軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第23話 「早退令嬢と、壊れたベンチ」

二学期に入ってしばらく経った頃から、イザドラの行動が目立ち始めた。

最初は、廊下でのことだった。

イザドラが令嬢たちと歩いていたとき、すれ違いざまに社交実習後の令嬢のドレスにお茶をこぼした。

「あら、ごめんなさいね」

イザドラが言った。申し訳なさそうな顔だった。でも、目が笑っていなかった。

「大事なお洋服なのに。……でもそのデザイン、今季はもう古いと言われているから、かえってよかったかもしれないわね」

令嬢は何も返せなかった。周りにいた生徒たちも、誰も声を上げなかった。

止められなかった。

イザドラが悪いとも言い切れなかった。こぼしたのは事故に見えた。言葉も、本人は親切心で言ったように聞こえた。何を咎めればいいのか、誰にもわからなかった。

その日の夕方、令嬢が泣いていたという話が広まっていた。

別の日には、三人仲良しの令嬢グループがいた。

その中の一人に、イザドラが声をかけた。

「あなた、いつも仲良さそうで素敵よね。でもね、内緒で聞いてもいいかしら。あの二人って、あなたのことを少し下に見ているって話、聞いたことある? 私、あなたのことが心配で……」

根拠のない話だった。でもイザドラが囁けば、聞いた側は信じてしまった。

三人組は、一週間も経たないうちに、ばらばらになった。

後から気づいた者もいた。でも、誰もイザドラに何も言えなかった。イザドラは「心配で言っただけ」という顔をしていたし、その顔に向かって何かを言える者が、この学園にはもういなかった。

さらに過激な事件が起きた。

ある令嬢が、遠方の友人から突然絶縁を告げられた。

困惑する彼女が後から知ったのは、身に覚えのない「密告状」の存在だった。そこには、彼女の品性を貶める卑劣な嘘が書き連ねられていたという。

字は似せてあり、封蝋まで似ていた。

令嬢は蒼白になった。誰がそんなことをしたのかは、証明できなかった。

だが近頃、イザドラの周囲から静かに姿を消した者の名と、被害に遭った令嬢の名が、ことごとく一致していたのだ。

誰も、表立っては何も言わない。……言えなかった。

イザドラのやり口はリナとは違った。リナは慎重で、丁寧で、誰にも気づかれないように動いた。

だがイザドラは、気に入らないものは排除する。「気づかれても構わない」とばかりに堂々と振る舞った。

隠す気など、端からないのだ。

誰もが見ている前で、見せしめのように断罪する。

だからこそ噂は瞬く間に広まり、そして——誰も彼女を止められなかった。

それは長年、分をわきまえて抑え込んできたものが、一気に爆発したかのような独壇場だった。

学園の端にいるエリーゼのところにまで、その話が届いていた。

自分から聞いたわけではなかった。廊下を歩いていれば聞こえてきた。図書室にいれば、誰かが話していた。それほど、大きく物事が動いていた。

エリーゼは人の輪の外から、その話を聞いていた。関係のない話のように聞いていた。でも積み重なるうちに、聞き流せなくなっていた。

そして、ついにエリーゼ自身にも、それが及んだ。

中庭に着いた。

エリーゼはいつものベンチに向かって、立ち止まった。

ベンチが、壊されていた。

座面が、何かで叩き割られたような状態だった。板が無残に砕けて、中央が大きく陥没していた。自然に壊れた様子ではなかった。工具か、あるいは重いもので打ち付けたような、明らかに人の手が加えられた壊れ方をしていた。

エリーゼはしばらく、そのベンチを見ていた。

(……誰が)

考えるまでもなかった。

本を持ったまま、立ち尽くした。

(……なぜ、このベンチを)

考えていくうちに、一つの答えが浮かんだ。

イザドラは、ルーカスのことを狙っている。それはエリーゼも薄々感じていた。廊下でルーカスに話しかける様子を何度も見かけていた。学期末のパーティーでも、あの笑顔で近づいていた。

そして、ルーカスはいつも中庭に来る。

(……つまり)

このベンチが壊れれば、エリーゼはここに来られなくなる。ここに来られなければ、ルーカスと一緒にいる時間がなくなる。

単純な話だった。丁寧な、単純な話。

(……ずいぶん、直接的なやり方だ)

怒りとも違う感情が、静かに浮かんだ。今までの報いが、今度は自分に向けてやってきている。その事実が、妙に静かに頭に落ちてきた。

「どうした」

声がした。

転校生が来ていた。いつも通りの表情で、壊れたベンチを見ていた。

「……ベンチが、壊されていて」

転校生が近づいて、ベンチをじっと見た。少し間を置いた。

「座面が割れているな」

「ええ」

「故意だな」

静かに、事実として言った。

それからベンチから視線を上げて、自分のベンチの方に歩いていった。座った。隣を、少し空けた。

「こちらに座れ。ベンチは新しいものに替えてもらうよう、俺が打診しておく」

さらりと言った。当たり前のことを言うような口調だった。

エリーゼは少し驚いた。

「……ありがとうございます」

「礼は要らない」

エリーゼは転校生のベンチに歩いていって、隣に座った。少し間を空けて。

本を開いた。転校生も本を開いた。

風が吹いた。木の葉が揺れた。

(……近い)

いつもより距離が近かった。でも、不思議と落ち着かないわけではなかった。むしろ、いつもと同じ静けさがあった。ただ、少しだけ温度が違う気がした。

エリーゼはふと、隣の転校生を横目で見た。本を読む横顔は、いつも通りだった。壊れたベンチのことも、隣に誰かが座っていることも、特に気にしている様子がなかった。

(……この人は、いつもこうだな)

中庭で初めて言葉を交わしたときから、ずっとそうだった。必要なことは言う。でも余計なことは言わない。それがこの人の普通だった。

旅する少女が、最後の道をまた一歩進んでいた。もうすぐ、終わる。

エリーゼはページをめくった。

廊下の窓から、中庭が見えた。

イザドラはその窓の前を通りかかったとき、足を止めた。

エリーゼと転校生が、一つのベンチに並んで座っていた。

それぞれ本を読んでいた。何も話していなかった。でも、その距離が、以前より近かった。

イザドラの目が、少し細くなった。

笑顔が、かすかに固まった。

(……ベンチを壊したことで、一つのベンチに座らせてしまった)

嫌がらせのつもりが、逆に二人を近づけるきっかけを作った。

イザドラはしばらく、その光景を見ていた。

それからゆっくりと、窓から視線を外し、廊下を歩き始めた。

口の端は、もう上がっていなかった。