軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

78.ハンサムをブーストする日

そして、二人の知能が戻らないまま、運命の日が訪れる。

さんさんと明るい午後の日差しを避けるように、ジークとロバートはこそこそ送迎馬車に乗り込んで、『 男性向け(メンズ) 黄金美容(エステ) :ハンサム・ブースト』へと向かった。

「ここ……は、『イリデッセンス・アカデミー』?」

「なるほど、敷地の奥にある研究棟の一つでやっているのか……」

馬車の窓にはカーテンが下ろされていたから気付かなかったが、二人が案内されたのは、『イリデッセンス・アカデミー』。それも一般の研究員では立ち入れない場所だ。

一体、何が「なるほど」か。「秘密倶楽部のようなものだし、最新技術だから、この場所なのだろう」なんて明後日なことを考える二人。

この期に及んでもそんな都合の良い解釈をした二人は、自らいそいそと案内された部屋へと入ってしまった。

「ようこそですぞ、精霊眼の持ち主よ」

ガシャンと後ろの扉が閉まり、薄暗い部屋に一斉に照明の魔導具が灯る。

パッと明るくなった隔離施設のような部屋には二人の他には誰もおらず、高い位置にある窓から複数の人間がこちらを観察しているのが分かった。

(……こっ、これが、 黄金美容(エステ) ?)

(……じゃないようですね)

これだけ明るければ、細かなシミや皺までバッチリ見えちゃいそうだけれど、このライトの目的はおそらく違うものだろう。

ここにきて、ようやくおかしいことに気付いたジークとロバート。

我に返ったついでにさがり切った知能指数も、ようやくやっと標準に戻る。

「逃げようなどと考えない方がいいですぞー。暴れるならば……」

「ならばどうするつもりだ!」

「ひぃっ!」

二人の剣幕に思わず怯んだその声は、独特な話し方からハイツェル・ヴィンケルマンだろう。

対する二人は怒り心頭だ。アントバレーであれほど助けたのに恩をあだで返すとは! というのももちろんあるが、まんまと騙された恥ずかしさのあまり八つ当たり気味なのだ。

逆切れして誤魔化しているが、正直恥ずかしくて死にそうだ。

穴があったら入りたいし、出来ればとっとと帰りたい。

しかし、こんな回りくどいことをして二人を呼び出したのだ。二人を帰すつもりはないらしく、ハイツェルはめげずに「ならば」の続きを告げた。

「『 夢幻の(ファントム) 射手(・シューター) 』を帝都中の噂にするですぞ! 当時の面白エピソードも大盤振る舞いで!!」

「なあっ……!!」

騙した上に脅してくるとは、なんて非道な奴だろう。

しかし貴族とはそう言うものなのだ。……と少なくともハイツェルは思っている。

弱みを握って言うことを聞かせるなんて常套手段で、ハイツェルも情報屋を金貨袋でひっぱたき、ジークの過去を調べていた。もっとも、奴隷であった過去よりも『夢幻の射手』を選んだのはハイツェルのセンスだ。

もっとも、十人中九人が選ばない黒歴史の方が、マリエラにいいところを見せたいジークには効果はてきめんだった。クリティカル・ヒット過ぎて、ジークはよろめき固まっている。

「我々はシューゼンワルド辺境伯ゆかりの者。こんなことをしてただで済むと……」

選手変わりましてロバート。

しかし、ハイツェルだってロバートの定型文な脅しに怯んではいられない。それくらいは、流石のハイツェルだって織り込み済みなのである。

「ちょっと協力して欲しいことがあるだけですぞ。協力してくれるなら、お礼にちゃんと黄金美容の施術もしますぞ!」

(あ、エステはしてくれるんだ)

しかも、お礼ということは無料ではないか。

想定外の親切さに、思わず二人の気が緩む。

「……交渉を替わりましょう、ハイツェル殿」

「そ、そうですな。グレイゴリ導者」

ちょっぴりホンワカする雰囲気を、新たな人物が引き締めた。

どこかで見た顔だ。思い出せないジークにロバートは、「第4アタノールの責任者だ」と教える。グレイゴリは相応の地位にいる者なのだろう、ハイツェルを始め研究者らしき一団は彼に場所を譲って遠巻きに見ている。

「ロバート・アグウィナス殿は、『レビス』の秘密をご所望と聞きおよんでおります。まもなく『再誕の儀』が始まる。秘密を知る格好の機会。許された者しか立ち会えぬ場ですが、貴殿なら大導者も否とは言いますまい。お連れ致しますのでどうぞこちらへ」

レビス――、《命の雫》をふんだんに含む未知の物質の秘密を対価に、ジークを寄越せと言うことか。ロバートは鋭くグレイゴリを睨む。

「彼は冒険者ではあるが、シューゼンワルド辺境伯の家人も同然。幻境派は迷宮都市とことを構えるおつもりか!?」

「滅相もない。内々の依頼のため、かような呼び出しとなってしまったが、我らは助力を願いたいだけ。害するつもりなどない。無事に帰すと約束しよう」

ジークの話なのに、本人不在で進む交渉。

ジークは右見て左見て、も一度右見てから「レビスの秘密……」とつぶやくロバートを見る。

(レビス……。確かマリエラが帝都でポーションを作るのに、使うと言っていたものだ)

マリエラですら知らない素材の正体が知れるなら、協力してもいいかもしれない。そう思ったジークは、ロバートに軽く頷いて見せる。

「……分かりました。それで、彼に何をさせる気ですか?」

条件によっては引き受ける。その意思表示をロバートがすると、奥へ続く扉が開き、ハイツェルがワゴンを押して現れた。

「ロバート殿はあちらに。君は精霊眼のスペック調査。吾輩が視力検査を行いますぞ!」

ばーんと広げられた視力検査記号表を、ひゅん、ぱしーんと指示棒が差す。

”あ、うん。ダイジョブそうだから行ってきて。”

ジークの表情からそんな気持ちを読み取ると、ロバートは「何かあったら暴れて逃げていいですから」と小声で伝えて部屋を出た。