軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

110.メガネ君、ブラインの塔について聞く

さて。

「ジジイと一晩の過ちを……」などとぶつぶつ言いながらひどく落ち込んでいるグロックもとっくに帰ったし、騎士たちも見送ったし。

俺も、すべてを忘れて、今日の予定に移ることにした。

まだ時間は早いし、もう忘れたけど色々あったらしいものの肉体には一切影響が出ていない。

今日の訓練には余裕を持って間に合うだろう。

二日酔いでもないし、むしろいつもより熟睡していたせいか身体の調子はすこぶるいい。

なので休む理由はない。

よし、そうと決まれば、早速ゲルツの湯へ向かおう。

「――あ、朝帰り男だ」

おっと。

地下訓練室へ行くと、先に来ていたリッセに冷たい眼差しを向けられた。

「訓練生のくせに朝帰り。へえ。泊まりで女遊びとはずいぶん偉くなったんだね?」

うーん。

「どっちかというと泊まりで男遊びだったけど」

「は? おと……え!? えっ!?」

なんだかんだあったものの、最終的な着地地点はロビンだったからね。

言葉にすれば一番危険だけど、実際は一番安全な一夜を過ごせたんだと思う。

「お、男? 男と一晩? エイルって男だよね? 相手も男で? 男と男で男が男と……男と男が……男を男に……え、ど、どういうこと!? ねえどういうこと!?」

リッセはとても動揺している。

というか、どういうことなのかは俺が知りたい。

リッセは何を考えているんだろう。

そして俺に何を問いたいのだろう。

「『私はいやらしい女なので教えてください』って言ったら詳細を教えるよ」

「な、なん、だと……!?」

「言わないと絶対教えないよ。絶対にね」

「……なんという究極の二択……!!」

…………

…………

あれ? 例の早いので殴られるのを覚悟して冗談言ったのに、本気で悩み出したけど……

リッセが「わ、私はいやらし」と口走った時、教官役であるザントと一緒に金髪の男が地下室に降りてきた。

「あ、ロダ」

そう、ロダだった。ここに来るのは珍しいな。

「二人に話がある。訓練の前に聞いてくれ」

なんだろう。

とりあえず、ロダの指示に従ってテーブルに着いた。俺がソリチカと訓練していた時に使っていたテーブルである。

ここには暗殺技術を磨くために、統一性のないいろんなものが置かれているのだ。

リッセと並んで座る対面に、ロダとザントが座る。

ロダはいつもの冒険者の格好なので、もしかしたらこれから何かしら仕事があるのかもしれない。ザントはいつも通り小汚い。

「まず、こいつをやる」

俺とリッセの前に、革袋が置かれた。

視線で「開けてみろ」と促され、俺たちは革袋を手に取った。

……あ。

「もしかして 黒皇狼(オブシディアンウルフ) の牙!?」

静かに驚く俺とは違い、リッセは声を上げて驚いた。なんというか、そっちの方が上げた方は喜ぶ反応なんだろうけど。悪いね、表向きはそんなに驚けなくて。でもちゃんと驚いてはいるよ。

てのひらより大きい白い硬質の三角錐であるそれは、先は尖っておらずやや丸い。

まだ、牙そのものである。

でも、こうなってしまうと何者の何なのかすらわからないけど。かろうじて牙っぽい形というだけである。

ロダが否定しないので、黒皇狼の牙で間違っていないんだろうけど。

「そのサイズでもナイフくらいは作れるだろ。加工依頼は自分たちの金でやれよ。まあ売ってもいいが、足元見られないようにな」

いや、それよりだ。

「黒皇狼の素材は回らないって言ってなかった?」

だからまったく期待はしていなかった。もし本当に貰えるのだとすれば、これで念願の上質な解体用ナイフを作りたいが。

「予想外に二頭もの黒皇狼が手に入ったからな。まあ、君たちにはこの程度しか回せないが……エイル」

ん?

「君の活躍を知る者は、これくらいは当然の報酬としてやっていいと言っていた。それくらいの仕事はしたから、と。だから遠慮なく受け取るといい」

……そうか。

ロダ以外からの言葉や譲渡なら断っただろうけど、ほかならぬロダから渡されるのであれば、受け取るのが筋なのだろう。

細かい気もするが、あの時の俺は、ロダの荷物持ちとして同行した。

こと金銭が絡むことである、やはり筋は通さないといけない。冒険者なら面子にも関わってくるしね。細かいようで大事なことである。

「それを言われると、私は受け取れないんだけど」

私は何もしてないし、とリッセ。しかしロダはこう続けた。

「君には俺の荷物持ちの報酬と、先行投資だ」

「先行投資?」

「冒険者になって大物を狩ったらおごってくれ。そのための投資だ。――滅多に手に入るものじゃない。縁があったと思って受け取っておけ」

「……わかった」

あんまり納得はしていないようだが、リッセは受け取ることにしたようだ。

「あとエイル。これは約束していた、俺個人からの報酬だ」

お、こっちは金か。……あれ、意外と多いかも。

「無駄遣いするなよ。――たとえば酒とか」

…………

ロダはニヤニヤしている。

隣の汚いおっさんもニヤニヤしている。

……この二人、どうやら俺が昨夜どうなっていたか、ちゃんと知っているようだ。

「え? エイルって酒飲むの?」

この中で知らないのはリッセだけである。

いいんだよ。

君まで知る必要はないんだよ。

「――で、だ」

これで話は終わり、かと思えば、ロダの話は続いた。

「エイル。君は暗殺者の村に戻りたい、と言っていたな?」

ああ、そうそう。その話があった。

「俺はもう、ここでやれることはないと思っているから。……いや違う、ここじゃなくてもできると思っているから」

弓の訓練だけなら、たぶんハイディーガでもできる。

でも、この街でやる必要がない。

暗殺者の村の方がやりやすいだろう。

無関係で事情を知らない外部の人間がいない分だけ、大っぴらに訓練もできるだろうし。

それに、あの村で弓使いもすでに探してあるのだ。

「それなんだが、ブラインの塔に興味はないか?」

ブラインの塔?

……ああ、そういえば、いつだったかリッセがその名前を出したことがあったっけ。

「それは何? なんの塔?」

興味のあるなしだけで言えば「ない」けど、話の内容も聞かずに返事はできない。

このタイミングで言う以上、暗殺者方面の話題のはずなのだから。

「暗殺者を育成する場……つまり暗殺者の学校だな。君が元々行く予定だった場所でもある」

……ん?

「暗殺者の村は? 学校じゃないの?」

俺は、確かワイズ・リーヴァントに「暗殺者育成学校に招く」とか言われて誘われたんだよな。

そして地獄のような馬車の旅を経て、あの村に到着した。

でも今の話からすると、俺はまだ暗殺者育成学校にはいなかった、ということになるのかな?

「それも学校には違いない。村は基礎を学ぶ場所だが、そのままそこで鍛えてもいいんだ。相性のいい師との出会いでも、方針は変わってくるからな」

あ、あれも一応学校という扱いではあるのか。

「ブラインの塔では、君と同じような暗殺者候補生たちが集まり、切磋琢磨して技術や知識を学ぶんだ。

君もこの一ヵ月、ここで経験しただろう。

師と学ぶのもいいが、ライバルと肩を並べて学ぶのも得るものが多い。

前者は師に学び、後者は競争という手段で学ぶ。

自分に合った教育方針を選ぶんだ」

あっそう。

別に迷うまでもない二択だな。

「ちなみに私は行くけど。ブラインの塔には知り合いがたくさんいるしね」

聞いてもいないのにリッセは得意げに言った。

「あ、はーい。いってらっしゃいませー」

「――ムカツク! ムカツク!」

なぜだかわからないが怒らせてしまったようだ。胸倉を掴まれて激しく揺らされた。

「――男好き! 男好き!」

おい。それは今関係ないだろ。そもそも好きでもないし。男と裸同士で一晩明かしただけだ。……ダメだ。言われても仕方ない。

激しく荒ぶるリッセを落ち着かせ、俺はロダに言った。

「じゃあ俺は村で――」

師と学ぶ少人数コースでいきますよ、と答えたかったのだが。

「ちなみに俺から言うと」

ロダは俺の返答を予期したかのように、声を重ねてきた。

「君は前者を選ぶだろうが、より伸びるのは恐らく後者だ。ぜひ塔へ行ってほしい」

…………

完全に出鼻をくじかれたというか、真っ向から否定されたというか。

「一応、理由を聞いても?」

もし俺の意志を曲げるほどの理由がロダに出せるなら、その時は考え直さなくもないが。

出せるものなら出してみてほしい。

出せますかね。

恐らく挑戦的な目をしているのだろう俺を見て、ロダは挑発的にニヤリと笑った。

「君、同年代には敵がいないだろ。それくらい強いだろ。だからだよ。

本気を出せばリッセを軽く凌駕するし、殺ろうと思えばいつでも殺れる。

そして逆はありえないことも自覚している。

君に必要なのは、同年代で君を超えるライバル……あるいは友。

それを得た時、君はもっと高みに行ける。

狩人としても、暗殺者としても」