軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

少年期 一三才の秋・八

出血を止める応急処置は圧迫が一番だが、それは心の傷にも適応されるものだと思う。

悲しい時、抱き留めてくれる存在のなんとありがたいことか。前世で幼き頃の父母と姉、今生においても両親は私を優しく抱き留めてくれた。そして、エリザも私が抱きしめれば泣き止んでくれるから、きっと体温はなによりも血止めとして有効に働くのだろう。

「エーリヒ……?」

私はミカを、友をしっかりと抱き留め、言うべきことを言う。この熱は、どうあったって変わることがないのだから。

「ミカ、君は誰だ?」

「え?」

「君はなんだ、ミカ。魔導院の聴講生か? 移民の中性人か?」

それと同じだ。種族が違ったなら、少年と思い込まされていたから友情が変わるのか?

私は変わらないと思う。確かに重大なものだろう。私に性徴が来たのと同じように、彼だって直に性別のシフトが始まるのだろうから。きっと、男性の時は男性的になり、女性の時は女性的になるのだろう。

だが、どうあってもミカはミカだ。個我が変わらず、友として私とあり、少年期にのみ共有できる高揚を分かち合ったミカが消えるわけではない。

「違うだろう、ミカ。君は友だ。私の友人だ。違うのか?」

性質が変わることはあるだろう。だが、根っこは決して変わらない。私はミカと友人になりたい、そう思ったからこそ友人になったのだから。

体を一度離し、彼の顔を正視する。感情を上手く処理できていないのか、その表情は驚いたような、呆けたような、どちらともとれない形にゆがんでいた。

「私は君だから友になった。君が気持ちの良い奴だったから友になった。遊んでいて楽しいから仕事に誘い、ここまでやってきた。どうでもいい上辺だけの付き合いなら、私は一人でここに来たさ」

一人旅には不便が付きまとうのは事実だろうが、私は理由なく好きでもない人間と遠出し、寝床を一緒にできるほど博愛主義者ではないし、信頼できない相手と野営を張れるほど不用心でもないつもりだ。

私が彼を連れ出したのは、信頼でき、同道したならばきっと“楽しい”に違いないと思ったからなのだ。

「それは、私だけの感情か? 君が付いて来て、一緒に戦ってくれさえした理由はなんなんだ? 私は君にとって、さみしさを埋める、友人という名目の慰み者か?」

肩を掴み、触れ合うほどの距離に鼻を近づけて問うた。瞬きすれば睫がこすれ合うほどの間近で、彼の涙で潤んだ目が瞬く。そして、掠れるように応えが帰ってきた。

「ちがう、エーリヒ、それだけは違う」

零れる涙を瞬きで落とし、彼はしっかりと私を見つめ返す。そして、嗚咽をかみ殺し、無理矢理に嚥下してしっかりとした言葉を吐き出した。

「僕だって君を友人だと思っている。始まりはたしかに、何も知らない君ならばと思ったからだけど、今は違う……僕は、友達だから嫌われるのが怖かったんじゃない。君にこそ、君だから嫌われたくなかった……」

ただ抱きしめられているだけだった体に力が入り、手が肩にかけられる。しっかりと私を掴む手には力が込められ、言葉の真実を担保するかのような気が篭められていた。

「そうだろう、ミカ。君にとっての私はなんだ」

「……友だ、エーリヒ。君は僕の友達だ」

「ああ、そうだ友よ、それだけで十分だろう?」

私も彼も互いの身分を尊重することはある。

だが、一度として私は彼の将来有望な魔導院の聴講生という身分を第一に扱ったことはないし、彼も私を有力な研究者や教授とコネがある丁稚とみなしたことはないはずだ。

「私たちは友達だ」

「ああ……エーリヒ、ありがとう、ありがとう……」

「友でいることは感謝されるようなことではないよ、我が友」

「それでも……それでも……ありがとう」

私は泣きじゃくる友人を再度強く抱きしめ、背中を優しく叩いてやった。こうしてやると落ち着く妹を宥めるように。

かき抱かれる強さに痛みを訴える体を無視し、私は友が疲れて寝入るまでずっと手を止めはしなかった…………。

【Tips】三重帝国における異種族への寛容さと連帯は、長きに渡り殺し合いを続けながらも鮮烈に彼の者達を迎え入れて築き上げた、共に国を為し、国を守ったという実績に基づく国民国家的な性質に依る。友誼を結び、時が経てば他種族でも三重帝国に馴染んでいくことは十分に適う。

妙にくさいやりとりをしたせいで、酷く気恥ずかしい朝が来た。

ああ、TRPGでもたまにロールが行き過ぎて、リプレイ作成のために録音を聞いた後、枕に顔を埋めて悶絶することは間々あったとも。熱血系にせよ純情系にせよ、世界三大告白っぽいノリの叫びを後で聞くのはつらいものだ。

「おはよう……友よ」

それも、その相手と同衾してのお目覚めならば尚更。

「ああ、おはよう。ああ、ミカ、その、昨日は……」

今になって凄まじくこっぱずかしい。やっぱり夜はダメだ、妙なテンションになる。変なテンションで書き上げたハンドアウトとかシナリオは、大抵昼間にみたら「うわぁ」って気分になるものだ。あと、残業中に書き上げた企画書とかも。

言葉にも感情にも偽りはないが、もっと、もっとこう……! なぁ!? 精神的な大人として、もっとやりようがあったろ自分!

「みなまで言うな友よ、分かっているさ。あれほど嬉しいことはない。それはもう、もう一度聞かせてくれるなら何より嬉しいが、何度もいうものでもないだろう?」

あああ、妙な勘違いをされている。この子、思考パターンまでちょっとヅカっぽくなっていないか? 流石に何時もの遊びで芝居めかしたことを口にするならまだしも、平素のノリで昨夜の会話をするのは無理だぞ。これは将来、平気で劇場めいた言い回しをして、人をたらし込むアレなイケメンになってしまうのでは……。

「さ、朝餉としゃれ込もうじゃないか」

何かを勘違いしている友に手を取られ、私は二人で共有していた寝床から身を引っ張り出された。

元より近かった間合いが更に半歩近づいた友と連れ立って、昨日と同じ飯場に向かえば、そこは意外な程に静かであった。まぁ、私達が少し遅くまで寝てしまった上、三重帝国人は朝食を簡素に済ませる事が多く、中には茶と乳酪を一欠片だけしか口にしない者もいるくらいなので当然だが。

昨日と同じく、笑顔が目映いそばかすの給仕が五アスの安価な朝食セットを運んできてくれた。黒パン一切れ、白いヴルストが一本、乳酪と干した杏が一つずつ。値段の割には悪くないラインナップだな。

追加で二アス払ってポット一つ分の黒茶を貰い――チコリではなく、タンポポを焙煎したものだった――のんびりと食べる。随分とゆっくりした目覚めになってしまったから、この時期に忙しい行商人達は皆、さっさと食べて出て行ってしまったのだろう。

「ああ、そうだミカ、一つ誘いがあるんだが」

「ん? 何かな友よ。何でも言ってくれ。もうこうなれば、風呂の誘いも有り難く受けさせてもらうよ」

なら次は一緒に……違うそうじゃない。私は絵にして飾っておきたいくらい良い笑顔で有頂天になっている友人を抑え、冒険のお誘いを切り出した。

「ふむ、森の中にある冒険者の庵か……」

切り分けたヴルストを一口囓り、それと一緒に彼は私の提案を咀嚼しているようだった。

まぁ、元々はここまで来るだけで一ドラクマという仕事だったが、そこで更なる仕事に参加するかどうかは彼次第だ。とはいえ、この高いテンションで話を切り出すのは少し悪い気もした。何故なら……。

「いいね、面白そうだ。ならば僕も同行しよう」

もう一回裸見せて、と頼んでも余裕で通りそうなテンションの友人なら、断る筈もなかろうからな。熊も出るそうだけど、という警告に対し、友はなんとも格好良い笑みを浮かべ、それならば尚更友を一人では行かせられないではないかと言った。

さて、このテンションが下がるのに、一体どれくらいの間が必要だろうか。とりあえず、暫くは頼み事や誘いをするのであれば、内容を考えてからにしなくてはな。然もなくば、後々とんでもない黒歴史に発展するイベントが発生しかねないし。

無論、私にではなく、彼にとっての黒歴史だ。

一抹の不安を食事と共に飲み下し、冒険に出る準備をすることとなった。といっても、歩いて一日の森ならば、馬であれば数時間の距離。元々野営の準備をしてここまで遠征してきているので、精々水と食事を買い込むくらいのものだ。

「ふむ、中々いい値段だね」

「時期が時期だからな」

連れ立って飯場街横の市場に繰り出せば、そこは秋特有の浮かれた雰囲気に満ちていたが、如何せん需要の問題で品の値が上がっていた。

この時期は隊商が盛んに行き来し、それに帯同する護衛の傭兵や冒険者も多々いるために保存食の需要は高い。それ故、生鮮食品の保存に秀でた魔法使いがいない隊商なら、嫌でも買っていくことから何処ででも普段より単価で一~二アス高価い価格設定となっていた。

「路銀はどれくらい残ってる?」

「えーと、宿代があとこれくらい要るとして、他に出市税もかかるから残しておかないといけない額が……」

「そこから食料に使える金額が、大体……」

共用財布に詰まった銅貨を数えつつ――直ぐ使う予定のない銀貨は、万一に備えて各自靴の中敷きに仕込んである――額を付き合わせて相談していると、保存食の屋台を出した鼠鬼の店主が大きく溜息を吐いた。

「仕方ねぁな。ガキんだんて少しだげオマケしてけるべ」

北方の訛りが強い言葉で、店主は長い前歯を打ち鳴らしながら言う。南方で聞く訛りや、宮廷語とは全く違うイントネーションなので耳慣れず理解が遅れるも、店主が財布の中身に乏しい我々を見て哀れんでくれているのは確かだった。

「えったが!?」

が、次に驚いたのは、妙に自然な北方訛りで返す友の姿にであった。

「さっとな、さっと。じぇんこねなら、仕方ねべ」

「おぎにな!」

「なんもいいがらもっでげもっでげ」

流暢にやりとりし、普段と変わらぬ値段で売って貰っているミカ。普段は整った男性宮廷語しか話さない彼だが、よくよく考えれば北方出身ならこっちの訛りだって使えてもおかしくないのか。ファイゲ卿もスイッチでもあるかのような自然さで切り替えていたし、前世の同僚でも関西出身者が電話口と酒の席では口調が全然違ったしな。

ホクホク顔で干し肉が詰まった袋を受け取るミカをじっと見ていると、彼ははっとしたように顔を真っ赤にしてから、袋に顔を埋めて視線から逃げる。

「そ、その、まぁ僕も宮廷語を覚えるまでは普通に訛っていたから……そんなに変かい?」

不覚にも自分の方言を恥ずかしがるミカは……なんだ、その、可愛いと思ってしまった。

実に現金だな、私も。彼が完全な同性ではないと分かった途端、こんなことを考えてしまうとは。いや、気付く前から色々と危ない思考を練ってしまったことはあるけれど、何の抵抗もなく考えてしまったあたり色々と思う所もあるのだ。

「いや、やはり耳慣れない方言を自然に使う人を見ると凄いと思ってね」

「凄い? そうかな?」

「凄いさ。私には殆ど外国語に聞こえたよ」

現代帝国語はどちらかと言えば、文法さえ覚えれば発音法は平易な為に習得しやすい言語だと言われている。その証拠に他の言語系スキルツリーを見る限り、帝国語は宮廷語こそ熟練度を多く食われるが、基礎部分はお安く出来ている。

対し、スキルツリーから伸びる方言は結構良いお値段だ。これは三重帝国が元々は小国家が寄り集まって成立し、更に他種族を取り込んで発展したからだろう。各地の方言や独特の言い回しとして、今は使われなくなった古語系列の単語が盛り込まれている。

それ故、単語を知らなければ殆ど外国語のように聞こえてしまうのである。

似たような問題は日本語でもあったな。ナチュラルな東北弁だの九州弁だのは、標準語話者の私には全くヒアリングできなかったし。後から習得しようと思えば、文法以外はほぼ外国語扱いされても仕方なかろう。

「たしかに北の訛りには古語も多いからね……僕は一応、北方古語と離島圏の言葉も分かるんだけど、同じ単語を使うことも多いんだ。綴りが少し違ったり、アクセントの位置が変わることはあるんだが、概ね言葉が通じるんだよ。不思議だろう?」

「そうなのか、それは実に興味深いな。君が隣にいてくれれば、北方の旅は大分楽になるんだな」

語学に堪能な友と辺境の街を歩きながら、更に北へと思いを馳せる。

実は私、帝国外の知識には疎い。それもこれも知識が基本的に聖堂に置いてあった本と、周囲の大人達からの伝聞、そして吟遊詩人達が運んでくる物語がベースだからだ。

聖堂の蔵書はその性質故、諸外国を正確に語った歴史書は少なく、三重帝国視点の歴史書――想像よりは客観的だが、やはり偏りは凄い――に散見される記載を拾うばかり。魔導院の書庫を探せば諸外国の歴史書も壮観なほどに揃えてあるのだろうが、如何せん魔法を覚えるのに時間を使っているせいで手が足りていないのだ。

ただ、それはそれでいいのかもしれない。本ですら知らない土地、聞いたことも行ったこともない所を自分だけを頼りにブラつくのは、きっと楽しいだろう。前情報なし、読み込みなしで新しいステージに吶喊するのも、リスクは高いがとても楽しかったのだから。

きっと、これぞ冒険、という興奮と出会えるに違いない。

「なら、何時か一緒に行こうか。綺麗な所が沢山あるんだ。冬には北氷海を歩いて渡れるし、極光が飾る空は呼吸を忘れるくらいに美しいよ。僕の故郷からは少し遠いけど、大氷瀑を見に行くのもいいね。あれは圧巻だ。人生で一度は見ておくべきだと思う」

楽しげに北の名所を語るミカ。地元の観光地は言うほど行かないというのが定説だが、彼はきちんと行けるところには行ったことがあるようだ。記憶の中の景色を語る彼の横顔は、どこか誇らしげであった。

「いいね、どれも素晴らしい光景なんだろう。是非とも見てみたいものだよ」

昨日、あれほど辛そうに語りながらも、やっぱり故郷が好きなのだろう。然もなくば、家族が生まれた地だからといって、出世して錦を飾ろうとはするまい。嫌いだったなら、出世してから一族を帝都に呼び寄せればいいのだから。

「なら、いつか……君を連れて行くよ、エーリヒ。僕の故郷へ。氷と雪、後は羊かトナカイくらいしかいないけどね」

「ああ、楽しみにしてる」

私達は小さな約束を取り付けた。北方の辺境をいつか巡ろうという冒険の、そして彼が故郷に錦を飾った時の約束を。

さぁ、その足がかりとして、小さな冒険を片付けるとしよう…………。