作品タイトル不明
428.メガネ君、ハルハの街にて現地解散する
「――じゃあ行くか」
里から去ると宣言してから、二日後の早朝である。
来た時と同じように、二回に分けてクラーヴがドラゴンで送ってくれることになった。
まだ空も暗いほど朝が早く、春を間近に控えた冬の、最後の抵抗であるかのように寒い。
別れは昨日までに済んでいるので、見送りは長老と奥さん、戦士長ジジュラとアヴァントト、サキュリリンという、俺たちの面倒をよく見てくれた人たちだけである。
「――達者でな、ネロ。寂しくなったらいつでも遊びに来ていいからの」
「――ドラゴンの肉を用意して待っていますからね」
「――猫か……」
…………
なんか俺たちじゃなくて猫と別れを惜しんでいる感が強いが。
もしや彼らは、ネロをメインに見送りに来たのだろうか。
戦士長も「猫か」じゃないだろ。
長老宅に入り浸っていたので、長老と奥さんが別れを惜しむのはまだわかるが、ジジュラはいつ猫と触れ合っていたのか。
「――長老、里で猫を飼わないか?」
後にしろサキュリリン。
俺たちが行った後に相談しろ。
「――飼おう」
後にしろアヴァントト。君までそっちの立場になると収拾がつかなくなるぞ。
……とまあ、最後はそんな感じで、竜人族の里を出るのだった。
――冷静に考えると、サジータはよく里に出入りしているようなので、特に別れを惜しむ関係でもないのかもしれない。
しんみりするほど長居したわけでもないので、まあ、こんなもんだろう。
寒い空の旅を経て、 朱蜻蛉(ドラゴンフライ) がたくさんいた森の境界線まで送ってもらった。
ちなみに俺は、ネロを背負って二回目の便である。
ギリギリまで別れを惜しまれていた。
俺そっちのけで。
まあ仕方ない。
猫はかわいいから。
――あの分だと来るだろうな、竜人族の里に猫ブームが。いずれ猫を見に来ることもあるかもしれない。
先に行っていた仲間と合流する。
先行していただけに、周囲の警戒はすでに終わっているようだ。
……うん、姉含む「黒鳥」はもういないな。
ドラゴンを狩りに来たとかなんとか言っていたが、結局成功したのだろうか。
まあ、姉が一緒にいるなら、失敗するイメージはまったく湧かないが。
「ありがとな、サジータ。エイル。これでだいぶ楽になりそうだ」
「それはよかった」
クラーヴは改めて礼を言う。「ゴーグル」に関してである。
「おまえらナスティアラを拠点にしてるんだよな? なんかあったら連絡するからよ、またよろしくな」
一応、「ゴーグル」関係で何かあった時のために、色々を挟んで俺に連絡が来るようになっている。
――「素養」を無効化する「素養」には近づけるなとか、何かしらの効果を付加する「素養」は使うなとか、基本的な注意事項は伝えてあるが。
結局のところ、一番の心配は戦士たちの激しい戦いで物理的に「ゴーグル」が壊れることである。
予備分も渡してあるが、結局消耗品である。
そして戦士たちの仕事を考えると、何年もつのかな、という感じもしないでもない。
いずれまた来ることも、本当にありそうな気がする。
「またな!」
飛び立つクラーヴを見送り、俺たちもハルハの街へ移動を開始した。
道中、話をした。
「――セリエがいないとどうしようもないからね」
案の定というか、誰の目からも明らかというか。
リッセは 四足紅竜(ラウジオ) 、とりわけ「黒鱗」との別れを惜しんだ。
里の人よりも惜しんだ。
二日あった撤収準備期間の丸一日と半分は、「黒鱗」と風になることに費やした。風になりすぎだと言わざるを得ない。
このまま竜人族の里に残ろうかと本気で悩んだりもしたらしいが――根本的な問題を思い出したそうだ。
セリエの協力がないと 四足紅竜(ラウジオ) に乗れない、と。
そう、セリエの魔法陣で魔力色を揃えないと、リオダイン以外は乗れないのだ。
リッセが単独で里に残ったとしても、その壁は消えることなく存在する。
リッセ風に言うと、風になれないのだ。
なので泣く泣く里を去る、「黒鱗」と別れる決意をした、とのことだ。
「――魔力色を変える魔道具とかありそうだし、探してみようと思ってる」
まあ、がんばってほしい。
「――ねえエイル。一緒に探しに行かない?」
「――ごめん。ネロに故郷を案内しないといけないから」
だから俺抜きでがんばれ。
遠い場所から応援してるよ。
――ちなみにネロは、寒いというので召喚を解除している。
「――ドラゴン料理はもう少し後になると思っていたが……これからどうするか」
ベルジュはやはり、まだ見ぬ食材と料理を求めて旅に出るつもりのようだ。
これも誰もが予想できた方針だろう。
いずれまた、腕を上げた彼のうまい飯を食いたいものだ。
「――やはり行くなら東だろうか……生魚の文化は気になる」
あ、寿司? 海老がうまかったよ。天ぷらでもうまいが。
「――一緒に行くか、エイル?」
「――ごめん。両親にネロを紹介しないといけないから」
ぜひ寿司の文化を学んできてくれ。そして食わせてくれ。
「――僕らはナスティアラの研究所に行く予定だよ」
ね、とリオダインが話を振ると、カロフェロンはうんと頷く。
研究所か……
なんでも王城の中に研究施設があるとかないとかって噂は聞いたことがあるけど、実際はどこにあるんだろう。
まあなんにせよ、気軽に会える立場でも場所でもなくなるのは確かだろう。
ぜひがんばって出世してほしいものだ。
「――僕らはセリエと一緒に帰るんだよ。エイルはどうする?」
「――ごめん。俺、大帝国に夢を置いてきてるから。行かなきゃ」
猫屋敷のことはずっと気になっていた。
ぜひ帰りに寄って確かめたい。
もし何やら問題があるなら、少し手伝ってもいいかと思っている。
あと、ついでに海老の天ぷらをまた……いや、値段的に一人で行くのは無理かな……
「――夢? ……一緒に帰らないんですか?」
セリエに問われても、答えは変わらない。
「――ごめん。猫が俺を待ってるから」
猫と一緒に寝られる宿……今頃どうなってるのかな。
ハルハの街に到着し、来た時に泊まった宿を取る。
そして、その日の夜に通達があった。
「――指令が来てた。
やっぱり卒業ってことになるみたいだね。おめでとう、君たちは今日から候補生ではなく、立派な暗殺者だ」
サジータは軽い口調で言うのだった。
そして俺は、卒業を申し渡された通直後に、ハルハの街を出た。
のんびりしていたらリッセやベルジュに、無理やり冒険に連れ出されるかもしれない、と危惧して。
……というか、もう少し誘われたら一緒に行く気になるかもしれないと、自分に危機感を覚えて。
どうやら俺は、思っている以上に、あいつらのことを気に入っているようだ。
あんまり誘われると、本当に頷きかねない……気がする。
――でも、ダメだから。
先のことは未定だとしても、少なくとも一度は故郷に帰らないと。
姉も大概だが、俺まで王都に出たっきり帰らないのでは、本当に両親や村の皆に心配を掛けてしまう。
だから一度は帰ろうと思う。
まあ、大帝国を回ってから帰るつもりなので、少し遠回りになるが。
大帝国を回るルートだと、全行程併せて半年かかるかかからないか、くらいでナスティアラに帰れるそうだ。
急げばもう少し早くなるだろう。
道中は、まだまだ極みには遠い、秘術の練習をしながら行こう。
「――そういえば、ネロも秘術が使えるんだよね?」
ネロは「使えますけど何か?」という顔で、しかし「寒い!」と意志を飛ばしてくる。
いくら獣人の国が温かいと言っても、さすがに夜はまだ冷える。俺も寒い。
それはそうと秘術である。
ネロは俺より得意みたいだ。
根本的なやり方は、俺の知識だ。
召喚獣なので、慣れれば慣れるほど知識や意思が通じるようになるそうだから。
でも基本的な魔力の操作は、俺よりネロの方がよっぽど上手いようだ。
訓練もそこそこに、俺よりうまいこと秘術を使っている。
「――じゃあ行こうか」
一声掛けて、俺たちは走り出した。
春はもうすぐである。