軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

74.契約の対価

「”どうしてマリエラは、結婚してくれないんだろう”と思っている顔でしたわね」

「ソウデスネ……」

あれだけ衆目を引いたマリエラをキャロラインが大人しく部屋に帰すはずはない。

仕立て屋が帰った後、お茶会と称した尋問会に雪崩れ込んだマリエラは、パッサパサのクッキーを紅茶で流し込んでいた。

「さすがにジークさんがお可哀そうですわ」

「ソウデスネ……」

「ジークさんとはお付き合いなさってるんでしょう?」

「ソウデスネ……」

「今のジークさんは人柄も収入も申し分ないと思いますが」

「ソウデスネ……」

「長く一緒に暮らしてらっしゃいますもの、一緒にいて居心地も良いのでは?」

「ソウデスネ……」

「価値観もあってらっしゃるのでは?」

「ソウデスネ……」

まるで壊れた蓄音機のようにうつむきがちに「ソウデスネ」を繰り返すマリエラ。性格的に幼いマリエラではあるが、年齢的には適齢期だ。

一向に進展しない関係を、キャロラインは少しじれったく感じていたのだ。

リンクスの件を引き摺っている様子もないし、普段の二人は仲がいい。なのにジークがアプローチするとマリエラは逃げるように引いてしまう。

これは一体どういうことか。

「マリエラさんも、ジークさんのことがお好きなのでしょう?」

「……………………そう、なんでしょうか。ジークのことは、その、好きなんですけど、これって、本当に私自身の気持ちなんでしょうか」

キャロラインが思わず投げた直球の問いに返ってきたのは、一見煮え切らない、けれどよくよく聞いてみると、なんとも特異なものだった。

「私、自分の気持ちが本当に自分のものなのか、確証が持てないんです」

「それは、どういう?」

「地脈には、意思があるから……」

「地脈の、意思?」

コイバナかと思っていたら、思わぬ変化球が飛んできた。

驚くキャロラインに、マリエラは至極真面目な様子で話を続けた。

――地脈には意思がある。マリエラはそう考えている。

「時々、何かに突き動かされるように、行動しちゃうことがあるんです。後になって、なんであんなことしたんだろう、なんであんなふうに思ったんだろうって不思議になる。

まるで、なにか大きなものの意思に動かされたみたいだったって。たぶん、それが地脈の意思。それが地脈と錬金術師を結ぶラインを通じて、流れ込んでくるんです。でもそれが、私の意志なのか地脈の意志なのかその時はよく分からなくて……」

「例えばどんなことですの?」

「一番分かりやすいのは、犯罪奴隷として迷宮都市に来たジークを買った時だと思います。ジークは冤罪で、悪い人じゃ全然なくて、それどころか迷宮を倒すのに大切な存在で、だからあの時の判断は絶対に間違いじゃなかった。でも、それって結果論ですよね?

私、あの時、右も左も分からない二百年後の世界に目覚めて、エンダルジア王国は滅んでて怖かった。絶対に裏切らない味方が必要だって思ったし、払えるお金も持ってた。それでも、どんな人かも分からない、大人の男性の犯罪奴隷を普通買ったりするでしょうか?」

マリエラは、アントバレーや帝都で見た犯罪奴隷たちを思い出していた。

彼らを前に感じた、恐ろしいと思う気持ち。あれが正常な判断なのだと今では思う。だというのにジークを前にしたあの時は、全く異なる感情を抱いていたのだ。

「なのに、気付いたら、”私にください!”って叫んでたんです」

キャロラインは、マリエラの黄金に輝く瞳を見つめる。マリエラの瞳は、じっと見ているとふわふわと淡い光が溢れるようだ。

この温かな光は知っている。錬金術師になる時に見た、地脈の輝きだ。

「つまり、地脈の意志が、マリエラさんにジークさんを助けさせたとお考えですのね?」

キャロラインの質問に、黙ってこっくりと頷くマリエラ。

もしかすると、あのタイミングで地下室の入口が崩壊し、マリエラが目覚めた事自体、地脈の主、聖樹の大精霊エンダルジアの導きなのではなかろうか。

だとしても、マリエラが自分の気持ちを訝しむ理由が分からない。

「精霊エンダルジアの意志がマリエラさんとジークさんを巡り合わせたのだとしても、それとマリエラさんの気持ちは別なのではございませんか?

それにここは帝都。精霊エンダルジアの影響の外だと思うのですけれど」

帝都に来てもジークのことが好きならば、それがマリエラの気持ちではないのか。それとも帝都に来てから、急にジークに嫌気がさしたのだろうか。

確かにジークは外見も外面も外聞も良い優良物件だが、ヤンデレ気質で面倒くさいところもある。そういう欠点に気が付いて気持ちが冷めたりしたのだろうか。

「私、帝都でも《命の雫》が汲めるんですよ。迷宮都市のだけじゃなくて、ここの《命の雫》も一緒に汲めてる。……うまく言えないんですけど、私がジークを好きな方が 都(・) 合(・) が(・) い(・) い(・) んじゃないかなって。私の気持ちだけの話じゃなくって……。錬金術とかポーションとか、人間に都合が良すぎるじゃないですか」

「人間に都合が良い、ですか?」

「はい。治癒魔法じゃ回復できない怪我だって、ポーションなら回復できちゃう。人間が自分たちの都合で作って使う物なのに、人間の力を超えちゃってる。

魔法は魔力を対価にしてるし、精霊にお願いするのだってちゃんとお礼が必要なのに、ポーションは汲み上げるのに魔力がいるだけで、作るための魔力と効果が釣りあってない。

それは《命の雫》の効果で、これまで疑問にも思ってなかった。

でも、最近思うんです。そんな力を、どうして人間だけが使えるのかって。

何の代償もなしに使えるなんておかしいんじゃないかって。

エリクサーまで作れるようになった私は、一体何を支払っているんだろうって……」

マリエラの不安は、錬金術という力に対する根本的な疑問だった。

これはエリクサーを錬成し、錬金術の頂に辿り着いたマリエラだからこそ感じ取れるこの世の真理なのではないか。

マリエラは、小さく息を吸い込んだ後、思い切ったように口を開いた。

「それでも私は錬金術師です。だから私が払える対価なら構わない。でも、それに大事な人が巻き込まれるのは違うんじゃないかと思うんです」

そう言い切るマリエラを見ながら、キャロラインは考える。

壮大な話ではある。あるのだが、そもそも何の話だっただろうか。

「……つまり、マリエラさんはジークさんが大好きってことですね」

「ふぇっ!? ちが……」

「今、大好きな人が巻き込まれるのはっておっしゃったわ」

「だい……じ、大事ですっ」

「マリエラさんはジークさんが大事で大好き」

「でもそれは地脈のっ。え、精霊エンダルジアは、ほら、お母さんみたいな、ほら」

「ここは帝都ですわ。影響があったとして変化はあるはず。でも大事」

「ででででも、ジークだってほら、命の恩人だから錯覚っていうか……」

「ジークさんのお気持ちが心配なのですね?」

「だって、だって、ジークは大人だし、強い冒険者だし、昔の仲間の人とか、こう、せくしーな感じだったし。それに私、ポーションとか素材とか、そんな話しかできないし……」

「まぁ、そんなこと。でしたらジークさんだって、レディーを喜ばす話術に長けてはいませんし、行動も不審……いえ、マリエラさんにずいぶん甘えていらっしゃるでしょう? 髪もマリエラさんが切って差し上げているとか」

「それは、うん……。床屋さんに行けばいいのに”切ろうか?”って言うまでハサミもって、うろうろしてるし。時々部屋の隅っことかでややこしいこと考えて、うずくまっていたりするし。今もドレスを断ったから、膝抱えて座ってそうですけど……」

「まぁ、なんて面倒くさ……いえ、繊細な方! でも、マリエラさんはジークさんが大事なのでしょう? というか、もう付き合ってらっしゃるのに何を今更」

チラリとマリエラに目をやると、顔を赤くして「きゃ、キャル様の意地悪!」と逃げてしまった。ちょっとからかい過ぎたかもしれない。

マリエラが自分の気持ちを疑う原因、それは。

(錬金術師が支払う対価でしたか)

そんなこと、考えたこともなかったが、言われてみれば確かにおかしな話だ。

ポーションを錬成するのに手間がかかるから疑問にも思わなかったが、確かに魔力を対価に癒しを得る治癒魔法と比較しても、汲み上げるのに使う魔力に対して《命の雫》の持つ力は大きすぎる。

(人間と地脈が契約を結ぶことに意味がある? 錬金術師には他とは違う役割が……?)

だとしたら、錬金術スキルの所有者が多いことにも、何らかの意味があるのだろうか。

(その答えを紐解くなど、末端の錬金術師に過ぎないわたくしには、きっと大それたこと。解ける人がいるとすれば、このことに気付いたマリエラ師匠だけでしょう)

『帝都に必要なポーション』という課題。

その哲学じみた課題の答えを、マリエラならば知れるだろうと言われている気がする。

そして答えを得る時はそう遠くない。

自らの心境に戸惑うマリエラの様子を見て、キャロラインはそう思った。