作品タイトル不明
第77話 攻略当日
それからさらに一週間が経って、ボス攻略の当日になる。
その間、ただ遊んでいたわけではない。
街路の騎士団、壊れた鎖、揺るがぬ要塞、それぞれのギルドから精鋭を三名ずつ選出して、連携トレーニングに打ち込んでいた。
総勢で十三人のパーティーだ。
白兵戦での連携を考えると、多すぎるという意見もあった。
だがそこは、一流の冒険者たち。
プライベートではいがみ合っていても、こと戦闘になると無類の団結力を見せる。
ダンジョンの危険区(管理局が立ち入りを認めていない階層)に特例で立ち入り、ボス攻略まで行う。
深階層のボスを、難なく倒してみせる。
「ハハッ。このメンツなら、特殊ダンジョンだって、意外と余裕かもな」
「当然よ。実質、オランダの最高戦力よ? 私たちに攻略できないなら、誰にできるってのよ」
「……油断するな。そういった慢心が、一番危険なんだ」
「本当にノリが悪いな、おっさん」
「心配してくれなくても、わかってるわよ、それくらい」
「お前たちの心配などしていない。ただ足を引っ張られるのが嫌なだけだ」
「特殊ダンジョンの前に、あんたとケリつける必要がありそうだな」
「ヤン、私がボコる分も残しておきなさいよ」
「二対一でも構わんが?」
すぐにこれだ。
ユリスが慌てて仲裁に入る。
(こんな調子で、俺がいない時は一体どうしてるんだ……)
気になって周りのメンバーに尋ねてみたところ、ユリスがいないところではここまで揉めないそうだ。
せいぜい口喧嘩や憎まれ口を叩く程度。
「多分、止めてくれるってわかってるんですよ」
「三人とも、ユリスさんに甘えてるんです」
「えぇ……」
そんな傍迷惑な甘えられ方、聞いたことがない。
ともかく……。
彼らの間に、どこか楽観的な空気が流れていたのは事実だ。
特殊ダンジョンなんて呼ばれているけれど、言ってしまえば、これまでのダンジョンと 趣(おもむき) が違うだけだ。
階段が上に続いていたからって、なんだというのか。
管理官たちが過剰に騒いでしまっただけで、警戒しているほどの危険はないんじゃないか。
そう思いもしたのに……。
特殊ダンジョンに足を踏み入れ、彼らはその考えが甘かったことを痛感する。
内部の様子は映像で観た。
隠し通路や罠がないことは、管理局が確認している。
だからわざわざ現地視察をする必要はないと考えていた。
どうせボス部屋の内部は、当日までわからないのだから、と。
間違っていた。
ただの通路だったとしても、この雰囲気を、事前に肌で感じておくべきだった。
(……普通じゃない)
空気が重く、宵闇のようにまとわりついて来る。
なぜ管理官たちがパニックを起こしたのか、その理由を五感の全てで理解する。
「…………」
全員の表情から、余裕が失せた。
それでも彼らは進む。
安全の確認された通路を、地雷原を歩くような足取りで。
そして、突き当たりの階段へと——
階段の幅は狭く、一人ずつ上る必要がある。
特に相談することもなく、ユリスが前に出た。
するとヤンが、
「待てよ。なんでお前が先頭なんだよ」
と声をかけてきた。
「なんでって言われても」
「俺に行かせろ。月面とまではいかなくても、偉大な一歩だろ、これは」
それがただのわがままでないことは、彼の強張った表情を見ればわかる。
「そういうことなら、壊れた鎖こそ、その役に相応しいわ」
エスターが言う。
「あなたたちも知っての通り、レオンの素早さと対応力の高さは、冒険者の中でも屈指よ。先陣を切るには、これ以上の適任はないわ。いけるわよね、レオン?」
「もちろんです、エスター様」
「おい、なに勝手なこと言ってんだよ」
「あなたが言い出したことじゃない」
「それなら、俺が行く」
トーマスまでもが口を挟んだ。
「ふざけんなよ、おっさん。ただでさえデケェ図体のくせに、そんな重装備しやがって。目の前歩かれたら邪魔で仕方ねえだろ」
「もともと俺は盾役だ。どんなモンスターが待ち受けていても、攻撃を防ぐ自信がある」
「防いだところで、次に繋がらなきゃ意味がねえだろ。ノロマは最後尾を歩け」
ユリスはため息をついた。
(こんな状況で……)
でもこれまでの遊び半分の喧嘩とは違うことは、ユリスも感じ取っていた。
「みんな、勝手なことを言うなよ。先頭は俺が……」
「それはこっちのセリフだ」
ユリスが口を挟むと、ヤンがすぐに噛み付いてくる。
「てかよく考えりゃ、お前がこの戦いに参加する理由なんて、なんもねえじゃねえか」
「はぁ? なにを言って……」
「お前にはなんのメリットもねえだろ」
「確かにね」
エスターも同調する。
「ユリスは自由攻略の特権をもらっても、嬉しくないでしょ」
「それは、そうだけど……」
「いいこと思いついた。早い者勝ちにしようぜ。ボスにトドメを刺したギルドが、特権と利益を総取りする。どうだ? 面白いだろ?」
「確かに面白いわね。 壊れた鎖(私たち) のために、進んでタダ働きしようだなんて」
「タダ働きすんのはテメェらだよ」
演技がかったやり取りだった。
「……あのさ」
「おいおい。よせよ、ユリス。これは大人同士の駆け引きだ。子供が口を出していい問題じゃないことくらい、わかるだろ?」
「そうそう。それぞれのギルドの今後が関わってるんだから」
「てか、子供はそろそろ帰る時間じゃねえ?」
「ちゃんと宿題しなさいよ。じゃなきゃこのチャランポランみたいになっちゃうわよ」
「……アホらし」
ユリスは軽口を叩く二人を無視して、階段を上ろうとする。
その肩をヤンが乱暴に掴んだ。
「おい! 待てって言ってんだろ!」
「今更、俺だけが帰れるわけないだろ」
「だったとしても、なんでお前が先頭なんだよ。ちょっとチヤホヤされてるからって、あんま調子乗んなよ。ガキのお前に、一番危険な——」
「あのさぁ」
ヤンの手を振りほどきながら、ユリスは言う。
そこには微かな苛立ちが滲んでいた。
それだけで、空気が張り詰める。
「はぁ……」
ユリスは大きなため息をついて、一転して気の抜けた声で続けた。
「俺は別に、上下関係なんて気にしない。てか、あんたらの方が年上だしな。そもそも俺が冒険者になったのも、あんたらのリーダーになったのも、全部成り行きだ。好きでそうしてるわけじゃない。二人の言う通り、こんなことしたって俺にはなんのメリットもないし」
「……だったら」
「それでも、リーダーは俺だ。そのことは忘れるな」
静かな声には、有無を言わせぬ重みがあった。
「先頭は俺だ。異論は認めない」
返事を待たず、ユリスは階段に向き直った。
それほど段数があるわけではない。
報告書では、確か二十段とかその程度だったと思う。
建物なら二階よりも少し高い程度だ。
だというのに……。
階段は闇に包まれて、その先にある扉を目視することができなかった。
延々と——
どこまでも階段が続いているのではないか。
そんな錯覚すらしてしまう。
(怖いな……)
もう何度、そう思ったかわからない。
本音を言えば、逃げ帰ってしまいたかった。
ダンジョンが出現したからって、攻略しなきゃいけない決まりはないのだ。
(放っておくべきだ。このダンジョンには、触れるべきじゃない……)
それがユリスの直感——
素直な思いだった。
でも……。
すでに攻略隊を派遣したと、大々的に喧伝してしまっている。
今まさに端末を握りしめて、ユリスたちが配信するのを、今か今かと 涎(よだれ) を垂らしながら待っている人たちが、世界中にいるのだろう。
今回限りで言えば、強引に中止させることはできるだろう。
相当揉めるだろうけど、その時点で、もうボス攻略なんて言ってられる状況じゃなくなる。
(でも、それでなにが解決する?)
後日、ユリスを抜いた攻略隊が編成されるだけだ。
ユリスがどれだけ、やめた方がいいと訴えても、誰の耳にも届かない。
誰かがやらなきゃいけないのなら——
誰かが危険を犯さなきゃいけないなら——
その役目は、自分が請け負う。
(あの人なら、きっとそうするはずだから)
ユリスは腰に差した日本刀に、そっと手を触れた。