軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

243◇血風驟雨の中を踊る4

左手に箱を、右手に血の剣を。

血の巨剣は、液状化して箱の中へと戻っていく。

遠方から削るのではなく、接近戦を仕掛けるつもりか。

雨が髪を伝い、目に入る。

瞬きで雫を追い出した頃には、彼女の剣が目前に迫っていた。

――速い……! でも!

【刈除騎士】フルカス程では――!

剣の師に訓練でボコボコにされた成果は確実に出ている。

超一流の槍捌きに、目が慣れるまでしごかれたのだ。

カーミラの剣に己の聖剣を合わせる。剣は拮抗することなく、僕の刃だけがスッと通り抜けた。

細い血の刃では聖剣は防げない。

彼女もそれは承知の筈。なのに、こんな分かりやすい斬撃を放ってきたということは――。

僕は咄嗟に後ろに跳ねた。

直後に僕の立っていた地面から血の円錐が飛び出してくる。

なるほど、絶好の攻撃チャンスを与えることで、逆に僕を狩るつもりだったのか。

あのまま返す刃でカーミラの首でも狙おうものなら、僕の方が串刺しになっていた。

「 抵抗(レジスト) 」

カーミラが、おそらく敢えて口にする。

視聴者に向けてのものか、僕へのアピールか。

吸血鬼による血の操作は魔力を使って行うもの。

それに特化した【操血師】という【 役職(ジョブ) 】は、魔法使い並の魔力器官を持つものだ。

中でも彼女は、難攻不落の魔王城にて四天王に任命されるほどの実力者。

普通に放った黒魔法であれば、 抵抗(レジスト) 出来てもおかしくない。

しかし彼女が今防いだのは、魔力を糸のように編んで 抵抗(レジスト) の隙間を狙う特別なもの。

並の敵どころか強敵にも通じる技能だと自負しているが、エアリアルさんほどの巧者や、カーミラのように僕を知り尽くしている人間ならば、対応は可能というわけか。

それにしても、魔力を一瞬も無駄にしない完璧なタイミング。

ここまで見事に 抵抗(レジスト) されたのは、初めてかもしれない。

「戦いの最中、これだけの黒魔法を放てるだなんて、さすがですね。魔力がどんどん減っていってしまいます」

口調には余裕があるが、実際はそんなことはない筈だ。

【黒魔導士】だらけのパーティーの黒魔法を 抵抗(レジスト) するにも魔力を消費したことだろう。

箱の中の血は祭典前に魔力を染み込ませておいたものだとして、それを操る精神ばかりは今日この時、彼女自身のものを用いる他ない。

今は確認出来ないが、ヒュドラの首も動き続けている。でもなければレイスくんはとっくにこちらに合流しているだろうから。

フランさんを追い払ったあと、露骨に操る血の量を減らしたのは僕を侮っているのではない。

彼女も限界が近いのだ。

だから最低限の血と、 抵抗(レジスト) に集中して僕を倒しきろうとしている。

「何故、聖剣に集めた魔力を使われないのですか?」

この魔力を斬撃に合わせて放出し、それが彼女に上手く当たれば退場させられる。

カーミラもそれが分かっているから、警戒している。

先程飛び込んできたのは、聖剣の魔力を放出させる誘いの意味もあったのかもしれない。

僕が乗ってこなかったから、彼女はまた別の策を用意するしかない。

「……ふむ。では、こういうのはいかがでしょう?」

来た。

精神的負担からか、少し苦しそうに口元を歪めながら、彼女は再び血の巨剣を生み出す。

そしてそれをそのままに僕に向かわせた。

メラニアさんが咄嗟に僕を庇ったほどの攻撃だ。

しかし見るのは既に数度目。回避することは出来ずとも、斬ることなら出来る。

父に貰った鉄の剣。幼い頃の自分が憧れた剣の柄を、握りしめる。

庶民にこそ手が出にくい値段だが、名匠が打ったわけでもなければ、何か伝説があるわけでもない。

それでも、この世にあるどんな剣よりも特別で、僕の聖剣にはこれしかないと言える一振りだ。

流した魔力は圧縮・純化され、魔法に変えれば効力の上昇が見込める。

それだけの魔力は、そのままの状態でも世界に影響を及ぼす。

瞬きの余裕もない。目の前に、血の巨剣があった。

そしてそれを受け止めんと、僕は聖剣を両手で構えていた。

魔力を放出。耳を劈くような高く鋭い音が響き、僕の体がずずずと後退する。

「ッ……!」

それも一瞬のこと。

巨剣が 割れた(、、、) 。

違う。裂けていく。聖剣に触れた箇所を中心に、勢いそのまま真っ二つになって僕の後ろに流れていった。

僕らは互いに、相手の動きを読んでいた。

カーミラは、僕が巨剣に対処すると信じ、その陰に隠れるようにして接近。

僕は、カーミラの攻撃が巨剣のみではないと考え、彼女の潜みそうな場所に黒魔法を放った。

「 抵抗(レジスト) 」

その上で、カーミラは僕が黒魔法を放つところまで読み切り、 抵抗(レジスト) したのだ。

彼女の手には血の剣。

「!」

彼女が驚いたのが分かった。

僕の方は聖剣を片手持ちに変え、突きの体勢を整えていた。

「素晴らしい」

カーミラの口元には歓喜が浮かんでいる。

互いに互いの策を読み、己の策によってそれに対処し続けた。

これは、その先にしか見られないもの。互いに全ての策が潰え、そこに残る一瞬。

己の持つ武器一つのみで決着をつける。そういう戦い。

両者揃って狙うは敵の心臓。

この一瞬より他に、一騎討ちの成立する時は訪れまい。

少なくともこの試合では、これが最初で最後。

僕らの剣はそのまま突き進み、敵の皮膚を裂き、肉を貫いていく。

吸血鬼の彼女と人間の僕では、耐久性が大きく異なる。

同じ傷を与えても、カーミラの側は耐え切り、再生だって可能。

だから、カーミラの勝ち。

【黒魔導士】レメにはもう成す術がない。角を使う気ならばタイミングは他にあった。

――そう思わせることが、出来た。

彼女が違和感に気づいたのは、己の心臓が貫かれてすぐのこと。

自分の剣が貫いたのは、【黒魔導士】レメの 腹部(、、) であって 心臓ではない(、、、、、、) ことに気づいたのだ。

「何、故……」

雨と血の匂いに混ざって、彼女の匂いがする、気がした。

「傘を、差さなかったでしょう」

「――――まさ、か」

思わず漏れた、というような声だった。

彼女が狙いを誤ったのは、僕の黒魔法『混乱』によるもの。

大きく狙いが逸れなかったことから、タイミングがギリギリで、かつ大した効力のものではなかったと分かる。

だがカーミラはずっと『【黒魔導士】レメ』を警戒していた。

僕から新たに魔力が放たれれば、即座に 抵抗(レジスト) したことだろう。

だから僕は、彼女の警戒範囲外から、事前に用意していた黒魔法を当てることにした。

「複合魔法……」

複合魔法。冒険者業界では、異なる二人以上が共に作り上げる魔法を指す。

【嵐の勇者】エアリアルさんと【紅蓮の魔法使い】ミシェルさんのものが特に有名。

風属性と火属性の複合魔法『大爆風』は、目の前のどんな障害も吹き飛ばす大迫力の攻撃だ。

黒魔法や白魔法も、別の属性と組み合わせることは出来る。だが、実践する者を僕は見たことがない。

だってそうだろう。視覚的に地味というデメリットもあるが、『見えない』というのはサポート魔法の強みでもあるのだ。

それをわざわざ難易度の高い複合魔法にして、目に見える形にするというのはメリットがない。

だから、カーミラも予想出来なかったのだろう。

「即興では有り得ない。最初、から……」

レイスくんとの事前の練習と打ち合わせがなければ、この複合魔法は成立しない。

雨の意図を、吸血鬼たちは即座に見抜いていた。見抜いたから、それ以上を考えなかった。

自分たちの血の操作を阻害するものとだけ理解し、受け入れてしまった。

そして、カーミラは周囲にレイスくんの魔力が充満している状況に慣れてしまった。

その上、僕は聖剣の魔力を放出したばかり。

だから、気づけなかったのだ。

自分を濡らす【勇者】の雨に、【黒魔導士】の魔力が少量混じったくらいでは、気づけなかった。

僕の魔法が滲んだ雨粒は彼女を濡らし、その皮膚に触れた段階で『混乱』は作用した。

ほんの僅かに、攻撃の狙いを間違えてしまう程度の黒魔法。

「それ、でも――!」

彼女が刃を捻り、外側に向けて振り抜こうとする。

しかし、それは失敗した。

レイスくんの雨によって血の操作に問題が生じ、崩れたのだ。

最早雨の効力を弾くほどの魔力を、剣に回せない状態。

僕は左手を彼女の腰に回し、聖剣から離れようとする彼女を止める。

魔力粒子を散らしながら、僕らは不格好に広場の地面を踏む。

逃れようとするカーミラと、決して離すまいと掴まる僕。

雨の中、それは初心者同士が懸命に踊っているようにも映ったかもしれない。

やがて、ダンスの時間は終わる。

体感では長く、実際は極々短い時間。もしかすると、たった数秒だったかも。

それでも、心臓に聖剣が刺さりっぱなしだったのだ。

カーミラは傷口の再生が出来なかった。

そんな状態でいれば、さすがの【吸血鬼の女王】とて平気ではいられない。

「また……ですね」

その声は、カーミラという魔物ではなく、僕のよく知るもう一人の女性のものに聞こえた。

「また、私だけが 心臓(ハート) を貫かれてしまいました」

僕にしか聞こえない囁き声。

「……」

【黒魔導士】レメというやつは、戦闘中はあれこれ考えてすぐに動くくせに、こんな時に気の利いた返し一つ出来ない。

僕の返事を待つことなく、彼女は崩れ行く己の 魔力体(アバター) を見下ろし、呟いた。

「悔しいですけれど、リベンジはまた次の機会に」

彼女の体が 解(ほど) け、光の粒子となって雨に溶ける。

麗しき【吸血鬼の女王】、その退場。

彼女は、僕のことをとてもよく知っていた。

だから、彼女の裏を掻くには彼女の知らない僕を用意する必要があった。

フェニクスパーティー時代はもちろん、魔王軍参謀になってからもやったことがないこと。

黒魔法と他属性の複合魔法。

あれがなければ、勝っていたのは彼女だったかもしれない。

あるいは、僕が角を使うことになったか。

ふと、師匠の顔が浮かぶ。

あの人のところに辿り着くまで、一度だって負けられない。

それが親友でも、恩人でも。

「まーた良いとこ取られちゃったな」

傷口を押さえる僕の耳に、悔しそうなリーダーの声が届いた。

視線を向ければ、ヒュドラを凍らせた特大の氷の上に腰掛ける【湖の勇者】がいた。

地面には、右の怪腕を失った【破壊者】が立っている。

どうやら、僕らの決着に前後してハーゲンティさんを倒したようだ。

二人の怪我や戦闘痕から、相当に激しい戦いが行われたことが分かる。

「みんなのおかげだよ」

このパーティーだから勝てたのだ。

レイスくんやフランさん以外には、一人で吸血鬼を倒す力はまだ無い。

それでも僕らは考え、協力し、最終的な勝利を掴んだ。

ヨスくんが退場を受け入れながらメラニアさんを治し、メラニアさんが即座に僕を庇い、フランさんが駆けつけてくれたから、レイスくんとの複合魔法が間に合ったのだ。

それくらい、カーミラの急襲は脅威だった。

僕の答えが予想通りだったのか、レイスくんは楽しげに笑う。

「それじゃ、全員で勝利を祝おうか」

試合終了の合図が響き、僕らは全天祭典競技――その第一段階を突破した。