作品タイトル不明
第124話 赤黒い斑点のある人型の白い何か
深く潜るにつれて、行軍の速度が少しずつ緩やかになる。
遭遇する魔物の強さが増すのだから、当然のことだ。
必要に応じて、ヨルたちも戦闘に参加するようになった。
全てを殉教者たちに任せるよりも、その方が攻略がスムーズになって、結果的には体力の温存に繋がるのだ。
カンカンカンと、甲高い鐘の音。
強い魔物が出没した時の合図だ。
ヨルたちは殉教者と共闘し、最低限の労力で障害を排していく。
そうして体力の温存を最優先にしつつも、可能な限りの速度で下界を目指した。
ダンジョンに入り、十日ほどが経った。
最初は三十人近くいた六番隊も、今では十数人にまで減っている。
命を落としたわけではない。
実力が足りない者たちが順次、隊を離脱していった結果だ。
彼らは道中で手に入れたアイテムや素材を、地上にまで運搬する役目も担っていた。
もうかなりの深度にまで来ている。
出没する魔物は日に日に強くなっていた。
人員も減っているのだから、ヨルたちが戦闘に参加する頻度も必然的に増えていた。
「……待て」
ヨルが片手をあげ、仲間たちを制止する。
「どうされました?」
カッシの問いには答えず、脇道をじっと見つめる。
(――来る)
それは『赤黒い斑点のある人型の白い何か』だった。
三メートル近い巨体にも関わらず、足音を一切させずに猛スピードで迫ってくる。
人型といっても、頭や手足のようなものがあるだけだ。
全身がふよふよと蠢いていて、人からは遠くかけ離れた存在だった。
目や鼻や耳のようなものもなく、指も四本だったり六本だったりと定まりがない。
まるで出来の悪い泥人形だ。
「エノフ!」
ダックが驚いたように叫ぶ。
エノフと呼ばれたそれは、腕を細長く伸ばして攻撃を仕掛けてきた。
ヨルがその一撃を剣で弾く。
エノフ――
今から百五十年ほど前。
エルヴァス国から遠く離れた北の小国に、レモロエニという著名な画家がいた。
写実的な宗教画で名を馳せた人物だ。
だが当人は「私は無神論者だ」と公言していて、これといった宗教観は何も持ち合わせていなかったそうだ。
彼は世界中のあらゆる宗教に、独自の解釈と皮肉を込めて、絵にしていった。
そんな彼の作風は、当然多くの人々から批判された。
だが同時に――彼の絵には、人を惹きつける魔力が宿っていた。
エルヴァス国の王城にも、彼の作品がいくつか保管されている。
晩年のレモロエニは大病を患い、長いこと筆も握れない状況にあった。
だが死を目前にした彼は、最後に一つの絵を描き残した。
これまでの彼の作風からはかけ離れた、とても抽象的な絵を。
絵の具を何層も何層も、塗り重ね、塗り重ね――
世界中の全ての色を閉じ込めたようなその絵は、神々しいようにも、禍々しいようにも感じられた。
その絵の中心から、やや右下にずれた位置に『赤黒い斑点のある人型の白い何か』が描かれていた。
いや、厳密には描かれていたわけではない。
むしろ逆だ。
何も描かれていなかったのだ。
執拗なほどに塗り重ねられた絵の中で、その部分だけが何も塗られず、下地のキャンパスが剥き出しになっていたのだ。
レモロエニはその絵に『エノフ』という題名をつけた。
現地の言葉で『神様』を意味する。
レモロエニは遺作を描き上げると倒れ伏し、そのまま意識を回復することなく息を引き取った。
赤黒い斑点は、吐血したレモロエニの血だった。
その頃からだ。
世界が少しずつおかしくなっていったのは。
災害や天変地異が世界中で巻き起こり、今ではこの有様だ。
――あの天才画家は、死の間際に何を見たのだろう?
もう百五十年も前の話だ。
当人も絵について詳細を語ることなく、遠い昔に亡くなっている。
確かめる術などあるはずもないが……。
『エノフ』の名と『赤黒い斑点のある人型の白い何か』の存在は、今でも世界中で語られていた。