軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

114.あの夜の話 3

グロックさんの提案したゲームは、二回ほどは何事もなく回りました。

わたくしの男性遍歴を話したり、わたくしが泣かせた男の数を教えたり。

……ええ、まあ、二回やってわたくしが二回とも負けてしまいまして。

クジ運と言っていいのでしょうか?

運は悪くないと思っていたのですが、ツイてませんでした。

二回。

そこまでは何もありませんでした。

少年が、勝ちにも負けにも関わらなかったから。

そして三回目のゲームで、事は起こったのです。

「――お、エイルの負けだな」

「――か、勝った……勝ったぁぁぁ!! うおおおおおおおお!!!!」

少年が負け、アロロが勝ったのです。

最悪の組み合わせ……いえ、アロロにとっては最大のチャンスが訪れたわけですね。

……しかし、まあ、彼女も少年と一緒になって、結構飲んでいましたので。

たくましい雄たけびを上げるくらいは、お許しください。

「――え、えっと、えっと……キッキッキッ、キスとか、どう!?」

責めた。

挙動不審でどもりまくってちょっと人に見せたら不審者扱いされそうなまずいお顔で、アロロは責めました。

この攻めの一手は、本当の勝負の一手だと思いました。

そしてわたくしは悪い手ではないとも思いました。

酔った勢いで意外とイケる、酒の席でできるギリギリのところではないかと。

たとえ断れても、酔っていたからと言い訳もできますし。

まあわたくしなら、宣言したあとに有無を言わさず奪っていますけれど?

相手に選択の余地など与えませんわね。

そしてそのあとはもちろんうふふふふふ……失礼。少々みだらな妄想に囚われてしまいました。

しかし、ここでようやくわかりました。

「――わかりました。脱ぎますね」

少年が、酔っていることに。

「――脱ぐ?」

「――脱ぐ?」

「――うっひょーーーーっ!」

わたくしとグロックさんが首を傾げていると、少年は本当に上を脱いでしまいました。

あ、ちなみにアロロは下品な声をあげていましたわよ。

仕方ありません。彼女も酔っていましたから。

そもそも、お酒の力でもないと、男を口説くなんてできない臆病者ですからね。

ほんと、あの立派な身体の使い方を知らないなんて、おバカさんだわ。

「――……ふう……熱い」

「――お、おい、それ」

服を脱いだ少年は、テーブルにあった 死体酔(ゾンビ・ラム) に手を伸ばしました。瓶に半分くらい残っているのを一気に飲み干したのです。ごくごくと喉を鳴らして。

「――…………」

「――…………」

「――…………」

「――じゃあ、次、いきましょうか」

見た目は本当に素面です。

顔が赤くなるでもなく、口調が怪しいでもなく。

強いておかしな点があるとすれば、他者の言葉が微妙に伝わらないくらいでしょうか。

しかし、明らかにやっていることがおかしい。素面では考えられない。

わたくしとグロックさんは、視線を合わせました。

少年の様子がおかしい、そろそろお開きにしようと。

そういう意味を込めて。

ですが、あのテーブルには一名、空気の読めない方がいたのです。

「――よぉし! 私も脱ぐぞぉ!!」

こっちははっきりわかりましたね。

ええ、アロロも完全に酔っぱらっていましたからね。路上で騒ぎ眠る典型的な酔っぱらいです。こちらはばっちり顔にも表れていましたよ。

少年が上半身裸になったことで、彼女は興奮してしまったのでしょう。そのための暴走だと思われます。

そして本当に服を脱ごうとしたアロロを、少年が止めたのです。

「――ダメ」

「――えっ?」

「――脱ぐのは俺だから」

言葉の意味がよくわかりませんが、少年はキリッとした顔で言い放ったのです。

「――俺が脱いでいる間は、誰も脱がさせはしない」

言葉の意味はわかりませんが、なぜだかちょっとかっこよかったです。

酔っぱらいが酔っぱらいにそんな戯言を言いました。

意味?

わかりませんね。

酔っぱらいの言動に理性だの合理性だのなんだのを求めるのはナンセンスですから。

そして、その言葉を聞いたアロロは泣いたのです。

すーっと涙を流したのです。

「――君は……ボインは好きじゃないの……?」

まるで童女のようなか細い声でアロロが言った予想外の一言は、

「――ぶふぉっ!?」

わたくしのツボにハマりました。

ええそれはもう、狙いすましたかのようにサクッと。見事にハマりました。

今思えば何がそんなに面白いのかという感はありますが、何分わたくしもお酒が入っていたので。理屈ではなかったとお思いください。

それで、確かこの時にロビン殿が合流したのです。

「――おい、なんの騒ぎだ」

笑い転げるわたくしが、なんとかこみ上げる感情を抑えて説明しようとしました。

が、それより先に少年が反応しました。

知っての通り、彼はこの時もまだ上半身は裸です。

アロロなんて完全に女の顔をして少年を見ていましたよ。あれはもうアロロではない、エロロでした。

「――はじめまして。おっぱいです。ボインじゃないです」

もう何が何やら。

「――初めまして。ロヴァエ・ウィタンだ」

ロビン殿の返答もなかなかカオスでしたわよ?

裸であんなわけのわからない自己紹介をする相手に、表情も変えずに普通に返せるあなたの胆力は、相当なものだと思います。

「――ねえ!? ボインは嫌いなの!?」

エロロが叫びました。

「――ボインはダメです。俺はおっぱいだから」

少年は胸にこだわりがあるようでした。

しかし視線は一切下げず、キリッとした顔で相手の目を見て言うのです。

多少のスケベ心でも伺えたらまだ安心できるのに、それも一切ない。正直、わたくしは恐ろしいものの片鱗を見ている気さえしてきました。

「――じゃあ、脱ぐ!」

「――ダメです。脱ぐのは俺が脱ぐから」

「――待て待てさすがに待て!!」

文法もおかしいことを言いながら、少年は立ち上がってズボンに手を掛け――関わりたくなかったのか成り行きを見ていたのか静観していたグロックさんが、さすがに声を上げました。

ロビン殿は反射的に力ずくで止めましたわね?

ナイスタイミングでした。

少年のあの躊躇のなさでは、たとえ一秒でも遅れていたらポロっと……いえ、エロロが野獣と化すようなことになっていたでしょう。

「――やめろ! さすがに公衆の面前で下脱いだら捕まるぞ!」

「――大丈夫」

少年は、やはりキリッとした無駄に凛々しい顔で、平然とグロックさんに言ったのでした。

「――ちゃんとパンツも脱ぐから」

「――余計やめろ! 本気で牢屋にブチ込まれるぞ!」

……本当に、本当に危ないところでした。

「――その後のことはあっという間でしたわ。

わたくしが少年を殴って昏倒させ、ロビン殿が少年を回収。

同じく、わたくしが動くのと合わせてグロックさんはエロロの注意を引き、ロビン殿を逃がしたのです。

そして少年がいなくなったことに気づいたエロロは、グロックさんに暴力を……」

なるほど、とルハインツは頷く。

「そこで私が戻ってきたわけか」

ルハインツはアロロを止め、静かな酒場にあるまじき騒ぎを起こした部下の失態を店側に詫び、そこにいる客たちの勘定を払うことでなんとか場を収めたのだ。

話が一段落した。

これであの夜の一部始終が判明したことになる。

そこそこ長い話を全て聞いた達成感と少々の疲れもあるが、何より、何とも言えない後味が妙に重い。

まずいわけでもないし、さりとておいしくもない、変な後味だ。

「……まあ、あれだな」

しばしの沈黙を経て、ルハインツはポツリと漏らした。

「――あの少年は我々の恩人だ。だからこの話は忘れよう、今夜限りでな」

隊長がカップを掲げる。

「誰にも話すでないぞ」

それに、色白の女と、逞しい青年の掲げたカップがぶつかる。

――ボインだかおっぱいだかを秘匿する騎士の誓いは、ここに立てられたのだった。