軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21 進展

「……そう言っていただけて良かったです。ここは思い入れの深い場所ですし、あなたと話をするのにはもってこいですから」

「話し?」

「はい」

切り出すとオリヴァーは泉からヘルガの方へと視線をやって、小さく首をかしげて問いかけた。

ヘルガの口調からとても真剣な話題であることを察知したらしく、話しやすいようにか、少し表情をほころばせた。

「なんと言いましょうか…………私は、以前あなたに、あなたの幸福とは何かと聞きましたよね」

「うん。覚えてる」

「良かったです。それは、そのただの変な質問とかではなく……その、これから結婚して二人で家庭を築いていくに当たって指標にしたいことだったのです」

「……うん」

オリヴァーはまたヘルガに、『真面目だな』とでもいいたげな表情だったが口を挟まないで小さくあいづちをした。

「私は、あのとき言ったとおり、あなたが私の元へと来てくれて、私だけを選んでくれてとても……嬉しい」

聞いてくれる彼に、ヘルガは自分の気持ちをできる限り正確に言葉にしていく。

「嬉しくて、たまらなくて……それから、とてもあなたが大切で…………」

「……」

「……」

「……」

「……だからこそ、あなたを後悔させたくない。失敗したと思わせたくない」

少し卑屈な考えだろうかと考えると、恥ずかしい。

しかしヘルガはオリヴァーから目を離すことなく、言葉が詰まらないようにきちんと息を吸って彼の反応をじっと見つめた。

「私たちは元々、幼なじみです。それもとても仲が良い、幼なじみ。お互い元から大切でお互い元から唯一です」

「……ああ」

「でも、結婚するんです。元から大切でも、あなたが選んでくれた以上、それ以上のものになりたい」

「……」

「あなたにとって、素敵な恋人で、大切な家族で、唯一の幼なじみで、私が可能な全部の形で、あなたが誰よりなにより私を選んで良かったと思うようなすべてにおいて完璧な女性に人になりたい」

出てきた言葉は思ったよりも壮大で、そして言っていて、ヘルガははたと、ものすごく自分は欲張りであるということに気がついた。

「あなたをどの関係でも幸福にできる女性になりたい……。そのために知りたいんです。私は……あなたの幸せを実現するためにどう変わったら良いでしょうか。何を目標に、どんな女性になればあなたは誰より私を選んで良かったと思ってくれますか」

少し最後の言葉が震えた気がする。

バレない程度のことだったように思うが、きっとオリヴァーは見抜いていると思う。

彼はヘルガのことを大体なんでもわかってくれるし、一番の理解者だ。

でもヘルガはだからこそ彼に思いの丈を伝えるのが怖い。

理解されないことが、ではなく、理解した上でそんなものはいらない、そこまでは望んでいないと言われたらと思うと心細いから。

これ以上ないほど深くつながっているからこそ、オリヴァーはヘルガの指針だ。

失いたくない支柱だ。だから変わることが怖い。なくなったら足下がおぼつかなくなりそうだ。

でも、彼を今まで以上に幸せにしたい。そのためには変えたいのだ。今までより、よりよい形にしたいのだ。

「……」

「……」

それにヘルガはそういう正確だ。

アイロスには是非、見習わないでほしい。たまにこの前向きすぎるというか真剣すぎることで自分の首を絞めている気すらするから。

穴があきそうなほど見つめても、オリヴァーがなにを考えているのかヘルガにはさっぱりで、やっぱりなしにしたいような気持ちすらもたげてくる。

腹の奥が押しつけられるような緊張に、血の気が引いて、自然と息を止めていた。

また、ピヨピヨと白鳥の雛の声がする。その不安そうな声はヘルガの気持ちと共鳴しているみたいだった。

「……真面目が過ぎるな」

オリヴァーはヘルガから視線を外して、つぶやくようにいった。

「そういうところ」

妙に彼の声が冷たく聞こえて、ティーカップの熱がじんと指に響くように感じる。

「好きだな」

「っ、き、嫌われたかと思いました」

ヘルガは止めていた息を一気に吐き出すようにオリヴァーに言った。とっさのことだった。考えられる余裕がなく、でも自然と笑みがこぼれる。

「なんでだ?」

「うっとうしいと思われたかもしれないと思いました」

「そんな言葉、俺が言ったことあったか?」

「でも、自分でも言っていて、私って酷く傲慢かもしれないと思って」

「傲慢?」

「でもっ、でも、だって、幸せにしたいんですからしょうがないじゃないですかっ」

「お、おう」

「別に結婚するほどでもなかったな? とか言われたくないんですから、仕方ないじゃないですか!」

言葉を吐き出していると胸が熱くなってしまって、鼻の奥がつんとする。

視界がゆがんでそれがバレないようにすぐに泉の方へと視線をやって「……仕方ないじゃないですか」とつぶやいた。

オリヴァーはすねたような態度のヘルガに、なんだか切なそうにとても穏やかに笑って「そうだなぁ」と小さな子供の駄々を肯定してあげるみたいな口調で言った。

「……」

「……」

「……ただ、どうしたらいいか。俺は……これでも君を好きだぞ。ちゃんとな」

「……」

「それを伝えてるつもりでいるし、もっと言うとヘルガが考えている以上に、俺は君だけの部分があるんだが」

「……」

彼はまるで今のままでも良いみたいな口ぶりで、まるでヘルガは何も変わる必要がないと思っているみたいな話しぶりだった。

でもそんなはずがないだろう。

このままではずっと幼なじみのままだ。

彼の理想の女性になればきっともっと二人の関係は進展するはず。そう思ってやまない。

そういう想いをこめてオリヴァーをじっと見つめると、ヘルガの言外の否定を受け取って「伝わらないな」と言って苦笑した。

「なんなら、なにも変わらないままずっと今のまま、ヘルガをどこにもやりたくないぐらいなんだが」

「……」

「伝わらないか」

「……」

「そのぐらいは幸せなんだが……納得してないって顔だな」

「……まぁ」

「そうか」

ヘルガはオリヴァーの言葉をいくら考えても納得いかないし、それもオリヴァーに察されて不服な返事をした。

すると、オリヴァーは言いながら椅子を引いて立ち上がった。

彼を視線で追っていると、ヘルガの方へと回り込んできて、テーブルに手をついて屈み、トンとヘルガの背中に触れた。

それから肩を抱かれて、疑問を持ちながら彼を見上げていると、今までにないほど接近してきたので驚いて目を閉じて若干身を引いた。

柔らかいものが唇に触れて、しっとりしている。ふわふわと言うよりぷにっとしていてすぐに離れていくが、体がはねて目を開いた。

信じられないものを見る目でオリヴァーを見つめた。

深緑の瞳は宝石みたいに深みのある色合いをしていて、しばらく見つめていると細められて、少しいたずらっぽい笑みだった。

「っ、ん!」

今度はチュッと小さなリップ音が鳴って唇が重ねられる、心臓がバコンと音を鳴らしてはねた。

「っん、っ! まっ」

「待たない」

「っ、ぅ、っ」

ぐいと肩を抱き寄せられて逃げられない。

彼の胸板を押し返そうとするがキスされるたびに驚いてしまって、変に力が入らない。

ヘルガは何が起こっているかよくわかっていなかったし、どういう文脈でこうなっているのかも理解できていなかった。

だんだんと頭に血が上って顔がほてる。

先ほど引っ込んだ涙が出てきていよいよあふれんばかりになって、やっと解放されて、ろくに回っていない頭でオリヴァーを必死になって見上げて言った。

「な、なにがしたいんですか!」

「……なにってキスだな」

「なっなんで??」

「なんでって……そりゃ、ヘルガに俺が君を素敵な女性だと思ってるって言葉で言っても伝わらないし、君は進展を望んでるって言ったからだろ」

「……っ、??」

「君はもう、俺にとって変わる必要がないぐらい、魅力的な女性だぞ」

オリヴァーはなんてことないみたいに、ペロリと唇を舐めて恥じらう様子もなく言う。

それにヘルガは「そ、そんな馬鹿な!」と反射的に返す。

「なら、もっと進展させるか? 俺はあまり急ぎたくないけど」

「え、え?」

「ヘルガがそれで苦しく思わないなら、そうするか?」

「っ、あ、わ、わかりません」

「やってみたら、案外正解だったと思うかもな」

オリヴァーの返答は素早く、ヘルガはもうこれ以上言葉が出てこない。

そんなヘルガの追い詰められた気持ちをオリヴァーはわかっているはずなのに「ははっ」と声を上げて笑って、以前ヘルガがしたように額に顔を寄せてキスをする。

もうどうしようもなくなったヘルガは、テーブルを押して椅子を引いた。

とにかく逃げだそうと行動を起こしたのだ。

起こった出来事への処理が追いつかず、キスされた額を抑えてドタバタとしたあるまじき動きでオリヴァーから遠のく。

「あっ」

「?」

「用事を思い出しました、これは急用です」

「……」

「急に申し訳ありません。しかしいや、これは何より優先すべき用事ですから、ええそうです。オリヴァー切り替えましょう」

「……そうか」

「はい、ええと、その」

「うん」

「ずっとピヨピヨ聞こえませんか?」

ひたすら、焦ったヘルガの脳は瞬時に答えを導き出した。

しどろもどろだった言動はその答えに合わせるように修正されて、短い息を吸って吐くと落ち着きが戻ってくる。

言うだけ言ってヘルガは、オリヴァーから逃げるように視線を外して、ガゼボから出た。

それから裏手に回ると、一匹だけで小さくなっている赤い目をした白鳥の雛が転がっているのを見つけた。

(…………まさか本当に雛が居るとは)

即座に考えた言い訳だったが、どうやら本当に急を要するものだったらしく、ヘルガは周りを見渡して家族がどこにも居ないことに気がついたのだった。