軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第32話 「早退令嬢と、冬の図書室」

断罪から数日後、学園の空気が変わっていた。

廊下を歩く生徒たちの表情が、以前までとは少し違った。明らかに、緊張感が薄れていた。声が、心なしか大きくなっていた。笑い声が、以前より自然に聞こえた。

イザドラが作っていた空気が、少しずつ溶けていた。

十二月の中旬になった。窓の外の木は枝だけになっている。

エリーゼはその廊下を、いつも通りに歩いていた。扇は持たず、顎も上げていなかった。ただ、自分のペースで歩いていた。

「エリーゼ様」

声をかけてきたのは、以前エリーゼの取り巻きであったフローラが話しかけてきた。

フローラが、少し緊張した顔をしていた。

「少し、よろしいですか」

「ええ」

少し間が空いた。

「あの日の、エリーゼ様……すごかったです」

声に、感情がこもっていた。

「あの大広間に入ってきたとき、息が止まりそうになって。あの頃のエリーゼ様が、戻ってきたと思って」

「そうですか」

「イザドラ様に、誰もずっと何もできなかったのに。エリーゼ様があそこに立ってくださって、本当に……」

フローラが言葉を続けようとして、少し止まった。

エリーゼを、もう一度見た。

あの日の大広間のエリーゼではなかった。扇もなく、令嬢としての覇気がない。廊下を歩く、ただの生徒の顔をしていた。

「……あの、エリーゼ様は、これからまたお戻りになるのですか」

「戻る? 何にでしょうか」

「その、以前のような……令嬢として、皆の中心に」

エリーゼは、少し間を置いた。

「いいえ」

静かに言った。

「昨日だけです。今日は、図書室に行こうと思っています」

フローラが、少し困った顔をした。

「そう、ですか……」

何かを言いたそうだった。でも、言葉が見つからないようだった。エリーゼが戻ってきたと思ったのに、目の前にいるエリーゼはあの頃の令嬢ではない。それに戸惑っているのが、表情からわかった。

「フローラさん」

エリーゼが言った。

「フローラさんには、ずっとお世話になりましたわ」

フローラが、少し目を丸くした。

「一緒にいてくれた時間も、あなたなりに私のことを思ってくれていたことも、わかっていました。感謝しています」

「……でも、私はエリーゼ様を、あの大広間で」

「それも、あなたなりのことだったと思っています。もう終わったことです」

フローラの目が、少し赤くなった。

「私のことはもういいのです。これからは、あなた自身を大切にしてください」

フローラは、しばらく何も言わなかった。

「……ありがとうございます」

俯きながら、絞り出した小さな声だった。

エリーゼは小さく頷いて、廊下を歩き始めた。

廊下の先で、リナが立っていた。

令嬢が数人、リナに話しかけていた。以前は距離を置いていたはずの顔だった。でも今日は違った。輪というほどではない。ただ、人が少し戻ってきていた。

話しながら、リナは少し戸惑っているように感じた。突然の変化に、対応しながらも笑顔を作っている。そのような様子だった。

エリーゼがその横を通り過ぎたとき、リナは気づいていなかった。話に集中していたからか、それとも人が話しかけてくること自体に気を取られていたからか。

(……少しずつ、戻っていくのかもしれない)

エリーゼはそう思いながら、廊下をそのまま歩いていった。ただ、悪くない光景だと思った。

図書室は静かだった。

エリーゼはいつもの席に座って、本を開いた。旅する少女の二周目を読んでいた。

今まで、図書室で一人でいる時間が続いていた。中庭に行けなくなってから、ここで過ごすことが増えた。いつもどこか寂しさを感じていた。

でも今日は、少し違った。落ち着く、という感じだった。何が変わったのかはうまく言葉にできなかったが、同じ静けさでも種類が違った。

椅子を引く音がした。

隣に、転校生が座った。

本を開いた。何も言わなかった。

しばらく、二人とも黙って読んでいた。

(……ああ、この人だ)

エリーゼは思った。この静けさが、落ち着く理由だった。

しばらくして、転校生が本から顔を上げた。

「昨日は、助かった」

エリーゼは本から顔を上げた。

「一人では、あのまま言いくるめられていた。途中でわかっていた」

「……私は、何もしておりません。あなたとリナ様が全部用意してくださっていたので。私はただ、あの場にいただけです」

「そんなことはない」

転校生が言った。

「エリーゼがいなければ、あの場は終わらなかった」

エリーゼは少し止まった。名前を呼ばれた、と気づいた。今まで、そういう呼ばれ方をすることはなかった。いつも短い言葉で話す人だったが、今日は少し違う温度があった。

「……ありがとうございます」

少し間を置いてから言った。

転校生が、また本に視線を落とした。

エリーゼも本に戻ろうとしたとき、転校生がまた口を開いた。

「あれから学園の雰囲気がよくなった気がしている」

「……私もそう思います。笑い声が増えた気がします」

「ああ。圧もなくなった」

「誰かに見られているような緊張が、消えたんだと思います」

転校生が少し間を置いた。

「本来の学園の姿に戻ったのかもな」

エリーゼは転校生を見た。

「……そうですね」

短い言葉だったが、何かがそこにあった。この人がそう言うのを、エリーゼは初めて聞いた気がした。

二人はまた本に視線を落とした。

十二月の図書室は、窓の外が白かった。曇り空が低く広がっていて、今にも雪が降りそうだった。

中庭とは違う静けさだったが、それでよかった。