軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

53.瀬奈さんと双子の赤ちゃん②

5月14日になった。瀬奈さんは今日から入院だ。

抜けるような快晴のポカポカ陽気。付き添いで病院へ行くのは俺だけだ。

瀬奈さんの軽に荷物を載せて出発。病院まで幹線道路を走る。

緊張なのか、瀬奈さんの顔に元気がない。

「やっぱり不安ですよね」

「不安かー。不安と言えば不安だけどー、出産じゃなくって育児がねー」

瀬奈さんは窓に顔を向けた。

「わたしは母に捨てられてるから、母親にいいイメージがないのよー。そんなわたしが母親になれるのかなーって」

い(・) い(・) 母親になれるか、か。その気持ちはわかる。

「俺も父親になれるかは不安だね」

俺は父さんしか知らないけど、父さんみたいに柔らかな父親になれればなって思う。あ、望むことと実現できるかは別問題だ。

「守くんは大丈夫よー」

瀬奈さんは不安げな顔をこっちに向けた。俺も若造だし、俺の言葉に説得力がないのは仕方がない。

ここはひとつ説法でもしようか。

「仏教において親というと、母親父親の順で呼ばれるんだ。お釈迦様のお母さんはお釈迦様を生む際に亡くなっているんだ。お釈迦様にとって亡き母親の大事さの表れだって言われてる。(諸説あります)

お釈迦様は当時の王族の人だったんだよね。結婚して子供ができて、でもそこで妻子を置いて出家しちゃうんだ」

「えぇぇー。悪い親じゃなーい」

「そう思うよね。王族ってやっぱり市井のことは知らないからさ、お釈迦様がお城から出たときにお年寄りにあったり病人にあったり遺体を見たりしてすごいショックを受けてね。この世はなんて苦しみであふれてるんだって悩んだ挙句に、その苦しみを超えるためだって出家したって言われてる。母親を亡くしてその大事さがわかっているのになんて酷いことを!って思うだろうけど、当時の思想とかもあってのことみたいでさ」

「そうなんだー」

普通は知らないよね。

「で、お釈迦様は修行中にも考えの違いから人から離れたり裏切られたりした末に悟りを開いたんだ」

「へー。お釈迦さまもいろいろあったのねー」

「結局、お釈迦様が妻子を捨てたのも、いろいろな事情の末だってこと。瀬奈さんのお母さんもいろいろあった末なんだと思うよ」

「そうかしら……」

瀬奈さんはそれでも思案顔だ。相当の心の傷だもんね。

「俺は、仏教ってのは心の持ちようだと思っててさ。世の中は苦しみであふれてて、でも物質的に解決なんてできないから、精神的に解決しましょうって。俺はそう思ってる」

「そうねー、それはわたしも思うわー」

「その方が心が楽になるってだけなんだけどさ。病は気からともいうし、心の平穏は大事だよ」

残念なことに、頑張っても願ってもかなわないことは多い。

干ばつで雨ごいをしても雨が降らないことなんて普通だ。それは今だってそう。昔はもっとひどいことになってたろう。

努力しても病は治らず、亡くなることだって普通だろう。それは今もそうだ。

「うまくいかないことはすべて苦行である。と考えて前に向く。それすらも厳しい人はいるけど、できる人からやっていけば、そのうちみんな幸せってのが仏教かなって」

「苦行ねー。今のわたしも苦行なのかしらー?」

「苦行といえば苦行だね。でもお釈迦様と違って瀬奈さんには俺もいるし、京香さんも智もいる。もちろん父さんもいるし、他の人もね。ひとりで苦行に立ち向かうんじゃなくって、みんなで向かえば気も楽かなって」

みんなで渡れば怖くない。赤信号じゃないけどさ。赤信号は渡っちゃダメ。

仲間がいるってのはいいことだよなー。

「そっかー……わたしは、守くんがいてくれれば平穏かなー」

瀬奈さんがはにかんだ。運転してなければスマホで録画するのに。

「拙僧はずっと瀬奈さんといますが?」

「わーい、言質はとったわよー」

「運転中は抱き着き禁止です!」

危ないからね?

そうこうしてれば病院に着いた。受付して検査の流れだ。

血液検査などの間に入院用の手荷物以外を収納から取り出す。出産バッグで用意してあるのでぽいぽい出すだけの簡単なお仕事。

「検査終わりー」

瀬奈さんがとてとて歩いてくる。検査はしたけど私服のままだ。

「先生がお話があるってー」

「りょーかーい」

帝王切開は手術扱いなので同意書とか麻酔の説明とかいろいろあるんだ。診察室のひとつに入ったらすでに先生がいた。父さんより年嵩の女の先生だ。

「若いお父さんかと思ったら守ちゃんじゃない」

「お久しぶりです」

先生はうちの檀家さんだった。そして俺自身が取り上げられてるベテラン先生だ。

「年上奥さんとはやるわね。そういえば京香ちゃんもそうだった。連続なんてすごいわねー。高校生もだっけ? さぞかし――」

「よろしくお願いします」

赤裸々に語られそうなので突っ込ませてもらった。倍速ボタンを押して飛ばしたい。

「瀬奈ちゃーん、手術は明日で、今日の夜から絶食ね。水はいいけど」

「はーい」

「後、麻酔を使うからここに守ちゃんの署名ね」

「了解です」

「スケジュールだけど、明日の午前中に赤ちゃんを取り上げて、手術自体は1時間もあれば終わるから。午後は母体チェックと赤ちゃんとの面会ね。赤ちゃんの体調にもよるけど、2日目からお世話開始で、1週間くらいで退院て感じね。何か質問ある?」

「えっとー、わたしはハンターでー、【自己治癒】スキルがあってー、たぶん明日の夜には治っちゃってると思うのでー。その場合も退院は一緒ですかー?」

「んー、守ちゃん、【自己治癒】ってなに?」

なぜか俺に投げられた。

「自然治癒を100倍速しちゃう感じのスキルです。知ってるかもですがうちにダンジョンができちゃった都合で俺はハンターになってですね。いろいろあってレアなスキルをゲットできちゃって、瀬奈さんが会得してるんです」

「なんですよー」

「……そんな妊婦は初めてだわ」

まーいないよね。

「母体の体調だけじゃなくって赤ちゃんの体調もあるから、そうね、様子見で早く退院できればそれがいいものね」

ということになった。

「そんなのがたくさんあったら出産で亡くなるお母さんがいなくなるのにな」

先生の独り言が胸に刺さった。その時だけ発揮できる便利なスキルがあればいいのに。

その日は面会時間ぎりぎりまでいて寺に帰った。

翌日は朝一番で病院に来た。すでに診察待ちの妊婦さんがいる。受付を済ませ病室へ。ベッドに腰かけて足をぶらぶらさせてる瀬奈さんがいた。

「おはよう。寝れた?」

「おはよー、緊張しちゃってー」

当然だね。ぎゅーしておく。

少しでも落ち着けるように。

「そろそろ時間ですよーってあらあら」

呼びに来た助産師さんに見られてしまった。

「夫婦仲はばっちりなので」

「ふふ、うらやましいわね。じゃあ着替えて手術室に行きましょう」

「はーい。行ってくるねー」

「頑張って。よろしくお願いします」

合掌。

手術には立ち会えないので俺はここで待つことに。よく父親が通路とかで待ってるとかあるけど、手術の場合は術後も入れないから意味はないのよね。俺はここで祈祷をしてる。

座禅をくんで声を出さずに読経する。音を出したら迷惑だから数珠だけでね。