軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悲壮感

マリエラが目を覚ましたのは、『木漏れ日』の暖炉がある居間の長椅子の上だった。

(あれ? いつの間に帰ってきたんだろ)

居間の長椅子はふかふかしていて寝心地がいい。使い果たした魔力はすっかりもとに戻ったけれど、しばらくこのまま寝ころんでいたい。

この家にはものすごーく奮発して換気の魔道具に空気を冷やす魔道具を取り付けているから、夏だというのに涼しくてとっても快適だ。魔石の消費が激しい魔道具だけれど、今のマリエラは金貨がざくざく状態だから全く気にする必要がない。というか、ジークが狩りで回収してくる魔石で十分賄えていて、金貨はさほど減っていない。

(セレブさいこー)

流石はマリエラ。セレブの使い方が間違っている。そして、生活満足度の水準が低い。夕食に冷えたビールとツマミが添えられただけで、「一日の疲れが吹っ飛んじゃうぜ!」などと言っているどこかのギルドマスターのようだ。

(そういえばこの前、迷宮近くのサンドイッチのお店でエールとパンを食べてる冒険者いたなー)

昼食なのだろう、サンドイッチが有名な店なのに、ハムも野菜も挟んでいないただの安パンをチーズもバターも付けずに齧りながら、ビールを飲んでいる冒険者のおじさんがいたのだ。ビールが買えるなら肉やハムが挟まったパンやスープも買えるのに、なぜか安パンにビールの組み合わせ。

(パンをつまみにビール飲んでたのかな、それともビールがおかずなのかな。液体だからスープの代わりだったのかも? すごくバランスの悪いお昼ごはんだったなー)

酒好きの思考はよくわからないな、などとどうでもいい事を考えながらまどろむ至福のひと時。

マリエラの優雅でリッチなお昼寝タイムを終わらせたのは、廊下から聞こえてきた師匠とミッチェルの話し声だった。迷宮都市の建物は窓が小さく通気性が悪い。だからどこの家も換気の魔道具が備えてあって、通風管が天井裏を走っている。『木漏れ日』の場合、空気を冷やす魔道具を店と居間だけで使っていると、なぜか廊下の声が居間まで聞こえてくるのだ。

「で? どうなってんだ、ミッチェルくん」

「はい。アグウィナス家の令嬢が攫われたとのこと……」

「!! アグウィナス家の令嬢って、キャル様のこと!?」

飛び起きたマリエラが、思わず廊下に走り出てミッチェルくんに聞き返す。

「これは……、お目覚めでしたか。現在、死力を尽くして捜索中です。どうぞ、ご内密に」

「ミッチェル、帰れ」

飛び出してきたマリエラに驚いた顔をした後、丁寧に頭を下げるミッチェルに、師匠は冷たく言い放った。

マリエラが目を覚ましていることは師匠も気付いてはいなかったから、ミッチェルが気付いていたはずはない。

ミッチェルは基地では師匠のそばに 侍(はべ) っているけれど、ウェイスハルトの側近の一人で、ウェイスハルトのためにキャロラインを救出したいという思いが強い。 “キャロラインが攫われた”という極秘情報を漏らしたのは、あわよくば師匠の助力を得たいという思惑あってのことだろう。 錬金術師(マリエラ) に『師匠』と呼ばれるこの女性の錬金術師らしいところは見たことがないけれど、優秀な諜報部員である自分が気付かないほど高度に潜んだ侵入者をたちどころに見つけたり、大量のポーションの中心部分に仕込まれた普通の瓶を見抜いたりと、垣間見せる実力はミッチェルの能力をはるかに凌駕している。そして、恐らく戦闘能力も。

ミッチェルに助力を請う権限は与えられていないけれど、目の前に協力的な実力者がいて、しかも状況説明を求められたのだ。「あわよくば」と期待しない方がどうかしている。

けれどそれはフレイジージャに限ってのことで、 錬金術師(マリエラ) の戦闘力が皆無であることは、任務に就いた短い期間で十二分に理解していた。だからミッチェルもマリエラに聞かせるつもりはなかったのだろう。知らせればマリエラを危険にさらすことに繋がりかねない。

いつもならば、「ファイヤー、ファイヤー」と侵入者狩りを楽しむだろうフレイジージャが、眠るマリエラを背負って『木漏れ日』に帰ってきたことがよい証拠だ。

いつもいい加減で、昼間から酒とマリエラを煽りまくっているフレイジージャではあるが、マリエラの意識のない間の行動を見れば察しがつく。彼女はマリエラの安全が最優先で、キャロラインを助けるつもりも、マリエラを関わらせるつもりもないのだ。

静かに頭を下げて、地下大水道から基地へと帰っていくミッチェルに、少し忌々しそうな視線を向けると、「マリエラは自分の身を最優先で考えろ」とフレイジージャは師匠の顔でマリエラに告げた。

「待って、師匠! ねぇ、どういうこと!? ねぇってば!」

「話してやるから、中で待ってろ」

必死で追いすがるマリエラを押しやるように居間に戻すと、『木漏れ日』の店内へと向かう師匠。

「アンバー、今日は閉店だ。すまないが、みんなも帰ってくれ」

「そういや、雲行きが怪しいわね、きゃっ、凄い雷。大雨になる前に帰った方がよさそうね。みんなも、ずぶぬれになる前に急いで家に帰んなね!」

師匠の目配せに何事かを察したアンバーは、ちょうど光った稲妻をうまい理由に仕立て上げ、店を閉めると自分も家へと帰っていった。

基地の仮設工房は地下室で、居間にも窓がないから気が付かなかったけれど、まだ昼だというのに立ち込めた分厚い雲のせいで外は薄暗い。時折光る稲妻が聖樹を模した天窓から差し込んで、薄暗い魔の森で過ごす嵐の夜を思わせた。

ぽつ、ぽつと大粒の雨が乾いた石畳にくっきりと跡を残したかと思うと、バケツをひっくり返したかのように、強い雨が降り出した。

「ふぅ、なんとか間に合った」

ジークムントが『木漏れ日』に帰りついたのは、アンバーたちが帰ってしばらく後のことだった。

今日は魔の森にマリエラと約束した珍しい果物を採取しに行ったのだ。周囲には夕食になりそうな獲物の気配もあったけれど、天候が怪しくなってきたので約束の果実を採取しただけで急いで戻り、本降りになる前に『木漏れ日』に帰りつくことができた。

大雨に備えてのことだろうか、まだ閉店には早い時間だというのに、『木漏れ日』は閉まっていて、いつもならば常連客がたむろしている『木漏れ日』の店内は閑散としていた。

居間の方からマリエラの魔力が感じられたから、無事であることは分かっているけれど、いつもならば「おかえりー」と飛び出してくるマリエラの声は聞こえず、雨音だけがやけにうるさい。

「マリエラ、ただいま。約束の果物をとってきたぞ」

そう言って居間に続く扉を開けるジーク。かつて大きな一部屋だった居間は、入居時の改築で、奥側の暖炉のある居間と手前側の食堂に仕切りなおした。食堂は今はニーレンバーグの診療所として使われていて、今日はニーレンバーグのかわりに師匠が仏頂面で酒を飲んでいた。

どうしたことかといぶかしんだジークだったが、マリエラのところへ行けと無言で促す師匠の様子に、奥の扉を開けて居間へ入る。

マリエラはお気に入りの長椅子の上で膝を抱えてうずくまっていた。

「どうした、マリエラ」

慌ててそばへ寄ったジークがマリエラの顔を覗き込む。ジークの声にようやく膝から顔を上げたマリエラは、下唇をキュッと噛み締めて今にも泣きだしそうな顔をしていた。

「ジーク……」

その表情から読み取れる感情は単なる悲しみだけではない。不安、恐怖、焦り、憤り。そんな複雑な感情がまじりあった表情に、ジークはマリエラの前に膝をついて視線を合わせると、もう一度「どうしたんだ」と尋ねた。

マリエラの結ばれた口がふるふると動く。声に出したら、話したら、涙がこぼれてしまいそうなのだ。

「大丈夫だ、マリエラ。大丈夫だから。話してくれ」

そういって、やさしくマリエラに話しかけるジークに、マリエラは話そうと口を開きかけ、少しだけ眉を寄せると、再び口を閉ざし、顔を膝に 埋(うず) めてしまった。

「マリエラ……」

困惑するジークに事情を説明したのは、いつの間にか今の入り口に立っていた師匠だった。

「友達令嬢が攫われたんだとさ」

「令嬢……、キャロライン様か?」

「わっ……私と、錬金術師と間違えられてっ……」

膝に顔を埋めたまま、くぐもった声を漏らすマリエラ。

「錬金術師の 役(、) は、本人が買って出たことだ。覚悟の上なんだよ」

「でもっ……、でも、助けたいっ」

「だから、お前が出て行ってどうする。何ができる。戦闘力皆無のお前が出て行ったって、状況をややこしくするだけだろう。囮を買って出た嬢ちゃんの気持ちまで無駄にする気か? お前を守るために危険にさらされるヤツが増えるだけだろう」

「そう……だけど……」

「フレイ様、どうかそれ以上は」

更に言葉を続けようとする師匠をジークが制する。マリエラは顔を埋めて膝を抱えたまま小さく震えて、きっと涙を流している。

マリエラの頭をやさしく撫でながら、ジークは師匠に静かに語りかける。マリエラの代わりに。

「マリエラは、ちゃんと分かっているんです。フレイ様のおっしゃったことは全て。

だから、さっきも俺に話したいのに、言葉を飲み込んだんです。自分のせいでこれ以上傷つく者が出てはいけないと。

マリエラは自分が無力であることも、自分が表に出ることが状況を悪化させるだけだということも全部わかっていて、それでも、自分のせいで友人を無くしたくないと、どうしようもないほどに、願っているのです」

「……、分かってるよ、そんなことは」

すこしだけばつが悪そうに、師匠が答える。

「しっ……、師匠、ここっ、来るとき……、わたっ、私……、探した……!」

マリエラがしゃっくりを上げながら言う。キャロラインを見つける方法があるのではないのかと。

「あれは、精霊魔法だ。マリエラには使えないし、あたしはキャル様とやらを知らないから見つけられない」

少し小さい声でマリエラに告げる師匠。

「でもっ、わたしっ……、もう、もう……、だれもっ、無くしたくないよぅ~!!」

ふぅーっと息を吐き切るように、小さくかすれる声を引き絞るように、マリエラの咽が叫びを漏らす。

リンクスを亡くした日のことを思い出しているのだろう。マリエラの悲痛な声がジークに突き刺さる。

「マリエラ、俺が探しに行くよ。何日かけても探して見せる。そして絶対に連れて帰って来るから。だから、泣くな」

そういって慰めるジークに、キャロラインを探し出す有効な手立てなどはない。迷宮討伐軍という組織でもない、人を探し出す特殊なスキルも持ってはいないただの個人だ。けれど他にジークに何ができるだろう。マリエラのために何を言ってやれるだろうか。

膝を抱えるマリエラの手にジークはそっと自分の手を重ねる。哀しみに打ちひしがれる小さな手は、幾度もジークを癒し救ってきた暖かなその手は、今は震えて氷のように冷たい。

「じーく……」

消え入りそうなマリエラの声。そんな二人の様子を見ていたフレイジージャは、

「……一つだけ方法がある。今なら使えるかもしれない」

と、静かな声で伝えた。