軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

242◇血風驟雨の中を踊る3

「来てしまいました」

茶目っ気さえ感じるような、可憐な声で言うのは――【吸血鬼の女王】カーミラ。

だが彼女はレイスくんが――いや、現に彼女はいるのだ。

カーミラとハーゲンティの格好は似通っている。というより、ハーゲンティがカーミラの衣装を意識しているのだろう。同じ吸血鬼の女性という共通点もあるが、体格は異なる。

普通ならば見間違えない。

だが今は雨が降っている。加えて言うなら、それによって周囲はレイスくんの魔力で満ちている。

魔力感知で個人を識別するのが難しい状況なのだ。

彼女が紅のヒュドラでレイスくんを襲ったのは、彼を倒すためだけではなく、入れ替わりの機会を窺ってのことか。

「メラ、ニア、さ」

ヨスくんは自分の退場を悟り、メラニアさんの『治癒』をやり遂げようと白魔法を維持。

この雨の中、普段より多くの魔力を消費することになるが、彼は戦闘開始以前より魔力を溜めていたのだ。

「献身的。良い【白魔導士】ね」

血の鞭が腹部から引き抜かれ、大量の魔力粒子が噴き出す。

ヨスくんと目が合う。彼の目は、仲間の勝利を信じていた。

「この雨、実に鬱陶しいですね。普段通りの力を発揮するためには、普段以上の魔力を要する。そこに厄介な【黒魔導士】のための 抵抗(レジスト) 用魔力も必要となると、煩わしいことこの上ない。ならば、せめてこちらもそれを利用して、厄介事の一つは片付けてしまいましょう」

正直、予想を越えた策だ。

それでいて、見事でさえある。

ボティスさんが僕を倒せればよし。逆に僕が彼女を倒すとしても、その瞬間はボティスさんだけに集中しなければならない。それだけ神経を研ぎ澄ませていたからこそ、ボティスさんの魔眼を 抵抗(レジスト) した上で彼女を倒すことが出来たのだ。

僕が全体の警戒からボティスさんの警戒に集中した僅かな時間に合わせ、レイスくんやフランさんという前衛二人の隙間を突破する。

これは口で言うほど簡単なことではないが、カーミラはやってみせた。

更に、彼女は不意を打てる絶好の機会に、ヨスくんから倒した。

――このパーティーの攻略法を考えてきたんだ。

【湖の勇者】レイスや【破壊者】フランを警戒し過ぎては、サポートの【白魔導士】ヨスや【黒魔導士】レメが存分に力を振るう。かといってそれを攻め落とそうとすれば【鉱夫】メラニアに阻まれてしまう。

【黒魔導士】レメを先んじて潰そうとして、他の者を放置すれば足を掬われる。

【正義の天秤】アストレアとの戦いを見ていれば、レイスパーティーの誰も軽んじてはならないと分かる。

ではどうするか。誰から倒せばいいのか。

パーティーごとに考えはあるだろうが、カーミラはヨスくんを潰した。

これで僕らの傷は治らない。僕らは実力以上には強くも速くも頑丈にもならない。

そして、次は――。

「ヨス……!」

レイスくんの意識がこちらに向いた瞬間を、ハーゲンティさんは見逃さない。

しかしそこはレイスくん。彼女の鞭を氷の盾で防ぐ。

「行かせると思って?」

「そんなの知らないよ」

レイスくんは最初の一度以降、精霊の魔力を使っていない。

この先どれだけの強敵と戦うか、まだ分かっていないのだ。あまり精霊に負担は掛けたくないのだろう。

彼自身の魔力性能も充分強力だが、魔力器官ばかりは地道に鍛えるしかないもの。

まだ十歳のレイスくんでは、幼少から鍛えていたにしても限度がある。

今のカーミラは無限を思わせる血液を操っている。これを無力化するために、レイスくんはかなりの魔力を使っていた。

それでも一対一ならば、僕は仲間としてリーダーの勝利を信じるだろう。

あるいはカーミラも、そう考えたのかもしれない。

だがレイドで見せた大量の血を操る腕に、ハーゲンティが加わったら?

つまり、レイスくんの仲間が全員退場した後なら、【湖の勇者】レイスを狩れると考えた?

もしくは、そんな戦略は抜きで。

彼女が僕を倒したかっただけか。

カーミラの手には、まだ箱がある。

そこから流れる大量の血が、巨大な剣を象った。

「貴方の心臓を、貫きます」

突きの軌道で迫る巨剣の速度は、瞬きほどの間で僕を貫くほど。

魔力粒子が散った。

しかし、僕のではない。

「れ、レメさんには、触れさせませんっ……!」

メラニアさんが咄嗟に腕を突き出し、僕の盾代わりとしたのだ。

元々持っていた盾を構えては間に合わないと判断したのか、彼女は素手。

左腕を貫通しつつある血の巨剣を、治ったばかりの右手で掴む。

「立派ね。本当よ。けれど、私の邪魔はさせない」

刃の肉を刺す感触が、伝わってくるようだった。

数度目の攻撃で、僕に背を向けているメラニアさんの背中から、血の巨剣が生えてくる。

巨人の血筋がどれだけ頑丈でも、心臓を貫かれては退場を免れない。

「うっ……あっ……」

消える寸前、メラニアさんが顔だけ振り返り、不器用に微笑む。

僕も、笑顔を返した。自分が出せる限りの、力強い笑みを意識する。

「守ってくれてありがとう、メラニアさん」

彼女の大きな体が消え、大量の魔力粒子が雨に溶けていく。

そして、再びカーミラが僕の視界に入ってきた。

「ようやく二人きりですね?」

ミラさんに言われたらドキッとするセリフだが、カーミラが言うと背筋が凍る感じだ。

「【吸血鬼の女王】に心臓を狙われる心当たりが、僕にはないのですが」

世間的には、僕らの接点はフェニクスパーティー時代の魔王城第三層戦のみなのだ。

「ふふ。貴方にだけはリベンジ出来ていないのですよ? 充分過ぎる理由では?」

……確かにそうかもしれない。

第十層でフェニクスパーティーを撃退した魔王城だが、そこにレメはいなかったわけだし。

魔王城参謀に就任したことで、四層までの面々は僕にリベンジする機会を失ったとも言える。

僕に執着する対外的な理由もばっちり用意済みというわけだ。

「覚えててくださったんですね。光栄です」

にっこりと微笑みながら、剣を正面に構える。

カーミラの動きは頭に入っているが、血液量がここまで変わると普段通りの動きがどれだけ参考になるか。

「でもお忘れのようだ。僕は今、レイスパーティーですよ」

「分かっていますとも」

フランさんの豪腕が振るわれるのと、カーミラの微笑は同時だった。

更に言えば、僕が黒魔法をカーミラに放ったのと、それが 抵抗(レジスト) されたのも同時だ。

巨剣は斜め後ろから急接近したフランさんの右拳を受け止める。砕かれなかったのは、インパクトの瞬間に液状化したからか。それだけではない。液状化した巨剣は彼女の右腕に絡みつく。

「今回、蝙蝠を連れて来なかった理由がお分かりですか?」

彼女の使役する吸血蝙蝠は、彼女自身の血を吸わせて調教した特別な個体。

吸血蝙蝠の中にはカーミラの魔力があり、だからこそ蝙蝠たちの吸った血をカーミラが操ることが出来る。吸った血にカーミラの魔力が混ざり、干渉を可能とするのだ。

今回その蝙蝠たちを連れて来なかった。

何故?

膨大な血を操る精神的負担を考慮し、断念したとも考えられる。実際、理由のいくらかはこれだろう。吸血蝙蝠たちを操りながらこの血を操るのは困難どころではない。

他に何かあるとするなら――。

――彼らを伴う利点を、今回の装備で再現可能だから、か。

「フランさん……!」

フランさんは本能的に危険と判断したのか、腕を勢いよく振るって血を飛ばそうと試みた。

レイスくんの雨もあってある程度血は散ったが、確実に効果は出ていた。

ぽろぽろと、彼女の怪腕から魔力粒子の光が漏れ出す。

――操った血からも吸血出来るのか!?

いや、吸血鬼が己のものと出来るのは牙から吸った血。吸血蝙蝠や吸血蛭でも、彼ら自身が吸って自らとしたものを、カーミラが操るという形だった。

「己がものとする必要が?」

なんて、単純な答えなのか。

別に自分のものと出来なくても、吸い出すだけで攻撃として有効ではないか。

人間は流した血をすぐに作り出せないし、【白魔導士】がいなくては傷口も塞がらない。

「なんでも破壊してしまうなら、形なき敵を与えましょう。特別頑丈なら、血を抜きましょう。敵に不利を押し付け、有利に戦いを進める。戦いの基本なのでしょう?」

彼女は、フェニクスや家族を除けば、きっと世界で一番僕に詳しい人。

僕の戦い方も、得意なことも、彼女は全て 知っている(、、、、、) 。

戦いにおいて情報がどれだけ重要か、僕は分かっているつもりだ。

彼女ほど僕を警戒している者はいない。

僕が仲間を頼りにしていることも、僕が敵の情報を頭に叩き込んで戦いに臨むことも、僕自身の力についても、彼女は知っているのだ。

『斬りかかれば?』

ダークが適当なことを言う。煽っているのかからかっているのか。

それでは勝てないのだ。

あまりそういった印象はないかもしれないが、カーミラは近接戦闘も不得意ではない。

それを専門としている【刈除騎士】フルカスさんなどには及ばないが、剣の腕も立つ。

そこに【操血師】としての力が加わることを考えると、聖剣があっても心許ないくらいだ。

考える。いや、考える時間は戦いの前に充分とった。

一瞬で済ますのは、確認だ。

「どっちに」

フランさんが短く指示を仰いだ。

「リーダーを」

「……うん」

カーミラの巨剣による追撃を躱し、フランさんはレイスくんの助力に向かった。

「…………」

見ようによっては、この選択は諦めに映るかもしれない。

僕という駒を捨て、やられるまでの時間でレイス&フランにハーゲンティを倒させる。

最終的に二対一に持っていき、この勝負に勝つ。

だが、僕の目の前にいる女性はそんな選択肢を真っ先に排除する。

それは僕への期待か、理解か。

「今度こそ、二人きりですね」

僕が言うと、彼女の右手に血の剣が収まった。

「……よいでしょう。どうにも読めませんが、今度こそ心の臓を貫いて差し上げます」