軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第140話 殺人のハードル

春奈ちゃんがおずおずと手を挙げた。

「あの……別世界の方たちとは、敵対しない方向で話し合ってるんですよね?」

「可能ならね」

「なら武器なんて、そもそもなくてもいいんじゃないですか? むしろあったら争いになっちゃいそうな……」

「平和ボケした日本人の発想だな」

キャスパー博士が切って捨てる。

「同等かそれ以上の力があって初めて争いを避けられるんだよ、間抜け」

「うっ」

「キャス、言い過ぎ」

アマンダが嗜めたが、キャスパー博士は「ふん」と鼻を鳴らしただけだった。

キャスパー博士の考えは、なんというか逆にアメリカ人すぎるような気がするけれど……。

手放しに賛同はできないものの、でも武器が必要だと感じているのは事実なので、俺は何も言わなかった。

「やっぱり、ダンジョンを攻略して武器を手に入れるしかないだろうね」

「どこの?」

「そりゃあラストヘイブンじゃない? そのラストっていう管理者とも会ってみたいし。キャスはトンボ帰りすることになっちゃうけど」

「んなこたぁどうでもいい。それより一体どれくらい時間がかかんだよ」

「このメンツだからね。私とジロー、それからギンとアンリ。キャスや春奈のサポートもある」

「だからって三泊四日なんてわけにゃいかねえだろ」

「まあね」

「その間、別世界の連中が大人しくしてる保証は?」

「ないね」

「お前なぁ……」

「オランダ政府には別世界のことを話してある。地上じゃ近代兵器が使えるんだ。彼らだって、やれるだけのことは自分たちでやるさ」

「近代兵器が通じる相手なのか?」

アマンダは肩をすくめるだけで、明言を避けた。

キャスパー博士がため息をつく。

「……まあ、こればっかりは仕方ねえか」

何が「仕方ない」のだろう。

そんなことは、わざわざ問わなくてもわかりきっていた。

平和ボケした俺にだって、それくらいのことは。

「…………」

不意に沈黙が訪れ、部屋の空気が重くなる。

その空気を読まず、アンリがめちゃくちゃ軽い調子で、

「別世界のダンジョンを探索すればいいのに」

と言った。

全員の視線が集まり、アンリはギョッとしていた。

「あ、え? だ、だってあれ、ダンジョンの出口なんでしょ? なら最深部にすぐに行って帰って来れるわけだから……」

「…………」

「ご、ごめんなさい。変なこと言っちゃって……」

みんなのリアクションに不安になったみたいで、泣きそうな声で謝る。

「いや、面白い」

キャスパー博士が真顔で褒めた。

アマンダを振り返って、

「で、どうなんだ。できんのか?」

「難しいだろうね」

「てこたぁ、不可能じゃねえってことだな」

キャスパー博士の挑発的な言葉に、アマンダが不敵な笑みで応える。

「武器の性能が足りてないのは同じだ。今ある装備は、あのダンジョンでは役に立たない。ひのきのぼうで魔王に挑む、とまでは言わないけど、似たようなものだね。でもボスはすでに倒されてるんだ。モンスターとまともに戦う必要なんてないから、忍者みたいにコソコソと探索するのは不可能じゃないはず。まあそれでも危険極まりないけど……」

「その程度の無茶は今更だろ」

「だね」

悪友のように笑い合う二人。

「その場合は、私とジローの二人で出向くことになるだろうね」

ギンが何か言いたげにアマンダを見たが、言葉にはせず視線を伏せる。

「ただのダンジョン攻略なら、サポート役として助かるんだけどね。でも特殊ダンジョンに潜るとなると……」

わかるだろう? と優しい笑みをギンに向ける。

「……はい」

「アンリも似たようなものだ。身体能力なら申し分ない。私とジローに問題なくついて来れると思う。だからこそ『別世界のダンジョンを探索する』なんて発想が出てきたんだろうから。でもここで一番必要なのは、対応力だ。あのダンジョンには得体の知れないモンスターがいる。いやむしろ、私たちが見知ったモンスターは一匹もいないと考えた方がいいだろうね。そんな場所でも、冷静で臨機応変に行動できるかっていう」

「うっ。私、そういうのが一番苦手かも……」

「ジローも、それでいいね?」

俺は頷く。

ユリスたちの遺体を回収した時も、アマンダと二人で特殊ダンジョンに入ったのだ。

「心強いよ」

「ふふ。その言葉だけで、命を張るには十分だ」

それからも話し合いは続く。

主にアマンダとキャスパー博士を中心にして。

そもそも特殊ダンジョンはオランダ政府の管轄なのだ。

ユリスたちの遺体を回収するために立ち入りを許可されただけで、それを果たした今となっては、特殊ダンジョンに潜る口実がない。

どうオランダ政府と交渉するか、みたいなことを話し合っていた。

俺は正直、その手の政治的な話はチンプンカンプンなので、ほとんどBGMみたいに聞き流していた。

ぼーっとしていると、あの赤褐色のフルメイルの別世界人が脳裏に浮かぶ。

フルメイルは背中から大剣を引き抜き、俺の頭目掛けて振り下ろしてきた。

刀でその一撃を受け止め——途端にガラス細工のように刀が砕け散る。

大剣の一撃は、威力が全く損なわれることなく、俺は両断されてしまう。

想像を少し巻き戻し、俺はその一撃を躱した。

隙ができた相手に斬り掛かり、またしても刀が砕ける。

鎧に猫の引っ掻き傷のような、小さな傷を与えただけだった。

また少し巻き戻して、バックステップで距離をとった。

俺はただひたすら、相手の攻撃を避ける。

避けきれない攻撃は受け流したんだけど、それだけで刀が悲鳴を上げた。

たまに関節部なんかに攻撃を加えてみたけれど、大したダメージは与えられなかった。

防戦一方とすら言えない。

そもそも勝負として成立していなかった。

ただひたすら逃げ回り、相手のスタミナが切れるのを待つ。

それ以外の選択肢が、俺にはなかった。

でももしも、相手と同程度の性能の武器が、俺の手にあるならば——状況はまるで変わってくる。

それでも俺が圧倒的に不利だけど、一応勝負らしい形にはなった。

最初は百回に一回勝てれば上々、みたいな有様だったけれど、それがそのうちに五十回に一回、二十回に一回、五回に一回——そしていつしか五分と五分にまでなる。

その辺りでふと、別世界人が一人だけじゃないことを思い出した。

似たような甲冑姿の別世界人が、ずらっと並ぶ。

色だけが違った。

燻んだ青、燻んだ黄、燻んだピンクなど。

なんか中世ヨーロッパを舞台にした戦隊モノみたいになってしまったけれど、俺の貧困な想像力ではそれが限界だった。

そして——俺の隣にはアマンダが立つ。

当然、別世界人の大剣は、アマンダにも振り下ろされて——

「あっ」

口から声が漏れた。

そのことに自分でびっくりして、現実に引き戻される。

目の前には五人の姿が変わらずにあった。

ずいぶん長いこと話し合ってるんだなと思ったけれど、時計を見るとさっきから二分も経っていなかった。

ずいぶん深く空想の世界に入り込んでいたようだ。

キャスパー博士ほどではないにしろ。

さすがに自分の尿意にくらいは気づくしな。

「どうしたの?」

「あ、えっと。さっきはいいって言っちゃったけど……」

アマンダの顔色を伺いながら、

「やっぱり、特殊ダンジョンには俺一人で行っちゃダメかな?」

「どうして?」

「えっと……」

アマンダの目が細められる。

「私じゃ足手纏いかな?」

「いや、そういうわけじゃ……」

足手纏いだなんて思っちゃいないし、心強いと言ったのも本心からだ。

正直に打ち明ければ、心配する気持ちはゼロじゃない。

気遣う気持ちは、どうしたって生まれてしまう。

でもアマンダが過度な気遣いを望んでいないことは知っているし、場合によっては侮辱だと受け止められかねないことだって理解しているつもりだ。

そもそもアマンダはUDのボスなのだ。

本来なら俺なんかが、まともに話せる立場の人間じゃない。

それなのにアマンダは、俺を対等な相手として扱ってくれる。

そんなアマンダを軽んじるような真似はしたくなかった。

けれど……。

「じゃあ、どうして?」

アマンダが再度尋ねてくる。

「その……ほら、いつ別世界人が戻ってくるかわからないし、ダンジョン内で鉢合わせるかも知れなくて」

「だからこそ、戦力はあった方がいいんじゃない?」

「それは、そうなんだけどさ。別世界の人たちとは、極力友好的に接したいわけでしょ」

「そうだね。それで?」

「それで、だから、その……」

俺は自分の想いを、正直に打ち明ける。

「もしアマンダの身に何かあったら、俺は多分冷静じゃいられないから」

アマンダが言っていたことは正しい。

——自分の身に危険が及んだとしても、ジローが人を殺めるとは思えない。

その通りだと、自分でも思う。

相手を殺さなきゃ自分が死ぬ。

そういう状況になったら、俺はきっと自分が死ぬことを選ぶだろう。

(……いや、違うな)

選んだわけじゃない。

むしろ逆だ。

俺が善人だからとかって話ではなく、これは優柔不断さに起因するものだ。

自分の命がかかった状況ですら、俺には人を殺める決断ができない、人を殺す選択ができない。

何も選べなかった結果、命を落としてしまうのだ。

そういう自分の姿が、ありありと想像できた。

我ながら情けない最後だけれど、それくらい俺にとって殺人のハードルは高いのだ。

相手が別世界人であろうと、侵略者であろうと、それは変わらない。

でもアマンダの身に何かあれば、話は別だ。

色々と想像を巡らせてみて、ふと気づいた。

多分だけど、俺はアマンダのためなら人を殺せる。

それが怖くて仕方がないのだ。

「…………」

俺の説明を聞いたアマンダは、ポカーンとしていた。

まさに開いた口が塞がらないといったご様子。

怒らせてしまうんじゃないかと身構えていたけれど、案に相違してアマンダは、

「むふー」

と大量のお菓子をもらった子供みたいな顔になった。

「そうかそうか。私に何かあったら冷静じゃいられないか。人を殺しちゃうかもしれないくらいに。うふふ、それじゃあ仕方ないなー」

なんだかとても幸せそうなアマンダさんだった。