軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第167話 ブチギレる権利

ただひたすらに獲物の背中を追う。

あの巨体にも関わらず、恐ろしく俊足だった。

足音もさせず、とんでもない速さで逃げ去っていく。

でも俺の方が若干だけど足が速い。

これならすぐに追いつける——

そう思ったけれど、考えが甘いと言わざるを得なかった。

戦闘中にも感じたことだけど、相手は予備動作が限りなく小さいのだ。

次の動きを予測しづらく、戦いにくくて仕方がなかった。

その特性は逃走にも有利に働くようだ。

ダンジョンの入り組んだ地形。

分かれ道に差し掛かる度、物理法則を無視したように急旋回する。

そんなことはないんだろうけど、俺も全力疾走中だから、一切の減速なく直角に曲がっているようにすら感じる。

分かれ道に差し掛かる度に、追いつきそうになっては引き離され、追いつきそうになっては引き離され……。

ギャンブルにのめり込む人の心境って、こんな感じなのだろうか。

手が届きそうで届かない。

そのもどかしさに脳の根っこがビリビリと痺れ、思考が麻痺するような感覚がある。

まあ俺はギャンブルなんて、ロシアンルーレットくらいしかやったことがないから想像に過ぎないけれど。

何度も階段を登り、他のモンスターとすれ違い……ボス部屋らしき広い空間を通過したような気さえしたけれど、とにかく俺はもう周囲の何も目に入らず、ただその美味しそうな背中を一心に追いかけた。

”やばいやばいやばい! どんどん引き離されてくっ!”

”がんばれドローンちゃん!”

”こんなとこで置いてかれたら一巻の終わりやぞ!”

そんな必死の鬼ごっこの結果、

「はぁ、はぁ、はぁ……」

俺は獲物を見失ってしまった。

影も形もない。

足跡すら残っていない。

「どこ? どこいった?」

このだだっ広いダンジョンで、一度見失ってしまったらもうどうしようもないと、俺自身が一番わかっているのに——

それでも諦めきれず、迷子みたいに半泣きになりながら当てもなく彷徨う。

そうこうしていると、何かが角をドリフトみたいに曲がってこちらに迫ってきた。

球体の単眼生物、によく似たドローンだ。

「ぐわっ!」

ドローンは一切減速することなく、俺の顔面に激突した。

ブレーキが間に合わなかったとかではなさそうだ。

その後もゴンゴンと何度もぶつかってきたし。

「ああっ、ごめん! ごめん! 置いてかないって約束したのにっ」

”これまでにないエゲツない画面揺れ”

”何が起きてんのこれ”

”ドローンがジローを襲ってるんちゃう?”

”カラス目線かな?”

”いいぞドローンちゃん、君にはブチギレる権利がある”

”もっとやったれ”

”俺たちの分まで頼んだ”

「ちょ、本当にダメだってっ。壊れちゃうからっ」

ドローンを止めようとして、

「あっつ!」

と思わず手を引いた。

俺を必死に追いかけて、オーバーヒートを起こしてしまったようだ。

側面が開き、甲高いファンの音と共に熱風が吐き出されている。

俺はこの時まで、ドローンに排熱機能があることすら知らなかった。

なんだか泣くのを堪えて鼻息が荒くなっている幼子のように見えて、申し訳なさが込み上げてくる。

「ほんとにごめん……」

改めて謝り、水筒を取り出す。

温度を下げるために水をかけようと思ったのだが、ふと手が止まる。

ドローンは防水仕様で水中だろうが血飛沫がかかろうが問題ないのだが、今は排熱のために側面が開いているのだ。

この状態で水をかけるのはよくないかもしれない。

でも何もせず見守るのも忍びなくて、俺は両手でそっとドローンを包んだ。

自分の手をヒートシンク代わりにしようと考えたのだ。

火傷しそうなほど熱かったけれど、俺がドローンにしてしまったことを思えば、こんなの罰にもならない。

”……なんかこの画角、めっちゃドキドキする”

”わかる、俺もさっきから心臓が早鐘打ってるわ”

”だよね。完全にキスの角度だし”

”あ、そっち? 俺は捕食されそうだなって”

”ドキドキのベクトルが真逆で草”

徐々に熱が逃げ、ファンの音も小さくなっていく。

感情なんてないんだろうけど、落ち着きを取り戻して冷静になっていっているように思えた。

ドローンが俺の手から離れる。

「ごめんね」

重ね重ね謝ると、

「……ピ」

と電子音で返事があった。

不承不承というか、なんかちょっと拗ねてるような返事だった気もしなくはないが……。

まあ許してもらえたみたいでよかった。

俺はその場に座り込む。

「はぁーあ、モチモドキモチモドキモチには逃げられちゃうし、ドローンには怒られちゃうし……」

”なんやそのトゲアリトゲナシトゲハムシみたいなネーミング”

”餅もどきのお菓子みたいな餅もどきの餅ってことやろ”

”日本語で頼む”

そして、そのままうつ伏せになった。

「もういい、寝る」

”ダンジョンでふて寝すんなよ……”

”しかも特殊ダンジョンで……”

”もう完全に目的忘れてんな”

「…………」

しばらくその姿勢でじっとしてから、俺がガバッと立ち上がった。

”お、目的思い出したか?”

”まあ、さすがにね”

「……おしっこ」

”こいつだけはほんま……”