作品タイトル不明
84.うなんな
「フシャーッ! マリエラ、マリエラ、起きるなんー!!!」
大アタノールの前の広場で、ナンナは倒れたきり意識を取り戻さないマリエラに、猫パンチを繰り出していた。
プニプニゆさゆさ、プニプニゆさゆさ。
マリエラのほっぺがプニプニなのか、それともナンナの肉球か。
普段であればほっこり間違いなしの状況だけれど、今はかなりの緊急事態だ。馬車から降りた瞬間に、辺りの霧が濃くなって、次の瞬間にはマリエラの姿は消えていたのだ。
臭いを辿って追いかけてきたが、通ったはずの道は途中で壁に変わって途絶えたり、足元が砂地になったり落とし穴が開いていたり。なんとか広場に倒れているマリエラを見つけたが、いくら揺さぶっても起きる様子がない。
野生の勘か、はたまた守護精霊持ちの感覚なのか、今の状態がただの気絶やお昼寝でないことは、ナンナにも理解できた。
「マリエラいるのに、ここにいないなん」
猫パンチの連打にも目を覚まさないマリエラに、ひどく狼狽するナンナ。
どうしよう、どうしよう。このままじゃ、マリエラが死んでしまうのではないか。
「うなんなぁー、うなんなぁー」
「おーい、ナンナたん、いたいた。って、マリエラちゃん、どったの?」
「うなんな!」
偶然か、それとも日ごろの行いか。どっかのヒーローがハンサムをブーストしようとしてドツボにハマっているうちに、ピンチに駆けつけるイケメンの条件を、なんとエドガンが満たしてしまったではないか。
「あちゃー。これたぶん、ジーク呼ばないとダメなやつだわ」
しかも、的確な判断を下している。
「ジークなんな?」
エドガンが追いついたお陰で安心した表情を見せるナンナ。「ジーク」と聞いて、隣にガウゥも顔を出す。
(チビ猫、ジークの事、餌くれるヤツって思ってそうだな……。ってことは!)
「あああ! このままじゃ、大変なことに!! ジークを連れてこれるのはナンナたんだけだ! マリエラちゃんを助けてくれ!!」
「うなんな!」
超へたくそな演技だったが、ナンナには効果てきめんだったようだ。
「マリエラ、ナンナにいっぱいぺろぺろでナンナ、ゴロゴロばっかりなん。だからこんどはマリエラがナンナにゴロゴロするなんな!」
そう叫ぶと、何処にいるかも分からないジークを目指して、がむしゃらに走り出した。
「……場所分かるんかな、ナンナたん。まぁ、守護精霊が付いてるし何とかなるか。それよりもっと」
エドガンは石畳の向こうからこちらに向かって来る一団に目を向ける。服装や雰囲気からみて錬金術師。それも高位の者たちで、エドガンと地面に倒れたマリエラを見て何事かといぶかしんでいる。
「殴ってカタがつく連中のほうが楽なんだけどな。ナンナたん、マジで早くジークを連れて来てくれよ」
今、マリエラを動かすわけにはいかない。なんと言ってやり過ごそうか、エドガンはナンナが走っていった方向をちらりと見ると、錬金術師の一団に向き直った。
■□■
ナンナにとってゴロゴロは〝ありがとう〟と言う意味だ。親切にしてくれてありがとう、ご飯をどうもありがとう、守ってくれてありがとう。
獣人の中でも弱いナンナは、ずっと〝ありがとう〟しか返せなかった。大切にされるのは嬉しいことのはずなのに、なんどもなんども〝ありがとう〟を繰り返すうち、嬉しい気持ちはしぼんでしまって、耳も尻尾もぺしゃんと垂れてしまうような、ションボリした気持ちになった。里のみんなが大好きなのに、どこにも居場所が無いようなそんな気持ちになってしまったのだ。
(マリエラはよわよわなんな。でもみんなにゴロゴロされてるなん。ナンナも、いっぱいゴロゴロだったなん。だから今度はナンナがゴロゴロもらうなん! ナンナがマリエラ助けるなん!)
マリエラはヨワヨワで、なのに炎の精霊を呼び出せて、ガウゥが攫われた時はナンナを助けてくれたのだ。美味しい物をたくさんくれて、いっぱいモフモフしてくれた。マリエラがいなくなっては嫌なのだ。
はやく、はやく、少しでも早く。マリエラがどこかに行ってしまう前に。二本足ではまだ遅い。前足と後ろ脚。バネのようなしなやかな肉体全てを使って風のように早く。
ナンナは思い出していた。
かつてマリエラと共に肉体を離れてさらわれたガウゥを探した時を。
そして、ガウゥと一体となって、敵をやっつけた時のことを。
「!!! こっちなん!」
今までのどんな時よりも力強く、後ろ足が大地を蹴った時、ナンナの獣の感覚は貰い慣れた魔力の臭いを嗅ぎ当てた。