軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

386.メガネ君、自分の口から「素養」を明かす

「――よう来た! よう来たのう!」

アヴァントトが向かう先にある、大きな木造の家。

その前をあっちへ行ったりこっちへ行ったり落ち着きなく徘徊していた老人が、俺たちに気づくと同時に、杖を付きつつ爆走してきた。

「待っておったぞサジータ! よう来てくれた!」

何事かと思えば……老人はサジータの手を取り、感極まった声で歓迎の言葉を口にした。

さっきの子供の 四足紅竜(ラウジオ) といい、この老人といい、みんな爆走するのが好きなのだろう。

「長老、客人を立たせたまま話をするつもりか?」

老人の熱意に反して、戦士長の息子の醒めていること。さっきのサキュリリンの件からして、俺は彼とは気が合うかもしれない。摩擦のない関係を築けそうな気がする。

「お、おう、そうだな。そうしようか。ささ、行こう。早く。早く」

「あーはいはい行きましょうねー」

老人はサジータの手を引いて行こうとするが、どちらかと言うと老人がサジータに手を引かれているかのような構図である。

さっき撥ね飛ばされたサキュリリンに、この老人に。

竜人族の里には、なかなか愉快な人たちもいるようだ。

…………

老人のあの熱意が、そのまま「メガネ」に対する期待と希望なんだよな……一応俺は竜人族に呼ばれた形で来ているから。

いったい何が目的なんだろう。

もうすぐわかるはずだが……わからない間に過剰に期待されると、どうしても身構えてしまうなぁ。

俺には大したことなんてできないのに。

ただの田舎の狩人なのに。

……なんて、さすがにもうこんなこと言っちゃダメな気がするな……俺はともかく「メガネ」はすごいから。

建物全般が結構低いと思っていたが、どうやら家屋の中にはテーブルや椅子はなく、床に座る形の家だったようだ。大帝国と同じようなものか。

獣人の国は暖かいから、この方式でも過ごせるのかな。

ナスティアラの冬は底冷えがひどかったし、もっと寒いはずの大帝国は……基本いい宿に泊まったからあんまり気にならなかったな。

開拓村での生活も、生活より狩りを第一に考えていたから、むしろ雨風しのげて安心して眠れる場所があるだけ、恵まれていたと思う。うまい蕎麦もあったし。

老人の案内で家にお邪魔し、何かしら柄の入った敷物の上に座る。

部屋の隅にあるのは火鉢かな? あれで室内の温度を上げているようだ。

――異文化を感じるスペースである。

壁にはドラゴンの角らしきものや鱗の皮、初めて見る記号のようなものが織り込まれたタペストリーが掛けられている。

ほかと比べたわけではないので、ほかの家もこんなものかしれないが――長老の家と言われれば納得できる豪華さがある気がする。

決してきらびやかではないが、一つ一つ、どれを取ってもそれなりの歴史がありそうな物ばかりに見えるのだ。

特に角なんてきっと全部ドラゴンのだし。

あれの一本一本に、流れる血や死闘といった、決して一口では言えない物語があったに違いない。

「――ああ、どっこいしょ。おおい、茶をくれぇー!」

老人は、堂々と一番奥の一番豪華な敷物に座り、奥の間に向かって叫んだ。

……さっきアヴァントトも言っていたが、彼がこの家の家長にして、里の長でもある長老で間違いないようだ。

白い服を着て、牙で作ったネックレスを首から下げ、真っ白な長い髪を後ろで一つにまとめた老人。真っ白なヒゲも長く、浮世離れした雰囲気があった。

ヒゲで口元が隠れ、眉毛も白く長いせいか目元に影を落とし、ちょっと表情が読みづらい。

さっきの爆走ぶりを見るに、さすがにもう戦うことはできないだろうが――身体自体は結構大きいので、かつては彼も戦士だったのかもしれない。

「サジータ。此度はわざわざ寒い中を呼びつけて悪かったのう」

「どうかお気になさらず。どうせ近い内にまた来るつもりでしたから」

長老とサジータが話し出した時、奥の間から出てきた老婆……長老の奥さんであろうおばあさんが、トレイに乗せたカップを運んできた。さっき長老が大声で頼んでいたお茶だろう。

端の方から回されてくるカップを、右から受け取り左の人に受け流していく。

――と、後ろでそんなことをしている間にも、交流のある二人の会話は続いている。

「それで? あの件は考えてくれたかの?」

「ああ、落ち着いて考えて身辺整理もしたんですが、やはり無理そうですね」

「そうか。うちの里から嫁を貰うことはできんか」

……あれ? なんかさらっと重要な話してない?

「すみません。故郷に将来を約束している幼馴染がいますので」

「何、二人くらいなら構わんじゃろ。この里は多妻でも構わんからの。わしも若い頃は遊んだし、嫁も二人貰ったしの」

「二人くらいなら、僕のような甲斐性なしでもなんとかなるかもしれませんね。

でも生憎、幼馴染と親友と親友の友達とその友達の友達と、あと小さい頃に結婚の約束を交わした従妹が二人がいます。なので都合五、六人はもう嫁に貰う予定がございまして」

……なんかサジータがとんでもないことを言っている気がする。「おいマジかあいつ」と俺の隣で小さく呟いたのはリッセで、その声には軽蔑とか侮蔑的な感情がこもっていた。

いや、そんなことないだろ。

きっと断るための方便だろう。

本当ではないはずだ。

……本当ではない、と、思う……けど。

……んん?

…………

なんか、サジータは普通にモテそうだから、ありえるのか……?

「――お、お待たせ、した」

長老とサジータ、脇の方に控えているアヴァントトとおばあさん、そして俺たち。

長老たちの話が嫁どうこう多妻どうこう女を抱いたどうこうで盛り上がり。

聞いているだけの人たちの、見えないはずの信用だの信頼だのといったものが、はっきりともりもり目減りしている中。

それぞれに明確な温度差が生じ始めていたその時、さっき撥ね飛ばされたサキュリリンがボロボロでふらふらの足取りでやってきた。おい大丈夫か? ちょっと脳震盪でも起こしているのではなかろうか。

「もしや話の途中、だろうか? 構わず、続けて、くれ」

やたら左腕を摩りながら、サキュリリンはアヴァントトの隣に座る。本当に大丈夫か? 怪我してないか? 怪我してるだろそれ。

「――うむ」

軽蔑するほど浮かれていた長老の声が落ち着いた。

たったそれだけで、緩みに緩んで軽蔑に満ちていた雰囲気が、一瞬で入れ替わった。

「無駄話はさておき、本題に入ろうかの」

と、軽蔑に足る長老は俺たち全員を見回した。……すでに眠りに入っているネロで止まるが、何も言わなかった。

……全員と、そして俺とも一瞬目が合ったはずだが、視線は俺には止まらなかったな。

「どう言えばいいかの。関係者だけ残ってもらった方がいいか? それとも今の状態で話をしていいのかの?」

――あっ、そうか。そういうことか。

一瞬何の話をしているかと思ったが、すぐに気づいた。

このまま「メガネ」の話を大っぴらにしていいのか、という意味だ。

呼び出した本人だけに、長老はある程度は「メガネ」が「誰かの素養」であることを掴んでいる。

ただ、今はまだ、誰かがわからないのだ。

たとえば、メガネを掛けているのが一人だけだったら、そいつだけに注視したかもしれない。

ここには俺とセリエ、メガネが二人いるから。

見抜けなかったから言ったのだ――このまま話していいのか、と。

このパターンも考えていたが――そうか。やたら軽そうな印象とすでに軽蔑しかない長老だったが、やはり里の長だけあって、いろんなことに気を遣える人なのだろう。軽蔑はしているが。

これに対する俺の結論は、すでに出ている。

「俺だけです」

手を上げて宣言する。

「うむ、そうか。では他の方々は先に宿舎の方で休まれるとよい。自己紹介は晩飯の時にでも改めて。――おい、案内してやってくれ」

長老に言いつけられたおばあさんは「はいはい」と穏やかな声で返事をし、リッセ、リオダイン、セリエ、ベルジュ、カロフェロンを連れて出ていった。

「――ほら、みんな行くみたいだよ」

寝ているネロに声を掛けると、のろのろと起き上がってあくびをしながら出ていった。可愛いな。

――これで、人払いは済んだ。

長老とサジータ、アヴァントト、サキュリリン、そして俺だけが残った。

老いていながらも、あるいは老いているからこそなのか。

長老は、油断のない視線で俺を見据えた。

「おまえさんかね?」

「はい。俺が『メガネの素養』を持つ者です」

長老が望み、ここに呼んだ存在である、と。

自分の口で言い伝えた。

「めがね、か……――アヴァントト、サキュリリン」

「「はっ」」

「これよりここで話す事、戦士の誇りに掛けて漏らすでないぞ」

「「承知」」

――さて、これからが本番だ。