作品タイトル不明
210◇迷いなどない、なかった
俺とアーサーは、地元でこう呼ばれていた。
奇跡の二人、と。
【 役職(ジョブ) 】判明前。九歳の頃だった。
村の子供達で神殿の下見に行こう、という話が出た。
よくないと反対したアーサーを説得し、強引に参加させ、合計五人で神殿を目指した。
しかし場所を知ってると先導していた友人が迷い、よく分からない場所に出てしまった。
神殿どころか、断崖。
その開けた景色に、アーサー以外の四人は迷ったことも一瞬忘れ、はしゃいだ。
そして、それは起こった。
突如として、足場が崩れたのだ。
落ちる、と思った。
俺は咄嗟に、近くの二人を突き飛ばした。その二人に更に押される形で、残る一人も倒れる。
結果から言えば、その三人は助かった。
俺は間に合わなかった。
「エクス……!」
アーサーは迷わず俺に手を伸ばし、俺は咄嗟にそれを掴んだ。掴んでしまった。
その所為で、二人共落ちることになってしまった。
俺はアーサーの頭を胸に抱えた。多分、無意識に頭をぶつけたらまずいと思ったのだろう。
上下左右の感覚が消し飛び、聞くだけで嫌な気分になる音が連続した。
死なずに底までついたのは、奇跡だろう。
垂直に落下したのではなく、斜面を転がる形だったのが幸いした……のか。分からない。
真っ暗な底で、二人共なんとか息をしていた。
ただ、それがなんだと言うのか。
どうせ死ぬ。
咄嗟に庇ったおかげか、俺と違ってアーサーはぎりぎり動ける状態だった。それでもひどい怪我だったが、あいつは助けを呼んでくると行ってしまった。
今思えば、【 役職(ジョブ) 】判明前とはいえ俺たちは【勇者】と【聖騎士】に目覚める素養のあった人間。他の人より体が頑丈だったから、すぐに死ななかったのだろう。
『ねぇ、さっき君と別れた子がいるだろう? 君とあの子のどちらかだけ助けてあげるって言ったらどうする?』
その幻聴が精霊の声だとは、最初思いもしなかった。
でも、質問の内容は理解出来たし、俺の中に迷いなどなかった。
「アーサーを、助けてくれ」
『……いいの? 君は一人、こんな冷たくて暗い谷底で、誰に看取られることなく死ぬんだよ。自分の【 役職(ジョブ) 】さえ明らかにならないまま、骨になるんだよ』
「アーサーを、助けてくれ」
『何故?』
「……ともだち、なんだ」
『だから? それって自分の命より大事なものかな? 死ぬのが怖くない?』
「……こ、怖いに、決まってる」
『じゃあ何故?』
「そんなの知るか、馬鹿」
ごちゃごちゃ考えて出てきた答えじゃないのだ。
ただ、迷いなどない。
それだけ。
『……ふっ。なるほど、 面白いね(、、、、) 。あっちも同じ答えだったらしいよ。ぼくとは違う子が見てるんだけどね。おめでとう? でいいのかな。君たち、どっちも助けてあげる』
そうして、俺は影精霊の、アーサーは光精霊の加護を得て、俺たちは生還した。
あの時、俺達が互いに自分の命大事さに親友を見捨てたら、揃って死んでいたのだろう。
でも、そうはならなかった。
思えば、あれが地獄の始まりだった。
――いや、俺は何を考えている?
あれは奇跡だ。幸運だった。
だって俺たちは今や、世界ランク 一位(、、) なのだから。
あのエアリアルパーティーを越え、俺達が一位になったのだ。
報われた。もう誰にも万年二位なんて言わせない。
俺の仲間は、みんな凄いんだ。良かった、こいつらが報われて良かった。
最高の仲間なんだ。
【サムライ】マサムネは強いが、うちのアーサーだって強いんだよ。負けやしない。
【紅蓮の魔法使い】ミシェルは優秀だが、うちのマーリンは四属性を完璧に扱えるんだ。魔法使いとしての技量は、マーリンの方が上だろう。
【剣の錬金術師】リューイも【疾風の勇者】ユアンも優秀だ。元メンバーのパナケアだって。
けど、うちのモルドもガラハも、素晴らしい冒険者なんだ。
良かった。本当に良かった。
俺についてきたばかりに、俺がリーダーだったばかりに、あいつらの冒険者人生が二位で終わってしまうなんて、そんなことにならなくてよかった。
嬉しいなぁ。
あとは魔王城を攻略して、名実ともに最高のパーティーになろう。
俺たちなら出来る。
みんな、俺にはもったいないくらいの仲間なんだ。
第九層までを、俺たちはどんどん攻略していった。
第十層も、気づけば最終エリア。
レメゲトンが召喚した魔物も全員倒し、残るはやつのみ。
さすが、レイド戦を失敗に終わらせただけある。
俺の仲間達もまた、倒されてしまった。
だが大丈夫。みんなの頑張りを無駄にはしない。
俺がこいつを倒して、みんなで第十一層に挑むのだ。
レメゲトンが、右角を生やした。
魔人の角に溜め込まれた魔力が解放される。
だが、やつの得意とする黒魔法は俺には通じない。
俺は自分の影で全身を覆っていた。
全身隙無く覆っているので、隙間から黒魔法を通すなんてことも出来ない。
視界は閉ざされるが、影越しに情報は得られる。
影の装甲は精霊術であり、高密度の魔力。それ自体が 抵抗(レジスト) 効果を兼ねている。
俺だって馬鹿じゃない。彼の身体能力が並の魔人以下であることは攻略映像を見ていれば分かった。
その弱点を弱点と感じさせない戦いが出来るのが、レメゲトンなのだ。
しかし黒魔法を通さず、角の圧縮魔力による攻撃にも耐えられる装甲を有する俺と、純粋な一騎打ち。こうなっては彼とてどうしようもないだろう。
事実、彼は俺の拳の前に為す術もなく、吹き飛んだ。
玉座に激突し、罅を入れたあとで、落下する。
丁度いい具合に、腰掛けるように。
見れば、彼の仮面にも罅が入っていた。
「魔王城を攻略するのは、俺達エクスパーティーだ」
一瞬、視界が揺らいだ。
波打つように、ぐわんと。
「これは……ギリギリ間に合った、のかな」
レメゲトンの気配が、変わった。
◇
素早く状態を確認する。体の痺れから相当なダメージを負ったことが分かった。杖は持っていない。だが両手両足は動く。致命的な損傷や魔力漏出はなし。
だが、指輪は機能しないようだった。使えないというより、既に召喚し切って全滅したと捉えるべきか。判断を保留。
冒険者はエクスさんのみ。他の四人は退場したのか……? 彼の世界で……? ということは、彼自身がフロアボスを倒して第十一層に進むというのが理想の筋書き?
それとも、四人が此処にいないことが彼の心の何かを表しているのか。
とにかく、僕の体は戦える状態。
だが問題は、レメゲトンの実力だ。
参加者と、エクスさんを含む視聴者では、レメゲトンに関する情報に差がある。
たとえば僕は黒魔術が使えるが、それをエクスさんは知らないわけだ。
この世界はエクスさんの記憶を覗いて精霊が作り上げたもの。
僕の意識が入り込めたまでは精霊の手配だが、レメゲトンの強さはどうか。
エクスさんの記憶基準だとすると、世界ランク二位【勇者】に勝つのは――厳しい。
だが僕もまた夢の中に入った者として、心次第で干渉が可能なら――。
「――――」
エクスさんが床を蹴り、僕らの間にあった距離が一瞬で縮まる。
影に覆われた彼の拳が迫る。
避けられない。なら、受け止めるしかない。
彼の拳に合わせ、右手を出す。
「……なんだ、それは」
エクスさんの声。
僕は退場していない。怪我さえない。
そして今、僕の腕は黒い物質に覆われ、その背からは骨の翼が生えていた。
これは夢の世界だ。誰に見られる心配もない。
遠慮も配慮も、不要。
圧倒的な魔力を噴出させながら、空いた左腕で彼の胴を突く。
瞬間、彼の体が大きく後方へ吹き飛んだ。
エリア入り口近くの壁面まで飛んでいった彼は、そのまま壁に激突。
「……こんな力を持っているとは。これならフェニクスと戦えるわけだ」
エクスさんは綺麗に着地すると、そう呟いた。
僕も椅子の設けられた段差をくだり終えたところだった。
その拍子に、罅の入っていた仮面が限界を迎え、割れてしまう。
ぱらぱらと仮面だった欠片が落ちていく。
「…………レ、メ」
「驚かれないんですね」
僕の方は、覚悟を決めていた。この夢に入る以上、レメゲトンのまま彼を引き戻せるとは思っていない。
レメとして対峙する気でいた。
「なんとなく、気づいていたさ……。なにせ……なに、せ……っ……?」
エクスさんは自分で言っていて、混乱するような顔をした。
おそらく、この世界の彼は、僕の正体に感づく出来事を経験していないのだろう。
一緒にオリジナルダンジョンの攻略には行っていないのか。
現実と夢の齟齬に、頭痛に苛まれているはず。
僕も経験があるので、分かる。
「それよりも、大丈夫なのか」
こんな時でも、エクスさんは人の心配をした。
「……これ、生放送なんですか?」
「あ……、いや。そうだな、問題ないか。仮面を付けるといい、待つとも」
「いえ、このままで構いませんよ」
「そういうわけにもいかないだろう。隠すには理由があるのだろうし」
「そのあたりは問題ないでしょう」
「……レメ?」
「これは、夢なんですから」
「――――」
彼が額を押さえた。
「……仮面をつけろ、レメ。レメゲトンとして、戦いを続けるんだ」
まずは、彼に意識させねばならない。
「これ、どのタイミングでの攻略ですか? 僕がいるならフェニクスパーティーよりは後ですよね。レイド戦よりも後ですか? もしそうなら、お聞きしたいのですが――」
「レメ……!」
無理にでも、彼に現実を意識させねば、対話も始められない。
「何故、レイド戦に参加しなかったんですか?」
「精霊よ……ッ!」
エクスさんに膨大な魔力が流れ込む。
普段の彼は自分の影か、自分が触れた他者の影を操る。
複数人の影を集めた『暗影群』は本来、影を集めてから使うもの。
だが精霊の力を借りることで、精霊が集めた影を利用することが出来るのだ。
そして今、彼の体を膨大な影が覆い尽くし、巨大な鎧姿としていた。
『巨兵装甲』だ。
「最後だ、レメ。君の隠したいものを世に晒したくはない。だが俺達は魔王城を攻略すると決めた。顔を隠せ、レメゲトンの正体を知られたくはないのだろう」
「エクスさんの悩み、僕なりに考えたんです」
「っ。レメ、君おかしいぞ。俺に悩みなどない」
「エクスさんは強い。仲間のみなさんも。それでも……一位にはなれたことはない」
彼は強固な鎧を纏いながら、それでも何かにダメージを受けているように、苦しげな声を出す。
「俺達は、一位だ……! エアリアル達を越えて、今、魔王城を踏破しようとしている!」
――やっぱり、そうか。
エクスさんの夢は……仲間と共に、一位になった世界。
「……此処で叶えたんですね。でも、どうしてですか。貴方は、諦める人じゃあない」
「君が何を言っているか分からない! そもそも、今の俺達は敵同士だろう!」
「貴方は諦める人じゃあない。それは確かです。諦めてないなら、何に迷っているんですか」
「迷いなどない! 君を倒す! 魔王を倒す! それだけだ!」
「パーティーの方向性? 違う。実力の不足? 違う。年齢? 違う。……なら」
「君は何故ここにいる! 魔王城を防衛する為じゃあないのか!」
「――一位になれるかどうか、ですか?」
彼が、大きくよろめいた。
「――――ッ! 俺達は……! レメ! 俺達は、もう一位になっているんだ!」
「……本当はもう、気づいてますよね。僕の動きが変わった時点で、気づいた筈だ」
「君の言っていることはさっきから理解出来ない! 俺は――」
「明らかに、いつもより動きが鈍いですよ。僕の知ってる【漆黒の勇者】は、もっと強い」
彼が、急に静かになった。
どれくらい沈黙が続いただろう。
影の鎧の奥から、彼の声が聞こえてきた。
「……何故来た。自分の願いがあるだろうに」
苦渋の滲んだ声だった。
夢の世界に沈み、それを受け入れてしまったエクスさんの心が、誤魔化すことをやめた。
「だから来たんです。憧れの勇者を取り戻すために」
「そんな価値はないよ」
「それは僕が決めることです」
ふっ、と乾いた笑い声。
「……レメ、君には、死ぬよりも怖いことがあるかい?」
彼は、僕にそう尋ねた。