軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

逃げ続ける人

独裁国からの帰路の途中。

野宿でもよかったのだが地図を確かめると、村があるとの記載があったので立ち寄ることにした。

「しかし、意外であったな。噂の姉と会ったのだが、微笑しているだけで何もちょっかいをかけてはこなかったぞ」

街道から村に繋がる道は馬車がギリギリ通る道幅なので、御者席で慎重に馬を操りながら進む魔王団長が、ちらっと隣に座る俺を見る。

「姉がいるという確証が取れただけでも、こちらとしては収穫がありました」

「回収屋の人相書きと同じであったのでな」

姉と対立した時の姿を描いた絵を事前に見せていたのだが、それと全く同じだったそうだ。

芸術関連のスキルを全力で発動して描いた絵なので、本物と見紛うような出来だったので見間違えることはないだろう。

変装の一つでもしているのかと思えば、隠すつもりもないようだ。

それにしても、あの姉があっさりと帰してくれるとは。俺を追い詰めたことで執着心が消えて、興味を失ってくれたのなら望むところなのだが。

「今は国盗りを楽しんでいるかもしれぬな」

団長は俺の心を読んだかのように確信をついてくる。

「どうでしょうね。何かしら別の目的があるのかもしれませんよ」

「肉親であれ人の心というものは見えぬからな。故に面白い」

「面白いですか?」

「うむ。悪魔というのは思考がシンプルでな。人間のように複雑怪奇な心理をしておらぬ。最近は少し感化されて部下共も変わってきておるようだが」

そういって振り返り幌の中に目をやる魔王団長。

人間に扮した悪魔達がゲームに興じたり読書をしたりと、人間と変わらない行動をしている。

「皆さん、悪魔っぽくないですからね」

魔王団長も含めてだけど。

世界を滅ぼす目的があった魔王よりも、身内の方が問題なんて皮肉なものだ。

「おっと、村が見えてきたようだ」

魔王団長の視線を追うように同じ方向に目を向けると、村を取り囲む丸太の壁が見えてきた。

木製の門の前には門番が三人。

見張り台も備え付けられているのか。そこにも一人いたので俺達のことは既に伝わっていると考えるべきか。

近くまで行くと門番が歩み出てくる。

少しだけ顔に警戒心が現れているが、それよりも派手な色彩の馬車に目を奪われているようだ。

「あんたら、劇団員なのけ?」

独特な訛りがある言葉づかいだ。

物珍しそうに馬車を眺め、旅に適しているとは言えない魔王団長の格好を見て「ほえぇー」と驚きの声を上げている。

槍を手にしてはいるが鎧も何も身に着けていないので、兵士というわけでもなく村人が順番に門番を担当しているようだ。

「我が劇団、虚実を知らぬと申すか。杭の国では知らぬ者がおらぬ、超絶に有名な劇団である!」

胸を張って堂々と名乗る魔王団長に気圧されて、門番が感心して頷いている。

我々に対しての警戒心は今のやり取りで完全に消え去り、興味深げにあれやこれやと質問を投げかけてくる。

娯楽の少ない村に劇団がやって来たというのは一大イベントらしく、門を潜ると多くの村人に快く迎え入れられ、村長の屋敷で一泊させてもらえることになった。

劇団虚実のおかげで今日は温かい寝床でぐっすり眠れそうだ。

団長達はお礼にと村の広場で演劇を始め、喝采を浴びている。

惜しむ村人の為に追加で劇をやり終えると辺りはかなり暗くなっていた。

そして今、村長の屋敷でもてなしを受けている。

「いやー、素晴らしいお芝居を堪能させていただきました! 皆も本当に喜んでおりまして、数か月は今日のお芝居の話で持ち切りでしょうな!」

「うむ。楽しんでもらえたのであれば、何よりである!」

恰幅のいい村長やその家族と村人にもてはやされ、まんざらではない顔の魔王団長。

村長の屋敷は村の規模に不釣り合いなほどに立派だったので、富を独占して嫌われるタイプの権力者かと思ったのだが、それは勘違いだった。

この屋敷の一階ホールは集会場として開放しているそうで、今も多くの村人を招き入れ分け隔てなく一緒になって騒いでいる。

酒と料理を振る舞われ数時間騒ぎ夜も更けてくると村人達は家に戻り、団員は分け与えられた部屋へと案内されていった。

俺と魔王団長は村長から「もう少し話がしたい」と引き留められ村長の部屋へと移動する。

何かを言い淀むような口ぶりだったので『心理学』を発動していたのだが、どうやら魔王団長に用があるだけで俺はおまけらしい。

村長の部屋は必要最低限の物しかない質素な内装で、村長の人となりが伝わってくる。

酒の席でも思ったのだが村長は温和で人当りが良く、村人からも好感を持たれている人格者のようだ。

「お疲れのところ、お引き留めして申し訳ありません」

「気にするでない。我らは疲れを知らぬ故に」

魔王団長は尊大な口の利き方だというのに、芝居がかっているせいで不快さを感じない。

村長も気を悪くした様子もなく、ニコニコと微笑んでいる。

接客用らしきソファーに腰を下ろすと、目の前のテーブルに果実酒を注がれたグラスが置かれた。

「ところで村長よ。我々に何か内密な話があるのではないのかね?」

魔王団長も見抜いていたか。俺は口を挟まないで聞き役に徹しておこう。

「お気づきでしたか……。実は息子の事でご協力をお願いしたく」

そこまで話すと大きく息を吐く。

肩を落として俯いた顔には疲労が浮かんでいた。

「私には二人の息子がおりまして、兄は首都で今は働いているのですが、ゆくゆくはこの村に戻り後を継ぐことになっております。親の贔屓目ですが昔から優秀な子で何でも器用にこなし、物覚えも良く友人にも恵まれていまして」

「それは自慢の息子であるな」

団長の一言に嬉しそうに頷く村長。

「問題は次男の方でして。以前は兄と競い合い切磋琢磨する勤勉な息子で、兄と同じく首都で働くことになったのですが……。仕事で大きな失敗をやらかしたらしく、仕事を辞めて戻ってきたのですよ。それ以来、部屋から出ようともせずにずっと引きこもっていまして」

「そんな輩は引っ張り出せばよいではないか」

「私達も部屋から出そうとしたのですが、その際に暴れられまして……。あの子は兄と違いスキルにも恵まれず、それでも努力で補おうと頑張っていたのを知っていましたので、心の傷が癒えるまで好きにさせようと」

額の汗をハンカチで拭いながら気まずそうに視線を彷徨わせている。

さっきまでの村長に対しての高評価が下落していく。この人は対話もあきらめて息子を部屋に放置したのか。

『優秀な指導者が子育ても優秀だとは限らない』東の国に伝わる有名なことわざだが、それを体現しているな。

「スキル病ですか」

黙っているつもりだったのだが思わず声が漏れた。……いや、わざと聞こえるように漏らした。

びくりと体を震わせる村長。自覚はあるようだ。

「スキル病とは何なのだ、回収屋よ」

「ご存知の通り、この世界では生まれつきスキルの優劣が存在します。スキルがない無能者。ろくでもないスキルしかなかった者。そういった人は他人を羨み、妬み、自分を蔑み、生きる気力を失い無気力となるのですよ。つまり心の病ですね。そういった症状の人をスキル病。別名、富裕病と言います」

腕を組んで俺の説明を聞いていた魔王団長がしかめ面になる。怒っているのではなく、納得がいかないといった表情だ。

「そのような病が存在するとは不勉強であった。だが何故に富裕病とも呼ばれるのだ?」

もっともな質問。

俺も初めて聞いた時に同じ疑問を抱いた。

「裕福でなければ成立しないからですよ。貧乏な家庭で働けない者を養う余裕なんてありませんからね。発症したとしても、怠け者の烙印を押されて家から放り出され……野垂れ死ぬだけです」

心の病というのは非常に厄介な代物だ。

外傷であれば誰の目にも明らかで理解も同情もしてもらえる。だが心の傷も病も目には見えない。

それに村や小規模な町では異端は排斥される。働かない者は生きられない、というのはこの世界の常識。

「耳の痛い話です。親として甘いことは自覚しているのですが、私は昔のあの子に戻って欲しいだけなのです。毎日何もせずに窓から外を眺めているばかりで……。部屋から出るだけでもいい、何とかしてやりたいのです。昔から演劇に興味があったので団長様から何か話しかけてもらえればと思い……」

まさに藁にも縋る思いなのだろう。

この心の病は認知度が低く、その対処方法も確立されていない。

人をなまけさせる悪魔に憑りつかれたと、悪魔祓いを真剣にやっている国だってあるぐらいだ。

……その悪魔に改心を頼むというのは、なんという皮肉か。

「心の病か。中々に面白そうではないか。よかろう、その願い叶えてやるとしよう。息子の部屋に案内するがいい」

家庭内のごたごたには他人が関わるべきではないと思っているのだが、今回はそうも言っていられないか。

――この世界は富裕病の患者に優しくはないから。

今は何不自由なく生きられているかもしれないが親である村長はいつか死ぬ。その時に息子の居場所はなくなってしまう。その先に待っているのは確実な死だ。

俺も団長に同行するとしよう。負のスキルの悪影響でこうなってしまっているのであれば手助けをできるかもしれない。

それに魔王団長が余計なことを言うのではないかという危惧もある。

注がれた酒には一切口を付けずに部屋を出ると、屋敷の角部屋の前に連れていかれた。

扉を軽くこんこんと叩くと、ガタッと物音がする。

「ここが息子の部屋です。起きているかい?」

「何か用かい。父さん」

ぶっきらぼうな口調だが、機嫌が悪い風を装っているだけに聞こえる。

「実はね劇団虚実が偶然この村を訪れてくれてね」

「劇団虚実⁉」

驚いた声が扉越しに響く。

どうやら知っているようだな。声からして二十代半ばぐらいだろうか。

「うんうん。そこで団長さんがここにいるんだが、話だけでもしてみないか?」

「え、あ、いや。僕みたいなのが団長さんと話すなんて……」

急に声が尻すぼみになり聞こえなくなった。

「どのような者であろうが、我が劇団のファンであれば歓迎をするぞ!」

「あ、ありがとうございます!」

「こんなにハキハキと話す息子は、何年ぶりでしょうか……」

目元の涙をぬぐう村長。

何年ぐらい引きこもっているのかは知らないが、この反応からして結構な年月が過ぎているのか。

「このまま扉越しに話すのは味気ない。我輩と仲間の一人を部屋に入れてはくれまいか」

「え、あの、散らかっていますし」

「そうか。それは残念である。もし招き入れてくれるのであれば、サイン入りの最新版台本を贈呈するのもやぶさかではないのだが」

「少し待ってください! 部屋を片付けますので!」

上ずった声で返事をした息子の部屋から、騒がしい音がする。

懸命に部屋を掃除している最中なのだろう。

熱心なファンであれば喉から手が出るほど欲しい品だから無理はない。商人として断言しよう。オークションに流せば結構な高値で売れる。

暫くして少し扉が開くと、隙間から頬骨が浮いた痩せ細った青年の顔が見えた。

「お二人は入ってください。父さんは悪いけど」

「ああ、構わないよ」

他人と話してくれるだけでも嬉しいのだろう。村長は涙目で頷いている。

部屋に入ると、即行で鍵を閉められたが気にしないでおく。

ベッド、机は何処の民家にでもある普通のものだ。

窓のない壁際には本棚が並び、本が隙間なく埋まっている。

他に気になるのは木彫りの像。動物や魔物を手彫りしたようで、道具も近くに置かれている。だが、最近手に取った痕跡はなく薄っすらと埃が積もっていた。

「き、汚くて狭い部屋ですが」

緊張して体を強張らせて直立不動している。

そんな村長の息子は手足が枯れ枝のように細く、食欲もあまりないようだ。

「緊張せずともよい。我輩の劇団を好んでいるとのことらしいが?」

「は、はい! 杭の国で初めて見た時から虜になりまして!」

そこから早口で劇の感想をまくし立てている。

興奮具合が熱を帯びた声から伝わってきて、魔王団長は何度も相槌を入れながら満足そうに口元に笑みを浮かべていた。

村長の息子は語り終えると我に返ったようで「す、すみません。自分の話ばかり」と頭を下げている。

「よいよい。ところで、お主は部屋にこもり外に出ないと聞いたのだが間違いはないか?」

「は、はい。すみません……」

魔王団長は咎めているわけでもないのだが、声の大きさと迫力に萎縮してしまったか。

「我輩の話し方は気の弱い者を諭すのに向いておらぬようだ。回収屋、進行を頼んでも構わぬか?」

「分かりました。……団長はこういう人なので怯えなくていいですよ。私は回収屋と申します、以後お見知りおきを」

「か、回収屋さんですか?」

「はい。団長とは旧知の仲でして。さて、あなたが抱えている不満や愚痴でも構いませんので、お話ししてもらえませんか? 解決できるとは言いませんが、誰かに話すだけでも心が軽くなるものですよ」

『話術』『朗らか』を発動して相手の警戒心を弱め、話しやすい状況を生み出す。

「お気持ちはありがたいのですが、見知らぬ人に話すようなことでは……」

「実はここだけの話なのですが、私はオンリースキル『買取』を所有しています。にわかには信じられないとは思いますが、このスキルは人のスキルを買い取ることが可能なのですよ。邪魔や無用なスキルがあればお力になれると思うのですが」

そう告げると表情が豹変した。

決して目を合わせようとせずにおどおどしていた村長の息子が、勢いよく顔を上げると身を乗り出して迫る。

「く、詳しく教えてもらえませんか⁉」

「はい、もちろんです。ですが、私が買い取るかどうかは人となりを見極めたうえで決めています。なので嘘偽りのないあなたの心境を教えていただけませんか」

「そ、それは」

また声が小さくなっていく。

「安心するがよい。他言することはない。それにこやつは多くの人を助け導いてきておる。悪いことにはならぬと我輩が保証しようではないか」

立ち上がりマントをバサッと払い、高らかに宣言する魔王団長。

その芝居がかった動作と言葉は演劇好きの彼の琴線に触れたようだ。

「わ、分かりました! 耳汚しにしかならない話ですが聞いてください。私には優秀な兄がいまして、兄は生まれ持って多くのスキルを所有していました。そんな兄とは違い私にはスキルがたった一つしかなく……」

環境は俺と重なる部分があるな。つい同情しそうになるが、冷静に判断しないと。

彼が口ごもったスキルが何かは既に『鑑定』で調べてある。

「そのスキルとは……『逃走』です」

『逃走』とは逃げる時に足が速くなるスキルのことだ。

肉体的に与える影響はそれだけなのだが、精神にも作用すると言われている。辛いことや苦しいことからすぐに逃げる、臆病者のスキルと蔑まされている負のスキルの一つだ。

実際は魔物に襲われた際や戦争でも生き延びる確率が上がる有用なスキルなのに、名前から連想されるイメージが悪すぎた。

ただ、レベルが2しかないので当人の肉体にも精神にも、そこまで影響は与えていないはずだが。

「スキルには恵まれませんでしたが、私は努力でスキルを補おうと日夜勉強に明け暮れ、首都の有名な商店で雇われることになりました。父さんの知り合いでコネとはいえ、能力が認められたうえでの採用でしたので、あの時は本当に嬉しかったな……」

当時を思い出して遠い目をしている村長の息子。

「当初は順風満帆でした。仕事も覚え、顧客からの評判も良く、いずれは支店の一つを任せてもいいとまで言ってもらえて。……でも三年目の春に新入りが来たのですよ。愛想もよく気の利く後輩で僕も目をかけていました。でも後輩は優秀過ぎたのです。スキルを幾つも所有していて、俺が一か月かけて覚えたことでもその場で『記憶』するんですよ。営業も『話術』で言葉巧みに商品を売りつけ……僕はあっという間に追い抜かされました」

これがスキル病と呼ばれるゆえんだ。努力ではかなわない才能の差を見せつけられ心が折られる。

勘違いされがちなのだがスキル病に陥る人の大半は真面目で努力家なのだ。

スキルに頼らず自力を磨き、何とかしようと足掻く。友人の無能者もそうだった。彼は最後の最後まで足掻き生き抜いた。

しかし、普通の人はそこまで強くない。自分の努力を嘲笑うようにスキルの性能の差を見せつけられ病む。

そして、有能なスキルと比べられ気力を失い絶望する。その末路は生きているだけの存在か、自ら死を選ぶかの二択。

立ち直る者も稀にいるが病状に理解を示してくれる人が殆どいない現状で、自力で回復する可能性はかなり低い。

「このままではダメだって分かっているのです。でも、怖いんです。また努力が無駄になるのが。同僚や客が手のひらを返して後輩を称賛して、僕の存在を無視されるのが怖いんです! あの使えない者を見るような蔑んだ目がっ! 居たたまれなくなった僕は逃げてしまった、全てを放り出して!」

髪を振り乱し、泣くように叫ぶ。

無能だと思い込み苦悩する姿は……過去の自分を見ているようだ。

「人徳のある父、優秀な兄、恵まれた環境、周囲からの期待、その全てから僕は逃げ続けて生きてきたんです……」

「大まかには理解はしたが、お主は今何をしているのだ?」

本当に理解しているのか怪しい魔王団長が彼をじっと見下ろしている。

「何もやる気が起きなくて、何をするわけでもなく、ただ無為に日々を過ごしています」

そう言って目を伏せる。

魔王団長は何を思ったのか俺に目配せをしてきた。

声を出さずに口の動きだけで言葉を読み取ると「後は任せた」と言って扉付近まで下がる。

尊敬の対象である魔王団長が説得した方が心に響くと思うが、やるだけやってみよう。

「ところで彫刻はご趣味で?」

「え、ええ。以前は勉強の合間に趣味で軽くやっていたのですが最近はさっぱりです」

軽く、と言う割には細部まで丁寧に彫り込んでいて、見る物を引き付ける魅力を感じた。

「休職中で時間を持て余しているのであれば、彫刻を再び始めてみてはどうですか」

「現実から逃げたやつが何をしても無駄ですよ。僕はこのまま何もせずに朽ちていくのがお似合いです。無能などうしようもない息子で、両親には申し訳ないですが」

この様子だとスキルを買い取る以前に、彼の心を前向きにさせなければ意味がないな。

自分のスキルも含めた全てに絶望している彼を、大量にスキルを所有している俺が諭すのも妙な話だが。

けれど多くのスキルと遭遇し、苦悩する人々と触れ合ってきた俺だから言えることもある。

「人が怖い。仕事はしたくない。でも何もしないのは後ろめたい。ならば先ほども言いましたが彫刻などの創作活動をしてみてはどうでしょうか。もしくは興味のある演劇について勉強してみるのもありでは」

「そんなの自分は何もしていないわけじゃない、という言い訳を作るための逃げ口上だと思われるに決まっています……。『逃走』スキル持ちにはお似合いですけどね」

「それでも構わないじゃないですか。あなたは今、逃げてすらいません。嘆きながらその場に立ち止まっているだけです。それでは停滞し続けるだけで未来は永遠に変わりません」

はっとして顔を上げた彼の目には、かすかに光が宿っていた。

進みたいという意志と怯えが同居した瞳を見つめ返して、俺は言葉を続ける。

「――――」

その言葉を聞いて彼は大きく息を吐くと、吹っ切れたように笑った。

一泊して村を離れる際に同行者が一人増えていた。

村長の息子が劇団虚実の小道具係として働くことになったからだ。

もう一度夢に向かって努力をしたくなったらしく、父親にその思いを打ち明けると快く承諾してもらえ劇団の一員となった。

「真面目に働くというのが何よりの魅力ではないか。良き団員を拾えて満足である」

魔王団長は上機嫌な様子で、幌の上で胡坐をかいている。

日当たりのいい場所を勧められて隣に座っているのだが、確かにここは日当たりも眺めも最高だ。

「ところで、回収屋はどうやってあやつを説得したのだ」

あの時の魔王団長は少し離れていたので、声が届かなかったのか。

興味津々といった顔をしているが、大層なことは言っていない。

「今回はたまたま上手くいったに過ぎませんよ。私は彼にこう言っただけです。せっかく『逃走』スキルがあるのですから、全力で逃げ道を走ってみませんか。全てのしがらみを捨てて、逃げ道を駆け抜けた先に……光が待っているかもしれませんよ。と」