軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

280.馬車襲撃事件 12

「『いくつか素養が使える』とは聞いていましたが」

「話の前に服着てくれないかな」

「そういうのを気にするタイプですか?」

「気にしないタイプの方が圧倒的に少数派だよ」

「仕方ないですね」

いきなり現れた全裸女性は、再び狼の姿に戻った。

『――で、『いくつか素養が使える』ということで?』

「その姿でもしゃべれるんだ」

『しゃべっているのではなく、魔法による念話ですね』

色々と意外なことをしてくれる狼である。

というか、そういうことができるなら最初からやれ。

というか、教えておけ。

皆が意思の疎通に苦心するのを見ていたくせに。

『他の方には秘密でお願いします。私はエイルのことを少し知ってしまったために、あえて教えただけですから』

だそうだ。

『ついでに、こうなったら色々気になるので教えてもらおうかと』

話す気はまったくないが、なかなか誤魔化しづらい状況であるのも確かである。

何せ、シロカェロロの目の前で、色々やってしまったから。

――大帝国の兵長カルシュオクを拘束した後、エイルとシロカェロロはとっとと逃げてきた。

討伐に来た六人の兵士の中。

一番腕の立つ者が負けてしまった以上、討伐任務はもう失敗だ。

続けたところで、全員が倒れるのが目に見えている。

と、エイルは思ったのだが。

「――何をしている! 賊を斬れ!」

無防備な上に、今すぐにでも自分を殺せるだろう場所にエイルがいるのに、カルシュオクは引くことを考えず、兵士に命令を下した。

負けてなお揺らぐことのない闘志と、命に関わろうとも曲げない信念。

任務一つに命懸け。

昔話として耳にした大帝国の兵士とは、そういうものだとエイルは聞いていたが。

どうやら、あながち間違いでもないらしい。

残りの兵士三人も、まったく引く気がなさそうだ。

さてどうするか、「紐型メガネ」の数は足りないぞと、悩みかけた時。

「――おっ、おい! 何をする!」

カルシュオクがそんなことを言い、それを見たエイルもそんなことを言いそうになってしまった。

シロカェロロが動いた。

何をするかと思えば、カルシュオクの足首、ブーツを噛み、ずるずる引きずって後退していくのだ。

思わず「人で遊んじゃいけません」「靴を持って行くな」的な言葉が口を突いて出そうになったが。

シロカェロロは本物の狼でも犬でもないのだから、そんなことはしないと思い至る。

そして、意図を察する。

「――追ってきたらこの人を殺しますよ」

要するに人質である。

意図が分かれば話は早い。

エイルは「怪鬼」をセットし、シロカェロロに代わり襟首を掴んで引きずっていく。

「私の命などどうでもいい! 大帝国軍人の使命を果たせ! 誇りを見せろ!」

カルシュオクは吠えるが、兵士たちは戸惑いの表情を浮かべ、足は地面に縫われたかのように動かなかった。

転がっている兵士たちも、できるできないはともかく、表情ばかりは同じである。

「あなたを見捨てたくないそうです」

「黙れ!」

「私も彼らに賛成です。あなたはこんなところで死んでいい人だとは思えません」

何しろ兵士である。

それも職務に殉ずる覚悟があるほど高潔な兵士だ。

犯罪者を追い、魔物と戦う力があるのだ。

大帝国領には、彼を必要とする人がたくさんいるはずである。

こんなところで死ぬべきではないだろう。絶対に。

「多くの人があなたの助けを待っているはずですよ。今も、これからも。そんな人たちを見捨てて死ぬつもりですか?」

エイルがそう告げると、カルシュオクは「賊に言われたくない……」と力なく呟き、この状況でなお漲る闘志と殺気を引っ込めて黙ってしまった。

どうやらエイルの言葉は、多少はカルシュオクの心に届いたようだ。

――今は一時的に、そう本当に一時的に盗賊の仲間ではあるが、どちらかと言えばエイルの気持ちは兵士側にある。

真面目に働いている人が、不真面目に略奪するような連中に食い物にされるのは、やっぱり抵抗があるのだ。

そう、真面目に働けと。

何度も言ってやりたくなったし、今だって言ってやりたいのである。

――こうして、エイルとシロカェロロも離脱に成功したのだった。

適当なところでカルシュオクを捨てて、シロカェロロの鼻頼りに移動して林に入り、ようやく一息ついた。

「……はあ」

エイルは無理やり抑えつけ、我慢していた感情を、溜息とともに解放する。

――怖かった。

とにかくその一言に尽きた。

カルシュオクと対峙するには、とにかくいろんなものが足りなかった。

腕も、経験も、意気込みも

そして覚悟も。

アレと張り合いやりあったことを、我ながらすごくがんばったな、と思う。褒めてやりたい。

(……あ、そうだ)

樹木を背に座り込み、しばらくぼーっと弛緩していると、ふと思い出した。

カルシュオクたちを今も拘束している「紐型メガネ」を消しておく。

消すのは遠隔でできるので、カルシュオクを置き去りにする時に「時間経過で紐は消えます」とだけ伝えておいた。

かなりの距離を稼いだ。

もう解放しても追ってこないだろう。

「――『いくつか素養が使える』とは聞いていましたが」

聞き覚えのある声に視線を向け、すぐに逸らした。

「――話の前に服着てくれないかな」

そこには素っ裸のシロカェロロが立っていたから。

エイルの苦情を聞いて、また狼型になったシロカェロロと、少し話をする。――ちなみに姿を変えたせいか、コードの施した「 色彩多彩(カラフルカラー) 」が解けて白い狼となっている。

何事にも興味がなさそうだったシロカェロロだが、エイルの「素養」には興味が湧いたようだ。

エイルとしては、やはり全てを話せるわけも説明する気もないが、見せてしまった分くらいは触れておく。

『わかりやすい虚実でしたね』

虚実。

フェイク、フェイントのことだ。

――内心かなりテンパッていたエイルだけに、思いつく限りのフェイクを入れた。

果たして効果があったのかどうかはわからないが、結果的に勝機を掴めた以上、無駄ではなかったのだろう。

メガネが曇っていた、と言ったこと。

あれはカルシュオクの「 一秒消失(ロスト・ワン) 」に気づいていない、たまたまちゃんと見ていなかったから動きについていけなかった、というのを暗に伝えるため。

紐を構えて見せたのもフェイクだ。

あの段階なら「エイルの素養は紐関係」と印象付けられていた。

それが間違いではないことを、露骨にミスリードしたのだ。

今度はちゃんと紐で戦う、と。

ほかにも動きで――さりげなくじりじりと「一秒短縮」で確実に 斬られる(・・・・) 距離に入って誘ったりもしてみた。

「霧化」の維持は数秒である。

発動したまま待つことはできない。

カルシュオクが仕掛けるタイミングと「霧化」を発動させるタイミングを見誤れば、即座に死が待っていた。

これに関しては自信があったが――よくよく考えれば、フェイント一つ入っただけでエイルは負けていたのだ。

カルシュオクの「素養発動」が「視え」た瞬間、「短縮」が来る。

だがもしあの時、カルシュオクが「自分の『素養』は読まれている」と考えていれば、その「短縮」で後ろに回るなりなんなりでタイミングをずらす可能性もあった。

その場合、やはりエイルは死んでいた。

メガネが曇っていた的な振りは、エイルを知る者には不自然だったと思う。

だが、さすがに言わずにはいられなかった。

本気で命懸けのあの状況、「私はあなたの「素養」に気づいていませんよ」と、念を押さざるを得なかった。

――そんな愚痴のような、未だ動揺が収まらない心を鎮めるために気持ちを吐露するエイルに、シロカェロロは言った。

『それで、確かに斬られたのになぜ生きているのですか? 私には剣が通過したように見えましたけど』

「話したくないから誤魔化してるんだけど、察してくれないかな」