軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話:おかわり

いつの間にか店内は無数の兵隊に囲まれていた。その気配はヴァニティのそれと同じように希薄で、およそ現実感というものに欠けている。

デジくんが顔を顰めて油断なく周囲を見渡す。その仕草に緊張、恐怖はない。

老若男女、その体つきも力の質も大きさもそれぞれだったが、たった一つだけ、その 軍(レギオン) には唯一他の魔王の軍とは異なる特徴があった。

兵隊が一糸乱れぬ動きで僕を視線で睨めつける。

その顔は、表情はおろか双眸すら伺えない漆黒の仮面で覆われていた。

それは初めて会った時に見たヴァニティの部下に少し似ていて、少し違う。

卑慢のヴァニティの配下は、 仮面灰軍(ラーウス・ペルソナ) と呼ばれる異形の軍である。

出自も理由も何一つ知れ渡っていない。

強さではなく、その不気味な様で知れ渡っている理解不可能な群体だ。

強さだけならかつてデジくんが率いていたレイジィの軍の方が遥かに強いだろう。ヴァニティさえいなければ、だが。

しかし、魔王抜きでもその軍にはとらえどころのない何かがあった。

「ふふ……随分なご挨拶だ……」

「警戒は……当、然、の事」

ヴァニティが断定して、僕を遥か高い場所から見下ろす。

それはそうだろう。僕は暴食。警戒されるのは慣れてる。

仮面をかぶり、沈黙を通す悪魔たちは殺意を放つ事もなく、まるで王の言葉を待っているかのように佇んでいる。

忠誠心。悪魔としては非常に珍しいそれをこの人数が保つというのは非常に珍しい。

ふふふ……まぁ、かつての経験で慣れているんだろうけど、ね。

唾棄すべきものでも見るかのように、ヴァニティの闇のように深く欲望のように濁った目が僕を睥睨した。

「ゼブル……悪食め」

「怖いなあ……ふふふ、そんな睨まないでほしいんだけど」

それは……旧友に向ける目じゃないよ。ちょっと味見しただけじゃないか。

何万年たっても心が狭いね……

そしてあいも変わらず口数が少ない。幼少期を構築するにあたってついた『癖』というのは抜けないものなのだろう。

こういうのなんて言ったかな……

三つ子の魂百まで。そう、三つ子の魂百まで、と言うんだったかな。

ヴァニティは嫌悪を隠そうともせずに無骨な声をあげる。

「何故、ここに?」

「そんなの……偶然、だよ。ふふ、ここにとどまっていたのは君が来ると思ったから、だけどね」

「……乗せられた……か」

赤獄の地はヴァニティの王国だ。

ただ、そこに入り込んだだけならともかく、王領まで張って、ヴァニティが出張ってこないワケがない。

その時、僕とヴァニティの視線の間に入るかのようにデジくんが口を挟んだ。

度胸だけは凄いね……デジくんは。

「きっきっき、それで、ヴァニティの旦那は一体全体なんで今さらここに?」

「……これ、だ」

ヴァニティが顎で僕をさした。やっぱり、何年たっても凄い失礼な奴だ。

そして、それに納得するように頷くデジくんにも僕は物申したい。

「……また、天使を喰らい尽くすつもり、か」

「……懐かしい話をするね」

確かに、僕はかつて天使を尽く食らった暴食だ。

悪魔の天敵と言っても、食料としての彼らに罪はない。僕は食料を差別しない。レイジィ以外は。

だから、一万年前に天使を食らった数が一番多かった暴食は僕だろう。

だけど、今回の僕の目的はもちろんそんな事じゃない。

僕は不信感をビシビシだしながら僕を見下すヴァニティに言い訳するように言う。

「でも、今回の目的はそんなんじゃないよ。ふふ……ヴァニティ。僕はレイジィに用があるんだ」

「……リベンジ……か」

傲慢らしい考えだ。彼らは暴力的でいけない。

「復讐に興味はないよ。食べられないからね。ふふ……今回の僕はちょっと話をしたいだけさ。堕落の王、とね」

そう。それが本心。

堕落を極めたあの男ならば今の僕の状態にも説明を付けられるだろう。

いや、そうでなくても――あの男に魔王としての僕が殺されたのは確実だ。再び渇望を取り戻すには決着をつける必要がある。

例え再び敗北するとしても。

ヴァニティはあっさりと僕の言葉に鷹揚に頷いた。

「そう……か。好きにするが……いい」

「……おいおい、ヴァニティの旦那。本気か? 悪食のゼブル・グラコスは大魔王様に弓引いた魔王だぜ? きっきっき、今片付けておかなくていいのかい?」

余計な事いうねえ。まぁ、無駄だけどね。

ヴァニティは確かに大魔王配下の魔王ではあるが、決して大魔王様の忠実な下僕というわけではない。

そもそも、悪魔は自分勝手だ。大魔王様からの直接の命令ならばともかく、偶然の邂逅で出会った魔王相手に戦闘をしかけねばならない道理はない。

ヴァニティと無駄に付き合いの長い僕だからこそ言い切れる。

例え王位を諦めたとはいえ、もし大魔王軍所属の魔王達を半分に分けるなら、ヴァニティは間違いなく反大魔王側の悪魔だ。

「……せいぜい、易易と、死んでくれるな」

「ふふふ……お礼を言っておいた方がいいのかな? ありがとう?」

「……ふ」

ヴァニティは鼻で笑うと、あっさりと背中を向けて歩みを進めていった。

その配下もまるで波が引くようにすっと店外に消えていく。

まるで夢でも見ていたかのように、それまでと同じ状況が戻ってくる。

ヴァニティがここにいたのは僅かな間だ。もう気配はどこにもない。王領を使って何とかぎりぎり判別できる程度の希薄さはまさに霞の如くと表現できる。

デジくんが引きつった顔でため息をついた。

「なんだ……ありゃあ。不気味な奴だぜ。本能を刺激するかのような怖気……きっきっき、世の中は広いな。以前見た時はあんなんじゃなかったと思うが……」

「……あれはヴァニティの臨戦態勢だからね。ふふ……表情程平静じゃなかったってことさ」

ヴァニティは昔から臆病だからね。傲慢にとって致命的なトラウマってのを持ってる。

だからあんなに臆病で、そして強い。

長く会っていなかったが、どうやらヴァニティは何も変わっていないようだった。いや、少しだけ、ほんの僅かだけ覚悟が決まっていたかな。

ふふふ……ハード・ローダーが起爆剤になったのだろう。

ゼータくんがそこで首をかしげて、平静に戻ったデジくんに尋ねる。

「……しかし、何だって彼はここまで来たんですかね……? わざわざ軍まで連れて」

「僕に釘を刺しに来たんだろうね……ふふふ、僕はヴァニティをよく知ってるから、さ」

多分カノン様を含めるその他の魔王よりも遥かに付き合いは長いはずだ。

僕に匹敵する長さの付き合いがある悪魔なんて、せいぜい件のレイジィくらいだろう。後はハード・ローダーが知っているか知らないか、という所だろうか。

「……釘?」

「そうさ。釘さ。俺はお前の邪魔はしない。だからお前は俺の邪魔をしてくれるな、ってね」

ヴァニティから漏れでた殺気は間違いなく僕に向けられていた。仮にも暴食を司る僕を脅すという心胆はさすがという他ない。

ふふ……僕にとってレイジィと会うのが至上目的であるように、ヴァニティにも目的があるようだ。

まぁ僕には大体予想は付いているけど、もちろん水を差すつもりはないし、それはきっと僕にとっても都合がいい。

今の僕にとって喰らうのは億劫だ。障害は少ない方がいいだろう。

何を勘違いしているのか、デジくんが顔を顰めて宙に視線を浮かせた。

「しかし、それにしてもあの物々しさは普通じゃねえぞ……ヴァニティの奴、何か天使に因縁でもあるのか? 確かに、天使にしてはやたら統制がとれてはいたが……」

因縁。因縁、ねえ。

デジくんの言葉は半分当たっていて、そして半分外れている。

あるかないかで言えば、ある、だろう。長く生きた魔王で天使と因縁がない奴なんてほとんどない。

「ふふ、デジくん。あの悪魔は――」

言うべきか言わぬべきか。

ふむ。僕はちょっとだけ迷ったが、別に言った所で何か問題があるわけでもあるまい。

僕はちょっとだけもったいぶってためてからデジくんに教えてあげた。

「――元、『 天使(エンジェル) 』なんだよ」

天使と悪魔は表裏一体、光と闇の関係だ。どちらも同じ魂でできていて、差は負の魂か正の魂かの差異でしかない。

だから、天使が堕ち、その魂を反転させると悪魔になる。

「…… 堕天(フォールダウン) ……か」

そう。天使が悪魔に落ちる事。即ち、『堕天』

反転した天使。神の愛を裏切った咎の魂。ふふふ、もともと悪魔だった僕らよりもよほど罪深いね。

デジくんは僕の言葉を聞いても思ったよりも冷静だった。ふふ、何だかんだ彼も長く生きているみたいだからね。

その意味を確かめるように口の中で呟いている。反面、ゼータくんは会話についていけていないのか、不審そうな表情でデジくんを見上げている。

「きっきっき、元天使……か。ろくでもねえなあ」

「まぁ……そうだね。ふふ、なかなか辛辣だ」

ろくでもない。ろくでもないから堕ちた。まぁ正解だ。

だが、どうしてなかなかヴァニティは未だ魔王の地位にいる。悪魔の序列の絶対的な存在として。

これだから人生は面白い。……いや、悪魔生、だったか

「……ヴァニティは天使に勝てる、のか? 」

デジくんが呟くように、だけど答えを求めていないように宙ぶらりんな言葉を放つ。

「まぁ、天使なら勝てるだろうね。でも今回のヴァニティの敵は天使じゃない」

「……ああ。唯の天使じゃねえ。きっきっき、天使の王だ。しかも奴ら――戦闘中に力が上がりやがった。あれがもし仮に隠していたものではなく、戦闘中に上がったんだとしたら厄介だぜ」

ふふ……なかなかデジくんは心配性だ。

しかし、その心配は杞憂だ。少なくとも僕が戦った程度の天使じゃヴァニティにとっては相手にもならないだろうし、そもそも今回の場合は戦いにすらならないだろう。

だけど、そのことは教えてあげない。

ふふふ、君が心配すべきなのは君自身の事だろうし、僕が心配するべきことは僕自身の事だけだよ。

思考を自分の事に切り替える。

自分の事だけに。

さて、レイジィの元にどう行くべきか……

どう出るべきか……

ハード・ローダーの隙を突くことは難しい。傲慢の悪魔っていうのはそういうもんだ。

全体的に強力だが、強いて言うのならばその力は正面衝突時に一番低下する。

そして、追撃戦では無類の強さを発揮する。それが 傲慢(スペルヴィア) の原罪。

そもそも、彼は僕と戦うのだろうか?

レイジィのいる影寝殿は暗獄の地の深くにある。

四方どこから入っても間違いなくハード・ローダーの領域に触れることになる。彼は僕を無害な悪魔だと思ってくれるだろうか?

思ってくれないだろう。僕の力は無害な悪魔にしては強すぎるし、そもそも話を聞くに、彼はちょっとバトルジャンキーっぽい。

となると、やはり隙を付くしかない。

相対すれば負けるとは思わないが、簡単に勝てるとも思わない。

傲慢は基本的に速度に秀でている。魔王ともなればそれは停止した時の世界で動くに等しい。

例え走っても到底振りきれない以上、好機を待つのが最上の策か。

僕はお預けされるのはあまり好きではないが、幸いな事に、そう遠くないうちにハード・ローダーには大きな隙ができるだろう。

「……ふふふ、好機、か。何年ぶりだろう。チャンスなんて待つのは……」

大抵力技でなんとかなっちゃうからね……僕は。

この何かを待つ高揚感は久しく感じた記憶のないものだった。

こういう時にはなんというべきなんだろうか……ふふ……

「おかわり……かな」

「ん? なんか言ったか?」

「ふふ……何でもないよ」

デジくんの訝しげな視線を避けて、僕はヴァニティが出て行った方角を見つめた。

いい。その欲望、その感情、凄くいいよ。卑慢のヴァニティ。当時の君を知っている僕から見ても、天使だったなんて信じられないくらいだ。

時の運は僕に味方している。

ふふふ、レイジィ。遠くないうちに会いに行けるだろう。楽しみに待っててね。