軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

181.メガネ君と狩猟祭り 3

「まあまあ、落ち着きな」

本心を見抜いているアディーロが、ベッケンバーグとタツナミ、今すぐにでもこの場から離脱しようとしているであろうメイドの間に入る。

「――エル、とりあえずあんたはもう行っていいよ」

まず、何もかも面倒になって全てから逃げ出す前に、彼をこの場から離脱させるのが最優先だ。

「おいアディーロ! まだ話は終わって――」

ベッケンバーグが何か言っているが、それは無視して念を押す。

「ただし、明日の昼、狩り勝負が終わる頃にまた顔を出しな。結果発表と表彰式がある。あんたは面倒臭いかもしれないけどそれでも出場者だ。その責任は果たしにおいで」

「……わかりました。明日の昼また来ます。それでは失礼します」

無表情ながらだいぶ嫌そうだったが、了承してメイドは去った。

あれでなかなか義理堅いし責任感も強い方だ。きっと戻ってくるだろう。

「おいババア! 何を勝手なことを!」

うるさいのが突っかかってくるが、冷ややかな一瞥で黙らせる。

「どうせ吟遊詩人の冒険譚よろしく『どうやって狩ったのか』とか『どんな戦い方をしたんだ』とか、人前で聞く気だったんだろう?」

「わ、悪いかよ! 盛り上がるだろうが!」

「あんたは目立つのも派手なのも好きだろうけど、そういうのが苦手な人種もいるんだよ。それにね――」

アディーロの瞳に力がこもる。

「あんたは人前で『自分の素養』の話ができるのかい? 魔物と戦った時に『素養』を使っていたら、どんなに質問されたって話せるわけがないだろ」

言われて気づく。

非戦闘員であるベッケンバーグだからこそ、至らぬ配慮であった。

もしあのまま愚民どもの前につるし上げてなんだかんだ質問していたら、明日の結果発表の時に優勝者現れず、なんて白けた事態になっていたかもしれない。というかなっていただろう。

幻の龍魚を狩った者である。

それはもう、色々聞きたいし、どんな戦いを繰り広げたのか興味もある。

だが、それを話す上で「素養」に触れるのであれば、それは確かに話せない。話したくても無理だ。

仮にベッケンバーグがあのメイドと逆の立場でも、話さないし話せないと判断するだろう。

しつこく聞かれれば面倒になって逃げ出すことも考えるだろう。

他者の「素養」関係には、軽々しく触れてはいけない。

己がそれなりに悪党である自覚もあるベッケンバーグでさえ、割と守っている暗黙のルールである。

そう考えたら、むしろ「明日また来い」と約束を取り付けて行かせたアディーロの判断は、よっぽど正しいと思えた。

なお、まったく口出ししないタツナミは、メイドが去ったと同時に龍魚を見に行っている。

「――静粛に! 静粛に! ごらんの通り、勇敢な狩人が魔物を仕留めて帰ってきた! これぞかの有名な龍魚である!」

ベッケンバーグの演説が始まり一言一言に歓声が上がると、すっかり用事が済んだアディーロとタツナミはその場から引き上げた。

それからは、主催者と老人たちの予想通りである。

夕方や夜に差し掛かると、青の狼煙、または赤の狼煙がちらほら上がるのが見えた。

回収班は慌ただしいが、狩猟祭りは今日と明日にかけ夜を徹して行われる。彼らが祭りを堪能するのは、明日の昼以降からだ。

ベッケンバーグの危惧は、半分当たっていた。

確かに、龍魚が運ばれてきた時が早くも祭りのピークだったが、想像以上に盛り下がることがなかったのだ。

というのも、これも非戦闘員だが魔物の買い付けを日常的にやっているベッケンバーグだからこそ、失念していたこともである。

要は、戦う術を持たず戦うことを生業としていない人は、一般に広く知られる 壊王馬(キングホース) や 魔豚(マトン) でさえ、そのままの姿ではあまり見たことがなかったのだ。

肉の状態や骨の状態、串焼きの状態でなら見たことがあるが、そのままの魔物を見る機会などほとんどない。

何せクロズハイトから出ることがないのだから。

ベッケンバーグ辺りはよく見る魔物でも、運ばれてくれば、わっと歓声が上がる。

日常的に口にしている食肉や、生活の役に立っている魔核などが、どのような魔物から取れるのか。

この狩猟祭りで知ったという者も、意外に多かった。

人より大きく、力も強く、ただぶつかるだけでも大怪我をするであろう巨大な生き物を狩る者たちがいる。

目の前の生々しい魔物の遺体が放つ存在感と圧迫感は、おとぎ話で聞く勇者や英雄たちの物語より、よっぽどストレートに五感に恐怖と脅威を訴えてくるのである。

意外な副産物と言っていいのだろう。

ただの荒くれ者の野蛮人と見なされることもあった狩人たちの株は、これで少し上がったのだった。

夕方から夜になる頃、かなり早い段階で、サッシュとリッセが狩りを終えて街に戻ってきた。

「やっと戻れたか。結構てこずったな」

「そうね」

確かにてこずった。

サッシュもリッセも土埃まみれでボロボロである。

――リッセは最後まで、参加するかどうか迷っていた。

かつての仲間であり、ブラインの塔で再会の約束をしていたエオラゼルとハリアタンと偶然会い、彼らと一緒に広場にやってきたところ。

更に、猫獣人のトラゥウルルまで合流した。

ちなみに彼女のことはリッセは知らない。別の場所からブラインの塔へやってきた暗殺者候補生のようだった。

そしてその後サッシュと会い、単独で参戦することを知り、バランスを取るためにサッシュと一緒に参加することにした。

というのも、どうもサッシュは、ルールさえよくわかっていないようだったからだ。

サッシュは、タツナミに「勝負しやがれこの野郎」と半ば強制されて嫌々ながら頷き、それからあれよあれよとよくわからない内に大きな狩り勝負となり、完全にやる気がなくなったのだ。

そもそも誰と競うかも真面目に聞いてないから忘れているし、勝っても負けても槍は造ってくれるそうだから参加だけはするけど、と。その程度の気持ちである。

サッシュは暇さえあれば訓練や自主練をしている。

まだまだ未熟である自分が、祭りだなんだと浮かれていていいとは思えない心境にあるのだ。

貴重な時間を、こんなことに費やしている場合ではないのに、と。

まあ、仕方ない面もある。

対抗馬となっていたメイドでさえ、話が大きくなりすぎて逃げたいと思ったこともあるくらいだから。

小規模でさらっと終わるような勝負ならまだしも、色々とやらねばならないことと考えなければならない面倒事が増え過ぎたのだ。

――というわけで、リッセはサッシュと組むことにした。

サッシュは知らないが、リッセは知っている。

彼の対抗馬は、あのメガネのエイルである。

ついに暗殺者の村で狩りをしながら過ごしていた日々では、彼は本気を出すことがなかった、あのエイルである。

彼の理屈は理解できる。

何人ものメンバーが入り乱れる戦場で、落ち着いた目線から広く俯瞰で見る者が必要なのはわかるし、もしもの時のために即座にどこにでもフォローに動けるよう身構えている者がいるのは心強い。

一歩二歩引いているやり方は、彼の性分でもあるのだろう。

「――すげえ! 灰塵猫(アッシュキャット) だ!」

「――しかも二頭! ……あ、番か!」

獲物を携えて帰還した狩人たちに観客が湧く。

もしエイルが一緒だったら、もっと楽だっただろう。

一頭だと思って奇襲を仕掛けたらまさかのもう一頭が現れて、一人一頭ずつ相手にすることになった。結局戦力が分散してしまい苦戦である。

――だが、それでもエイルの本気を知りたかった。

元はただの好奇心だと思うが、今はちょっと違う。

リッセは、ゼットとエイルが戦っている姿を見ているから。

いろんな意味で本当に底が知れなくなってしまったのだ。

もしかしたら自分よりはるか高みにいるかもしれないと思うと、ライバルとしては少し悔しいし、友人としては少し誇らしい。

しかし、こんなチャンスは滅多にない。

アディーロとの約束があるようで、彼は本気で勝ちに来る。

本気のエイルと勝負ができる。

できれば近くで見ていたかったが、本人が見せたくないようなので諦めた。

でもこのチャンスは、逃したくなかった。

あと、サッシュが心配なのもあった。

狩場に出るには気が抜けすぎだったから。やる気がないにも程があったから。

何度か「エイルが参加してるからしっかりしろ」と言いたくなったが、言えなかった。

だってエイルは変装していて、自身のことを隠していたから。

サッシュにやる気が漲っていたら、もう少しだけ結果は変わっていたとは思うが――まあ、それはもういい。今更だ。

「――ねえ、メイドの女の子はもう戻ってる?」

リッセは、狩ってきた灰塵猫の様子を観察し、記録している主催側であろう男性に聞いてみた。

本気のエイルなら、もうとっくに戻ってきていてもおかしくない。あれはリッセよりよっぽど暗殺者らしいから。

そして、たぶん狩りに関しては、単独の方が強い。

「――ああ、戻ってるよ。一番最初だった。なんか疲れたからって帰ったらしいけど、あそこの倉庫にあの子が狩った魔物がいるよ」

「あそこ」と指された倉庫には、人がたくさん群がっている。どうも中に入る規制がされていて、順番待ちをしているようだ。

そして男性は意味深に笑った。

「――見に行くなら、腰を抜かさないよう身構えといた方がいいよ」