軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第168話 邂逅

ザガンはダンジョンの壁に体重を預け、地面に座り込んでいた。

じっと、仲間たちが去っていった通路を見つめる。

その暗闇に仲間たちの——息子の背を思い浮かべて。

(あんなに、大きくなっていたんだな……)

自分はいい父親ではなかった、とザガンは思う。

殉教者としてダンジョンに潜り、妻の死に目に立ち会うことも、息子が自分を一番必要としている時にそばにいてやることもできなかった。

エルディが殉教の道に入ると言い出した時、激しく言い争いにもなった。

亡き妻に顔向けできないと、それだけは許さないと頑なに反対した。

周囲に説得されて渋々受け入れたものの、特別扱いはせず、むしろ他の誰よりも厳しく接した。

殉教の道がどれほど過酷かは、ザガン自身が痛いほど心得ていたからだ。

だから恨まれても構わないと、心を鬼にして。

エルディはそんなザガンを、最後の最後まで慕ってくれた。

隊長として。

そして何より、父として。

(本当に、できた息子だ)

きっと母の血が濃いのだろうな、とザガンは苦笑する。

お腹の傷は、もう痛みもしない。

自分が緩やかに死の坂を降っていることがわかる。

でもそのことを嘆いたりはしなかった。

ずっと昔から覚悟していたことだ。

自分の死を嘆くには、ザガンは悲劇に触れすぎていた。

息子の成長をこれ以上見守れないことだけが残念だった。

(それにしても、あれは一体何だったんだろう)

エノフ。

存在は聞かされていたけれど、その実態はヨルたちの報告とはかなり異なっていた。

あんなふうに暴れ回るタイプのモンスターではないはずなのだ。

それなのに、まるで怒り狂ったように……。

(いや、あれは怒っていたというよりも……)

ザガンはエノフの様子を思い出す。

——怯えていた?

それこそ小動物みたいに。

まるで捕食者に追われでもしていたかのような……。

ザガンは自分の考えに微苦笑を浮かべる。

あのエノフが被食者?

馬鹿馬鹿しい、いくらなんでも荒唐無稽すぎる。

けれど……確かにそれなら辻褄が合うのも事実なのだ。

エノフはそもそも、こんな階層に出没するモンスターではない。

ここはすでに深層だが、エノフの生息域はもっともっと下のはずなのだから。

けれどそれだって、ここまで逃げてきたと考えれば……。

そんな風に思考を巡らせていた時だった。

ぞわりと、全身が総毛立つ。

曲がり角の向こうから、何かが近づいてくる。

これまでに感じたことがないほどの、圧倒的な存在感。

死を目前にし、そしてそれを受け入れていたはずなのに、本能が全力で警鐘を鳴らす。

じゃり——

その強大な気配に対し、足音は酷く小さなものだった。

それが余計に気味が悪い。

二足歩行で、かなり小ぶりだ。

自分とそう大差ないか、なんなら少し小さいくらいかもしれない。

そんなモンスターがいただろうかと、ザガンは記憶をたぐった。

長いこと殉教者としてダンジョンに潜ってきたが、該当しそうな存在は思い当たらなかった。

(ああ、こいつが……)

仲間に助けを求めたい衝動に駆られる。

皆が立ち去ってから、そう時間は経っていない。

声をあげれば、きっと届くはずだ。

けれどそれはザガンにとって、望ましい状況ではなかった。

そう、声が届いてしまうのだ。

悲鳴をあげれば、それが息子の耳に……。

足音はすぐそこにまで迫っていた。

こちらに気づかず通り過ぎるのではないか——

そんな淡い期待は、あっさりと砕かれてしまう。

ザガンは瞑目し、乱れた自分の感情と向き合った。

心臓が早鐘を打っている。

麻痺していたはずの腹部に、じくじくとした痛みが戻ってくる。

(……これが、私の最後の戦いだな)

殉教者としてではなく、父親としての。

ただの見栄だとはわかっているけれど、最後まで息子が誇りに思えるような父でありたい。

だから、どんな目に遭おうとも……。

そう覚悟を決め、ザガンは顔を上げた。

曲がり角から姿を現したのは、どこか気の抜けた顔をした青年だった。

きょとんとし、パチパチと何度も瞬きを繰り返している。

時が止まったような静寂の中、数秒間見つめ合った後——

青年はスゥウウウウと大きく息を吸い込んだ。

「うわぁあああああああ!!!」

ダンジョン全域に響き渡らんばかりの絶叫。

ああ、これが私の断末魔だと思われてないといいなぁ〜、なんてザガンは少しズレたことを思った。