作品タイトル不明
353.次のステージ
「『八氣』、修める気があるのね?」
私の頭の中では、すでにこの老いた逸材をどう成長させるか、どこまで成長するかでいっぱいである。
だが、聞いておかねばなるまい。
肉体の老いはまだ問題ないが、心が老いた者まではどうしようもない。
武に疲れたのなら、ここで拳を解くのもいいだろう。
私は握りっぱなしで掌を開かなかったから、大切なものを掴み損ねた。なんなら振り払いもした。
武に染まった人生はすばらしいものだった、なんて……あまり言うつもりはないしな。
修行も苦行も荒行も、結局身体をいじめる苦しいことばかりだしな。
「年齢的に難しいかの? だが、まだ五体満足に動くぞ? おまえさんの目にはやれるように見え――」
「もちろん! 今喉から手が出そうなほどに欲しい弟子はあなたよ!」
もはや皆まで言わせるものか。
確かに遅咲きと言わざるを得ないが――しかし必ず、この逸材を狂い咲かせてやるとも。そして死を望むに足る実力をつけたなら、次こそ「虎尾の始末」を受け入れてやるとも。
「そうか。……そうか」
ウェイバァは何度となく頷くと、ソファーから立ち上がった。テーブルの脇に移動すると、床に座り込んだ。
「――わしを弟子にしてくれ、師よ。高みにいると思い込み驕っていたこの爺に、まだまだ続く龍の昇る天を教えてくれ」
こうして、御年六十九歳のウェイバァ・シェンが私の弟子となった。
さて。
こんなに嬉しいこと、好奇心を煽りに煽ってくれることは 今生(・・) 初めてだが、まず、とにかく一刻も早くやるべきことがある。
「――リノキス」
「――はい、ただいま」
声を掛けると、ドアのすぐ向こうで聞き耳を立てつつ待機していた 一番弟子(・・・・) がやってきた。
「そういうことだから」
「わかりました」
「一応弟子としてはあなたが上だけど、実力も武道歴も桁違いにウェイバァ老の方が上だから。あまり露骨に弟弟子として扱わないように。特にこの国では身分も体面もある人だからね」
「……ああ、確かに弟弟子ってことになるんですね。でも正直、うちのおじいちゃんたちより年上なんですよね。ウェイバァ様」
まあ……その辺を言うと、リノキスよりウェイバァの方がやりづらそうだが。
でもまあ、すぐになれるか。
私も師弟関係には厳しくないし。リノキス辺りは、雇い主の子としてちゃんと仕えてはいるが、師としての私は完全に舐めてるし。
「わしも長く師の弟子ではあったから、そこまで抵抗はないが」
「いえ、今まで通りでいいわ。楽にして。リノキスも、日常生活ではウーハイトンの要職にあるウェイバァ老に敬意を表しなさい」
修行中に気を遣うと、却って修行にならないからそこはいいが。
「わかりました。よろしくお願いします、ウェイバァ様」
「ああ、よろしく」
よし、とりあえずこれでいいな。
――では、本題に入ろうか。
「リノキス、まだだいぶ早いけど、いい機会だからあなたにも話しておくわ」
「はい、何をでしょう?」
「『八氣』から更に先にある極み、『活氣』。これは肉体に作用し、一時的に武を振るうに最適な肉体年齢に近づけるもの。
二人とも、よく見ておいて。
特にウェイバァ老は、まずこれを覚えてもらうから。
これね、 下から上に(・・・・・) 作用するのはすごく疲れるから、もう二度とやらない。ちゃんと目に焼き付けておきなさい」
――合掌し、「氣」を高める。
肉体年齢を上げるのは、かなりきつい。
この状態で戦うのは現実的じゃない。あまりにも「氣」の操作が困難かつ消耗も激しいので、やる意味もないのだ。
だが、 上から下に(・・・・・) 肉体年齢を下げるのは、かなり楽である。日常的に馴らしておけば、いざという時はあっという間に作用する。
これを習得すれば、上手い者なら百五十歳くらいは楽に生きられるようになる。
ウェイバァの武人としての人生も、それだけ長くなるということだ。
――メキメキと骨が鳴る。
――ギシギシと関節がきしむ。
――皮膚が引きつれ、筋肉の奥に痛みが走り、腱や神経は不自然に伸ばされて今にも断絶しそうだ。
「ああもう……!」
だから 下から上(・・・・) は嫌なんだ! 身体中が、臓腑までがめちゃくちゃ痛い!
「……お、おじょう、様……?」
「な、なんと……!」
はあ、と大きく息を吐く。
ついさっきより 伸びた髪(・・・) を払い、子供の足より 長くなった(・・・・・) それを組む。
「――とまあ、見ての通りよ。これが私の十八かそこらの姿ね。ウェイバァ老には、このようにして若返ってもらうのが大前提になるから」
恐らく、 この身体(・・・・) の武に対する最適年齢は、二十半ば辺りになると思う。これくらいの成長度ではまだまだだ。
でもまあ、試しに見せるのなら、これくらいでいいだろう。痛いし。
「――お嬢様、格好を考えてやってください」
「え?」
そっち? 言うなら格好じゃなくて変化した姿じゃないの?
「嫁入り前の娘がなんて格好をしとる。年寄りとはいえわしは男じゃぞ」
え、ウェイバァもそっち?
バスローブみたいなの着てるから、成長したところで特に脱げたわけでもないんだが……まあ確かに太腿がにょきっとはしているが。
「はいはい、わかったわかった」
私は必死で見せた「活氣」を解いて元の姿に戻った。私の苦労を知らない弟子どもが勝手を言いおって。もう見せないからな。痛いし。
「今のがウェイバァ老の課題だからね。あれを身に付けないと鍛えるどころじゃないから。一日でも早く習得しなさい」
次のステージは見せた。
指導もちゃんとするつもりだ。
だが、そこへ行けるかどうかは、やはり本人次第だ。
――頼むぞ、ウェイバァ。こんなところで躓くなよ。私だってあなたの行く先が気になっているんだからな。