軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35.精霊なるもの

「リューロパージャさん、精霊やめちゃダメなんですか?」

マリエラは思ったままを口にした。

相手が人間だったなら、「人間やめちゃえば?」なんてとても言えはしないのだけれど、マリエラの師匠フレイジージャは少々規格外ではあるが、人間に近い存在になっているし、精霊としては年若いイルミナリアでさえ聖樹の精霊だというのに、枝を媒介にスライムに憑依してこんなところまでお出かけしている。

そもそも、ジークの先祖は森の精霊の女王エンダルジアで、最後は精霊として地脈の管理者になったけれど、狩人と子供までなしたのだから、狩人と暮らしていた頃は人間に近い存在だったに違いない。

「精霊って、結構いい加減ですよね、存在っていうか、あり方っていうか?」

――存在が、いい加減……――

マリエラの歯に 衣(きぬ) 着せぬ言い方に、流石のリューロパージャも絶句している。

たまたまマリエラの周りの精霊が、変り者ぞろいだっただけで、精霊全てがそうだとは限らないのだが。

「いや、リューロパージャさんも、師匠と仲良しだし。

なんで、受肉してこの湖から移動しないのかなって……」

帝都の穢れは、この湖へと流れ込む。そう道ができているから。

リューロパージャが、この地脈に縛られた湖の精霊である限り、助けることはかなわない。

けれど、リューロパージャがこの湖を出て行けば……。

「!!! その手があったか!」

――だが、私はこの地脈の管理を……――

なぜ今まで気づかなかったのかと手を打つフレイジージャに、優等生な回答をするリューロパージャ。

どうやら精霊全部がいい加減ではないらしい。

「迷宮都市は、今は管理者いませんよ? あと、師匠もスゴイ精霊だったみたいですけど、帝都の地脈を管理してたんですか?」

「うんにゃ。あたし、スゴかったんだけどな、地脈の管理とかメンドイことしてないし。

帝都はそれっぽいのを人間が埋めて、なんか安定させてるな」

フレイジージャの回答は、おおよそマリエラの予想通りだ。一部聞いてはいけない情報が混じっていた気もするけれど、そこは「やっぱり、師匠がそんな大変そうなことするはずないと思ってたんですよ」とスルーする。

「ほら、今時、管理者不在とかよくあるみたいですよ」

――む、だが……――

地脈の管理を手放すなんて、考えたこともなかったリューロパージャは、マリエラの提案に思考が追い付いていない様子だ。

「リューロパージャさんが地脈の管理者を止めるとどうなるんですか? 穢れは魔の森みんなで分担してるんですよね?」

――湖に流れ込んだ穢れが、わだかまったり流れたり、均等に行き渡らなくなろうな。

穢れの溜まりから魔物が多く湧き出して、 魔の森の氾濫(スタンピード) がおこるやもしれん――

「でも、二百年前は、リューロパージャさんがいたのに 魔の森の氾濫(スタンピード) おこりましたよね?」

――穢れが過ぎれば、魔物どもが溢れもしよう。

エンダルジアとの因果もあって、抑えの利かぬ量となったのだ――

「つまり、管理者がいないと、こまめに穢れが溜まって、ずっと小規模な魔物の群れが発生するということですか?」

――そうなろうな――

リューロパージャとマリエラの会話を聞いたジークは、エドガンと小声で会話する。

「それなら、帝都や迷宮都市もじゅうぶん対処できると思うが……。どう思う、エドガン」

「んあ? ま、いけんじゃね? 迷宮都市が人の領地になってから、オーク祭りができねぇってハーゲイも嘆いてたし、むしろ、いんじゃね?」

人間への配慮を見せるリューロパージャの懸念事項は、今の迷宮都市にとっては新たな祭りの予兆に過ぎない。迷宮都市の人間は、少々たくましくなり過ぎだ。

オーク祭りを思い出し、「旨い魔物がくるといいな!」などと楽しそうな表情を浮かべる人間たちに、リューロパージャは理解できないといった表情で「祭り?」とつぶやき、フレイジージャは「酒だ!」と嬉しそうにする。

「じゃー、穢れは何とかなるとして、地脈の管理自体も、この森の精霊たちで分担できますよね? 迷宮都市もそうしてますもん。

っていうか、イルミナリア。この森にも、たくさん聖樹あるんだよね?

そうやって私を探したって言ってたもんね。

ってことは、イルミナリアみたいな精霊もいっぱいいるよね?」

――いるわよ。エンダルジア様ほど強い精霊はいないけど、数だけならいっぱいいるし、地脈にそって生えてるわ。

みんな、のんびり屋だけどね。

根っこが地脈の深いところで繋がってるから、管理者がいなくなったら枯れたくないって頑張って管理するんじゃない?――

イルミナリアの答えを聞いて、マリエラはリューロパージャをじっと見る。

ひどく物言いたげな目だ。

目は口程に物を言うというけれど、「無理してワンオペすることなかったじゃないか」とか、「いなくても大丈夫みたいですよ」とか、「少しは師匠を見習って、いい加減に生きたらどうですか?」とか、口に出せない酷い台詞を視線で伝えているようだ。

「リューロ、あたしと一緒に行こう!」

それに対してフレイジージャの説得はシンプルだ。ざぶざぶと湖に入ってリューロパージャにむかって両手を広げる。

――フレイ。……私は――

真っ直ぐにリューロパージャと向き合うフレイジージャ。

その視線を避けるように、リューロパージャは足元の湖を、その先に広がる森を見る。

マリエラたちには見えないけれど、森の中には獣や魔物、この魔の森に溢れるほどの生命たちがいるのだろう。

――私は穢れを共に分け合ったこの森と魔物たちを、エンダルジアのように見捨てることはできぬよ――

「うん。だったら森に暮らせばいい。大丈夫。あたし、森でも平気だし。でもさ、一人で背負い込むのはやめにしようよ」

リューロパージャの選択は、かつて人間の狩人に恋をして、人間を選び魔物と隔絶する道を選んだエンダルジアと異なるものだ。長く魔の森で魔物たちと共に穢れに身を浸したゆえに、人に限りなく近づいたフレイジージャただ一人を選ぶことなどできはしない。

けれどその選択を、長くリューロパージャに寄り添ったフレイジージャは当然なことと受け入れた。

「どうして気付かなかったんだろうね。

こんなに人間に近くなって、 世界の記憶(アカシックレコード) からたくさんの知識を得て賢者なんて呼ばれてたのに、あたしも根っこは精霊のままだったのかな。

リューロが一人で穢れを背負い込むのを、何とかしたいって思っていたけど、リューロが一人で地脈を統べているのは、そういうものだって疑問にも思わなかった。

森に火災が起こったら、そこに生えた樹木は燃えるしかない。それと似たようなものだって。

そういうものだって、思い込んでた。

きっと、この森に棲む精霊たちも同じように考えてるんだろうね。

リューロが地脈を管理して、流れてくる穢れの大半を受け止めて、この森全体で浄化する。

ずっとずっとそうだったから、これからもそうなんだろうって。

正気を失うほどの思いを、リューロはずっとしていたのにさ……」

ごめんね、とフレイジージャが言葉を紡ぐより早く、リューロパージャの手がフレイジージャの頬にふれる。

――正気を失くしてつらかったのは、我ではなくてお主だろうに――

リューロパージャの手にフレイジージャが手を重ねると、触れた指先から波紋が広がる。人の形をとってはいても、リューロパージャの体はただの水で、その感触は水そのものなのかもしれない。

水面を撫ぜるようにフレイジージャの指先が動いて、ため息のような言葉を紡ぐ。

「あぁ、リューロに触れたいな……。もっと、ちゃんと。

リューロは人にならなくていい。森の木々と魔物たちと一緒に、ずっと魔の森で暮らしていていい。

穢れも地脈も、みんなで分かち合えばいい。

大丈夫、魔物はとても強い生き物で、この森の木々は若木ばかりじゃない。

もう、立派な大森林だ。リューロが一人で背負い込まなくても、やっていけるに違いないよ」

フレイジージャの金の瞳にリューロパージャが映って見える。

微笑みかけるその表情は、きらきらときらめく金の瞳のように輝いていて、はるかな昔に人間たちが暗闇を恐れて灯し掲げた燈火のようだと、リューロパージャは小さな炎の精霊に初めて出会った日を思い出した。

あんなに小さな燈火だったのに、今は深い森の暗い水底に、こうして光を届けてくれる。

そして、フレイジージャの背後からリューロパージャを見つめるマリエラたち。

幾度も森を越えてこの湖へとやって来た人間たちと変わらない、けれどずっと逞しく生き抜く力を身に付けた彼ら。

――…………そうだな。助けはもう、必要ないのやもしれぬ――

そして湖の精霊リューロパージャは、己と世界の在り方に終止符を打つ決断をした。