軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

209◇迷いなどない

『へぇ……強い子だ』

そんな精霊の声が、聞こえた気がした。

「……メ……ん……れ……さ……レメさん……レメさん……!」

ぽたぽたと、頬に雨粒が垂れる。

いや、雨なら冷たいか。これはとても温かい。

涙、か。

目を開くと、視界いっぱいに、美しき吸血鬼の泣き顔が広がる。

「……! レメさん!」

宝石のような瞳から溶け出したように、ぽろぽろと涙が流れ、滴となって落ちる。

「ミラ……さん?」

頭がぼうっとする。

つい先程までリアルに感じたあの夢が、急速に遠のいていくのを感じた。

今はまだ内容を思い出せるが、やはりあれも夢ということなのか。

起きて日常に戻ったら、次第に薄れていってしまうもの。

「レメさん……! よかった……本当に……!」

僕は冷たい床に横たわっていたようだ。

彼女に支えられながら、上体を起こす。

瞬間、抱き締められた。

彼女の甘い香りと、柔らかい温もりに包まれる。

「レメさん、中々目覚めないので……私、本当に心配したんですよ……?」

「……うん」

「……とても誘惑の強い夢だったのですね。レメさんほどの方が、そこまで手間取るとは……」

試練は全員受けたとのこと。

扉をくぐった瞬間、みんな夢に落ちたのだろう。

一番最初に目覚めたのは、フルカスさん。ほとんど同時にアーサーさん。次がミラさんとマーリンさんで、少し遅れてシトリーさん。で、僕。

「……エクス氏はまだ挑戦中のようです。目覚めた村の人々は既に外へ連れ出しました」

「……そう」

なんとなく、分かる。

一人でもクリアすれば脱落者も目覚めるという声を聞いた気がするが、あれは本当だったのだ。

フルカスさんの試練突破で他のメンバーが目覚めなかったのは、眠ってはいるが 脱落(、、) はしていなかったから。

挑戦中の者を強制的に目覚めさせることはない、ということだろう。

ということは、村人はみんな脱落してしまったのか。

……いや、それも仕方のないことだろう。

「レメ……さん? あ、まだぼうっとしますか……?」

彼女の気遣うような声。

確かに、まだ上手く頭が回らない。

彼女が離れようとするのが分かった。

僕は無意識に、彼女の背に手を回す。

「――――っ。れ、れっ、レメさん……?」

彼女の首筋に頬をこすりつけるように、頭を揺らす。

緊張からか、彼女の体が固まった。

「ミラさんの夢は……どんな内容だったのかな」

「え、あっ、ひゃい。あの……レメさんっぽい何かが愛を囁いてきたのですが、あまりに私に都合が良い上にリアリティがゼロだったのですぐに現実に戻せと言ってやりました」

「……ふふっ。ミラさんは強いね」

その夢はすぐ想像出来た。

「……れ、レメさんの夢はどうでした? 吸血鬼の奥さんと三人くらい子供を作って幸せな家庭を築いていたりしましたか……?」

ミラさんは上擦った声で、そう尋ねてくる。

「……僕の夢では、ミラさんとは再会出来なかったよ。二年前の出来事も、あったか怪しい……」

十年を生きた筈だが、本物の記憶とは言えない。夢の中での数年前の記憶となると、上手く掴めなかった。

夢を見ている最中は違和感を抱かなかったが、幸福な人生というよりそういう設定を与えられていた、という感じなのかも。

「――そう、なの、ですね」

悲しみを押し殺すような声で彼女が言うので、僕はしまったと思う。

言葉が足りなかった。

上手く回らない頭で、慌てて言葉を引っ張り出す。

「だから、戻ってきたんだ」

「!」

彼女の体が、ぴくっと震えた。

「そ、それは、その、つまり、どういう……」

「夢の中で、僕は【勇者】でね。最高の仲間と、充実した生活を送っていた。目覚めるのが遅かったなら……きっと……すごく、幸せだったんだな……」

「…………」

彼女が僕を抱きしめる腕に、ぎゅっと力を込めた。

まるで、現実に引き止めるように。

「でもね、足りなかったんだ」

「足りなかった、ですか……?」

師匠に逢えなかった。フェニクスという生涯のライバルも得られなかった。現実では確かに両親を悲しませてしまったけれど、でもだからこそ両親の強さや優しさを知る機会を得られたのだ。

ブリッツさんと友人になることも、カシュという秘書を得ることも、仕えるにたる魔王様に出逢うことも、多くの仲間や友との出逢いも、あの世界には無かった。

あの世界の僕に、ニコラさんは憧れてくれただろうか。あの世界の僕を、エアリアルさんやレイスくんはパーティーに誘いたいと思ってくれただろうか。

あの世界の僕を、ミラさんは――。

あの世界では、大切な人と関わり方が大きく異なっていた。関わりの消えた者さえいた。

それでも、幼い頃の夢を叶えてくれた夢だった。

「正直、ギリギリだったと思う。だけど、戻ってこれたのはさ」

フェニクスは、【炎の勇者】がいいよ。

最高の師匠との出逢いを無かったことにはしたくない。

カシュにはやっぱり秘書になってもらいたいな。

フルカスさんに稽古をつけてもらったことは、無駄になんか出来ない。

ニコラさんが憧れた僕の生き方は無意味なんかじゃないって思いたい。

あとは――、

「ミラさんのことを思い出したから。 現実(こっち) の方が良いって、心から思えたんだ」

「――――~~~~~っ!?!?」

他にも、色々。挙げていけばキリがない。キリがないくらい、現実に良いことばかり残してきた。

理想の世界は居心地がいいけれど。

この苦しい現実の中で得られた出逢いや幸運も確かにあるから。

僕は、こっちで生きていきたい。

「ミラさん……?」

……なんだか、腕の中のミラさんが熱を持っていく気がした。いや、元々温かいのだけれど、こう、熱いというか。

「そ、それは……その、つまり……ぷろぽーず、ですか……っ!?」

…………。

……………………。

「え?」

「私のいる世界の方がいいだなんて、そんなの……それ以外に受け取りようが……!?」

「そ、そんな言い方だったかな……」

「同じことです!」

僕は必死に少し前の会話を振り返る。

そして、心の中で思ったことのどこまでを口にしたか、自分でもぼうっとしていてよく覚えていないことに気づいた。

あれ、もしかして僕……ミラさんについてだけ言葉にしてしまったのだろうか。

だとすると、確かに……。

ガバッと押し倒される。彼女の口から、牙が覗く。

ぱらぱらと流れる金の毛髪が、ヴェールのように広がる。

「いや、ミラさん、あの、聞いてほしいんだけど」

「嘘、なのですか……?」

潤む彼女の瞳。

「まさか、嘘なんかじゃないよ」

そこはハッキリ言わねばならないだろう。

「なら問題はありませんね……!」

「でもね、僕ちょっと言葉が足りなかったというか」

「最早言葉など不要ですよ、レメさん。大丈夫です、全部任せてください」

何を……?

捕食者の目をしたミラさんが息も荒々しく、顔を近づけてくる。

「おぉ……! あの二人ダンジョン最深部でおっぱじめるつもりのようだ。若さだな」

「……趣味が悪いぞマーリン。席を外してやるべきだ」

「ミラっち顔真っ赤にして、可愛い~」

「……未熟者。吸血鬼が相手と言えど、簡単に押し倒されすぎ」

声がする。扉の向こうから、四人分。

「……くっ。なんて良いところで邪魔が入るのでしょう……!」

ミラさんは本当に悔しそうな顔をした。

さすがにみんなに見られている中で強行するほどではなかったようだ。

彼女は僕から離れる直前、耳元で囁いた。

「のちほど、また」

脳髄が痺れるような甘い声は、彼女が離れてもしばらく消えてくれなかった。

『あはは! ダンジョンで発情する男女って、今でもいるんだ? 昔は命懸けだったから、結構そういうのあったけどさー。死の危機を感じると子孫を残そうと~ってやつ』

もう、さすがに分かっている。

この声の主が、オリジナルダンジョンを作った精霊だ。

他の四人がすぐさま部屋に入ってきた、僕も近くに転がっていた杖を握り、立ち上がる。

その精霊は、霊魂のようとでも言えばいいのか。光る何かだった。浮遊し、形を絶えず変えている。

『え、なに? そんな敵意剥き出しにしなくてもいいじゃん……。そもそも、人間じゃ精霊を殺すどころか、指一本触れられないんだから』

悔しいが、事実だ。

精霊は同じ場所にいるように見えても、実際は異なる世界にいるようなものなのだという。

それでいて向こうはこちらに干渉出来る。

だからって、警戒は解かない。

『むぅ、まぁいいけど。とにかく、おめでとう~。君たちは真に心の強い者達だね。だってほら、村人なんか全滅してたよ。そりゃみんな、自分に都合の良い世界があったらその方がいいよね。でもそれじゃあつまらない。こっちに戻ってきた君たちは、うん、面白い子達だ。いいもの見せてもらったお礼はしないとね、じゃあ報酬タイム~』

精霊を人の価値観で計るのは無意味だ。

しかし、それでも言っておかねば。

「君は、最低だ」

『ん?』

「第四層までは、ちゃんとしてた。ダンジョンでの攻防を成立させようとしていたし、難しくとも挑戦しがいのあるダンジョンだったよ」

『うんうん、君たちの強さに合わせて難しさ調整したからね。最高のパフォーマンスを発揮すれば、なんとかクリア出来たでしょ?』

「だけど、第五層に挑戦させるために村人を連れ去ったのは、もうダンジョン攻略じゃない」

『今のダンジョン攻略ってさ、途中でやめにしないよね? 最後まで攻略して、「踏破」って言うんだっけ? それを果たすことに意味があるって感じなんでしょ? 先にそれを放棄したのは、君たちじゃないか』

そう、精霊の言い分は予想していた。

彼女からすれば、先に逃げたのは調査団の方、という認識なのだろう。

「今のダンジョン攻略は、エンターテインメントなんだ。君の第五層で、村のみんなは恐怖し、涙を流し、憤りを感じた。君だけが楽しいなら、このダンジョンは失敗作だよ」

『…………んふふ。そんなこと言っていいの? 精霊の機嫌を損ねたら、報酬もらえないかもよ? 【黒魔導士】で勇者になるなんて夢に、一歩二歩どころじゃなく近づけるかもしれないんだよ?』

「要らないよ。安易に人を傷つける存在から貰ったもので、どう勇者になるっていうんだ」

『……へぇ~~~~。君やっぱ面白いね。でも残念。さっきはあんなこと言ったけど、精霊にとって約束事は絶対なんだ。クリアしたからには、報酬を与えるよ。さぁ、何が欲しい?』

「……待て、まだエクスが目覚めていない。何故このタイミングなんだ」

アーサーさんの言葉。

僕らの意識は、まだ床に眠るエクスさんに向けられいた。

聖剣は鞘ごとベルトから外され、彼の頭の下にはアーサーさんの上着が枕代わりに置かれている。

『分からないの? 最終結果が出たから、報酬の話をしたんだけど?』

「――――」

僕らは一瞬、言葉を失った。

次の瞬間、アーサーさんがエクスさんのもとに駆け寄る。

「エクス! 目を覚ませ! お前も試練を突破した……そうだろう!?」

アーサーさんは信じていた筈だ。

だからこそ、他のメンバーと共に村人を外まで送り届ける役目を引き受けてくれたのだ。

ミラさんが僕にしたように、アーサーさんもマーリンさんも、目覚めるまで側にいたい気持ちはあっただろうに。

目覚めたばかりで混乱の残る村人達を安心させるには、世界ランク二位という分かりやすい肩書きが役立つと分かっていたから。

「エクス……ッ!!!」

親友の体を大きく揺さぶるアーサーさんを、マーリンさんがそっと止める。

「マーリン! 何故お前はそんなに冷静なんだ! こんなこと、有り得ないだろう……!」

常に冷静なアーサーさんが取り乱すのを、僕は初めて見る。

それだけ、彼にとってエクスさんは大切な存在なのだ。

マーリンさんにとっても同じ。

だが、マーリンさんの方は知っている。エクスさんが、悩みを抱えているのを知っている。

エクスさんは、それをアーサーさんには悟られないよう立ち回っていた。

親友だから言えることと、親友には言えないことがある。

「精霊は人を惑わせることはあるが、嘘はつかない」

先程で言えば、『報酬もらえないかもよ?』というのは、惑わせるフレーズだろう。断言こそしていないが、報酬を貰えないという可能性を示唆してこちらを揺さぶろうとした。

『最終結果が出たから、報酬の話をした』と言った以上、そこに嘘はない。

エクスさんは、脱落したのだ。

夢に、呑まれてしまった。

『じゃあ報酬だけど、何が欲しい?』

「…………エクスを、目覚めさせろ」

『無理無理。試練も契約だ。クリアされたら報酬を払う、失敗した者はペナルティを負うっていうね。その報酬で別の契約を無効には出来ない。精霊に叶えられる願いの範囲を超えているよ』

「ふざけるな……!」

『うるさいなぁ。あ、ちなみに試練は一人一回だからね? クリア出来るって分かってるのに報酬何回ももらうとかはダメでーす。脱落者を助けたいなら、まだ挑戦してない誰かを連れてくれば?』

つまりこういうこと。

クリアすれば、その時点での脱落者は目を覚ます。

フルカスさんがクリアした時に僕らが目覚めなかったのは、その段階ではまだ挑戦者だったから。

エクスさんが目を覚まさないのは、僕がクリアした段階ではまだ挑戦者だったから。

彼以外の試練が終わった後で、彼は脱落してしまった。

精霊は嘘を言っていない。

タイミングの問題だ。今、エクスさんを救うには精霊が言ったように新たな挑戦者が試練を突破する必要がある。

だが、このメンバーだからこんなにもクリア者が出たのだと思う。

そして、エクスさんさえ囚われるほどの夢。それだけの理想の世界。

簡単に試せる選択肢ではない。

正直、僕はこの精霊が『永遠の眠り』なんてペナルティを負わせるとは、思えなかった。

あくまで、調査団が自分のダンジョンを攻略するさまを楽しみたい、というのが精霊の目的だった筈。

だから、もしあのまま村人を放置していたとしても、オリジナルダンジョン消滅に合わせて、彼らは目を覚ましたのではないか。

そういう考えも、頭の中にはあった。

だが、だとしても放置は出来なかった。ダンジョンがいつ消えるかなんて分からないし、こんなものは僕の予想に過ぎない。

精霊という存在は人に恩恵を与えることもあれば、害を及ぼすこともあるのだから。

だから、そう。

きっと目覚めるなんて理由で、この精霊は人の一生を奪いはしないだろうなんて予想で、エクスさんを放置することは出来ない。

「僕の願い、決まったよ」

『あらら、要らないんじゃなかったの? まぁ言ってもらわないとこっちが困るんだけど』

「エクスさんの夢の中に、僕を入れてくれ」

「――なっ、レメ……!?」

「いや……そうか。脱落なんて表現をしているが、エクスは夢に呑まれ、理想の中を生きている状態だ。自力で抜け出せないだけ。もし介入出来るなら……」

驚くアーサーさんと、顎に手をあて思案顔になるマーリンさん。

『出来るけど~、あくまで挑戦者の夢だよ? 自分の役柄は決められない。モブの声が主役の心を変えられるかい?』

「心配は要らないよ」

自分の夢で、ある程度掴めた。

たとえば僕がまったくの他人として自分に干渉することは出来なかった。

けれど、レメゲトンの登場によって、その体を使うことが出来た。

エクスさんの理想の世界は、絶対に冒険者と関係がある。

ならば来る筈だ――魔王城に。

それなら僕は、彼と逢える。

彼の世界のレメゲトンとして、登場出来る筈だ。

「待て、レメ。気持ちはありがたいが、君にそんなことさせられない。ここは私が行く」

「ダメだ、アーサー」

「マーリン……? 何故止める」

「お前は高潔過ぎるんだ。それは美徳だが、美しさが全ての人間を救うとは限らない」

「……何を言ってるんだ」

「お前の『最善』じゃ、エクスを連れ戻すことは何百年あっても無理なんだよ」

「…………何か、隠しているな?」

「それは今話すことじゃあない」

「そんなことを言っている場合か……!」

「私の言葉が信用出来ないか? この【先見の魔法使い】が、仲間の窮地を前に必要な情報を隠すと、本気で思うか?」

マーリンさんが、真剣な顔で言う。

「…………いや、思わない。思わないが……」

アーサーさんは苦しげに表情を歪めた。

最も親しい友人を、自分では救えないと言われたのだ。その苦しみは相当なものだろう。

それでも、アーサーさんは一つ、深く深呼吸するとそれを静めた。

「レメ」

「はい」

「……エクスを頼む。【最良の黒魔導士】に、託してもいいだろうか」

「必ず一緒に戻ってきます」

みんなを見回す。

ミラさんは分かっていたというように、微笑んだ。

「あんまり遅いと、私、また泣いてしまいますよ?」

「じゃあ、早く帰ってこないとね」

シトリーさんは「レメくんらしいね」と言い、フルカスさんは何も言わなかった。でも、心配してくれているのは伝わってきた。

マーリンさんと視線が合うと彼女が頷いたので、僕も頷きを返す。

『ほんとに行くんだ。もったいなくない?』

「何も」

『無欲なわけでもないくせに、よくやるね。いいよ、その願い、叶えよう。挑戦者が万が一強い心を取り戻せたら、一緒に戻ってこれるよ。けど、挑戦者が夢を見続けるなら……分かるよね?』

「いいから、早く頼むよ」

村人を助けるために一緒に来てくれた人なのだ。尊敬できる先達で、大好きな冒険者なのだ。

その人を助けに行くことに、迷いなどない。

『それじゃあ、他人に都合の良いつまらない夢へ、どうぞいってらっしゃ~い』