が多いのは、魔王様が必死に掻き集めた人材だからだ。
いくらカーミラの推薦とはいえ、いくら師匠の角の片鱗を魔王様が嗅ぎつけたとはいえ、突然現れた【黒魔導士】が参謀に任命されるほどの人材難に、魔王城は陥っていた。
どのような強さであろうと、僕らは『難攻不落の魔王城』を守り通さねばならない。
それでも敢えて言うなら、僕らはまだ、これから成長していく世代。
強さの完成していない若者。
対して彼女たちが戦うのは、それぞれの力の完成形とも言うべき大先輩。
経験は自分を裏切らない。
同じくらい、敵が積んだ経験も、敵を裏切らないのだ。
明確な実力差が、急に縮まることは滅多にない。
カーミラは魔法具による血液の貯蔵を駆使することで膨大な血を操り、一時手数で膠着状態を作ったが、徐々に押され始めていた。
シトリーさんの変化能力はその多彩さと自由さに驚かされるほどだったが、ダンタリオンさんは更にその上を言っていた。
あのフルカスさんを以ってして、先代フルカスさんの牙城を崩すことは出来ず。
ヴォラクさんの全力攻撃を受けてなお、先代ヴォラクさんはビクともしなかった。
だが、この戦いはただ実力差を噛みしめるものではない。
まず第一に、僕が対パナケアさんに意識を集中してから彼女が退場するまでの間、四人の内誰も退場しなかったこと。
敵の意識を圧迫した作戦の影響も多少はあるだろうが、旧魔王軍の精鋭相手に持ちこたえるだけの実力が、彼女たちには備わっている。
第二に、己と同系統の力を持ち、その延長線上に立つ強者との戦いを経験出来たこと。
これは、まず間違いなく、今後の大きな糧となる。
ここまで 保(も) っただけで、既に充分な戦果なのである。
そして、彼女たちにはまだまだ働いてもらう必要がある。
ここで失うわけには行かない。
故に――。
「いいや、よくやった。貴様らの稼いだ時が、我々を勝利へと導くのだ」
僕は四人の旧魔王軍を視界に収める。
「レメゲトンよ、余は進むぞ」
ゆっくりと、魔王様が歩みを始める。
僕は笑った。それは魔王様からレメゲトンへの、最大の信頼の表れだったからだ。
このまま何事もなく師匠まで辿り着けると、魔王様はそう言っているのだ。
目の前の旧魔王軍は、彼女の道を阻むことは出来ないのだと。
僕は杖を振るい、彼らに最後の言葉を掛ける。
「 旧(ふる) き者共よ、道を空けろ。新たなる王がお通りになる」
師匠の角。オリジナルダンジョンの魔力。『難攻不落の魔王城』のコアから吸い上げた魔力。
そして、己の魔力と、十歳の頃から鍛えてきた魔力器官が生み出す魔力。
全てを僕だけの力と言い張るつもりは毛頭ない。
だが間違いなく、それぞれが、それぞれの意思で僕に託してくれた力だ。
我が師が角を、何を考えているかわからぬ精霊がオリジナルダンジョンの魔力を、魔王様が魔王城の魔力を、それぞれ僕へ与えた。
手にした力に己の力を掛け合わせ、僕は僕のなすべきことをする。
―― 黒魔術(、、、) 、発動。
魔王様が歩いている。
僕も共に行く。
先代フルカスさんも先代ヴォラクさんも、それを止めることが出来ない。
極限の『速度低下』が実現するのは、『石のように体が動かなくなる』という弱体効果。
「……次はこの槍だけで倒す」
「ったく情けねぇ! だがレメゲトン殿の始動前に決着つけらんなかったのはオレだ。制限時間内に敵をぶっ飛ばすのもプロの仕事だ、失敗は受け入れるとも。だが、次はきっちり殺してやるからな、親父殿」
動きの止まった先代組は、当代の二人の攻撃を回避する術もなく打ち砕かれる。
魔王様が歩いている。
僕も共に行く。
ダンタリオンさんも、それを止めることが出来ない。
彼女は現在、スライム状態。だが人型ではない。沸騰するようにぐちゃぐちゃと蠢いているが、何かを形作ろうとしては失敗して液状に戻るというのを、急速に繰り返している。
極限の『混乱』と『空白』が実現するのは、『思考の牢獄から抜け出せなくなる』という弱体効果。
一向に思考が纏まらないだけでなく、時折考える時間さえ剥奪される。混沌と虚無の繰り返しを押し付けられては、まともな思考など出来ない。
まともな思考が出来なければ、彼女の千変万化も機能しない。
「シトリーは可愛いものが好き。そんな自分のまま……強くもなるよ」
ダンタリオンさんの核が露出した瞬間を見逃さず、シトリーさんがそれを風魔法で切り裂く。
魔王様が歩いている。
僕も共に行く。
ビフロンスさんも、それを止めることが出来ない。
全ての『弱体化』の極みが実現するのは、『生きる力を低下させる』という弱体化効果。
すなわち、『死に至る魔法』。
古くは、黒魔術を扱う【魔王】が敵国に病を蔓延させたという。
その実体が、これだろう。
命そのものを弱体化させる力。
永遠を生きる生命体が相手ならば永遠を削り取り、不死者であるならば不死性さえもを弱めてみせよう。
ビフロンスさんの血液操作が解かれ、それらが突発的な豪雨のように大地に降り注ぐ。いや、途中で魔力粒子と散ったので、血の雨ではなく光の雨だ。
そんな中、本人も血反吐ならぬ魔力粒子を撒き散らし、急速にその姿が老いていく。
「こ、これは一体、なんなんだ……」
「それが、命の行き着くところよ。永遠があっても辿り着けぬ場所に来られたのだから、レメゲトン様のお慈悲とこの奇跡に感謝しなさい」
カーミラが血液の巨剣で彼を両断すると、それ以上彼は再生しなかった。
魔王様が歩いている。
僕だけでなく、残る仲間が共に行く。
最強の魔王が、ゆっくりと立ち上がる。
その瞳が、僕らをハッキリと捉えている。
この戦いが始まる前、彼が言ったことを思い出す。
――『ここまで辿り着いた者がいたなら、相手する』
「辿り着いたぞ、【魔王】ルキフェル」
己を護るべく戦った配下が全て退場しようと、彼は些かも動じない。
言葉を掛けるどころか、眉毛一つ動かすことはない。
彼は優しいから慕われているのではない。
世界で一番強いから、彼の許には吸い寄せられるように人が集まるのだ。
だが、彼はそれらを一顧だにしない。
魔王城を捨て、息子や孫との関わりを絶ち、誰も彼を知らないド田舎でひっそりと暮らしていた。
そして、どういうわけか、【黒魔導士】に目覚めた才能のない子供を、弟子にしてくれた。
僕の言葉に対し、彼は表情を変えぬまま、つまりいつもの険しい顔のまま、だが魔力ばかりは大いに荒ぶらせながら、こう言った。
「戦うに値する」