軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36.最後の選択

「ほんっとに、こんな材料でいいんですか!?」

――仮初の肉体には、過分なほどだ――

マリエラは、リューロパージャから受肉用の材料を聞いて軽く頭を抱えていた。

「そうか? あたしなんてリューロを助けるには精霊のままじゃだめだーって思ってたら、灰の中から産まれたぞ? もももももーって感じで肉体が出来上がってくから、さすがのあたしも慌てたよ。

どうせならヒラヒラ着たいし、ちやほやされたいじゃないか。まぁ、さすがはあたしっていうか、こんないい感じに仕上がったけどな!」

――エンダルジア様は、狩人のことを「好き好き好きー」って思ってたら人間の姿になってたらしいわよ? まあ、私たちは聖樹に宿ってるから、初めから受肉してるって言えなくもないんだけど――

くねくねとセクシーというよりはタコか何かのようなポーズを決めながら、ざっくりとした受肉体験談を語って聞かせるフレイジージャとイルミナリア。非常に貴重な話のはずが、どちらも優劣つけがたいほど残念だ。

特に師匠の“いい感じ”って、一体なんだ。メリハリボディーの美人なだけに、丸太ボディーのマリエラは余計に腹立たしさを感じてしまう。

いい加減な人だと思っていたけれど、師匠は産まれからしていい加減だった。受肉するに至った経緯は結構シリアスだったはずだが、ヒラヒラを着てちやほやされたいだなんて、己の欲望に正直すぎやしないだろうか。

「やっぱり精霊って存在がいい加減だ……」

マリエラは、師匠という名の不思議生物に冷たい視線を投げかけながら、受肉の準備をするためにリューロパージャに向き直った。

「えぇと、段取りを確認しますね。

まずは核を作って、そこにリューロパージャさんの存在と魔力の一部を移し替える。核にさえ適応できれば肉体は結構融通が利いて、今回はスラーケンの膨張しちゃった粘体をちょん切って使う」

――うむ、そうだな――

うむ、と威厳のある返事をしてみせるリューロパージャ。

「リューロは真面目だから受肉の指定も細かいなー」

などとフレイジージャは揶揄うけれど、こちらも随分な材料ではある。一気にいつもの雰囲気に変わってしまった中で、真面目に手順を確認しているのはマリエラだけだ。

湖の中心からマリエラたちのいる水辺までやってきたリューロパージャを前にして、フランツはまたもやソワソワしだしてドニーノとグランドルに押さえられているし、フランツを気にして気もそぞろになってしまったユーリケは、調教スキルが甘くなってしまったのか、ご機嫌で湖の小魚を追いかけ始めたラプトルのクーを連れ戻すのに必死だ。

こんな時こそ頼りにしたいジークはというと、

「フレイ様、おめでとうございます。リューロ様、俺はマリエラさんとお付き合いさせていただいておりますジークムントと申します」

などと満面の営業スマイルで好青年を装って、マリエラの育ての親の伴侶になるかもしれない相手に点数稼ぎを始めているし、その隣ではエドガンが、

「ええと、リューロさんはフレイさんのハニー? ハズ? それとも二人一緒にオレとハグ!?」

といつもの調子で空騒ぎして、微妙にハズしてハブられている。

精霊に性別がないのなら、受肉の際に女性になればエロガン的には問題解決、オールオッケーということらしい。マリエラの耳元で「ニョタイカ、ニョタイカ」と変な鳴き声を上げていて実にうるさい。

ぐだぐだだ。

まるで迷宮都市の学校で、マリエラが受け持つ授業が始まる前のようだ。

ぱん! と大きな音が出るように手を打ち鳴らしたマリエラは、収拾がつかなくなりつつある一同に向かって「みんなちゅーもーく! 今から、核の作成はじめまーす」と、迷宮都市の学校で授業を始める時のように宣言した。

「えーと、リューロパージャさんは長い間穢れに浸っていたので、核は人間の罪源をちょっぴり入れると合うんじゃないかということです。ということで、皆さんの記憶をちょっぴりずつ貰いたいそうです」

「罪源……? 記憶、とは記憶の石の事か?」

マリエラの説明を一番真面目に聞いていたフランツが口を開く。水の精霊の役に立ちたい本能を抑えられずにいるのかもしれない。

――うむ。特にお主の血の記憶は厄介だ。

血に宿り子々孫々に至るまで、水の精霊を求めさせるならば、

その『強欲』さ、我がために差し出すがよい――

「はい、……はい。慈悲に感謝いたします」

血の記憶を差し出せば、どこかに辿り着きたいと渇望する衝動を失うことになるのだろう。この身の内から湧き上がり、己を突き動かす感情に。

この感情はとても厄介ではあるけれど、自分の骨格をなすような大切な物ではなかろうか。

けれどフランツは、己が血の求める水の精霊と、隣で心配そうに自分を見上げるユーリケを順に見た後、記憶を差し出す覚悟を決めた。

「大丈夫だ、ユーリケ。自分の行き先は、自分の意思で決めて行ける。一緒に、考えてくれるだろう?」

「フランツ、もちろんだし!」

ユーリケはフランツの決めた答えに嬉しそうに頷いたあと、フランツの記憶を奪っていくリューロパージャに感謝とほんの少しの怒りがこもった視線を向けた。

「ボクは何を差し出せばいいし?」

――そう怒るな、獣の駆り手よ。小さき体に溢れる『憤怒』、それを少し頂こう。

どれ程人を嫌ろうても、人の子は人と生きるもの。

もちっと、人を愛すがよかろう――

“隣の男だけでなくな”

そう続けようとしたリューロパージャの言葉を遮るように、ユーリケはあわてて「わかってるし!」と返事をした。

「それでは我々は何をお譲りしましょうかな?」

「余計な講釈はなしにしてくれな」

そう切り出したグランドルとドニーノに、リューロパージャは

――『嫉妬』と『怠惰』を――

と短く答えた。

温厚な紳士であるグランドルに『嫉妬』を、黒鉄輸送隊の装甲馬車のメンテナンスを行う勤勉なドニーノに『怠惰』を求めるとはいったいどういうことだろう。

ドニーノの塔は確認していないけれど、グランドルの塔には高価そうな酒瓶や香水瓶に色水や安物の香水が入っていたり、使い古された銀食器や衣類が置かれていたはずだ。そんな品々をみて、ユーリケが「見栄っ張り」だと評していたのをマリエラは覚えている。

解せないといった表情のマリエラの視線に、グランドルはほんの少しだけ困った顔をした。

「我が家は代々、盾戦士の名家でしてな。今も優れた盾スキルを受け継いでおるのですぞ。

しかし、曽祖父の代から虚弱な子しか得られなくなりまして。

いくらスキルに優れていても、かような肉体で存分な働きはできぬものです。

血筋、名誉、体面などくだらぬものと、そう思えるようになるまでに随分時間を要したということですな」

いつもの様子でカイゼル髭を引っ張りながら、ほっほと笑うグランドル。

「ワシも似たようなもんだ。

器用貧乏って知ってるか? 一通りのこたぁ人並み以上にできたって、一流にゃおよばねぇ。

あーあ、やられた気分だぜ、『怠惰』とはな。

分かっちゃいたんだけどよ。必死んなって、何かを極められなかったってことをよ」

ドニーノはガジガジと頭を掻くと、「こんなもんでいいなら持ってってくれや」と言ったきり口を閉ざした。

人生経験のある年長者のトラウマを垣間見るのは、どうにも気まずくなるものだ。

いきなり重苦しくなった空気をぶち壊すのは、やはり我らのエドガンだろう。

「オレは溢れる愛を贈るぜ!」

――うむ、お主からは『色欲』をもらおう――

「へ!? 色欲!?」

「分かりやすいね」

「サイテーだし」

「よかったな、エドガン! お前の愛を受け取ってもらえるらしいぞ!」

分かりやすい展開に、納得顔のマリエラと相変わらずキツイコメントを添えるユーリケ。

そして、この場が収まれば後はどうでもいいとばかりに、適当に丸め込みにかかるジーク。

いつも通りの対応だ。実に友達がいがない。

こういうところで、若かりし日の悪癖が現れるものである。

そんなジークに対してリューロパージャは。

――ジークとやらには『傲慢』を頂こう――

「ごwうwまwんw。ジーク、おま、傲慢て。なに様おれ様おつかれ様~てか?」

「黙れ、エロガン」

爆笑するエドガンに、唇をかみしめてうつむくジーク。

マリエラにまで、

「スラーケンを勝手に連れ出すのは良くないと思うな」

と言われて、何も言えなくなってしまった。

「最後は私だね。私は何をあげればいいですか?」

――『暴食』を――

「ふえっ!?」

最後にマリエラならぬマルエラの 暴食(おやつごはん) の記憶を差し出すことで人の罪源が七つ揃った。

これを核の一部にとリューロパージャから渡されたのは、手のひらサイズの地脈の欠片だった。迷宮の核ほどではないけれど、この湖の底で形作られたという地脈の欠片からは強い力と水の気配が感じられた。

その水の気配に強く惹かれているのは、フランツの血の『強欲』の記憶だ。記憶の石はリューロパージャがマリエラたちの額に触れることで取り出すことができた。

「ここは 世界の記憶(アカシックレコード) だからね。記憶の出し入れは容易なんだよ。記憶を貰うって言っても、黒い魔物がやったみたいに根こそぎ奪うわけじゃない。貰った後も情報としては残るから、生活に差しさわりはないよ」

フレイジージャが説明したとおり、『 暴食(おやつごはん) 』の記憶を抜かれても、ジークたちが不在の間におやつを貪り食べていた事実をマリエラが忘れることはなかった。

ただ、その時食べたお菓子の詳細がおぼろげだったり、味を忘れてしまっていたり、どんな気持ちでいたのかを後から想像するような、どこか曖昧で他人事のような記憶に変化していた。

無事に戻れた後も、お菓子は食べたくなるのだろうが、心の穴に詰め込むように菓子を貪ることはこの先ないのではないか。

マリエラはなんとなく、そのように感じていた。

そう言った感傷は、記憶を提供した全員が感じているのであろう。

皆がマリエラの手にある地脈の欠片を静かに見つめる中で、マリエラは地脈の欠片に『強欲』の記憶を近づけていった。

「最初が一番難しいんだけどね、これだけ記憶の方から惹かれてくれれば、後はすんなりいくだろう」

フレイジージャの語った通り、フランツの血に受け継がれてきた水の精霊を求める強い欲求は、水の気を持つ地脈の欠片にふれると、水面に落ちた血の一滴が溶けて拡散するようにあっという間に溶けて混じった。

「次は、『憤怒』」

人よりも獣を好むユーリケの記憶も、相性としては悪くない。誰よりも心を許したフランツの記憶が先に溶け込んでいるのだから、こちらもすんなりと混じり合うことができた。

「思ったよりも順調だね。ここまでくれば、後はぐっと溶けやすくなる」

フレイジージャの話した通り、『嫉妬』『怠惰』『色欲』『傲慢』と人と人とのつながりを辿るように記憶の石は溶け込んでいった。

「最後に私の……。ねぇ、師匠。これって、人間の良くない記憶なんでしょう?

そんなもので核を作って、リューロパージャさんはだいじょうぶなんですか。

魔の森に残るって言っていたけど、私たち人間の事、大嫌いにならないですか」

最後の『暴食』の記憶を加える前に、マリエラが手を止めフレイジージャに尋ねる。

自分たち人間の穢れのせいで、リューロパージャは長い間苦しんだのだ。

人間を好きになって欲しいだなんて、とても頼めはしないのだけど、できれば嫌いにならないで欲しい。

「お前たちの記憶なら大丈夫さ。これは罪の記憶だけどね、穢れだけの記憶じゃない。

喜びも、悲しみも、誰かを思いやる心も全部入ってる。

人間のいいところも悪いところもひっくるまった思い出だから、うまくいくにちがいないよ」

心配するマリエラに対し、フレイジージャが笑顔で答える。

自信満々だ。とてもいい笑顔だ。

(不安しかない……)

師匠の曇りのない笑みに、今までならばそういうものかと信じてしまったのだろうけれど、迷宮の最深部でエリクサーを錬成し、至高の錬金術師となったマリエラは騙されたりしないのだ。

「師匠、そんな感じでエリクサー作れるようになってるって言ってたけど、経験値ギリギリ足りなかったですよね? リンクスがくれた地脈の欠片がなかったらどうなっていたことか……」

「いや、あれはだな、その最後の奇跡込みでだな……」

「知りませーんー。てか、奇跡がなくても大丈夫なようにちゃんとしたほうがいいと思いますー。

折角受肉したリューロパージャさんが、人間の敵になっちゃったらどうするんですか?

師匠は今、人間に近いんですよ?

リューロパージャさんと熱いバトルでも繰り広げる気ですか!?

それはそれで、迷宮都市が新たなピンチって感じじゃないですか! ダメですからね!」

「ぐう……、ぐうの音もでない」

「口でぐうって言ってるし。師匠はほんとにもう」

なんとあのマリエラが、口で師匠を言い負かしている。今までの最大攻撃スキル《ご飯抜き》を上回る攻撃力だ。

これには坊やなジークも、一生マリエラの尻にしかれる覚悟を決めるしかないだろう。もっともこちらは自覚していないだけで、すでにキッチリ座布団状態なのだが。

――弟子の言にも一理ある。何か善きものを核に加えるがよかろうな――

慎重なリューロパージャの一言に、うむと頷いたマリエラは、一体何が相応しいかとしばし思考を巡らせた。