作品タイトル不明
354.恐るべき基礎力
「八氣」とは、「気」に含まれた要素を八つに分けたもの。「気」には大きく分けて「内氣」と「外氣」という二つの括りに納まり、そこに四つずつの要素が存在していて……という簡単な講義をして、この日は解散とした。
リノキスは大人だしウェイバァは老人なので、徹夜なんて平気だろう。
だが幼体の私には、まだまだ結構つらいのだ。
というかウェイバァと会っていた時点で、すでに少し眠かった。何せ寝る準備も済んでいるのだ、本当にあとは寝るだけだったのだ。
明日も学校だし、夜ちゃんと寝ておかないと確実に座学で寝てしまう。ただでさえ退屈な時間で寝不足なんて状態となると、もう確実だ。
「――というわけで、続きは明日ね」
ここまで話が進むとは思っていなかったので、意図していないものの据え膳のような扱いになってしまったが。
ウェイバァはごねることなく「では明日また来る」と言い残して、リノキスに見送られて去っていった。
ふう……「活氣」の影響でまだ身体の節々が痛い。
だが――なかなか飽きさせないじゃないか、ウーハイトン。また一つ、先の楽しみができたな。
ウェイバァは明日から気合いを入れてやってくるだろう。
私も気合いを入れて鍛えてやらねばな。うむ。
……だが今は眠いので、明日のことは明日やるとして、とっとと寝てしまおう。
基礎とは、応用やその先の土台となるものである。
それこそ基礎がしっかりできているか否かで、成長度合いも成長速度も違ってくる。
――だから、はっきり言おう。
これは私のミスではなく、呆れるほどの基礎力を培っていたウェイバァが型破りだったのだ、と。
「面白い理屈じゃな。『氣』を外へ出すという概念、まったくなかった」
ウェイバァがとりわけ注意を向けたのは、今までまったくやってこなかった「外氣」である。
「……基礎の力って恐ろしいわね」
翌朝。
倒れるように眠りに落ち、あっという間に朝を向けたその時、すでに新弟子ウェイバァは庭先に座して待っていた。
そして、私が出てくるなり見せてくれた。
――赤い炎を。
「これが蒼炎の正体じゃろ? ふふっ、あの大舞台でこれを打つか。大したペテンよのう」
一晩でここまで到達したか。
恐るべき習得の早さだ。……いや、基礎があってこそか。むしろウェイバァは、元から基礎の領域は越えようとしていたのかもしれない。
いやはや、本当にどこまで成長するか。
楽しみで仕方ない。
「虚実の真理でしょ。そういうくだらない技は、大舞台で打つからこそ面白いんじゃない」
フェイントは武と表裏一体の存在だ。
これのない武は、もはや武とも呼べやしないと私は思う。それでは本能のまま力を振るう理性なき獣だ。
意地が悪そうにニヤリと笑うウェイバァは、「生粋の武人じゃのう」と言いながら炎を消した。
お互いな。
ここで笑えるようなら、ウェイバァも、いわゆる魅せ技や魅せ試合には馴染みがあるということだ。
小さきを大きく見せるような試合とは、それこそ武の得意分野だ。
武そのものがそういう領域にいるからな。
大層な奥義の名や構えや肩書きなど、それの範疇だろう。
「どう? 『八氣』は修められそう?」
「うむ。どうにも無意識に使っていた節もあるからな、『内氣』に関しては習得に詰まることはなさそうじゃ」
お、そうか。
やはりウェイバァの基礎は、基礎の範疇を越えつつあったようだ。――ミトも無意識に「氣」を習得しつつあったくらいだ、そういうこともあるだろう。
「『外氣』は?」
「内氣」は、元々の「気」と似通った部分が多いからな。
だが「外氣」は少々勝手が違うだろう。
……と思っていたが、すでに外に放出した「氣」に色を付けて見せてくれたしなぁ。正直もう、もしや習得できないのでは、なんて不安はなくなったなぁ。
「面白い。寝食を忘れるほどに」
つまり……昨夜別れてから、この時まで、修行していたと。
「まるで武を習い始めた小僧の頃のようじゃ。この歳であの頃のように夢中になるとはのう」
そうか、そうか。
新しい理は、次のステージは面白いか。
「生粋の武人ね」
ジンキョウののめり込み方もすごいが、ウェイバァも常軌を逸してのめり込んでいるな。
この調子で、とっとと「活氣」も習得してほしいものだ。
改めて朝会ってみた感じでは、ウェイバァには私が付いていなくても問題はないと判断した。
何せ簡単な「外氣」は一晩で身に着けていたくらいだ、あとは自力で……自分のペースでやらせるのが早かろう。
どうせきっかけさえ掴めば、あとはひたすら反復の修行あるのみだからな。
そもそも、技はともかく、私には型みたいなものは特にないしな。
私の流派は存在しない。
単純に、その時有効な殴る蹴るくらいのものだ。技は……対人だと放てば殺してしまうから、使うことはほぼない。
だから付きっきりで教えられることは、少なくとも彼にはあまりないと思う。
ウェイバァ自身もこれまでに習得した型も技もあるだろうし、もう「八氣」を織り込んだ独自の流派として伸びて行ってもらいたい。
その方が私の楽しみも増すというものだ。
「習得に詰まったり相談事ができたら会いに来て。手合わせも応じるわ」
「――気遣い感謝する。おまえさんの都合や学校を待つのが苦痛になるかと思っておった」
修行は師の監視の下、か。
まだまだコントロールが覚束ない初期の「気」の習得では、鉄則だからな。
「わかってると思うけど、とにかく『活氣』を覚えてからよ。できることなら、あらゆる用事や雑事を含めても、最優先で修行してほしい」
「そうじゃのう。それを覚えんと寿命に追いつかれてしまうからのう」
「そうそう。修行で腰とかやっちゃう危険もあるしね」
はっはっはっ、と笑い合った。
年寄りとは生死を友としたブラックなジョークを時々言うものである。私もかつては年寄りだったからな。
その後、ウェイバァは時々やってきては「八氣」の相談をし、ついでとばかりに手合わせを申し込んできた。
やってくるたびに、少しずつ身体が大きくなっていたのは、気のせいではないだろう。
本当に、恐ろしいまでの習得速度だった。
なんでも私に「虎尾の始末」を頼むために山籠もりをして、帰ってきたと思えばまた山籠もりに戻ったそうだ。
今度は「八氣」の習得のためにだ。
度々山に入っては戻ってきて、戻ってきてはまた行くという、およそ老人がやるとは思えないほどの荒行を繰り返した。
そろそろ冬で、かなり寒いはずなのだが……
そんな寒波など関係ないと言わんばかりに、爺は武に燃えていた。
そんなストイック極まりない老人が目的の「活氣」を覚えたのは、今年の年末だった。
恐るべき習得速度だった。
恐るべき基礎力だと言わざるを得なかった。