軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青年期 十八歳の晩春 六七

斯く斯く云々(GMの説明とおりです) 、で済まないので世の中は面倒臭い。

状況をよく知らねば、自爆か特攻にしか思えぬような提案する時は。

TRPGだったらPLが同じ卓を囲んでるんだから、情報共有も一瞬で楽なんだけどね。全員で同じ話を聞いているのだし。

さて、一夜明けて昨日の狂騒が冷めやらぬ中、我等剣友会一同は領主館から程近い場所にある、割と豪華な一軒家を根城として借り受けていた。本来ならばボーベンハウゼン卿のような騎士でもあるまいに、兵営の一角にでも詰め込まれるのが当然であるのだが、ビビりにビビり抜いたハイデ男爵が便宜を図ってくださったからだ。

粗雑に扱ったら殺される、とでも言うような丁重さであるが、アグリッピナ氏も下っ端の田舎貴族――マルスハイム伯の一門衆とはいえ、宮中伯からすれば木っ端だ――をいびって遊ぶほど暇ではない。あの煽り技能を<神域>にまで伸ばした伯爵様は、彼女独自の“煽って楽しい相手”以外に口を開く労を厭われるのだ。

とはいえご厚意はご厚意。しかも状況的に断ると却って怯えさせることになるため、有り難く立派なお宿を借り受けた。

まぁ、一番ビックリしたのは私が不在の間、剣友会一同の指揮を執っていたジークフリートだろうけど。暫く放置されて具足も脱げずにいてイライラしていたところが、人が変わったように立派な宿に通されるのだ。

その上で戦時下では貴重極まる鳥を潰し、卵や野菜を使った料理での饗応。酸っぱくなっていない麦酒や葡萄酒の樽が並んだという。

お前が何かやらかして 掃除(毒殺) されるのかと思って、水も飲めなかった。そう第一声で文句を言われても仕方なかろう。結局はカーヤ嬢が試薬で安全だと判定したから食べたし、呑み乾したそうだが。

どうあれ、宿の居心地は悪くないもので、家主不在の経緯が透けて見える中でも各々昨夜の疲れと泥は十分に落とせた。内風呂がある家を冒険者ごときに貸し与えねばならず、薪も惜しかろうに風呂を焚いてくださったハイデ男爵には何となく申し訳なくなってきた。

私はアグリッピナ氏のところで貰い湯をして来たから、一人だけ風呂に入ってという後ろめたさを味わわずに済んだのもありがたい。

それも、エリザがお茶を持って来てくれた後の説明も割と長かった上、我が愛しの妹が潤んだ目で「あにさま、もう行っちゃうの?」と訴えかけてくるのだ。そりゃあ、非常時とはいえ軽々に振りほどけなんだよ。

妹のために時間を取って、この塒に辿り着いたのは月も中天を大分過ぎた頃のこと。現代日本なら、まだまだ起きてゲームなりしている時間でも、こちらの感覚では深夜二時とかそんなものだ。

念の為にと不寝番として交代で起きていたジークフリートに、明日の朝に説明するとして寝床に潜り込み、短い休憩を経て現在に至る。

「そらぁ、あれか? 死ねってことか?」

そして、死霊術師の下へ浸透し斬首するという端的な説明をした反応がコレである。

うん、残当。

冗談はさておき、私の言葉を咀嚼して嚥下しそこねたジークフリートの言葉が剣友会の総意と見て間違いなかろう。

私とて状況を知らねば同じことを言う。自裁せねばならないなら、そんな面倒なことをせず、依頼主を斬り殺して護衛と戦ってワンチャン生きて脱出する方に賭けるわと。

「勿論、爆弾を抱えて突っ込め、という訳ではない。これを見てくれ」

「……おい、コレ大丈夫だろうな? 後で俺らの首飛んだりしねぇだろうな?」

アグリッピナ氏がハイデ男爵から借り受けた地図を更に複写した地図を広げると、再びジークフリートからの懸念が。

「大丈夫大丈夫、これが存在していることは私と元雇用主、現依頼主しか知らん。誰ぞが口を滑らせるか、私の懐からギっていかない限りは誰の首も胴体との蜜月を邪魔されることはない。終わったら燃やすから安心したまえよ」

「なら、実質安全ということですわね」

些か疲れが残っているように見えるマルギットが首を竦めながら笑った。

ここの全員が詳細な地図の価値を知っているため、口の堅さは何重にも補助を貰った前衛並だ。そして、懐にしまった重要情報を探られる程、私の察知能力は低くなく、潜り込んできた手を妨害できぬような不器用な男でもない。

「まず、敵の位置は依頼主が魔法で探りを入れてくださったおかげで、大体ではあるが絞り込めている。敵の陣形は昨夜も大きく動かなかったようだから……」

ここの家主の持ち物であったらしい兵演棋のコマを敵の代わりに地図の上に並べて図形を整理する。

敵は未だ動死体の陣を正門前に広く厚く展開しており、更に西方の丘、我々が破壊した砲兵陣地跡の向こうに陣を敷いたままだ。攻囲が綻んだ訳ではないため、重要人物の居場所こそ変わっていようものの、大きな形は昨日と同じだ。

敵もかなり慎重になっているようだ。勝ちが決まった雰囲気の中で、唐突に砲兵陣地と本陣が吹き飛ばされたのである。これ以上の被害はノルトシュタット包囲の維持そのものに関わると分かっているため、警戒の厳重さは比べものになるまい。

「現状で予測される死霊術師の位置が此処だ」

「……遠くありませんか?」

魔導師のコマを配置した予想位置は、カーヤ嬢が溢した感想の通りに敵の本陣からは遠い。

「気位が高かろう反徒共が、好き好んで腑分けを行う穢れた死霊術師を側に置く訳がなかろうよ」

「それもそうか。俺もそんな連中の隣で寝たり飯を食ったりはしたくねぇな。なんかの英雄譚で聞いたみたいな、掘り起こした棺桶だの臓物が詰まった樽を兵の近くに置いておかれちゃ士気にも関わる」

死霊術師の塒を想像してしまったのか、眉根に皺が寄るジークフリート。多分、君が想像しているだろう、死体が鈎に引っ掛けられて肉屋の如くぶら下がっている、如何にもなスラッシャー系ホラーの光景とは無縁だと思うよ。

だとしても、どれだけ清潔だろうと家の隣に 死体安置所(モルグ) を建てて欲しくないことには大いに同意するが。

「気取られぬよう慎重に探っているようなので、三日ほどかかるが場所は大体見えている」

敵の本体は本陣から数km離れた林、或いは盆地に簡易の工房を築いて潜んでいる。弟子を通して遙か離れたモッテンハイムを襲撃する指揮が執れるような怪物だ。同じく弟子を中継するか、見た目を整えた交渉用の動死体を指揮官の近くに配備すれば意思疎通が取れるため、多少遠隔地にいても支障はない筈。

「私達は隠し通路を使ってノルトシュタットを出る。領主一家が離脱する専用の通路だ」

「どんだけ領主の首根っこ締め上げてきたんだよ、その御貴族様……」

「知らん方が幸せなこともあるぞ、ジークフリート。ただ、これは流石に重要機密だから、後で私達も誓約術式に署名せねばならん。位置、通り方、存在していることを知っている人間の名前……全て知っているだけで都市が墜ちるような物だからな。悪いが容れてくれ」

「この地図と同じでしょう? 沈黙は金。冒険者の不文律として弁えておりますわ」

ねぇ? とマルギットから囁かれ、全員が身震いしつつ声を揃えて肯定した。

うん、家の面々は教育が行き届いていて大変よろしい。ぶら下げている組合証より二つは上の実力がある、との評価は伊達ではないのだ。

「出る場所はここ。奇しくも昨日、私達が奇襲を掛ける前に潜んでいた林の方だ。随分と長い坑道を掘ったものだと感心する。そして、今日に至るまで逃げずに気張っているハイデ男爵の気概にも」

「いや、こんだけの重囲なら供を連れてこっから抜け出しても後が無理だろ。俺らだって接近するまでに何騎斥候を狩ったか分からんのに」

「人間追い詰められれば、燃えさかる戸口に体当たりを仕掛けることだってあるものさ。たとえ扉が鉄の閂で塞がれていたとしてもね」

「だがよ、俺らもその燃える戸口に突っ込むような物だぜ。少人数でも気付かれずに辿り着くのは望み薄だ。ノルトシュタットから出ることはできても、死霊術師だって馬鹿じゃあるまい。山ほど眠りも休みもしない手下で塒を囲っているに決まってる」

「分かっているとも。無論、その手立ても借りてある」

ご覧あれ、と懐から取りだしたのは一つの小箱。綺麗に装飾された上品な箱は、見た目だけであれば貴族のご令嬢が細やかな宝物を仕舞い込む可愛らしい品にしか見えない。

しかし、中を開けて出てくるのは香水の瓶や可愛らしい指輪などではない。内側にぎっしりと詰め込まれた複雑な機械の群れだ。

「……なんじゃこりゃ」

「依頼主曰く、自動詠唱式の抗魔導探知機構だそうだ」

詳しいことは私も分からん。講義するなら概略だけで五時間掛かる、とのことなので辞退しておいた。

ただ、魔法の目と現代的な知識で見るところ、これは魔導的な 自鳴琴(オルゴール) だ。

内部に魔晶が仕込まれており、同時に術式陣が刻印された円盤や 撥条(ゼンマイ) が見える。これが駆動すれば撥条の動きに合わせて回る円盤が魔晶に触れ、ピンの代わりに術式陣を触れさせることで、この機械そのものが擬似的に術式を詠唱するのだ。

そうすれば魔晶に込められた魔力と撥条の働きが尽きぬ限り、込められた術式が延々と発動し続ける。持ち主の望んだ効果を望んだまま、試用者の力量や状況など一切に影響されることなく。

そう、かなり大したものである。ぽんっと何投げつけてくれてんだと発狂しかけた。

たしかに魔法薬とやっていることは似ているが、魔力さえ充填すれば再利用できるという利便性がぶっ飛んでいる。更に分解する手間こそあれ、この円盤さえ入れ替えれば出力の範囲内であれば使いたい魔法が自由に使える拡張性。

私がGMだったなら、PLが買いたいと言い出しても軽々には許可しないような“ぶっこわれた”代物である。

「つまりネジ巻き突っ込んで回すだけで魔法が発動する? 何度でも?」

「魔晶の魔力が保つ限り何度でも」

「ほとんどズルみたいなもんじゃねぇか。入ってる魔法によっちゃ手が後ろに回るぞ」

仰るとおりで。

とはいえ、これだけならまだいい。魔晶の大きさの都合で小規模な術式しか発動できぬし、燃費も世辞にもいいとは言えず、魔晶一つで四半刻程度の稼働が限界。燃料たる魔晶もの交換も可能だが、戦闘中にできるようほどでもないため使える状況は限られる。

それにご覧の通り、精密機械の極地であるため量産も利かず、一部部品には 神銀(ミスタリレ) を初めとする希少金属や幻想種の素材が用いられているので希少性は倍率ドン。多分、この箱の紋様さえお洒落ではなく魔導的な意味を持っており、ちょっと欠けるだけで効果が落ちるだろう。

ふふふ、下手すると一個で壮園が二~三個変えそうなブツが手の中にあると変な汗掻くな。前世だと黒い睡蓮が書かれたカード――それも初版のヤツ――をスリーブなしで手渡されたような気分。

金額問題も私にとっては大したものだが、更におっかないのは使用法を聞いた後、オマケで付いてきた雑談だ。

将来的には大型化したこれを閉鎖循環魔導炉に直結し、疑似魔導師として運用するつもりなどと言われ、腰が抜けるかと思ったよ。釦を一つ推せば装填してある円盤が入れ替わり、使う術式が変わるなど、非魔導師による運用が前提の航空艦に搭載すると言えどやり過ぎではなかろうか。

それこそ表に出たら、魔導師や魔法使いの在り方が一変しかねない……。

……なんか嫌なことに気付きかけた。よし、やめよう、ダメダメ、あの人なら改良版魔導ジュークボックスみたいなものを仕立てて色々ぶっ壊してくるだろうが、私の知ったこっちゃない。まかり間違って魔導院に在籍してたら逃げようがないが、今ならただの使いっ走りで済む。

いや、マジでこういうことしてるから魔導炉に邪魔が入ったんじゃないですかね……。

「まぁ、そのズルも自分達で使うなら悪いものじゃない。これがあれば、動死体の知覚を眩ませて、私達の姿を隠してくれる」

既得権益に中指を立てるのがお上手な依頼主のことを頭を振って脳から追いだし、物騒な自鳴琴の説明を続ける。

これは回している限り、動死体の目を眩ましてくれる優れものだ。

魔剣の迷宮で思い知らされた、動死体の知覚が五感に頼るものではないことは、死霊術師が操る死体でも変わらない。

これは、人から漏れる魂の匂いだか波長だかを眩ませて、別の物に誤認させる術式が刻まれているそうだ。

動死体とて魂を嗅ぎ取っているにしても、全ての魂に反応している訳ではない。魔導師が扱う、個人を狙った術式の中で魂を標的にしている物も同様である。

地を這う虫や通りかかった犬や鳥などに反応していては、延々と同じ所をぐるぐる回り続けたバグった敵NPCみたいになってしまう。それでは使い物にならないため、一定の魂に反応するような仕組みになっているのだ。

この魔法があれば、範囲内の魂の波長を誤魔化して“対象外”の魂だと誤認させることができる。

たとえば、狙う価値のないもの。羽虫や小鳥のような、取るに足らない魂に偽装できれば、動死体は反応しなくなるという寸法だ。

「とはいえ、油断は禁物だぞ。魔導師の手が入った動死体だ。肉眼で物を見て、思考し判断する改造された高位の個体も側には置いているだろうからな」

「騒げば見つかるって訳ですわね。なら、お任せくださいな」

誰の影も踏まず、踏ませずに導いて差し上げましょう。そう笑う蜘蛛人は誰よりも頼もしい。事実、彼女の指示に従って忍んだ我々が、敵の警戒に引っかかったことなど一度としてないのだから。

ならば道行きは確約されたようなものだ。上等な絨毯が敷かれた道を歩くような頼もしさで、臆することなく暗闇を歩いて行くことができる。

「以上だ。さて、十分に勝ちの目がある依頼だと思うがどうか? 最終的には荒事は避けられぬが、私としては賽子を振る価値がある賭場だと思う」

じぃっと見渡してみれば、考え込んでいる者はいても怯えている、不安に思っている者はいなかった。

ただ、面子から漏れることを危惧している勇敢な冒険者の顔だけがある。

頼もしいことだが、たしかに彼等の予想している通り、全員で行ける訳ではない。そもそも隠密行動であるし、この自鳴琴の効果範囲も狭いため集団行動するにしても大勢でははみだしてしまう。

ぎりぎり頑張っても六人が限度だ。

「いい顔だ、獲物を期待している戦士の顔が拝める。頭領として、これ以上の幸福はないな」

決行は三日後の夜。その日の昼、各員の状況を勘案して実行部隊を選抜する。

宣言に帰ってきたのは、力強い承服の声と、力強く天に突き上げられる拳達であった…………。