軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

43話 紋章の覚醒 いいから俺を守れ!

焼けた小麦の良い香りが漂ってくる。大好きなパンが焼きあがったあの香りだ。

お腹は空いているというのに、それでも下には降りたいと思わなかった。このまま薄暗い屋根裏部屋にずっと一人でいたい。……すまない、オラは本当に弱い男だ。

初めて会ったというのに、あのアトスさんという盾持ちの言葉がずっと脳内に残っている。

なんのために強くなるのか。

強い眼差し問われて、全く答えることが出来なかった。

なんなんだろう。あの人の強さは。オラには無いものを感じた。……土台の部分がしっかりしているようなあの感じ。

人生で初めて味わう、敗北の味。

ワレンジャール姉妹にも、ハチにも負けたことがある。他の大人たちにだって。けれど、今回は重みが違った。本当に敗北というものを叩きつけられた。

なんでだろう。なんであの問いがこんなにも重く。

久々に母さんを思い出した。母さんはオラに何を言い残したんだ。なんで思い出せない。あんなに大切にしていた言葉だったのに。

「よっと」

3階にある屋根裏部屋へと続く梯子を登って、誰かが部屋に入って来た。

梯子を上る音や気配にも気づけなかったとは、オラはいよいよ終わりだな。

カーテンレール全域を数日支配していたカーテンたちが畳まれて、まぶしい光が入り込んで来た。

うっ、眩しい。

「おい!こんなジメジメした感じに引きこもっているタイプかよ。全然らしくないぞ」

……この声は、ハチだった。

少し嬉しくて一瞬飛び上がりそうになった。ハチにずっと会いたかったのに、なんでこんなタイミングで。気持ちを抑え込んで、より一層膝を抱えてうつむいた。

放っておいてくれ。オラはもう本当にダメなんだ。

俯いていると、ハチは何も声をかけてこなかった。

その代わり、バリボリと音がし、小麦の香ばしい良い匂いが先ほどよりも強く漂ってくる。

なんでハチは話しかけてこない。なんでずっとパンを食べている。

あまりにも気になって顔をあげると、袋一杯に入ったバゲットを持って、最高に幸せそうに食べていた。

自然とグーとお腹が鳴った。

「やっぱりお腹空いてるじゃないか。聞いたぞ、もう三日も何も食べてないんだって?ほら、焼き立てだ。一緒に食べるぞ」

「……ハチらしいや」

なんだか悩んでいるオラがバカみたいじゃないか。

焼き立てのバゲットを食べると、涙が出そうなくらい美味しかった。目が少し潤んでらぁ。両親が営むパン屋さんで出されるものだ。2人は誠実この上ない。客にもオラにも良い物をたべさせたいと、新鮮な素材を使い、丁寧な仕事をしつつも値段を抑えている。2人は偉大な人だべ。

「うまいべ。本当にうまいべ」

「ほら、牛乳も。それにしてもうまいな。小麦がいいのかな?それとも焼き加減か?」

「全部だべ」

2人の作るパンを褒めて貰えて、なんだかオラが嬉しくなってくる。

「でもハチ、なんで20本も……」

「ああ、これ。友達のアーケンを訪ねて来たって言ったら、お前の父ちゃんと母ちゃんがすんごい喜んでな、こんなにも持たせてくれた。必要ならまだくれるらしい」

「食べれるのか?そんなに」

「貰ったものは全部食べる主義だ!」

なんか誇らしげだ。そして凄く嬉しそう。

ハチは不思議な人だべ。

貴族様の癖に、こんな庶民のパン屋の食べ物を嬉しそうに頬張って。……って、3日食べてないオラより食欲あるべ。

パンなんて安いだろうに、宝物でも抱えているように笑ってら。

そういえば、アトスさんが言っていたな。ハチには既に強くなる目的があると。

なんだか、今日はより一層ハチがでかく見える。

オラと同じ年齢だというのに、随分と遠くに、大きく感じる。この人はきっと、その目的があるからこそ人も物も差別せず、というか偏見を持つ隙間すらない程にひたむきなのだろう。

「友達を家に呼んだことないんだって?訓練場でアーケンの家はどこだって聞いたら、みんな知らなかったぞ。そりゃご両親も喜んでこんなにパンをくれるわけだ。まあ俺は儲かったからいいんだけどね」

「2人に迷惑をかけたくないべ」

「迷惑なことあるか。俺が来ただけであの嬉しそうな顔。お前に似て気の良い人たちじゃないか」

似てる、ね。オラと2人が似てるなんて初めて言われた。そうだといいな。

「2人はオラの本当の親じゃないんだ。育ての親ってやつ。だからあんまり迷惑をかけたくないっしょ」

初めてハチがパンを食べる手を止めた。あんな凄い勢いで食べていたのに。

流石に驚いたらしいべ。

「なっなんかすまん」

「いい。2人には本当に良くして貰って幸せだべ」

またすんごい勢いでパンを食べはじめるハチ。

気まずそうな空気はどこへやら、うんま、うんまと口ずさみあの幸せそうな顔に戻って行く。

「パン、好きなのか?」

「かなり好きだ。しかもただで貰えたから、余計においしい」

「オラでも一度にそんなに食べたことないぞ」

「ちょっと待て……。これバターの中に適量の塩が入ってないか?小麦の甘味だけでなんでこんなに旨いのかとずっと不思議だったんだが、塩のわずかな苦みが引き立てていたのか!大物がより一層大物であるためには、相対的に小物が必要みたいな感じか!!」

やはり小物!小物こそが世界には必要だったんだ!と謎の信条を口にして嬉しそうにしている。全然オラの話聞いてないべ。

その姿を見ていると、やっぱりアトスさんの言うことがしっくりと来る。

ハチには芯がある。

芯があるから、ハチはいつだってハチなんだ。

初めて会った時も、合宿で一緒になったときも、ハチは試合でずっとオラに負けてくれる。

あの弱っちいクラウス相手でも何度だって負けている。

目先の勝ちなんて一切興味がなく、勝っても負けてもハチは飄々としている。ハチはハチ。

……なんだか、わかって来た。

それが芯。あと一歩で、なんで強くなるのかというアトスさんの問いに答えられる気がした。ハチがハチでいられるその理由が。

「なんだか顔色が良くなって来たじゃないか。もう部屋から出られそうか?それとももう少し手助けが必要か?」

ハチが手を差し伸べてくれる。

大きい。この人は大きいべ。

オラより強くて、既に目的を持っているハチ。こんな情けないオラなんて捨てて、前へと進んで行けばいいのに。それでもオラに手を差し伸べるのか。

アトスさんといい、ハチといい、なぜオラにこうも良くする?あんたたちはどうして心がそこまで強い?

「オラは何のために強くなる。その答えが出そうで、まだ出てこないべ」

「そんなの決まっている」

「決まっている?」

ハチがバゲットを置いて、椅子から立ち上がった。

仁王立ちで、強い眼差しでオラのことを見る。

「俺を――守れ!俺だけを見ろ!お前はその為に強くなる!」

真っ直ぐで、とんでもなく力のある言葉。

久々に開け放たれたカーテンから入る日差しがハチを照らして、神々しく見せる。

ああ。

王の呼び声。

その姿はあまりにも大きく輝いて見えた。

『アーケン。1番強くなって。私の愛したあなたのお父さんみたいに。そのくらい強くなって、大好きな人を守れるようになってね。そうしたら、お母さんも安心して眠れそう』

ははっ。

なんでだよ。なんでハチの姿を見て、母さんを思い出すべ。ずっと思い出せなかったのに、ようやく母さんの残してくれた言葉を思い出したべ。

母さん、オラはこの人を守るために生まれて来たのかもしれない。これが強くなる目的ってやつなのか。

……盾持ちか。それも悪くない。

なるほどこの感じが強さ。アトスさん、決めたよ。

オラの盾はハチに捧げよう。

――。

お前みたいに強いやつが、更に強くなる理由だと?

そんなの決まっている。

弱い俺みたいな小物を守ることに決まってんだろ!!

「俺を――守れ!俺だけを見ろ!お前はその為に強くなる!」

魔獣の噂とかあって、怖いんだよ!

お前みたいな強いやつが俺を守ってくれると、心の底から安心できるんだよ。

だから、俺を守れ!!

「……うん。オラのずっと傍に答えがあったのに、今まで気づかなかっただなんて不思議だべ。アトスさんはこれをオラに気づかせてくれようとしていたのか」

アトスさんにまで俺を守れと言われたのか?

流石は伊達メガネ兄さん。

魔獣騒動に俺を巻き込んだことに責任を感じているらしい。わざわざ同級生で最強のアーケンに守るように伝えてくれるだなんて。真面目そうなあの人のことだ、あの後いろいろ気にかけてくれてたんだな。

魔獣騒動なんて関わらないのが1番に決まっているが、もしもの時にアーケンがいるってのは何よりも心強い。

アーケンの家に来た時、気の良さそうな両親を見て俺は不思議に思っていたことがある。

母ちゃん、めちゃくちゃ笑顔の素敵な人で、気の良い人でもある。けれど、聞いていた話と随分と違った。

精霊を魅了し、将軍を一目惚れさせた魅惑の美しい踊り子。だったはずなのに、パンをくれた女性はどっちかっていうと肝っ玉母さん。いや、好きよ。俺はああいう人の方が好きだけど、ちょっと違和感は感じていた。

精霊の好みもそれぞれなんだなぁと。精霊に愛された人も、結構普通なんだなぁと。失礼しました!

けれど、真相を聞いてみれば2人は育ての親らしい。本当の母親は既に他界しており、その人こそが精霊に愛された者。

ならば、やはり容姿の美しいアーケンにもその資質が受け継がれている可能性が高い。恐ろしい魔獣が迫っている中、最も頼りにすべき人物はこのアーケンかもしれないのだ。

精霊こそが魔獣に対して最強の対抗策となるのだから。

アトスさんに負けてかなり凹んでいると聞いていたアーケンの表情がようやく明るくなってきた。

いつもくらい元気になると「ハチ、試合をしよう」とか言い出すので、8割くらいに回復してくれるのが1番良いのだが、ちょっと様子がおかしい。

表情は明るく、しかし膝を抱えたままのアーケン。その表情がどんどん明るくなってくる。いや、ほんとに!物理的に明るくなってきていた。

「アーケン!?お前、体から光が出ているぞ!」

「え?……本当だ。なんだか紋章の辺りが暖かいなぁ。良い気分だべ」

服を捲り、鳩尾辺りにあるスキルタイプ戦闘の紋章が姿を現す。

英雄の紋章とも呼ばれるドラゴンがそこで燦燦と強い光を放っていた。

「なんだべこれ……。あれ?ハチ、可愛い狼の子なんて連れて来てたべ?あら、オラの傍にも。ふふっ、どれも可愛いっしょ」

俺は狼の子なんて連れて来ちゃいない。それに、俺の目には何も見えてはいなかった。

けれど、その生まれの特殊さ、目の前の光景を見て、アーケンが幻覚を見ているとは思えない。

おそらくアーケンが今見ているものが『精霊』。

辺りをキョロキョロと伺ってみるが、俺の周りに何か飛んでんの?途端にちょっと不気味だな。

先日ウルスの爺さんが言っていたワードを思い出した。あの時、知識を詰め込まれ過ぎて聞けなかったが、今の状況とマッチするワードが。

「紋章の覚醒……」

「なんだべ?それ」

説明なんてできない。

けれど、ドラゴンの紋章が光を放って、急に精霊が見え始めたアーケンの状況を思えば、その単語が最も相応しい気がした。

ずっと強かったアーケン。俺のライバルであり、親友でもあった。

……けれど、これからだったんだ。アーケンが本当に強くなるのは、これからだったんだ!

「そういえば、昔母さんが寝る前に話してくれたことがあったべ。母さんは子供のころから不思議な狼さんたちをよく見たって。困ったことがあったら、狼さんたちがいつも助けてくれた。魔獣が襲って来た時も、彼らが守ってくれたって。なんだかオラもこの子たちを見てると心が安心する」

潜在的にはずっと秘めていた力。

けれど、生まれた母との早々の死別によりこの力は秘められたままだった。

それが、何をきっかけにしたのだろう。

今日、アーケンの心を安定させる何かがあって、覚醒した。

……パンの香りか?今日のパンが最高の出来だったのか?めっちゃうまかったから、その可能性ないか?

俺も毎日このパンの香りを嗅げば、覚醒ルートありますか!

「アーケン、よく聞くんだ。俺も詳しくは知らないが、これはおそらく精霊の力。そしてこれは普通の人間には備わっていないものだ」

「精霊……これが……。これが母さんの見ていた世界」

目が宙を見据えている。そこにいるのだろう、精霊が。

「今日起きたこと、そして精霊が見えること、これらは全部秘密だ」

しーっと口に指をあてる。

精霊の力や、紋章の覚醒なんて書物の中でもなかなかに得難い知識だ。

こんなものを得たと知られた日には、アーケンは権力争いの渦に飲み込まれ兼ねない。ただでさえ、あの将軍の隠し子だというのに。

「今の俺たちには力がない。こんな凄い物を持っていると知られたら、周りに利用されかねない。だから、俺と一緒に王立魔法学園へ行くぞ。そこで4年間、お前は精霊について学ぶんだ」

「ハチも行くのか?」

「もちろん」

受かればの話だ。残念ながら、俺には不合格というルートがまだある。

「あそこは国の権力も届かない治外法権の場所でもある。最高学府たる所以、最高の教員たちが秘密も守ってくれるだろう。そこで知識と力を蓄え、4年後に大物になった後に自分の頭で考えるんだ。お前の持っているその精霊の力をどう使うかをな」

その時に口外してもいいし、ずっと隠し通すのも良い。決めるのはアーケンだ。

とにかく、今よりは良い判断ができるはず。

今の俺たちは小物で、知識も浅く、知らないことばかりなのだから。

「ハチがそういうなら、オラはそうする!」

「聡いやつだ、お前は」

俺がアーケンの立場なら俺TUEEEEしちゃいそうだが、小物故に賢い判断ができる。

「ちなみに、今俺の周りには何匹の子狼が飛んでいる?」

「3匹だ。なんか懐かれてるべ」

3匹も!?

しかも懐いているだと。やはりパンの香りが良いのか?

「アーケン、最後にこれだけは言わせて貰う」

「なんだ?」

「俺を絶対に守れ!」

「うん!!」

よしっ!

2人で手を固く結びあった。

ふぃー、これで魔獣の危機は去ったも同然よ。

精霊に愛された紋章の覚醒者がここにいるんだぞ。勝ったな、ガハハハ!!

アーケンがすっかり元気を取り戻したし、世にも珍しい紋章の覚醒の瞬間も見れた。

ご機嫌に梯子を下りて、一階まで行ってご両親とあいさつする。

「あらあら、ハチ君。パンをもうそんなに食べてくれたの?貴族様のお子さんなのに、こんな粗末なパンなんて口に合ったかしら」

ベリーグッド。

親指を立てて、俺の味わった旨さを伝える。

「最高です。本当に旨いです。手が込んでいるのが分かります。バゲットに使用するバターに塩を練り込んでいますか?」

「あらあら、わかるのね。そうよ。ローズマルの遺跡近くで採れる岩塩が良い味を出すのよ。嬉しいわぁ。ハチ君がそこまで気づいてくれたなんて」

「その小さな拘りが、奥深い旨味を出しています。すみませんが、今焼きあがったパンをあと30個程購入させて下さい」

「あらぁ、本当によく食べるのね。ふふっ、お金なんていいから持っていきなさいな」

「そうはいきません。商売のお邪魔にはなりたくないですし、心の底から美味しく食べるためには対価が必要でしょう」

「しっかりした子ね。うちのアーケンが懐くのも無理ないわ」

軽く談笑をして、パンを購入させて貰った。

既にバゲットを貰っていて、焼き立てを食べている。

ではこの30個は何かというと、もちろんノエルと瀕死のクラウス分もあるのだが、ほとんどは自分用だ。

俺はまだ、紋章の覚醒事由がパンだという説を諦めていない!