軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

118.メガネ君、カブトムシを捕まえる

「――ねえソリチカ、ブラインの塔ってどこにあるの?」

山へ登るほどに街道の状態が悪くなっていく。

奥へ行けば行くほど、長く人が利用していなかったためである。

ハイディーガの冒険者たちも、必要がなければ山は登らない。

魔物に用があるなら麓でもうじゃうじゃいるからだ。――今は 黒皇狼(オブシディアンウルフ) の影響でかなり少ないが。

誰も利用しないせいで、街道は荒れ放題である。

たぶんこの先もずっと荒れ放題のままだと思う。この山は危険すぎるから、利用者はいないままだろう。

……それにしても、いったい何があって魔物が密集するんだろうなぁ。謎だ。

街道は荒れているが、「道」の訓練をこなしてきたおかげでひょいひょい楽に、かつそれなりの速度で進むことができた。

おまけに魔物の気配がほぼないので、進行が滞ることはなかった。

まあ出会ったところで、ソリチカがどうとでも処理すると思うが。彼女の強さは未だよくわからないままだが、俺とリッセより弱いことは絶対にないから。

とりあえず街道に添って山頂まで行き、遅めの昼食を取ることになった。

その辺にあった倒木に並んで座り、用意してきた弁当を広げる。

ちなみに並びはソリチカが真ん中で、彼女の右が俺で左がリッセだ。

もちろん弁当はハイディーガ名物の肉ロールだ。

この時のために朝買っておいたのだ。リッセの分も含めて。

これは「肉ロールいかっすかーうちが開祖だよー」と言っていた店で購入した。

元祖、本家と食べてきたが、ここでまさかの開祖である。これはぜひ食べておきたかった。

予定よりかなり早いらしい。

この分なら夕方から夜には到着する、とソリチカが言った。

ちなみに彼女は、弁当どころか荷物さえ持っておらず、来る途中でもいできた果実を食べている。

格好も普段着のワンピースのままだ。旅をする者の格好ではない。

なお、その果実も「嫌い」らしい。

果たして彼女の言う食べ物の好き嫌いが本気なのか嘘なのかよくわからないが、すでに割とどうでもいい。「あーまた言ってるなー」くらいのものである。

「秘密」

リッセに聞かれたソリチカは、虚ろな目をしたまま果実を齧りつつ、ぼんやり光りながらそう答えた。

「行けばわかるから。でも私たちは言うことを禁じられている。どうしても気になるなら行った先で調べるといいよ」

守秘義務の一環なのだろう。俺たちも一応言われているので、それと同じ理屈なのだろう。……ロダの言っていた「口封じ」という言葉の重さと意味の重さを考えると、一応じゃなくてちゃんと言ってほしいくらいだが。

「そっか。……やっとブラインの塔へ行くのか」

「…………」

…………

「……誰か聞けよ。『そんなに行きたかったの?』とか」

「興味ないけど」

「……え? 私に言っていたの?」

俺はリッセのことはあんまり興味ないし、ソリチカはそもそも聞いていなかったみたいだ。

「聞いてよ。特にエイルは聞いてよ。私のこと全然話してないんだけど」

「そう言われても……」

だってそんなに知りたくないんだから。仕方ないだろう。

「――私は、孤児院にいた時に暗殺者としての才能を見込まれて引き取られたんだ」

あ、ついに勝手にしゃべりだした。

聞きたくないなーと思っていると、隣のソリチカが、ただでさえ小声なのに更に声を潜めて囁く。彼女なりにリッセに気を遣った結果だろう。

「――エイル。それ少し食べたい」

なんだと。

向こうでリッセが「才能はすぐに開花した。メキメキと実力を伸ばす――」などと言っているので、俺も邪魔しないよう小声で返す。

「――この肉ロール? でもソリチカは嫌いでしょ?」

「――嫌いだけど食べたい」

「――嫌いなのに? 俺は好きで食べてるのに? 好きで食べてる奴から嫌いな奴が取り上げる気なの?」

「――ごちゃごちゃ言わずよこせばいい」

「――うわ。暴論。師匠らしい弟子への理不尽な発言」

「――実はこういうの好きでしょ?」

「――好きではないけど、意外と嫌いではないよ。理不尽で一方的って師匠という立場にいる人の得意技だし。わかりやすくていいよね」

ぼそぼそやっていると、リッセが怒った。

「聞こえてるんだけどなぁ!? 聞いてくれないかなぁ!? もうこの際すごく手短に済ませるからさぁ! いいかげん泣いちゃうかもしれないんだけどなぁ!」

……仕方ないな、もう。泣きそうな顔するなよ。

ソリチカに半分ほど残っていた肉ロールを渡し、「じゃあ聞くから言えばいいよ」と軽蔑しながら促すと、リッセはものすごく不満そうに口を開いた。

「もう手短に言うよ。幼少の頃から一緒に暗殺者の訓練を受けていた仲間と、ブラインの塔で会おうって約束してるの。それがようやく叶うって話。

……これだけ話すのに一ヵ月以上か。時間掛かったなぁ」

ふーん。……ん?

「リッセっていつからハイディーガにいたの?」

「あんたとほぼ同じみたいよ。何日か早いくらい。私も仲間と一緒にいると色々問題あるから、ちょっと離れろって言われて」

「色々問題? ……あ、リッセの出来が悪かったから、ハイディーガで一人だけみっちり訓練することになったんだ? 居残り的な感じで」

「おい。私の実力知ってるだろ。身体能力だけならあんたと同じくらいできるんだぞ」

…?

「じゃあ性格の問題で隔離されたの?」

「あんたよりは性格いいと思ってますけどねぇ!?」

「え、そう? ソリチカはどう思う?」

「これは味が濃いと思う」

あ、そうですか。この人は俺より人の話を聞かないな。この肩透かし感はすごい。……見習わないと。

「じゃああんたはなんでハイディーガに送られたのよ。実力的な問題からじゃないの?」

「リッセ」

「何よ」

「あそこにカブトムシがいるけど。欲しい? 俺が捕まえていい?」

「か、かぶとむし!? ――はあ、ほんとに会話ができないメガネだよ……行けよ。あげるよカブトムシ。なんだよもう」

なんだよと言われても困るけど。カブトムシとしか言いようがないけど。

倒木から降りて、静かに、だが素早く進む俺の背中に、リッセの声が聞こえた。

「私、あんたのこと、全然知らないんだけど」

俺は心の中で「俺はずっと知らなくていいと思ってますけどね」と答えておいた。

リッセに限らず、あまり個人情報は漏らしたくない。

虫も、動物のように感覚が鋭い。

臭いや気配を感じ取るし、動きも早い。

特に、気配を絶つのがうまいんだよな。

師匠は「虫は血液が巡っているわけじゃないから、生命として感知しづらいんだ」と言っていたっけ。

生物は生物を感覚的に認識する能力が元々あるけど、虫は生態から違うから、と。

そんなことを思い出しつつ慎重に動き、手を伸ばし、無事カブトムシを捕まえることに成功した。

おお……大きい。

立派なカブトムシだな……こんなに大きいのは珍しいぞ。やっぱりカッコイイな。角がいいよね。

「私は欲しいけど」

無事捕獲して戻ると、こっちの師匠が理不尽なことを言い出した。

「これはダメ。絶対ダメ。俺のカブトムシだから」

断固として断っておいた。

カブトムシはダメだろう。誰がどう考えてもダメだろう。貴族に言われたってギリギリまであげられないだろう。そんな理不尽な要求は誰もが飲めるわけがない。

「……わかんないわー……二人ともわかんないわー……」

リッセが頭を抱えている。

結構真面目だもんね、彼女。

俺はともかく、ソリチカはわりと適当だと思いますよ。少なくとも俺よりは。

――そしてまだ空も明るい夕方頃、あの暗殺者の村に到着するのだった。