軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

85.うなんな!

「!!! こっちなん!」

今までのどんな時よりも力強く、後ろ足が大地を蹴った時、ナンナの獣の感覚は貰い慣れた魔力の臭いを嗅ぎ当てた。

自分が向かうべき場所を察知したナンナは、壁を飛び越え、屋根を伝って、白い風のように走る、走る。

こっちだ。こっちの方、すぐ近くにいる! あそこの建物の中だ!

「うーなーんーなー!!」

邪魔な扉を蹴破って、薬品臭い部屋に飛び込むナンナ。

今のナンナには分かるのだ。ここに魔力のゴハンをくれるニンゲン、ジークがいると。

「ジーク! マリエラが大変なん!」

「なっ!? ナンナ、なのか? その姿……」

「……白い、豹?」

『 男性向け(メンズ) 黄金美容(エステ) :ハンサム・ブースト』の店舗、じゃなかった、幻境派の精霊強化施設に飛び込んできたナンナの姿は、白く巨大な豹の姿に獣化していた。

「うなんな?」

ようやく自分の変化に気付いたナンナ。ついに守護精霊ガウゥと一体化、獣化を果たしたのだ。ジークを見つけられたのは、何度も精霊眼でガウゥに魔力を与えたおかげで、ガウゥが”魔力のゴハンをくれるニンゲン”として認識していたおかげだろう。

「ナンナ、すごいんなー!」

念願の獣化にナンナは、ご機嫌ハッピーなのだが、お祝いしている場合ではない。

「ナンナ、マリエラがどうした!?」

「そうだったなん! マリエラがいるけどいないなん、連れ戻すなん! ジーク、乗るなん。連れてくなん!」

「よく分からんが、連れて行ってくれ!」

ジークがひらりとまたがるや、ナンナは壁を蹴ってUターンし、マリエラのいる場所めがけて走りだす。

マリエラが騎乗した時は精神体だったから普通に乗りこなせていたが、今のナンナは爆走する巨大猫だ。壁を蹴り、生け垣を飛び越え、縦横無尽に疾走するナンナにしがみついていられるのは、ジークの身体能力ゆえだろう。

あっという間に見えなくなるジークとナンナ。

一人残されたハイツェル・ヴィンケルマンは、慌てて周囲の状況を確認する。

思わぬ状況の連続に、研究員たちは慌てふためいている。

(精霊眼、行っちゃいましたが、これは、セーフ、ですぞ? うむ)

ジークを視力検査だとだまくらかして、黒い精霊を閉じ込めた瓶に精霊眼で魔力を注がせることには成功した。結果、黒い精霊は予想を上回るパワーアップを果たしたようだ。

ここまでは、作戦成功、大金星だ。

喋る白豹が乱入してジークが逃げちゃったが、それもいい。パワーアップが終われば帰す予定だったし、急用で変な乗り物に乗って帰ったとでも言うだけだ。問題は。

(……黒い精霊、逃がしちゃいましたぞー)

こっちはメッチャ怒られるやつだ。怒られるだけで済めばいいが。

(なーんか、やな感じの精霊でしたな。臭いし。うーむ、この臭い、どこかで……? む、むむっ。吾輩の純白のスーツに黒い染みが!)

なんということだろう。瓶が割れた時に中身が飛び散り、彼のトレードマークたる真っ白スーツが汚れてしまったではないか。

(まずは着替えが必要ですぞ! あとは、そう! あの黒い精霊を誰より懸命に探したという実績ですな。有象無象と同じ行動をしていては儲けも薄いというものですぞ!)

何か大事なことに気が付いた気がしたハイツェル・ヴィンケルマンだったが、スーツの汚れで忘れてしまった。

豪運の男、ハイツェル・ヴィンケルマンは、あたふたとしている大勢の研究員たちに気付かれることなく、服を着替えにその場を後にした。

■□■

「『再誕の儀』が始まる頃合いだろうか」

大アタノールを臨む窓際に立ち、皇帝ヨハン=シュトラウス・レッケンバウエル・15世はため息を吐く。

好きになれない仕事の中でも、この『再誕の儀』は己の無力さを痛感する。

多くの皇帝候補者と肩を並べ、学び合い、志を高め合っていた幼少のみぎり。

あの頃は、正義であるとか王道であるとか、そう言った正しいものが存在し、それを選択することが皇帝の責務だと思っていた。皇帝になれば世を正し、万民を救えるのだと信じていたのだ。

「だが実際は……」

大多数を助けるために少数を犠牲にする。それも、最も守るべき弱き者たちを――。

この真実を知ったなら、共に理想を語り合った弟シュトレーヴェはどう思うだろうか。

民を思う皇帝ヨハン=シュトラウスの気持ちは、偽りのない本心だ。それこそが『ヨハン』の資質の一つだと、長い帝国の歴史の中で判明している。

この国の皇帝は世襲によるものではなく、資質により選ばれる。

皇帝を選ぶのはこの地の精霊、ゲニウス・ロキであり、彼が『ヨハン』と認識した者が帝位にいる間だけロキは帝都に顕現し、帝国を帝国たらしめる恵みをもたらしてくれる。

『ヨハン』の条件は多岐にわたるが、精神性というあやふやな物が最も難しい要件だ。多くの有力貴族がこぞって皇帝候補を育成しても、誰も選ばれない時期があったほどだ。

皇帝が不在となれば、作物の収量は目に見えて減り、魔物の動きも活発化するなど、目に見えて国力が低下する。それゆえ皇帝の在位を長く保つために、災いを肩代わりする形代の存在は必須だ。

しかし、形代の準備には時間がかかる。通常ならば皇帝の形代に崩壊の兆しが見え始めた頃に次期皇帝候補を絞り込み、形代をあつらえるのだが、先代皇帝の時代においては、形代の崩壊があまりに急に訪れた。

「君は幸運だ」

次期皇帝候補に選ばれたシュトラウスに、そう言ったのは誰だったか。

シュトラウスより優秀な者、強い後ろ盾を持つ者。そんな候補者たちを差し置いて最終選考に残れたのは、シュトラウスに形代として最適な者が見つかったからだ。

皇帝を陰で支える形代が誰かは知らされない。会うことも禁じられている。

他にも、シュトラウスが会えない者は多い。親兄弟――、妻子を除く家族とも帝位に就くと同時に会うことができなくなった。

父母に会えないのは構わない。皇帝の親族としての利権に目をくらませるような人たちだ。会えない配慮はむしろ有難いほどだ。けれど、弟シュトレーヴェには時折無性に会いたくなる。理想を語り合った弟が、そばで支えてくれたならどれほど心強いことか。

特に、『再誕の儀』が行われる今日のような日には。

――やあ、ヨハン。今日は一段と憂鬱そうだ――

「ロキ? 今は儀式の……。そうか、もう始まったのか」

皇帝ヨハン=シュトラウスを呼ぶ声に振り向くと、そこにはおぼろげに霞むゲニウス・ロキが立っていた。