軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第4話 「早退令嬢は、本当のことを知りたい」

調べ始めると、すぐにわかってきた。

使用人を通じて証言を集めることは、令嬢には珍しくない。

客人が来る前に「お相手の評判を確かめておきなさい」と母に教わったこともある。情報を集めることは、貴族の常識だった。

エリーゼが変えたのは、その方法だった。

「いつ」「どこで」「誰に」「何を」

それだけを書く。感想はいらない。推測もいらない。

自分が見たこと、確かめられたことだけを、日付と場所と証言者の名前と一緒に記録する。

机の上に紙を並べながら、エリーゼは静かに思った。

(……怒りから動いていたら、こうはならなかったかもしれない)

感情で動く人間の記録は、感情の色が滲む。

「きっとそうに違いない」「あの顔は怪しかった」そういう言葉が混ざる。

エリーゼには混ざらなかった。怒りがなかったから。ただ本当のことを知りたかっただけだから。

それだけのことが、精度の違いを生んでいた。

もう一つ、調査を始めてすぐに決めたことがあった。

リナに近づくのをしばらく控える、ということだ。

いびりをやめれば、リナは「大きな障害が消えた」と感じて動きやすくなる。

動きやすくなった人間は、普段より素のままで動く。

フローラたちも「エリーゼ様らしくない」と首を傾げていたが、今はそれでいい。泳がせておく方が、見えてくるものがある。そう判断した。それだけのことだった。

一週間ほどで、像が見えてきた。

リナという少女は、見た目通りの人間ではなかった。

その手口は、驚くほど巧妙だった。

相手を選ぶ目が鋭い。誰が何を欲しがっているかを、一度の会話で見抜く。

「認められたい」人間には「あなたほどの方に頼れて」と言い、

「守りたい」人間には「あなただけが頼りです」と言う。

言葉の形を相手ごとに変えて、毎回ぴたりと当てにいく。

だから複数の殿方と同時に親しくしていても、誰も気づかない。

各自が「自分だけに向けられた言葉」だと信じているから。

使用人には、リナの行動を追わせるのではなく、リナと親しい男性貴族の側を観察させた。

エルヴィン男爵令息の動き、クラウス子爵令息への贈り物の記録。

リナ自身を直接監視すれば勘づかれる恐れがある。だが男性側を見ていれば、リナにはわからない。

この方法が、功を奏した。

クロード殿下には、付かず離れずの間合いで常に保っている。

エルヴィン男爵令息には「学園でいちばん頼りにしています」という手紙を。

クラウス子爵令息には「あなたのことしか見えていません」という廊下での囁きを。

どちらも同じ週のことだった。しかも言葉の種類が違う。エルヴィンには「頼り」という言葉、クラウスには「見ている」という言葉。相手の欲しいものを、それぞれ別の形で渡していた。

贈り物の記録も、同様だった。

男子貴族から受け取った品を「大切にします」と微笑みながら受け取り、翌月には別の場所で換金したか、あるいは別の誰かへ渡したとみられる記録が三件。

ただし換金の現場を押さえた記録はない。あくまで状況証拠だった。エリーゼは「推測」と「確認済み」を書類の中で明確に分けていた。

令嬢たちへの手口も見えてきた。

茶会やちょっとした会話の中で、誰かの悪口を少しずつ流す。標的にした令嬢が孤立し始めたところへ、今度は「私だけはあなたの味方ですよ」と近づいていく。その構造が、一学期だけで少なくとも二件確認できた。

(……全部、計算だったのか)

エリーゼは書類を眺めながら、少し虚しかった。怒りではなく、ただ虚しかった。

(……私よりよほど、このキャラに向いているんじゃないか)

思わずそう思って、笑えるような笑えないような、妙な気持ちだった。

誰もリナを疑っていなかった。それがこの手口の一番恐ろしいところだ。

エリーゼが追い落とそうとしている令嬢だからこそ、エリーゼが何かを言っても「嫉妬だ」と一蹴される。リナはその構図の中で、誰にも見咎められずに動き続けていた。

十七年、演じることに費やしてきたエリーゼですら、見抜くのにしばらく時間がかかった。他の誰に気づけというのか。

怒りは来なかった。

ただ、演じている者にしか、演じている者はわからない、ということだけが静かに腑に落ちた。

記録をまとめ終えた日の翌朝、廊下でエルヴィンを見かけた。

エルヴィン・バーウェル男爵令息。人懐こそうな顔立ちで、根は悪い人間ではない。ただ、少し、人を見る目が甘い。

その日のエルヴィンは、何か包みを持って廊下を歩いていた。

包みの形で、エリーゼにはわかった。

(……宝石箱だ)

小ぶりだが、上等な布で包まれた細長い箱。あの形は、どこの宝飾店のものかもわかった。王都でも指折りの店の包み紙だった。

エルヴィンがリナの方へ歩いていく。

エリーゼは記録を思い出した。先月、クラウスが渡した贈り物の記録。

(……あの宝石の行方が、見える。別の男にも同じものをもらっている。そのうち換金するか、別の誰かへ回す)

エリーゼは一瞬だけ迷った。

言うべきか。

エルヴィンに、今から渡そうとしているものの行方を、教えるべきか。

でも、言ったとして、信じるだろうか。

エリーゼがリナを追い落とそうとしている令嬢だということは、学園中が知っている。エリーゼがどんな事実を口にしても、「嫉妬から言っている」と受け取られる。

それでも。

黙って見ているのは、なんとなく後ろめたかった。

エリーゼはエルヴィンに近づいた。扇を持った手を少し動かした。

「……その宝石、リナ様へ?」

エルヴィンが振り返った。一瞬だけ、表情が固まった。それから、苦笑いに変わった。

「そうだとしたら?」

「リナ様には少々早すぎるのではないかしら」

「嫉妬ですか、エリーゼ様」

一蹴、だった。

声のトーンが、「また令嬢がやっている」という色を帯びていた。

ちょうどそのとき、リナが廊下の向こうから歩いてきた。エルヴィンの姿を見つけると、ぱっと顔を輝かせた。

「エルヴィン様。お待ちしていましたわ」

柔らかく、弾んだ声だった。それからエリーゼに気づいて、少し眉を下げた。

「あら……エリーゼ様も、ご一緒でしたの。ごきげんよう」

声の温度が、エルヴィンに向けたものとは微妙に違った。エリーゼにだけ気づく違いだった。

「……ごきげんよう」

エリーゼは短く返した。それからエルヴィンに向き直った。

「……そうかもしれませんね」

嫉妬かどうか、という問いへの返答だった。

扇を閉じた。それだけ言って、歩き去った。

(……嫉妬と思われた方が都合がいい。否定しても、信じない)

後ろでエルヴィンがリナに何か言う声がした。

リナが「まあ、嬉しい」と笑う声がした。振り返らなかった。

帰ってから、書き足した。

「いつ」「どこで」「誰に」「何を」

感情は一文字も入れずに。

その夜、机に向かった。

今日書き足した紙を、フローラたちの書類と並べて見た。

違いは明らかだった。

フローラたちのものには、裏付けのない話、誰かから聞いた噂をそのまま書いたもの、日付が矛盾しているものまであった。感情の熱量だけは伝わってくるが、証拠としての重さがない。

エリーゼの手元にあるものは、それとは全然違う。

日付が揃っている。証言者の名前がある。実際に確認が取れた事実だけが並んでいる。

(……これを使えば、広間の空気は変えられるかもしれない)

エリーゼは引き出しを開けた。今日書いた紙を重ねてしまった。引き出しを閉めた。

窓の外は暗かった。月が出ていた。

(……ただ、本当のことを知りたかっただけだ)

最初は、そうだった。それだけのことだった。

でも今は、この引き出しの中の紙が、何かを変えるかもしれないとも、思い始めていた。

少なくとも、この夜は。