軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

75.新生を望む者たち

『イリデッセンス・アカデミー』の一室で、数名の老人が重厚な造りの箱を囲んで中身を見下ろしていた。

アカデミーに在籍する者もいれば部外者もいる。けれどここに居るのは皆、帝国の秘密の一部を知る、導者と呼ばれる者たちだ。

彼らは箱の中身が告げる帝都の未来を憂慮して、新生を望み集った同士でもある。彼らは自分たちを 幻境(クシクトベル) 派と呼んでいる。

彼らがのぞき込む箱の中に納められているのは肥沃な土塊。

そこに赤い砂粒が僅かばかり混じっている。

知る者が見れば、この滴ったばかりの血のような赤が 『緋色の宝珠』(ロゴス・オブ・カーマイン) と同じ輝きを放っていることに気付いただろう。

「早すぎる……」

悲鳴のような呟きを漏らしたのは誰だったか。

「皇帝はなんと?」

「『再誕の儀』を承認下された」

「そうか、ならばまだ……」

「だとしても。問題はそこではないと分かっておろう。我らに伝わる古き記録を紐解く限り、ゲニウスの『再誕の儀』式は次第にその間隔を狭めておる」

それはつまり、肉体の崩壊が早まっていることに他ならない。

そして、今回に限っては、一月ほどしか経過していないではないか。

「……力を使われたのだろう」

「だとしても! まだたったの一月だぞ」

導者たちはその先の言葉を言わない。言わなくとも全員が分かっているのだ。

”ゲニウス・ロキはもうもたない。”

それはすなわち、帝国の崩壊を意味する。

どんな犠牲を払おうと、それだけは看過できない。この帝国が、帝都が滅ぶようなことがあれば、どれほどの命が失われるか知れないのだから。

「……計画はどうなっている? 進捗は如何ほどか」

「芳しくない。精霊の捕縛はできる。契約も再現性は低いが目途がたった。だがそれらはすべて脆弱な精霊に限られる」

「そんなことはずいぶん昔に聞いておる。肝心の精霊強化の進捗を聞いているのだ」

「それは……。先日の失敗が尾を引いておる。情報を抜かれたのだろう、いくつか襲撃を受けた施設もある。予算が必要だ、体制を立て直さねばならん」

「何が予算だ! 犯人を捕まえねばいくらつぎ込んだとて同じことだろう」

「犯人の目星は付いているのか?」

「証拠はないが、おそらくエルフの連中だろう」

「テオレーマか……厄介な。奴ら経由でしか手に入らぬ素材は多いぞ」

「だが、それはきゃつらも同じことでは?」

老人たちの議論は続く。

ここに集まった導者達は、その大半が帝国の未来を憂い、ここに生きる人々の生命を守るために尽力している者たちだ。

幻境(クシクトベル) 派に資金を提供する者の中には、私欲に囚われる者も少なくないが、ここにいる導者たちに限っては、私欲からではなく愛国心から行動している。

帝国を存続させるためのとある計画。それを実現するための集団が幻境派なのだ。

「ひとつ、新たな方法を提案したい」

堂々巡りの議論に終止符を打つべく、一人の導者が声を上げた。

グレイゴリ導者、第4アタノールの管理者だ。

職務上得られる多くの人脈や情報、ハイツェル・ヴィンケルマンを筆頭に集めた多額の資金によって多くの成果を残してきたグレイゴリの提言は、今回もまた、 幻境(クシクトベル) 派の方針を転換させるに十分なものだった。

「失われていた精霊眼――、精霊に力を与える魔眼の持ち主を帝都で確認した」

「まことか! ならばすぐにでも計画を実行に移すべきだが、精霊はいかがする?」

「この地は長く人が住み、余りに穢れを溜めすぎた。古の儀式を 鑑(かんが) み、水の精霊が良いのではないか?」

「水の精霊か。あてはあるのか?」

「南方にある毒の湿地。あそこで見たと情報がある」

「毒沼の精霊ではないか」

「案ずるな。今のゲニウスとて、もとは荒れ地を司る者。精霊は形無きもの。契約で縛り付ければ相応しい形を得よう」

「滅びの先の新生を」

「すべては帝国と民のため」

救済を。救済を。

まるで祈りの言葉のように、老人たちは唱え続けた。

■□■

帝都を離れ、魔の森を隔てた東。

迷宮都市の地下には、地下大水道が広がっている。

一時はスライム天国だった地下大水道も、定期的な魔物除けポーション散布のお陰で今は安全な抜け道だ。

とはいえ、魔物除けポーションで侵入を防げるのは弱い相手に限られる。魔の森の深淵みたいな場所から、地下水脈を遡ってきちゃうような相手には、まったく無力と言っていい。

そんなモノがきちゃった日には、迷宮都市は臨戦態勢に入らざるを得ない訳で、その対象がコミュニケーションが取れる知人だった場合は、平和的解決のためと称してレオンハルト自ら赴くことも必要だ。

酒瓶片手に自分用の紅茶まで持って出かけているが、サボりではない。

「フレイよ。マリエラの魔力水など、ないではないか」

「あっれー。おっかしーなー。ま、いいじゃん。たまには人間の街を観光しようよ。リューロもちょっとは慣れといた方がいいと思うんだよね。練習、練習」

『木漏れ日』に『炎災の賢者』が来たとの報告を受けて来てみれば、今日はまさかのリューロパージャ付きでレオンハルトは内心冷や汗をかく。

フレイジージャの方は『炎災の賢者』という物騒な二つ名の割に人間に対して友好的で、酒さえあれば割と何とかなっちゃうのだが、深淵の水精霊の方はそうはいかない。フレイジージャが人間を贔屓しているからそれに合わせているだけで、本来は人間嫌いのはずなのだ。

なぜかマリエラの魔力水を愛飲しているらしいから、今日はそれに釣られて来たのだろう。

「マリエラ嬢の錬成したポーションのストックならいくらかある。持ってこさせよう」

ポーションの効果は《命の雫》によるものだが、多少なりとも錬成者の魔力も宿る。嗜好品としてならポーションが替わりになるだろうと、提案したレオンハルトだったが。

「薬草臭い汁などいらぬわ。代わりにその紅茶というのを頂こう。ふむ、香りは悪くない」

マリエラの魔力水でないと駄目らしい。だが人間の味覚も解するようで紅茶は気に入ってもらえたようだ。

それにしてもマリエラが帝都に行ってから1ヵ月も経過している。トラブルがあったという報告はないが、ポーション献上式典の日程も未定のままだ。この二人もマリエラのことを心配しているのかもしれない。

「帝都の一件、少々時間が掛かり過ぎるな。マリエラ嬢をいったん呼び戻そうか」

「その必要はないよ。マリエラを呼んだのはアイツだからね、呼んだって戻ってこられるもんじゃない」

レオンハルトの提案に、フレイジージャが意味ありげな回答をする。

「アイツとは、ゲニウス・ロキなる帝都の地脈の主か?」

「そう、それ。でもゲニウス・ロキは名前じゃないし、あいつは帝都の地脈の主じゃない。そういうシンプルな状況なら、そもそもマリエラは呼ばれてない」

やはり、フレイジージャはマリエラが帝都に呼ばれた理由を知っているのだろう。

もしかしたら、これから何が起こるのかさえ。

だが、それならこの二人はどうして迷宮都市にいるのだろう。愛弟子であるマリエラが心配ではないのだろうか。

「賢者殿は帝都に向かわれないのか? お二方の助けが必要になるのでは?」

レオンハルトは気付いているのだ。マリエラが安全で、何の心配もないのなら、この二人は魔の森に引きこもり、こうして迷宮都市に出て来ることもないことを。

こうして、人の街を好まないリューロパージャを連れてきていることさえも、何らかの意味があることを。

「アイツは地脈の主ではないけど、帝都を統べてはいるからね。あたしたちみたいのは、呼ばれないと入れないんだ」

少しじれた様子で答えるフレイジージャ。

恐らく彼女に対してだろう、それまで興味なさげに宴の喧騒を眺めていたリューロパージャが口を開いた。

「そう案ずることはない。今はまだ、アレの荒れ地を越えられぬ。じゃが、 縁(えにし) は絡みあっておる。時が来たならば呼ばれもしよう。肉体を得たとしてその 理(ことわり) は生きておるゆえの」

「なるほど」

レオンハルトは、フレイジージャたちが今、『木漏れ日』に居る理由を理解した。

おそらく、その”時”は近いのだ。

「馬車を用意しよう。ちょうど黒鉄輸送隊が迷宮都市に滞在している」

彼の答えはおそらく正解だったのだろう。

「ツケといて。あ、あと、道中のお酒もよろしく」

『炎災の賢者』は楽しそうにニヤリとわらった。