軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

154 そうだ、温泉に行こう

「という訳でレンさん、温泉に行きませんか?」

「え? 温泉ですか?」

「はい、温泉です。あ、温泉って知ってます?」

「知ってますよ。でも、温泉?」

「はい、温泉です」

ある日の夜、リリーさんが唐突にそんな事を言い出した。いや本当に、急にどうした。

……でまあ、もうちょっと詳しく話を聞いてみたところ、そんな難しい話とかではなかった。

元々、町周辺での討伐依頼が下火になっていたという事もあって、そろそろ移動しようか、という話は出ていた。でも丁度そういう話をしているところでクロと再会したり、そのままパーティーに加わったり、ついでに連携等の習熟訓練をしたりとしていた為、なし崩し的に滞在が延びていたという状況。

流石にそろそろ移動してもいい頃合いだろうと、クロの訓練の成果がある程度形になり始めた頃からリリーさんは次の移動先の情報収集をしていたらしい。

そこで聞いたのが、この町からちょっとというか、そこそこ離れたところに温泉が湧いている、という話だった。

「レンさんならそういう珍しい話とか好きそうだなあ、と思いまして……どうですか?」

「温泉……」

正直に言えば普通に温泉に入りたい。むしろ話を聞いたら滅茶苦茶入りたくなってきた。

「ただ、温泉が湧いてる場所は方角で言えばここから東の方らしいんですけど、最短ルートだと森を突っ切っていかないといけないみたいなんです。道なりに進む場合はここから少し北に戻ってから更に東の方に移動する、というルートになるみたいなので、最初は王都方面に少し道を戻る事になりますね」

ほーん、なるほど? 一応程度の現在の目的地はムバロ経由でハルーラ目指して道なりに、くらいのざっくりとした指針だから別に急いでは居ないし、あっちこっちにふらふらしても特に困る事も無い。それにもう温泉に浸る気分全開である。と言う訳で次の目的地は温泉に決定なのであった。

「いいですね、温泉。じゃあ明日から移動しましょうか」

「え? 明日ですか? 流石に早くないですか? 準備とかは……?」

「リリー、大丈夫だよー。食材とか諸々の物資だったらレンさんが抜かりなく備蓄してるよー」

「そうなの?」

「そうだよー。食材の買い出しに行くといつもかなりの量を買い込んでるからねー」

「それは確かにいつも沢山買ってるみたいだけど……レンさん、本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ」

うん、だいじょーぶだいじょーぶ。今なら4人全員が何も仕事しなくても2年くらい食べていけるくらいの食糧備蓄があるよ。

「えーと、じゃあポーションとかは……」

「レンさんがいっぱい持ってるからそれを売ってもらえばいいし、なんならレンさんはその場で作れちゃうから大丈夫だよー」

「……そういえばそうだった。えーと、レンさん?」

「大丈夫ですよ」

うん、だいじょーぶだいじょーぶ。素材も相当量の備蓄があるよ。私にまかせろー! バリバリー!

「家の解約は即日でいい契約だし、後は挨拶回りくらいだけど、そっちももし会えなくて挨拶できなかったとしても、それも冒険者ってものだよー」

「あー……それもそうなんだけど……」

「はーい、けってーい」

「えーと、クロちゃんは……」

「クロ、大丈夫ですか?」

「むいー」

……ソファーの背もたれの上で丸くなってるクロは、聞いてるんだか聞いてないんだかよくわからない返事をしてきた。半分寝てるな、これは。

「……まあ、クロの方は何かあった場合は私が面倒を見ますから、大丈夫という事で」

「……そうですね、じゃあ急な事ですけど、明日の朝一で軽く挨拶回りしてから町を発ちましょうか」

リリーさんはどうして頭痛そうなポーズを取ってるのかな?

そんなこんなで翌日の早朝。

借家を出る準備を終わらせたら、先ずは商業ギルドへ。

まあ準備って言ってもすぐ終わるけどね。まずはお手軽改装をした時の内装を全部収納するでしょ? 次に本来の内装を、元々溜まってた埃とか諸共、『賃貸前の状態』の状態に戻す。

は? いやがらせ? いやいや、元々『退去時には賃貸前の状態に可能な限り原状復帰する事』って契約項目があるからね。契約通り、元に戻しただけだよ。完全に元通りにね。ハハハ。

で、内装を元に戻して家を出たら簡易厩舎も回収。庭の柵は……まあ、この程度は残しておいてもいいか。

商業ギルドまでは馬車移動。専用の駐車スペースがあるのでそこに馬車を停めて建物に入り、窓口へ。

「今日町を発ちますので、契約は終了という事でお願いします」

「おや、今日ですか? 随分急ですね……まあこちらとしてもやっと空き家になりますから、次の話が進められるので早い事は助かりますが」

「はあ……? そうですか?」

なんかよくわからない事言ってるけど、どういう意味だろう? まあどうでもいいか。

契約書を提出し、満了した旨を追記してサイン。

「何も問題はないと思いますが、契約通りに原状復帰しておきましたので、一応」

「原状復帰ですか? ……ああ、確かに項目にありますね。そうそう、一応そちらの契約書はそのまま持っていてください。何か問題が起きた場合に必要になりますから」

「わかりました」

問題? 起きるはずないでしょ。完全に元に戻したんだから、完璧よ。

借家の鍵を返した次は、冒険者ギルドへ。

まあこっちは別に報告しないでもいいらしいんだけど、一応ギルマスに一言挨拶をしておこうという事になった。リリーさん、こういうところはきっちりやっておきたいらしい。まあそこは私も同意見。アリサさんはこういう事はリリーさんにお任せの人なので異論はない模様。クロ? クロなら馬車の座席で丸くなって寝てるよ。

冒険者ギルドでも駐車スペースに馬車を停め、窓口へ。で、行ってみるとやはりそこにはギルマスが。この人、やっぱり暇なんじゃ……? あ、胡散臭い笑みでこっち見てきた。すみません、冗談です。

対応するのはリリーさんだ。

「そうですか、もう行ってしまうんですか……残念ですね」

「ええまあ、冒険者ですから」

「そうですね、冒険者ですから仕方ありませんね……冒険者は冒険をしてこそですから」

「拠点でも決まれば違うんでしょうけどね」

「……拠点、作るんですか? この町に作ったりする予定は?」

「うーん、どうでしょう? 拠点を作るかどうかという事自体がまだまだ未定ですね。この町もいい所だとは思いますけど」

「そうですか……」

あー、拠点、拠点かー。あればあったで便利だろうけど、遠方に出かけづらくなるしなあ……でもまあ、まだまだ先の話かなー。

ギルマスへの挨拶も終わり、ギルドを出ようとしたところでラッドさん達と鉢合わせた。

「おお、アリサとリリーに、レンさんもか。こんなに早いのは珍しいな、どうかしたのか?」

「やー、ラッドさん丁度よかったよー。私達、今日ここを離れる事にしたんだー。だから挨拶回りみたいな感じー?」

「なんだ、もう行くのか?」

「もうって言うけど、ここにはもう2ヵ月くらいいたしねー」

「そうなのか……うん、それじゃまあ、元気でな」

「そっちもいい冒険ができるように祈ってるよー」

うん、なんか珍しくアリサさんが対応してくれたけど、割とあっさり目に挨拶が終わってしまった。

アリサさん、後で聞いた話だと闘技スペースでラッドさん達と割と頻繁にやり合ってたみたいで、結構仲良くなってたらしい。私は魔剣を売った時くらいしか絡まなかったけど、他のパーティーメンバーとも交流があったらしく、そちらとも何度か手合わせしていたそうな。

私も知ってるネルさんが短槍使いの魔法戦士で、小柄なリラって言う人がスカウト、背の高い金髪のケイトって子が魔導師だとかなんとか。

適当に集めたハーレムパーティーかと思いきや何気にバランス良いね。しいて言えば前衛のラッドさんが盾役も兼ねないといけないから防御面が不安かも?

……まあそれはウチのパーティーも同じか。うちは女の子しかいない割りに過剰に火力特化してるから実はかなりバランスが悪いんだよね……。私が魔導甲冑を使えば盾役は熟せるけど、今のところは秘匿する方針だから、なかなかね……。

さて、冒険者ギルドのギルマスには挨拶したし、運良く遭遇出来てラッドさん達にも挨拶した。あとはギムさんというかトリエラ達かな。

今日こそはトリエラに会えるかな? なんだかんだとずっとタイミングが合わなくて、結局まだ一度も会えてないんだよね……。なんだか本当に間が悪いというかなんというか。

そういう訳で次は町の外に出て宿泊地へ。

宿泊地が見える少し離れた辺りで馬車から降りてそこからは徒歩移動だ。

でもこの辺りは馬車を停めておく為の駐車スペースなんてないので、馬車の見張りも兼ねてノルンに残ってもらった。すまんね。

で、ギムさん達のテントが建ってる辺りへ行くとリューが素振りをしていた。

「あれ? レン? どうしたんだ?」

「ん-、今日これから、町を発つので挨拶をしておこうかなーと思いまして」

「え? もう行っちゃうのか?」

「私達はもう2ヵ月くらい滞在してましたからね」

「あー、そっか……そうだよな……」

「そういう訳なのでギムさんに挨拶をして、あとはトリエラにもちょっと会えればなーと思ったんですけど……」

「……トリエラ、今日も朝飯の買い出しに行ってて、今いないんだよ……あー、もう!」

「あー……」

……なんだか本当にタイミング合わないなぁ。まさかとは思うけど、このまま『それから2人はもう2度と会う事はなかった』なんてことになったりしないよね? いやマジで。

「あのー、レンさん、私達はギムさんに挨拶してくるので、レンさんはリュー君の相手をしててください」

「え? あ、はい? いいんですか?」

「はい、こっちは大丈夫なので」

「じゃあそっちはお任せしますね」

「はい」

そういうとリリーさん達はギムさんのテントの方に行ってしまった。

……さて。

「……」

「……」

「……レン、どうする?」

「……どうしましょうか」

うーん、本当にどうしたものか。

このまま会えないままって言うのもやっぱりなんだか落ち着かないし、どうしたもんかな。

「あ、やっぱり居た!」

「え? あ、トリエラ?」

リューと2人うんうん唸っていると聞き覚えのある声が。まさかと思って振り返るとトリエラだった。

「トリエラおっせーよ! レン、今から町を出るところなんだって!」

「ええ? ……はー、まさかとは思ったんだけど、そういう事なら走ってきて良かったよ……」

なんでもトリエラは町で私の馬車を見かけて、なんだか変な予感がして大急ぎでパンを買って走って来たらしい。

「今までも何度か町で遠目には見かけていたんだけど、いつもは歩きなのに今日は馬車だったでしょ? それでなんだかピンと来てね」

「……そうだったんですか。でもよかったです、結局今日まで顔も見れませんでしたから。……というか、町で見かけたなら声を掛けてくれればよかったのに」

「いや、何回か声を掛けようと思ったんだけど、私も用事の途中だったりでさ。……でも、元気そうで良かったよ。リューにもギムさんにも話は聞いてたけどね」

「そうですね、私もリューから話は聞いてましたけど、やっぱりちゃんと顔を見ておきたかったので、良かったです」

そう、リューとは世間話する程度には闘技スペースでちょこちょこと会っていたのだ。でもトリエラはお風呂に入りにギルドに来る以外は基本的にテントでお留守番担当で、たまに闘技スペースに来た時には私とはタイミングが合わず、と言う感じだったらしい。

「リューにも聞きましたけど、他の皆は元気ですか? ……男子には気づけないところとか色々あると思うんですけど、そういった辺りの事とかで」

「あー……男子にはわからない部分とかね。うん、大丈夫」

「なら良かったです」

「心配してくれてありがとね」

「いえいえ」

「……なんだよ、男にはわからないって」

「それはそのまま、男子にはわからない話ですよ」

「そうそう、気付きもしない話」

「「ねー?」」

「……なんだよそれー」

いや、だからそういう話だよ。

それはさておきリリーさん達が戻ってくるまでの短い時間でそのまま少し雑談する事にした。

「ケインの話は聞きましたけど、大変でしたね……」

「それはまあ、それなりにね。なんだかんだいってもやっぱり2人が抜けたのは色々痛いし、それからも色々大変だったけど、ギムさんにお世話になる事になったからね。そういう意味ではよかった事も多いよ」

「防犯とかの面ではかなり痛いと思いますけど……」

「そうなんだよねー。でも最近はシェリルさん達とも臨時で組んだりしてて、気も合うしそのままパーティーに加わってもらうのもありかなーって話になってるよ」

「ああ、それはいいかもしれませんね。確かシェリルさんが素手の格闘で前衛、メルティちゃんがスカウトで後衛でしたっけ? バランスも良くなりますね」

うん、いいね。クロが抜けたスカウト枠が埋まるのもいいし、前衛火力が上がるのもいい。耐久面には不安が残るけど、全体のバランスもケインとボーマンが居た頃に近くなる。

「ただ、ウチに一緒に住むかどうかでちょっとね……ほら、空き部屋がないでしょ? かといってマリクル達と相部屋って言うのはちょっと問題があるし」

「あー……」

そんな話をしているとギムさんのテントからリリーさん達が出てくるのが見えた。ああ、もう時間か。

「トリエラ、これあげます。使ってください」

「え? 何? 肩掛けの鞄?」

耳元に顔を寄せて小さい声で囁く。

「 魔法の鞄(マジックバッグ) です。そこそこの容量なので、ちょっとした荷物を運ぶのに便利ですよ」

そう、以前実験で作った自作のマジックバッグのうちの一つである。どうせ使わないし、このままだとストレージの肥やしになるだけだから、ちょっと活用しておこうかなと思ったんだよね。

とは言え付与は【アイテムボックス LV1】なので容量は20kg程度で、内容物は普通に時間経過する。大容量と言う訳でもないので仮に盗まれてもそこまでダメージは大きくない筈。……多分。

「ちょ、貰えないって!」

「いいからいいから」

「うー……これも、返品受け付けない感じのやつ?」

「その通りです、わかってるじゃないですか」

「…………あー、もう! はぁ…………うん。じゃあ、ありがたく貰っておく。でもあんまり大っぴらに使わない方がいいよね?」

「そうですね、みんなの実力がついてくるまでは、なるべく隠しながら使う様にした方がいいと思います」

「わかった、気を付ける」

と、そこまでやったところでリリーさんが丁度こっちに来た。

「レンさん、もういいですか?」

「はい、もう大丈夫です」

よし、それじゃあもう行こうか。と思ったらトリエラがリリーさんに声を掛けた。

「あ、あの! レンの事、よろしくお願いします!」

「え? ああ、はい。よろしくされました」

……ちょっとー、なにそのやり取り。まるで私が問題児みたいじゃない、やめてよねー。

「……よろしくしてもらってるのは、私達の方かもしれませんけど」

「ああー……」

リリーさんはトリエラが手に持った鞄に目をやると、なにか言いたげな感じでそんな事を口にした。そしてトリエラもリリーさんの杖やアリサさんの剣に目をやった後、何とも言い難い表情で頷いていた。

……別にいいじゃん、便利なんだから。いや、良くない事になりかねないからそういう反応なんだろうけど。

その後、宿泊地を出て、馬車で街道を走りだしてそう時間もたたないうちに町の方から人が走って来た。おーい、って声を上げてるけど、私達かな?

誰だ? ってよく見たらちょっと見覚えがあるような顔……誰だっけ? あ、商業ギルドで対応してくれた窓口の人だっけ?

「なんなんですか、あれは! 元に戻してください!」

は? 何が? 何を戻せって?

でまあ話を聞いてみると、借家の内装の事だった。

「え? 元に戻してますよね? 契約通り、原状復帰してあるじゃないですか」

「そ、それは……いや、でも、あんなのおかしいじゃないですか。一体どうすればあんな元通りに……」

「どうやったかなんてどうでもいいですよね? 内装は原状復帰してある、それのどこに問題があるんですか? それを一体どう元に戻せと? まさか、私達が使っていた時の状態にして引き渡せとでも?」

「それは…………いえ、その…………」

話を聞いてみたらなんでもない、要はただの皮算用してたっていう話だった。

家を借りた最初の頃は毎日家賃を清算していたんだけど、この人がその清算の為にウチに家賃を受け取りに来た時に、内装がちらっと見えていたらしい。

余りに豪華に改装されていたそれを見たこの人は、これならこの連中が出て行った後に外装の手直しだけで高く貸し出せる、と思ったらしい。

そしてその話をギルマスに上げ、とんとん拍子で話が進んでいった結果、既に次の入居予定者まで決まっている状態だったんだとか。

で、私達が出て行ったあとにギルマスと一緒に内装の確認にいってみるとあらびっくり、そこには貸出前の状態に戻った廃屋が!

それを見て激怒したギルマスに言われて大慌てで私達を追いかけて来た、という事だった。いや、知らんがな。

「そういう訳ですので、ギルマスが話をしたいそうです。ですので一緒に戻って説明して下さい。そして内装も元に戻してください」

「いえ、話すことは何もありませんし、私達にも予定があるので戻りません。それに内装に関しては、あれは契約通りに原状復帰しただけの話なので、そこから元に戻すも何もありませんよ」

「ですが!」

「……はぁ、いいですか? そもそもの話ですが、私達は契約書にある通りに原状復帰して家を返してます。それはおかしい事ですか?」

「そ、それは……」

「契約通りですよね?」

「……はい、契約通りです」

「では何も問題ありませんよね?」

「それは、そうですが……ですが、次の入居者との契約が……」

「それはその次の入居者とギルドとの間の話であって、私達は関係ありませんよね?」

「……それは」

「それは?」

「…………いえ、その通りです。すみませんでした…………」

そして窓口の人はとぼとぼと帰っていった。諦めて怒られる事にしたらしい。

……一応、ちゃんと私に事前に話を通して交渉なりなんなりして、相応の代金を支払ってれば内装はそのままにしても良かったよ、という話はしたけどね。そんな費用はないってガックリしてたけど。

いや、勝手に皮算用してたのはそっちだし。まあなんだ、頑張れ?